成長と分配の経済学(27)~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

アンシャンレジームとは何か

 

(アンシャンレジームの概念を整理します)

 

1)モダンレジームとは



1-1)モダンレジームの特徴

 

モダンレジームは、データサイエンスを含めた科学を活用して、技術開発や組織運営をする手法です。モダンレジームは科学によって労働生産性を上げますので、国と国民が豊かになります。

 

先進国が、科学技術立国を目指しているのは、科学技術を受け入れると所得が上がるためです。

 

科学技術は軍事力にも反映されますので、モダンレジームには、軍事力を強化する機能もあります。

 

科学技術は、モノづくりの技術に限定される訳ではありません。データサイエンスの登場によって、情報を扱うもの(少なくとも言葉になるものは全て含まれる)は、全て科学の対象になりました。このため科学技術立国とは、組織運営も科学的に行う国になります。噛み砕いて言えば、アルゴリズムに従って、コンピュータが代行できる部分は、全て、コンピュータで行い、人間を排除します。人間がすることは、コンピュータの監視とメンテナンスです。これは、全自動化された無人工場をイメージすれば理解できます。この状態になれば、労働者の労働生産性は非常に高くなります。

 

データサイエンスの特性については、後で論じます。しかし、アンシャンレジームを考える上で、最低限理解してもらいたい点があります。それは、データサイエンスは目的を設定して、データから、目的を達成する最良の手段を探索する手法だという点です。データサイエンスは、データと手法であるアルゴリズムから、構成されますが、良いアルゴリズムを選抜するためには、目的(評価関数)の設定が必要です。つまり、データサイエンティストは、問題をみた場合に、「評価関数、利用可能なデータ、候補となるアルゴリズム」の3点セットをほとんど一瞬のうちに判定して、勝算があるかを判断します。現時点では解けない問題では、今後のデータ、アルゴリズムの改善(ハードウエアの計算能力の改善も含む)を予測して、判断を行います。3点セットが明確でない場合には、それは、問題が設定されていないと判断して、検討はしません。つまり、データサイエンスは、物理学のように、究極の真理を追求しません。データとコンピュータの能力との折り合いをつけて、目的を達成する最良な方法を探索するだけです。データサイエンスでは、目的(評価関数)が設定されない場合は例外です。目的と手段の入れ替えは起こり得ません。

 

日本の組織運営は、科学的に行われていません。

 

したがって、このままでは、日本が科学技術立国になることはあり得ません。

 

1-2)モダンレジームの世界

 

日本は、アンシャンでジームが広がっていますので、人々はモダンレジームをイメージできなくなっています。

 

そこで、モダンレジームとレジームシフトを考えます。

 

日本が高度経済成長だったころ、インフレではありましたが、給与は毎年あがっていました。その当時の人々は、現在は豊かではないが、経済成長をつづければ、近い将来には豊かになれると希望をもっていました。

 

経済が拡大するとはこうした社会です。高度経済成長は、農業から工業への労働移動と、それに伴う劇的な生産性の向上によってもたらされました。

 

現在、OECDの各国は、モダンレジームを進めて、デジタル社会にレジームシフトをとげつつあります。これは、デジタル社会と従来のデジタル以前の社会とは、労働生産性が大きく違いますので、所得が急増します。

 

つまり、モダンレジームとは、労働者が、サービスサイエンスを利用したサービス業に着くことで、大きな所得を得る仕組みです。

 

IT業界で、実績をあげれば、20代でも年収2000万円以上稼げます。稼いだお金で起業してベンチャーを起こせば、更に所得を上げることができます。

 

これは、日本の高度経済成長と同じ仕組みです。

 

ただし、ITであれば何でも良い訳ではありません。作ったプログラムに汎用性があり、利用回数が多いほど大きな利益を産みます。波及効果が問題になります。クラウドシステムとスマホには劇的な波及効果がありました。次が何かに、皆が凌ぎけずっています。

 

モダンレジームに基づくDXは、日本の高度経済成長と同じようなバラ色の日々です。ビジネスチャンスがあるから、自発的に起業する訳です。労働者は所得が増えるから、DXを喜んで進める訳です。

 

モダンレジームであれば、DXや企業に補助金をつけて、無理やり促進する必要はありません。

 

DXや企業に補助金をつけなければならないのは、日本は、モダンレジームではないからです。

 

ヨーゼフ・シュンペーターは、企業者の行う不断のイノベーション(革新)が経済を変動させるという理論を提示しました。この理論は万能ではありませんが、イノベーションによる労働生産性の向上が著しい場合には、良く当てはまります。そして、DXとは、労働生産性を著しく向上させるイノベーションですから、現在ほど、シュンペーターの理論が当てはまる時代はないはずです。

 

この点に気が付けば、インフレになれば、経済成長するというイノベーションを無視した理論は現実に全く合わないことがわかります。

 

モダンレジームとアンシャンレジームの違いは、問題の所在を理解する上で重要です。

 

なお、ベーシックインカムの議論がなされていますが、ベーシックインカムは、デジタル社会にレジームシフトして、労働生産性が大きく向上した場合の議論です。デジタル社会へのレジームシフトができない場合には、労働生産性が低く、財源がないので、ベーシックインカムは実現できません。いくつかの国では、ベーシックインカムの実験が行われていますが、実験結果の解釈は、レジームシフト問題とセットで考える必要があります。



2)アンシャンレジームとは

 

2-1)アンシャンレジームの目的と定義

 

データサイエンスを排除して、年齢・経験・ポストを根拠とする権威を維持することを目的とした活動をアンシャンレジーと呼びます。

 

アンシャンレジームは、年功型雇用を中心とした現体制の維持を目的とした活動と言い換えることもできます。

 

