観測:介入と科学:設計

「独立性の前提」には正確には2つの側面があります。原因となるパラメータの値と結果となるパラメータの値の間に、関数関係がある場合には、因果があると一般には考えられています。問題は観測にあります。

科学史のテキストでは、観測が現象と独立でないことを前提とした理論が不確定性原理で、物理学の世界観を変えたことになっています。それまでは、現象は観察によって影響をうけないと考えられていたという説明が通説です。これは、理論史としては、もっともでしょうが、観察が現象と独立していない例はいくらでもあります。料理は味見をすれば、料理の量は減ってしまいます。最近はコロナウイルスの影響で、非接触型の体温計が流行っていますが、接触型の体温計で体温を測れば、体温計が温まった分だけ、体の熱量は減っています。光学的な方法を使わない限りは、観測が現象に全く影響を与えない例は多くはありません。かように、観測の問題は突き詰めると複雑です。

観測と介入

if-thenルールで、65度のお湯に卵を浸せば、温泉卵ができるという法則が得られたとします。この公式を使えば、温泉卵作りを設計することができます。

この場合には、お湯の温度に介入して、温度が65度になるように制御する必要があります。つまり、設計上の原因パラメータは、観測の対象ではなく、介入の対象です。観測は、意図した介入ができたかを、検証する手段でしかありません。

仮説を検証する手段が実験です。実験では、お湯の温度が65度である(with)と、お湯の温度が65度ではない(without)を比較します。withの部分は、温泉卵の設計と同じです。この点で、実験と設計は重なり合う部分を持っています。

ところで、温泉卵の法則の実験をして、65度のお湯を使ったケースで温泉卵ができ、65度でないお湯を使ったケースで温泉卵ができなかったとすれば、一般には、温泉卵の法則は検証されたことになります。

ただし、次のようなリマークが考えられます。

  1. 観測に伴うかく乱: 観測することで対象が変化する問題です。ここでは、温度計を入れることによる温度変化なので、大きな問題にはなりません。

  2. グループの定義:ヒュームが提起した問題です。仮説は、グループ(ここでは卵)に対して行われます。問題は、2つとして、同じ卵はないこと、一回使った卵は2度と使えないことです。この問題は、対象のグループを例えば、「鶏の卵」などと定義するとで回避しますが、定義の仕方(対象の限定法)にはルールはありません。強いて言えば、定義も仮説の一部です。

  3. 非記載条件の差:実験では、with/withoutで記載されていない条件は全く同一という前提で、因果を考えますが、実際には、非記載条件は一致しません。温泉卵の実験であれば、お湯の温度は制御しますが、気温や気圧は非記載で一致していません。

これらのリマークには、実験の繰り返しで、信頼性をあげる以外に、対処する方法はありません。

以上のように、考えると、実験は厳密なので、仮説を検証できるという考えは、ちょっと、眉唾です。実験の本質は、介入の有無にあるという解釈が、パールなど、最近のデータサイエンス研究者のでは大きな流れになってます。つまり、実験室で実験できない仮説でも、介入の有無を比較できれば、実験と同様の検証が可能ではないかと考えます。ここでは、観測値は次の2つに分類されます。

  • 介入によって得られた観測値

  • 介入しないで得られた観測値

ここで、介入によって得られた観測値のみが因果モデルに使えると考えます。

残された課題

以上のように、介入の概念を導入すれば、問題を整理できるという立場が、あります。しかし、これでも、課題は残ります。それは、介入は何かが、自明ではないからです。フィッシャーは、肥料の投与の収量に与える影響を研究していました。しかし、この介入(肥料の投与)では、実験計画法(RCT)を用いないと、因果に至ることは出来なかったのです。「介入とは何か(介入とは設計か)」が依然、検討すべき課題になります。

「設計と実験は似ている」訳ですが、このことは、科学を実験を通してみれば、設計とあまり変わらないことになります。通常、実験は科学の公式を検証する手段であって、検証された科学の公式は、実験とは独立した真理であるとみなされます。しかし、公式を実際の設計に使う段になると、実験と同じような固有の現象の組み合わせが出現します。であれば、「検証された科学の公式は、実験とは独立した真理」というのは眉唾ではないかとも思われるのです。

実は、上記の、1.2.3のリマークが完全に当てはまる分野があります。生態系観測データです。論理的に考えれば、生態系観測データは使えなくて当たり前です。この点も、改善法を考える必要があります。