2.1 ビジョナリストの出発点~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(ビジョナリストの出発点を考えます)

 

ヒストリアンの問題解決法は、次の2つを前提としています。

 

(1)定常過程である。

(2)帰納法が有効に機能する。

 

実際には、この2つの条件は成立しません。

特に、技術進歩の激しい時代には、(1)は、全くナンセンスです。

 

ヒストリーを捨てて、ビジョンを作るべきであるというのが、1章の結論ですが、とはいえ、ヒストリー用のシステム1を捨てて、システム2を使って、ビジョンをつくるのは容易ではありません。システム2を使うという条件は外でないので、どう工夫しても、イバラの道であることは、やむを得ません。時間が10倍はかかる覚悟が必要です。

 

ビジョンには、正解はありません。したがって、正しい方法論は存在しません。

 

しかし、できるだけ無駄を減らすノウハウは考えられます。このノウハウは、正しい方法を目指すのではなく、エラーを減らすレベルです。また、思考範囲を減らすと、効率は上がりますが、より正しい解決方法を見落とすリスクも生じます。そのことを、前提として、話を進めます。

 

1)ヒストリアンのリスク回避

 

ビジョンを作るには、大変な時間と労力がかかります。したがって、大部分の行動は、ヒューリスティックのシステム1を使います。これは、良い悪いの問題ではなく、人間が脳で使えるエネルギー量の制約によります。

 

ヒストリーは、再構築して、ビジョンに変えるべきですが、その場合に、ヒストリーが間違えやすい部分を優先することで、効率をあげることができます。何が正しい方法かは、わかりませんが、どこで、間違いが生じやすいかは検討することができます。帰納法が間違っていることを明確に指摘したのは、哲学者のバートランド・ラッセルでした。そこで、筆者は、帰納法の間違いを「ラッセルの七面鳥の定理」と、2章では呼んでいます。これは、後で、解説します。この定理は単独では全く価値がありませんが、帰納法が間違いやすい条件をレンマ(補助定理)として検討します。レンマがうまく設定できれば、「ラッセルの七面鳥の定理」は、ヒストリアンのエラーを回避するために有効な定理になります。

 

2)デジタル・シフト向けの思考法

 

 定常過程でない場合には、帰納法はつかえませんが、最近は、デジタル・シフトによって、定常過程の仮定は成立しなくなりました。

 

2015年に、オックスフォード大学と野村総研が行った試算では、「10から20 年後に、日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能になる」と言います。

マッキンゼーの「未来の日本の働き方」は、「2030年までに既存業務のうち27%が自動化され、結果1660万人の雇用が代替される可能性がある」と言います。

 

これは、雇用が定常過程でなく、遷移過程であることを示しています。

 

このような話がでると、ヒストリアンは、自分は無くならない仕事につこうとします。定常過程を探して、そこにしがみ付きます。しかし、それは、どうかしています。なぜなら、なくならない仕事の労働生産性は上がりませんが、なくなって、新しくできる仕事は、労働生産性は高いので、より高給が期待できるからです。

 

ヒストリアンは、仕事が変わることに注目しますが、仕事が変わることは、企業も変わります。2021 年の労働人口は6860 万人ですので、2030年に、1600万人の雇用が入れ替わるとすれば、23%になりますので、4人に1人は雇用が入れかわることになります。労働者が入れ替わりやすい業種や企業規模はわからないので、単純に平均で考えると、企業の4社に1社は、つぶれているか、業態を変えているはずです。

 

人間は、そのままでは、定常でない過程(遷移過程)をイメージすることが苦手です。

 

そこで、筆者は、遷移過程の考え方のフレームワークをつくって使うことを推奨します。

 

デジタル・シフトの速度は速くて、WEB2.0、WEB3.0といったり、3G、4G、5Gといったりします。こうした変化を階段状に考える遷移過程のフレームワークが、パラダイムシフトです。

 

一方、生態学の知見から、遷移過程を考えるフレームワークが、エコシステムです。

 

どのようなフレームワークがよいかは問題によりますが、ヒストリアンの定常過程以外を受けつけない「無くならない仕事」にこだわるよりはましです。

 

2章では、いくつかのフレームワークを提示しますが、実際に使ってみて、使いやすかったフレームワークは、エコシステムのフレームワークだったので、それを、第2章のタイトルに、設定しました。



引用文献



日本の労働人口の 49%が人工知能やロボット等で代替可能に 2015/12/02 野村総研

https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf

 

マッキンゼー「未来の日本の働き方」

https://www.mckinsey.com/jp/~/media/McKinsey/Locations/Asia/Japan/Our%20Insights/Future%20of%20work%20in%20Japan/Future%20of%20work%20in%20Japan_v3_jp.pdf