風が吹けば、桶屋が儲かる話~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(日本では、米国に比べ、リテラシーとして、科学理論が正しく理解されていないことが、混乱の原因になっている可能性があります)

 

科学的方法論は、観察によって仮説を立てて、仮説をエビデンスに基づいて検証する方法です。

 

仮説は、帰納法で作成するものではありません。

 

2009年にマクロソフトリサーチのTonyHey 、Kristin Michele Tolle、Stewart Tansleyは、「The Fourth Paradigm」というアンソロジーを編集しています。

 

Heyらは、帰納法で作成する命題を、経験的証拠として、科学理論の一つ前のパラダイムであるとしています。

 

帰納法で作成する命題は、前例主義であって、ヒストリアンのシステム1のヒューリスティックな思考法です。仮説を立てる、ビジョンを作ることは、システム2の思考法で、エネルギー消費量が多いため、時間と余裕がないと機能しません。

 

風が吹けば桶屋が儲かる話は荒唐無稽で、馬鹿な考えのように扱われていますが、科学理論からすれば、仮説として問題はありません。馬鹿な考えか、否かは、次の検証ステップの問題であって、仮説のステップであれば、まともです。

 

風が吹けば桶屋が儲かる話は、演繹が主体ではありますが、演繹に使う命題は、観察データによる帰納法で作られています。科学理論では、演繹法帰納法はセットで繰り返し使われます。

 

CK12の生物学では、科学理論をしっかり叩き込んでいますが、実は、この傾向は、日本の中学校レベルである、CK8でも、共通しています。

 

以上は、全く当たり前のことを繰り返していますので、普通に考えれば、今更、取り上げる話題ではありません。

 

しかし、現実を見ると、当たり前のこととは思えません。

 

(1)探求の科目

 

高等学校学習指導要領の改訂により、2022年度から「探究」の名前の付く科目が7つ新設されます。7科目は、「古典探究」「地理探究」「日本史探究」「世界史探究」「理数探究」「理数探究基礎」「総合的な探究の時間」で、そのうち必履修科目になっているのが「総合的な探究の時間」です。

「総合的な探究の時間」は「総合的な学習の時間」に替わる科目です。

 

高等学校学習指導要領(平成 30 年告示)解説「総合的な探究の時間」を見ると、そこには、科学理論を教える、あるいは、科学という視点はありません。



探求の科目の要望の根拠は、一般社団法人日本経済団体連合会が、2018年におこなった「高等教育に関するアンケート結果」 のようです。そこには、次のように書かれています。

 

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今回の調査で注目すべきは、前回調査2と比較して文系・理系ともに「課題設定・解決能力」がより高い順位となり、さらに理系では「創造力」も高い順位となったことである。IoTやビッグデータ人工知能などをはじめとする技術革新が急速に発展する中、指示待ちではなく、自らの問題意識に基づき課題を設定し、主体的に解を作り出す能力が求められていることが示された。

 

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一般社団法人日本経済団体連合会の会員には、科学理論のリテラシーのある人はいなかったのでしょうか。

過去に学習した理科の教科は、大学入学試験のための暗記教科だったのでしょうか。

 

従来の教科に加えて、探求という教科ができることは、従来の教科では、科学理論を教えていなかったことになります。簡単に言えば、暗記が全てという教育をしていた可能性を示唆しています。これは、ヒストリアンの養成をしていることになり、問題が多いです。そして、今後も、探求の科目以外は、ヒストリアンで構わないと考えられているとしたら、科学技術立国は難しいと感じます。

 

問題は、暗記内容を尋ねる入学試験を作成したことに起因する可能性もあります。

 

2)経済学の科学理論

 

2022/05/19のアステオンに、慶應義塾大学経済学部教授の土居丈朗氏が、「『経済学の常識』は『世間の非常識』か?」というタイトルで、次のように書いています。(要約)

 

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多数の事例に共通する点を解明して、その共通点から導き出される法則性を基に、世の中の行動原理を探究するのが、帰納法のアプローチである。世の経験則は、帰納法的に導かれている。

 