アンシャンレジームとは、モダンレジームによるデジタル社会へのレジームシフトを妨害する活動と言い換えることもできます。

 

これから、アンシャンレジームとは、労働生産性の向上を阻止して、旧体制の権威を維持する活動と言い換えることもできます。

 

労働生産性の向上を阻止すれば、利潤の最大化を目指せないので、アンシャンレジームは、株主に対する詐欺であって、本来、あってはならないモノです。

 

2-2)アンシャンレジームのアクター

 

アンシャンレジームを仕掛ける人(アクター)は、企業の幹部のように、人事など経営資源の配分権を持った人です。もちろん、企業の幹部が全てアンシャンレジームを仕掛けるわけではありません。アンシャンレジームは、ポストに見合うだけの実力を伴わない人が仕掛けます。ポストに見合うだけの実力を伴わない人がアクターです。このアクターには、アンシャンレジームを仕掛けることで、経済的な利益が得られるという動機があります。

 

2-3)アンシャンレジームの構成

 

アンシャンレジームは、次の部分から構成されます。

 

(1)労働者対策

 

サイエンスは、エビデンスに基づきます。サイエンスは、権威やラベリングを否定します。

 

エビデンスに基づけば、社長(ポストにある、ラベル)だから偉いのでなく、利益を上げられる社長だから偉いのです。利益を上げられない社長は、株主総会でクビになるので、偉くありません。これは、自由市場のルールですが、エビデンスに基づく点で、サイエンスのルールでもあります。アンシャンレジームは、株主総会でクビになりそうな利益を上げられない会社の幹部が仕掛けます。

 

労働者に対して、高いポストについている人間は偉いので、従うべきであるという洗脳を仕掛けます。

 

年功型雇用を維持することで、企業をやめて、労働市場にexitすることが不利になるようにします。

 

労働者の賃金を低く維持し、賃金格差のヒエラルキーを維持することで、ポストが権威のもとであるという幻想を演出します。このためには、トレーニングや学習費用を抑えます。これは、同じポストでも、学習によってスキルに差が付き、賃金に差がつくことを避けるためです。



(2)幹部と幹部候補生に対する忠誠心の確保

 

社内政治で、競争相手になりそうな人を排除して、イエスマンを並べて、利権グループを構成します。これは、イノベーションを完全に殺してしまう方法です。



(3)株主対策

 

株式総会を、大政翼賛会で行います。

 

そのために、株式持ち合いを使います。この手法は、日本が1964年にOECDに加盟したことで貿易自由化・資本自由化が求められたときに、外資を排除するために使われたとも言われています。つまり、FDIを増やさない対策でもあります。

 

2000年代に入って株式持ち合いの解消の流れは強まり、1988年には市場全体の時価総額の50%を上回っていた上場企業と保険会社が保有する他の上場企業の株式は、2013年度は約16%まで低下しました。

 

とはいえ、「規制緩和を行い、株式持合いを解消すれば、外国資本による日本への投資・買収がさかんになるかもしれない 」という議論は毎回くりかえされています。これは、アンシャンレジームに他なりません。

 

アンシャンレジーム派の発想を考えれば、株式持ち合いの解消により、この手法による現体制の維持が困難になれば、その分を他の工作で補うことを目指します。FDIのデータをみれば、株式持ち合いの解消は進んでいますが、外資によるFDIは、進んでいないので、アンシャンレジームによる「外国資本による日本への投資・買収」をブロックする工作は成功しています。



望ましいとは思いませんが、中国のように、海外資本の持ち株比率は最大でも49%とする方が、基準としては明快です。

 

日本は、外資をブロックしながら、その基準を明確にしていないので、外資のFDIのリスクは高くなります。これは、外資をブロックする工作としては有効ですが、競争を排除するため、労働生産性の向上を阻害し、賃金が上がらない原因をつくります。

 

(4)消費者対策

 

これが必要かは論点になります。

 

主体が企業ではなく、官庁組織の場合には、国民対策、有権者対策に相当し、政府広報のように、実際に対策が行われています。

 

大臣の報道も、内容はともかく、テレビに登場する頻度を上げることで、知名度が上がり、選挙に有利になる効果があります。

 

アンシャンレジームが、科学に反する洗脳を含む場合、消費者対策は必須の事項と思われます。典型的事例は、日本製は品質がよいといったエビデンスにもとづかないラベリング文化です。この点は、別途詳しく論じますが、ラベリング文化は、ジョブ型雇用を破壊する点だけを指摘しておきます。つまり、DXを阻害する年功型雇用を維持するためには、ラベリング文化を洗脳することが有効に働きます。ラベリング文化に洗脳されてしまうと業績評価ができなくなりますので、実質的なジョブ型雇用は不可能になります。もちろん、ジョブ型雇用という名前をつけた年功型雇用のバリエーションをつくることはできますが、それは、ジョブ型雇用ではありません。ジョブ型雇用になっているか否かは、国際的な労働市場に見合った給与を支払っているかをチェックすればわかります。



2-4)アンシャンレジームの被害

 

最後に、アンシャンレジームの被害について述べます。

 

デジタル社会へのレジームシフトの点で考えれば、アンシャンレジームは、デジタル社会へのレジームシフトを妨害します。

 

他の企業で、デジタル社会へのレジームシフトが起こり、アンシャンレジームを採用する企業では、デジタル以前の社会システムが残れば、その企業はつぶれてしまいます。

 

つまり、企業の経営者は、確信犯で、企業を潰す経営をしている訳ですから、これは、カルト経営と呼ぶことができます。

 

国レベルでいえば、これは、日本が、発展途上国に戻ることに相当します。