半導体製造装置とICの研究~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

「1.29 変わった日本」で述べたように、日本は、変わりませんでしたが、そのことによって、日本は世界から取り残されています。

 

浦島太郎的に表現すれば、日本の周辺にだけ、竜宮城の霧がかかっていて、時間が停止しているようなイメージです。

 

1990年頃には、電機メーカーと自動車メーカーが、2大輸出産業でした。2022年の現在、電機メーカーは総崩れでほぼなくなり、自動車メーカーは残っていますが、今後のEV競争、自動運転競争に生き残れるか、見通しは不明です。

 

1)半導体露光装置

 

半導体露光装置は、もともとは、日本の得意分野でした。ニコンが1980年にはじめて国産化し、1990年にはシェアが世界一になります。キヤノンも参入し、1995年ごろまで、ニコンキヤノンで世界の70から75%のシェアを占めました。

 

オランダのASMLは、1990年には10%未満、1995年には14%のシェアでしたが、その後、シェアを伸ばし、2010年頃には、ASMLのシェアが約8割、ニコンは約2割と逆転しました。

 

2022/02/20の現代ビジネスで、野口 悠紀雄氏は、「ASMLとニコンキヤノンの違いは、中核部品を外注するか、内製するかにあるといいます。ASMLは中核部品を、投影レンズと照明系はカールツァイスに、制御ステージはフィリップスに外注し、自社で担当しているのは、ソフトウェアだけ」であることが成功の原因であると指摘します。

 

湯之上 隆氏は、「日本型モノづくりの敗北 零戦半導体・テレビ (文春新書)」の中で、ASMLがシステムとしてのスループットが高いことをあげています。ASMLの方が部品の信頼性は低いのですが、特殊な部品が少ないため、メンテナンスのために、製造機が停止している時間が短く、スループットがあがるという説明です。

 

2)2021年の半導体製造装置メーカー売上高トップ15

 

2022/03/18のマイナビニュースの服部毅氏の記事では、 トップ15社の本社所在国別内訳は、表1で、日本が最多の7社、次いで米国が4社、オランダ3社、シンガポール1社、韓国1社と、トップ15社のほぼ半分を日本企業が占めている。米国勢は4社と少なめだが、業界トップのApplied Materials(AMAT)が巨大であるため、国別の総売上高では、米国勢の方が上回る結果となっている。(注1)



表1 2021年の半導体製造装置メーカー売上高トップ15

 

1位:Applied Materials(AMAT)=米国

2位:ASML=オランダ

3位:Lam research=米国

4位:東京エレクトロン(TEL)

5位:KLA=米国

6位:アドバンテスト

7位:SCREENセミコンダクターソリューションズ

8位:Teradyne=米国

9位:Kokusai Electric (旧日立国際電気)

10位:AMS International=オランダ

11位ASM Pacific Technology(ASMPT)=オランダ

12位:日立ハイテク

13位:SEMES=韓国、Samsung Electronicsの子会社

14位:キヤノン

15位:ディスコ

 

素人には、半導体露光装置と半導体製造装置の差はわかりにくいですが、 2021/12/14のETtimesで、 湯之上隆氏は、半導体製造装置のシェアを次のように分析しています。

 

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日本のシェアは、次の2種類で高い。

 

(1)液体(または気体などの流体)に関係する装置や材料のシェアが高い。

(2)熱をかけて固めた材料や部品のシェアが高い。

 

基本的にドライな装置の日本シェアは低い(ただしArF液浸は除く)

 

日本の装置メーカーはカスタマーの半導体メーカーごとでカスタマイズするが、欧米の装置メーカーは世界標準の装置を基本的に1種類だけ開発する。装置開発において、日本は発散し、欧米は集約する傾向にある。日本のシェアが高い装置は液体や流体など形がない材料を扱い、欧米メーカーは、光や電子ビームおよびプラズマを使う真空装置を扱う。

 

 まず、欧米人は、理論が先にある。そして、開発初期に徹底的に議論を尽くして方針を一本化する。その上で、規格、ルール、ストーリー、ロジックをつくる。逆の言い方をすると、欧米人の技術者は手先が不器用で実験が下手である(というより技術者は一切実験をせず、テクニシャンと呼ばれる職種に任せる文化がある)。

 

 一方、日本人の技術者は、優れた感覚と経験を基に、直感的に手を動かして実験を行う。また、決められた枠組みの中で最適化することを非常に得意としている。しかし、規格やルールを作るのは苦手である。

