メタ科学技術政策を考える~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

メタ科学技術政策を考える(2022/06/15)

(科学技術の振興には、メタ科学技術政策が重要です)

 

1)まえがき

 

 2022/06/14のKYODOによると、感染症危機管理庁をつくって、感染症危機管理を一元化するといううたい文句ですが、同日の朝日新聞によれば、各省庁の担当を配置するので実態は、連絡係との調整が実態になりそうです。

 

アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、職員15000人がいる独立機関なので、感染症危機管理庁とは別ものです。

 

アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁FEMA)も、防災関係の職員を集めて、一元化して、7500人の職員を抱えています。やはり、感染症危機管理庁とは別ものです。

 

FEMAが、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件を防止できなかったとういうことで、2002年11月にアメリカ合衆国国土安全保障省(DHS)が、設置されました。アメリカ合衆国連邦行政部の中で最も新しい省です。人員は229000人で、国防総省と退役軍人省に次ぐ3番目に大きな省です。一方では、大きすぎて、迅速に対応できていないという批判もあるようです。

 

このように、米国では、一元管理のためには、人員を移動して組織を作り替えています。

 

米国では、日本のように連絡係を置くことを一元管理とはいいません。

 

2023/04/01に、こども家庭庁ができましたが、今の所、保育園と幼稚園の一元化のめどはたっていません。

 

このようにして見ると、政策の中身以前に組織体制のメタレベルでの問題が解決されなければ、問題解決は不可能に見えます。

 

2)科学技術政策

 

さて、本題は、科学技術政策です。

 

最近、生態学の内外の法制度を比べて、専門レベルでの用語の理解が必須ではないかと思うようになりました。

たとえば、生物多様性は、厳密な生態学の用語です。しかし、素人は、レッドーデータブックの生物種を保護することが生物多様性であると間違った理解をしている可能性があります。物理学では、質量は、重量ではありませんので、この2つは厳密に区分されます。しかし、物理学が習得できていなければ、この区別は難しいと思います。生物多様性も同じ問題を抱えています。

 

それどころか、AI、バイオテクノロジーなどの科学技術政策に頻出する単語も、流行語だから、散りばめればよいという訳にいきません。

 

新しい資本主義実現会議の提言の科学技術に関係する部分をピックアップすると以下です。

 

ー-------------------

 

量子、AI、バイオテクノロジー・医療分野は、我が国の国益に直結する科学技術分野である。このため、国が国家戦略・国家目標を提示するため、国家戦略を策定し、官民が連携して科学技術投資の抜本拡充を図り、科学技術立国を再興する。

その上で、研究開発投資を増加する企業に対しては、インセンティブを付与していく。あわせて、総理に対する情報提供・助言のため、総理官邸に科学技術顧問を設置する。

(1)量子技術

(2)AI実装

(3)バイオものづくり

(4)再生・細胞医療・遺伝子治療

(5)大学教育改革

10兆円規模の大学ファンド

(6)2025年大阪・関西万博

 

ー---------------

 

ここで、X=「量子、AI、バイオテクノロジー・医療」とします。

もし、Xを他のキーワードに入れかえても意味が通じるのであれば、恐らくこの文章は、用語の意味がわからなくとも作成できることになります。つまり、専門家は関与していません。

 

このXは、予算配分の重点エリアですので、政治的に、どのキーワードをXに入れ込むかの利権の調整が働きます。しかし、利権の調整は、科学技術政策ではありません。

 

図1は、アメリカの科学技術関連政策形成システムです。

 

PCAST(President’s Council of Advisors on Science and Technology:大統領科学技術諮問委員会)の同委員会委員長は、大統領府科学技術政策局(White House Office of Science and Technology Policy:OSTP)の長官が務めます。しかし、それ以外の委員は、専門家です。PCASTは、専門家が、科学技術の進め方について検討します。

PCASTは、大学、及び産業界のリーダーにより構成される委員会で、大統領に、報告書を提出します。

 

米国の科学技術予算は、国立科学財団、国防省、エネルギー省、国立保健研究所など多様な連邦政府の省・機関を通して配分されていますが、その省・機関を超えたプログラムの企画立案・調整機能は各省・機関のトップにより構成される国家科学技術会議(National Science and Technology Council-NSTC)により担われ、また、科学技術政策室(Office of Science and Technology Policy-OSTP)がその事務局としての役割を果たしています。

 

PCAST提案は、この国家科学技術会議(National Science and Technology Council;NSTC)で検討されます。

 

NTSCでは、一般的に高いリスクと成果が現れるまでに長い期間が見込まれる基礎研究を重視する傾向が見られます。これは、流行語になる研究には、民間投資が十分ありますので、当然のことです。民間ができることを、政府が行えば、補助金依存になって、競争力がなくなります。つまり、流行語になる分野の科学技術レベルは、投入予算に反比例して、低下します。これは、政府の失敗と呼ばれる経済学の常識ですが、信頼しない人もいると思います。常識というのは、言い過ぎかもしれませんが、少なくとも政策効果について、エビデンスをとって評価する必要がありますが、今まで、ABテストはなされていません。



