食料安全保障をめぐって~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(評価指標となるエビデンスの選択とエビデンスに基づくフィードバックがないと問題は解決しません)

 

ウクライナの戦争が起こって、安全保障の問題に関心が深くなっています。

 

ここでは、本章で、中心となるフレームワークの考え方の事例として、食料安全保障を取り上げます。

 

同様のフレームワークの検討はエネルギーの安全保障、軍事力の安全保障にも使えます。

 

フレームワークの基本は、「評価指標(目的変量、エビデンス)ー>制御変量ー>」「評価指標(目的変量、エビデンス)ー>制御変量」という順で、「評価指標(目的変量、エビデンス)ー>制御線量ー>」が繰り返しフィードバックして用いられます。

 

評価指標、制御変量、フィードバックの3つが課題になります。

 

1)評価指標の作成

 

食料安全保障の評価指標に、食料自給率をつかうべきではありません。

 

食料自給率には、備蓄量、GDPに関係する輸入食料の購買力、輸入食料の調達先の分散割合等は反映されていません。

 

「GDPに関係する輸入品の購買力、輸入品の調達先の分散割」は、石油などのエネルギーにも共通する事項ですので、評価指標があってもよいと思いますが、筆者が知らないだけでしょうか。

 

評価指標は、計測可能なエビデンスに基づく必要がありますが、単一の測定値ではなく、エビデンスに重みをかけた指標にすべき場合も多くあります。

 

ウクライナ戦争における兵器の数が、戦力を表さなかったことが知られています。

 

また、ストックとフローがある場合には、どちらかに、単位をそろえる必要があります。

 

おかしな目的変量の例は多くあります。

 

ある大学の学長は、学内ベンチャーを500立ち上げることを目標に掲げていました。しかし、最終的には、ユニコーンにならなければ意味がないと思われます。

理由はよくわかりませんが、単純な数を目的変量にとることが好まれるようです。

 

ソフトウェアエンジニアを300万人養成するのも同じです。ソフトウェアエンジニアは手段であって、目的ではありません。本当に優秀なソフトウェアエンジニアは数がすくないんので、10万人もそろえられれば十分とも思われます。どのようなソフトウェアをつくって、どのような科学立国をするのかというビジョンがあれば、このようなことにはならないはずです。

 

大学の教員採用でも、論文が何本という指標が使われます。研究大学はもとより、教育大学でも、このガイドラインを使っているところが多くあります。論文の本数は、どのような教員を揃えて、どのような大学をつくるかというビジョンの一部です。ビジョンに合っていれば、論文本数でかまいませんが、ビジョンなしに、本数を問題にしている大学も多くあります。






2)制御変量

 

食料の量は、国内生産量と輸入量(ー輸出量)の差です。輸入を増やせれば、国内にある食料の量は増え、飢餓は遠のきます。

 

輸入量をゼロにすれば、自給率は100%になり、飢餓が発生します。

このことから、自給率は、飢餓回避とは関係がないことがわかります。

 

問題は、制御変数とは何かということです。

 

食料の量は、国内生産量と輸入量と輸出量で決まりますので、この3つの変量の制御が目的になります。

 

100%国内生産では、量を確保できません。また、経済的に無理です。そうであれば、適切な国際生産水準を探すべきです。

 

また、リスク評価では、備蓄量を考慮する必要があります。

 

穀物は、人間が消費するものと家畜が消費するものを分ける必要があります。

 

制御変量が複数あった場合には、解析的に最適な組合せを求めることはできませんが、モデルを組んで、モンテカルロシミュレーションをすれば、適切な組合せのおおよその範囲を探索することはできるはずです。



3)フィードバック

 

現在あるフィードバックは、サーキットブレーカのようなもので、状態の急変に対して、変動を止めるものです。

 

それ以外は、明確なフィードバックはありません。

 

4)サンプル

 

ここで、少しだけ、ビジョンの検討をしてみます。

 

食料の安全保障に対して、一番効果があるのは、備蓄です。

 

スイスは1年分の小麦を備蓄しています。

 

米も新米が出るまでは、前年の米を食べています。新米の効果があるのは、2か月程度でしょう。新米の2か月分を除いて、米をストックする期間を延長すれば、備蓄を増やすことができます。もちろん、保存によって食味は劣化しますが、劣化の割合は技術的に、減少させることができます。ただし、モミ米は生きていますが、玄米は生きていません。モミ米で保存する方法を改善すれば、食味試験で、区別がつかない程度に、食味の劣化を抑えられる可能性があります。

 

これが、確実にできるかは不明です。しかし、食料の安全保障を、保存技術の改善という別のテーマに置き換えることができる点がポイントです。

 

過去の事例にこだわるヒストリアンを止めて、ビジョンを持てば、新しい可能性が見つかります。