 

 このように、日本人と欧米人では、発想や行動様式がまったく異なる。それが、装置などのシェアの高低につながっていると推測できる。

 

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つまり、特定部品の性能に依存する場合には、日本のメーカーがシェアをもっていますが、それ以外では、シェアがとれていません。

 

このあと、 湯之上隆氏は、日本の長所を伸ばすべきであると主張しますが、筆者は、賛同できません。「欧米人は、理論が先にある」と湯之上隆氏は言いますが、これは、科学的アプローチそのものです。一方の「決められた枠組みの中で最適化する」のは、ヒストリアンで、全体のビジョンが描けないことを指しています。

 

また、「理論が先にある」は、半導体露光装置で、野口 悠紀雄氏が、ASMLは、自社で担当しているのは、ソフトウェアだけのファブレスであることが成功の原因といっていることに対応します。

 

このように考えると、液体装置の優位は、製造路プロセスが変わるとなくなる危ういものです。

 

表1の日本企業は、最多の7社ですが、引用文献で、売り上げ高をみると、シェアは、高くはありません。

 

2022/04/26のロイターは、キャノンが、円安と半導体製造装置で、業績が伸びたといっていますが、順位は14位ですが、上位との金額差は大きいです。

 

なお、キヤノンの御手洗会長は、「円安が大きなプラス」といっていますが、2022/02/20 のDIAMOND onlineで、野口 悠紀雄氏は、円安が企業業績を上げたというエビデンスはないといっています。

 

3)IC(半導体)の生産



日本に強みのある製造装置・素材のチョークポイント技術を磨くために

 

2021年6月の経済産業省の「半導体戦略(概略)」には、「我が国は世界第1位の半導体工場数を持つが、その多くは陳腐化・老朽化しており、その再生を行う」としています。

 

同資料には、次のシェアの変遷がのっています。

 

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1988年のシェア

日 本:50.3%

米 国:36.8%

アジア: 3.3%

 

1992年の売上ランキング

1位 インテル (米)

2位 NEC (日)

3位 東芝 (日)

4位 モトローラ (米)

5位 日立 (日)

6位 TI (米)

7位 富士通 (日)

8位 三菱 (日)

9位 フィリップス (蘭)

10位 松下 (日)

 

2019年のシェア

日 本:10.0%

米 国:50.7%

アジア:25.2%



2019年の売上ランキング

1位 インテル (米)

2位 サムスン (韓)

3位 SK (韓)

4位 マイクロン (米)

5位 ブロードコム(米)

6位 クアルコム (米)

7位 TI (米)

8位 STマイクロ (瑞)

9位 キオクシア (日)

10位 NXP (蘭)

 

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なお、その後の2020年の半導体IC市場では、日本メーカーのシェアはわずか6%にまで低下しています。一方で、アメリカは55%、アジア諸国は33%と大幅に伸びていて、日本の一人敗けです。

 

3-1)エルピーダメモリ

 

経済産業省は、他国に匹敵する大胆な支援措置が必要と主張しますが、過去のエルピーダメモリで躓いていますので、支援措置には疑問が付きます。

 

1999年12月20日日本電気 (NEC) と日立製作所DRAM事業部門が統合して、エヌイーシー日立メモリ株式会社(英語: NEC-Hitachi Memory, Inc.)として設立。

2000年9月28日:商号をエルピーダメモリ株式会社(英語: Elpida Memory, Inc.)に変更しています。

 

半導体IC市場での日本のシェアは下がりづつけていましたので、業績は良いとは言えませんでした。少なくとも、統合効果は見えませんでした。

 

エルピーダメモリは2009年6月30日に改正産業活力再生法(産活法)の適用第1号に認定され、300億円の公的資金を得ています。



浜田宏一氏は「日本銀行(による円高)がエルピーダを潰したと言っていい」と発言しています。短期的に見かけは、そうなりますが、野口 悠紀雄氏が指摘しているように、中期的には、円高がマイナスというエビデンスは見られないと思われます。つまり、破綻の原因は、経営の失敗にあった可能性が高いです。

 

その後、2012年2月、「DRAMの寵児」ともいわれた坂本幸雄氏が率いるエルピーダメモリは、日本の製造業では、当時、戦後最大の約4480億円の負債を抱え、会社更生法の適用を申請しています。

 

