(ドキュメンタリズムが形式主義である実例は少子高齢化問題です)
1)少子高齢化問題とドキュメンタリズム
日本社会は、少子高齢化問題のような長期的な問題を30年以上前から抱えています。
年金や介護の問題も、今後、危うい可能性があります。
過去30年間の間に、これらの問題の解決が前進したのでしょうか。
あるいは、質問を変えて、過去30年の間、問題の改善をチェックするための指標がモニタリングされていたでしょうか。
指標がモニタリングされていないことは、エビデンスに基づいて施策の軌道修正が行なわれていないことを意味します。
PDCAのようなモニタリングに基づいて、問題点を改善する科学的なアプローチが否定されています。
モニタリングに基づく科学的なアプローチをすると、文書の形式と内容が一致していないことが露呈して、ドキュメンタリズムは破綻します。
このためドキュメンタリズムの信奉者は、モニタリングに基づく科学的なアプローチを回避します。
つまり、ドキュメンタリズムは、努力しているというアリバイのための文書を作成するだけで、文書の内容はなく、実際の問題解決はしないで、先送りします。
2)少子化問題の解決
それでは、ドキュメンタリズムではなく、実際に問題を解決する方法を示します。
少子化問題であれば、検討チームを2つ作ります。1つのチームは、西日本担当として、もうひとつのチームは、東日本担当とします。チームの活動期間を例えば、2年のように決めます。担当大臣の2つに分けることにします。大臣には、定員の制約がありますので、大臣は交代制にして、定員が増えないようにします。例えば、西日本担当の大臣は、偶数日に勤務し、東日本担当の大臣は奇数日に勤務するようにします。最初に解決すべき問題をテーマに設定して、各チームと担当大臣が、東西別々に、問題解決を進めます。最初にゴールに到達したチーム、または、2年後に相対的に成績のよかったチームには、成功報酬が支払われますが、成績の悪かったチームには、成功報酬は支払われないことにします。
このようなチームを2年毎に、更新していけば、30年経てば、15チームが業績をあげるので、問題解決が進むはずです。
この方法は、マイクロソフトでは、windows95の時代から使われています。他のGAFAMも、同じような手法を使っています。
GAFAMが、ドキュメンタリズムに陥っていたら、今頃はつぶれています。
少子化問題でも問題を解決する方法はいくらでもあります。
ドキュメンタリズムは、技術革新と問題解決を潰してしまいます。