他方、様々な実験や研究から世の中の行動原理が従うべき法則性を仮説として見出し、その法則性が成り立つことを検証し、成否を確認することを通じて、世の中の行動原理を探究するのが、演繹法のアプローチである。自然科学の多くは、演繹法を用いている。

 

経済学は演繹法を用いる(ちなみに、ここでいう経済学は、いわゆる近代経済学を指す)。

 

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「多数の事例に共通する点を解明して、その共通点から導き出される法則性」は、帰納法のように見えます。

 

近代経済学は、物理学の方法論をモデルに構築されているので、演繹法だけではないと思われます。

 

とはいえ、筆者は、帰納法的に導かれる、世の経験則は、正しくないという点には、同意します。

 

竹内啓氏は、1980年に次のように述べ、しかし、物理学をモデルにする方法は限界に達しているといっています。

 

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 「社会科学方法論」においては、自然科学とくにその典型とされ る物理学において成 立した方法が、社会現象の研究に、どのようにしてどこまで応用することができるか、もしそこに限界があるとすればそれは何故であり,またそこでは自然科学の方法とは異なる方法があり得るのかということが、まず主要な問題とされたのである。

 

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竹内啓氏の物理学をモデルにする方法は限界であるという主張はその通りだと思います。

 

筆者は、現在の問題は、物理学ではなく、竹内啓氏の小論以降に出現したデータサイエンスの方法論の評価だと考えます。

 

一方では、猪木武徳氏のように、手順と内容は不可分であると同時に、経済学の一部は歴史学をモデルにすべきであるという主張もあります。しかし、この主張は、筆者には、データサイエンスが誕生する前のヒストリアンの亡霊のように見えます。

 

物理学はいうに及ばず、生物学でも、科学理論は、手順としては明確化されています。

 

以上のように、経済学の方法論は、生物学に比べても、混乱しているようにみえます。

 

3)まとめ

 

本書の趣旨は、科学哲学に入り込むことではなく、変わらない日本の原因を解明する点にあります。

 

そのキーワードは、ヒストリアンとビジョナリストの対立であり、ビジョンをつくることは、科学理論では、仮説であり、データサイエンスではモデルです。仮説ドリブンまたは、モデルドリブンで、検討を進めることは、ビジョン優先になります。

 

「風が吹けば、桶屋が儲かる」を軽視する視点と探求の科目を新たに追加する視点には、ヒストリアンの経験的証拠を優先するため誤りがなくならないという共通の問題点があると感じます。

 

なお、人文科学の方法論は、自然科学の方法論とは同格である、定量的な分析と定性的な分析は同格で独立しているという議論をする人もいます。しかし、データサイエンスでは、定性的な分析は、ロジスティック関数のように、微分可能な連続関数に置き換えて定量化しますので、定性と定量の差はありません。また、人文科学が、個人では一生かかっても読み切れない文献の量を研究対象にすれば、人文科学は、データサイエンスの一部になります。なので、データサイエンス以降、The Fourth Paradigmでは、データサイエンスを使うか、使わないかの違いだけが残っていると思います。



引用文献

 

高等学校学習指導要領(平成 30 年告示)解説 総合的な探究の時間編 文部科学省 H30

https://www.mext.go.jp/content/1407196_21_1_1_2.pdf

 

高等教育に関するアンケート結果 2018年4月17日 一般社団法人 日本経済団体連合会

https://www.keidanren.or.jp/policy/2018/029.html

 

The Fourth Paradigm Data-Intensive Scientific Discovery

https://www.fh-potsdam.de/fileadmin/user_upload/fb-informationswissenschaften/bilder/forschung/tagung/isi_2010/isi_programm/TonyHey_-__eScience_Potsdam__Mar2010____complete_.pdf

 

「経済学の常識」は「世間の非常識」か? 2022/05/19 アステオン 土居丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)

https://www.newsweekjapan.jp/asteion/2022/05/post-61.php

 

社会科学方法論をめぐる現状について 科学哲学 1980年 13巻p. 35-48   竹内 啓

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpssj1968/13/0/13_0_35/_pdf

 

経済社会の学び方 健全な懐疑の目を養う 2021/09/21 中公新書 猪木武徳

一部は、以下で参照できる。

https://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/cat-508/