図2と図3は、日本の近年の科学技術・イノベーション政策形成関連閣僚級会議体の概要です。

総合科学技術会議(CSTP)については、注1をご覧ください。

 

これをみればわかりますが、全て、総理大臣または、官房長官がトップで、各省庁が入り込んでいます。

 

つまり、科学技術政策というより、科学技術予算の利権の配分組織に見えます。

 

日本の各省庁の大臣、さらに、大臣を直接サポートする事務方のトップには、科学技術の専門家はいません。

 

メタ科学技術政策のレベルで、PCASTのような科学技術の専門家が排除されている点で、現在の科学技術政策の決め方に、制度上の欠陥があるように、筆者には思われます。

 

たとえば、PCASTのような専門家による提言を行う機関をつくって、国会の下部機関にするなど、行政との独立性を高める方法も検討できると考えます。



 

 

 

図1 アメリカの科学技術関連政策形成システム

 

図2 日本の近年の科学技術・イノベーション政策形成関連閣僚級会議体の概要

 

 

 

図3 日本の近年の科学技術・イノベーション政策形成関連閣僚級会議体の概要

 

 

注1:

 

ここでは、日本の総合科学技術会議(CSTP)を引用していません。

 

石井紫郎氏は、CSTPを、米国のPCASTとNSTCに並ぶ組織であると考えています。

 

筆者が、CSTPを引用しない理由は、次の2つです。

 

(1)CSTPの独立性に問題がある



総合科学技術・イノベーション会議の構成員14名は以下です。

議長  内閣総理大臣

議員 閣僚 6名

議員 有識者 7名

議員 関係機関の長 1名 日本学術会議会長

 

CSTPにも政策形成関連閣僚級会議と同じように、半数の閣僚が入っています。

つまり、政治的な配慮なしに、意見を提出する場になっていません。

ここでは、科学政策の内容ではなく、メタ科学技術政策(組織)を論じています。

 

ですから、仮に、CSTPを入れても、政策形成関連閣僚級会議で書いた論旨を変える必要はありません。

 

(2)PCASTとNSTCのような多様性のある関係がない

 

石井紫郎氏は、PCASTとNSTCが共に、大統領府に属する機関であると考えています。

 

しかし、この2つの機関の性格は、大きく異なります。

 

PCASTが、大統領府との関係が弱いことが、政策検討の幅を拡げています。

 

ちなみに、直接の権限はありませんが、米国では、色々なアカデミック組織が、科学ビジョンを独自に提出しています。

 

PCASTは、それも見ているはずです。それがあるから、色々なビジョンが出る訳です。

 

データサイエンスの世界では、誰も正解をしらないことを前提に検討することが科学的アプローチです。

 

CSTPの答申が必要以上に権威を持つことは、多様性の妨げになります。

 

CSTPが答申を出すので、他の提案は、無視されるだろうから、独自のビジョンは出さないというアカデミック組織が増えてしまいます。これは、自治体の長が、中央官庁の指示待ちで、自分では動かないのと同じような反応です。

 

多様なビジョンが出てきて、エビデンスを基に、軌道修正するようなメカニズムが必要です。

 

アダム・グラント氏が、「THINK AGEIN」で述べているように、アイデアは、常にチェックを受けて、エビデンスに基づいて、軌道修正する必要があります。

 

現時点では、CSTPの答申を修正するメカニズムはありません。トップが、 内閣総理大臣では、誰も手を入れられません。

 

PCASTとNSTCの2頭立ては、この点では、効果のある組織と考えます。




引用文献

 

新しい資本主義実現本部/新しい資本主義実現会議

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/index.html

 

アメリカの科学技術関連政策形成システム

https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/gakujutsu/haihu02/siryo3-2.pdf

 

我が国の科学技術・イノベーション政策形成システム:現状と展開に向けた示唆::研究 技術 計画 Vol. 34, No. 3, 2019、伊 地 知 寛 博、 高 谷 徹、白 川 展 之、 中 津 健 之

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsrpim/34/3/34_216/_pdf

 

ニュース・アメリカ】大統領府、PCASTメンバー16人のうち7人を発表(10月22日) 2020/03/04 日本学術振興会

https://www.science.org/content/article/breaking-trump-names-seven-revived-presidential-science-advisory-panel

 

研究開発の俯瞰報告書 主要国の研究開発戦略(2019年)

CRDS- FY2018-FR-05 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

 

https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2018/FR/CRDS-FY2018-FR-05/CRDS-FY2018-FR-05_04.pdf

 

日本における科学技術政策決定システム 石井紫郎

https://sci.digitalmuseum.jp/project/policy-decision/lec-ishii.pdf

 

司令塔名称を感染症危機管理庁に 政府調整、目標明確化の狙い 2022/06/14 KYODO

https://news.yahoo.co.jp/articles/fd6f291e220b7bb3f4a9d666832c265c4e171e4e 

 

感染症危機管理庁」を新設へ 感染症の研究・臨床拠点も一体化 2022/06/14 朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/ASQ6G44Z3Q6GUTFL00J.html