2012年7月にマイクロンテクノロジーは2000億円で、エルピーダメモリの全株式を取得しています。

 

このとき、2009年から導入されたDIP型と呼ばれる新しい会社更生手続きで、破綻企業の経営陣が退陣せず、更生計画に関与するのが最大の特徴です。DIP型では破綻した企業の社長が管財人になる。一人二役である。管財人は、支援企業の選定に大きな影響力をもちます。この時は、社長の坂本氏が管財人で、2000億円で査定したので、この金額がマイクロンテクノロジーの支払い金額になりました。

 

ヘッジファンドのリンデン・アドバイザーズやオウル・クリーク・アセット・マネジメント、タコニット・キャピタル・アドバイザーなど社債権者20社は「エルピーダ企業価値は、管財人(=坂本氏)が査定した2000億円ではなく、3000億円に上る」と主張。マイクロンへの売却提案は透明性を欠いているとして、独自の再建案を東京地裁に提出しています。

 

TSMCへの補助金の投入が決まりましたので、2022/03には、日経新聞の「エルピーダの教訓 破綻から10年 連載企画まとめ読み」を始め、各紙に、エルピーダ関係の記事が出ました。

 

こうした記事の多くは、坂本氏に破綻の原因を聞いているのですが、倒産した時の当事者ですから、米国では、あり得ない扱いです。

 

2022/03/06のJBPressで、湯之上 隆氏は、「エルピーダの教訓 破綻から10年(上)(下)」2022年2月25~26日、日経新聞と日経電子版の「日本の半導体、なお再編余地」と題するエルピーダ元社長・坂本幸雄氏へのインタビュー記事に対して、「まだそんなことを言っているのか」「まだ自分の失敗を認めないのか」「“教訓”という記事なのに何も“教訓”になっていないじゃないか」と批判しています

 

2019/12/09のBusiness Journalに、有森隆氏は、次のように、坂本氏には、経営責任があると指摘しています。

 

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 エルピーダの倒産時にメインバンクのバンカーは「坂本さんには技術の先を見る目がなかった」と吐き捨てた。2019/12/02の「日経ビジネス」「元エルピーダメモリの坂本氏を起用 中国がDREM国産化に執念」という記事では<坂本氏は周囲から「会社を潰した張本人」と見られてしまう>と書かれているが、詳述したように坂本氏は会社を潰し、敵前逃亡した張本人なのである。

 

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4)マイクロンメモリジャパン

 

エルピーダの経営責任の判断は、筆者の能力を超えています。

 

2019/06/19の東洋経済に、高橋 玲央氏が、 マイクロンメモリジャパンについて記事を書いているので要約します。

 

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2012年に経営破綻した旧エルピーダメモリの主力工場で、2013年にアメリカの同業、マイクロンテクノロジーに買収された。しかし、旧エルピーダの社員はマイクロンメモリで働き続けており、勝ち残りをかけた積極投資も続いている。旧エルピーダの取締役からマイクロンメモリジャパンの社長になった木下嘉隆氏は「マイクロンになって本当によかった」と振り返る。倒産から7年。他社に移った社員もいたが、マイクロンに残った技術者は「口には出さないが、幸せに思っていると思う」と木下氏はいう。

 

巨額投資が必要な半導体ビジネスは一種の体力勝負だ。この状況は日本唯一のメモリメーカー、東芝メモリにも当てはまる。フラッシュを生産する東芝メモリ岩手県北上市に新工場を建設中だ。投資額は非公表だが、既存の四日市工場(三重県)を合わせ、年間数千億円規模の資金を必要としている。

生産設備には多額の費用がかかり、思い切った経営判断資本力も欠かせない。そのため、世界の半導体メモリ市場はサムスン電子やSKハイニックスなど、DRAMで3社、フラッシュは5社でほとんどを占める寡占状態になっている。それでも競争は激しく、先端製品を作れなければ、市況が回復した際に競争力を失いかねない。

 

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これを見る限り、マイクロンテクノロジーは、エルピーダよりは、良いと思われます。



湯之上 隆氏は経営者が傲慢であること、日本は超高品質DRAMで大成功した結果、「高品質が正義である」という技術文化が現場に深く根付き、そこそこの品質のDRAMを低コストでつくることができなかったことが失敗の原因であるいいます。

 

しかし、筆者は、日本の経営者は、年功型型雇用の中で、最適な経営をしているのではないかと考えます。企業の目的が、売り上げを上げ、利益を上げることであれば、湯之上 隆氏のいうように経営者は傲慢といえるでしょう。しかし、年功型の場合には、社員を首にできませんので、基本的には、労働生産性は上がりません。このシステムは、売り上げと利益を最大化することを目的としていません。その中で、出世して、幹部になるためには、社内に敵をつくらないいい人になること、外部から補助金をもらってくることしかできません。

1990年頃までの、県は、国から出向課長や、出向部長を受け入れていました。彼らの役割は国からできるだけ、多くの補助金をもらってくることです。労働生産性を上げられないなかで、成果を上げる唯一の方法が補助金です。

 

企業は、自治体とは違います。とはいえ、県と同じように、年功型雇用を続けていて、国から、天下りを受け入れて、見返りに補助金を得ている企業もあります。エルピーダメモリは、国から300億円を得ていますので、この自治体タイプの企業であったと思われます。

坂本氏は、破綻の原因は、補助金がたりなかったといっていますので、自治体幹部の発想です。

 

長くなりましたので、今回は、ここまでにします。

自治体タイプの企業問題は、後で、追加して検討します。





注1:

蘭ASMグループは3社がランクインしていますので、合計するとApplied Materialsを上回り第1位になります。

 

引用文献



マイクロンメモリジャパン ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%A1%E3%83%A2%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%B3

 

2021年の半導体製造装置メーカー売上高トップ15、日本企業は7社がランクイン  2022/03/18 マイナビニュース 服部毅 

https://news.mynavi.jp/techplus/article/20220328-2305876/

 

半導体製造装置と材料、日本のシェアはなぜ高い? ~「日本人特有の気質」が生み出す競争力 2021/12/14 ET times 湯之上隆, 亀和田忠司

https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2112/14/news034.html

 

特集:半導体製造装置―トランプからバイデンへ。アメリカのハイテク・半導体戦略と長期化へ向かう半導体設備投資ブーム(東京エレクトロンアドバンテスト、レーザーテック、ASMLホールディング、アプライド・マテリアルズ、テラダインなど、主要半導体製造装置メーカーの「買い」判断を維持する 2021/06/18 トウシル 今中 能夫

https://media.rakuten-sec.net/articles/-/32680?page=1

 

「円安は国益」の評価が一変した真の原因、円安効果の2つの間違い 2022/02/20 DIAMOD online 野口 悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/303037

 

ASMLーゴミ捨て場に生まれた企業が世界の半導体製造を制覇した 2022/02/20 現代ビジネス 野口 悠紀雄

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/92525?imp=0

 

半導体市場における日本メーカーの動向 2022/03/31 IT Insigt

https://go.orixrentec.jp/rentecinsight/it/article-158

 

電子機器製造の産業基盤実態等調査 2020/03 Inform UK Limited 経済産業省

https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2019FY/000182.pdf

 

半導体戦略 経済産業省 2021/06

https://www.meti.go.jp/press/2021/06/20210604008/20210603008-4.pdf



2021年4月~6月期 半導体製造装置企業の売上動向 SEMI-NET

https://semi-net.com/feature/posts/equipment212q

 

キヤノンが業績上方修正、御手洗会長「円安が大きなプラス」2022/04/26 ロイター

https://jp.reuters.com/article/canon-outlook-idJPKCN2MI0CW



“国産”エルピーダメモリを倒産させた坂本幸雄元社長、中国半導体大手の副総裁に就任 2019/12/09 Business Journal 有森隆

https://biz-journal.jp/2019/12/post_131159_3.html



エルピーダの教訓 破綻から10年」連載企画まとめ読み 2022/03/06 日経新聞

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC043T20U2A300C2000000/

 

再びの半導体支援「うまくいかない」 元エルピーダ社長坂本さん 2021/12/29 朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/ASPDW4SXMPD1ULFA031.html

 

まだそんなことを言っているのか!間違いだらけの「エルピーダ破綻の原因」2022/03/06 

JBPress 湯之上 隆 

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69115

 

エルピーダメモリ、広島でどう生き残ったか  2019/06/19 東洋経済 高橋 玲央 

https://toyokeizai.net/articles/-/286824

 

傲慢症候群が「日本半導体敗戦」の真の理由だ 2015/07/13 論座 湯之上 隆

https://webronza.asahi.com/science/articles/2015070900003.html

 

日本型モノづくりの敗北 零戦半導体・テレビ 2013 文春新書 湯之上 隆