(科学の基本は因果モデルです)
1)バーナンキ氏の発言
ロイターは次のように伝えています。(筆者要約)
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米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ元議長は2024年4月12日、英イングランド銀行(BOE、中央銀行)への提言書を公表し、対話手法を全面的に見直すとともに、経済予測については「決定的に時代遅れ」になっている技術を改めるべきだとの考えを示しました。
英国は2022年にインフレ率が41年ぶりの水準まで上昇し、BOEは利上げが後手に回ったとの批判を浴びました。バーナンキ氏は、2023年にBOEの経済予測方法などを改善するための提言を委託されていました。
提言書は、BOEがより多くの経済シナリオを公表し、金利については市場予想への依存を減らすといった改善案を示しました。ただ金利見通しについては、FRBの「ドットチャート」のような独自予測の発表を推奨せず、こうした大胆な選択肢についてはさらなる検討が必要だとしました。
バーナンキ氏は「BOEの予測精度はこの数年で著しく悪化したが、他の中銀や英国の他の予測機関でも予測の確度は英中銀と同程度に悪化している」と言いました。予想を外したのは「極めてまれな状況」によるものであり、「恐らく避けられなかっただろう」と言いました。
最大の問題は中銀の予測システムに「重大な欠陥」があり、職員が代替的な経済シナリオを作ることが難しかったためだと分析しました。
その上で、BOEは「四半期インフレ報告」で長年採用してきた確率分布図(ファンチャート)を廃止し、代わりにリスクをより明確に評価し、経済が予想通りに動かなかった場合に、どのような金利変更の可能性があるか、その変更がどのような影響を与えるかを示す代替的なシナリオを公表すべきだとしました。
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<< 引用文献
英中銀に経済予測の抜本的改革を提言、バーナンキ元FRB議長 2024/04/15 ロイター David Milliken
https://jp.reuters.com/markets/japan/funds/UJ5SHKOJWNL3JDWSHKD7XQEICA-2024-04-15/
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BOEは、確率分布図(ファンチャート)を使用してきました。ファンチャートは、時系列解析(トレンドモデル)であって、因果モデルではありません。
科学の基本は、因果モデルなので、トレンドモデルは、厳密には、科学のモデルではありません。
少なくとも、因果モデルではないトレンドモデルは、科学の水準の検証はできません。
バーナンキ氏は、「ファンチャートを廃止し、経済が予想通り(トレンドどおり)に動かなかった場合の金利変更の可能性と影響を示す代替的なシナリオを公表すべきだと言います。
FRBの「ドットチャート」は、複数の専門家の予測を、個人名を伏せて、ドットで表示します。この専門家の予測には、経済が予想通り(トレンドどおり)に動かなかった場合のシナリオも含まれますので、トレンドモデルよりは、因果モデルに近い予測になります。
2)トレンドモデルの呪縛
人間には、過去の経験に従って行動する認知バイアスがあります。これは経験主義のミームです。
カーネマンは、「ファスト アンド スロー」で、人間には、思考のファスト回路を利用するバイアスがあると言いました。
ファスト回路は、過去の経験を繰り返すヒューリスティックな思考回路です。
トレンドモデルは、ファスト回路に対応しています。
銀行や証券会社は、金融商品をすすめるときに、過去10年の実績を使います。
これはトレンドモデルです。
バブル崩壊以降、中期的には、株価はあがり続けています。
つまり、どの金融商品も、トレンドでみれば、過去20年の実績はプラスです。
ある金融商品が、他の金融商品より優れている点を評価するためには、手数料を引いたあとのネットの投資金額の増加率で評価する必要があります。
一つのアイデアでは、ネットの金融資産の増加率(リターン)が大きな商品が良い商品です。
しかし、母集団を小さくとれば、ネットの金融資産の増加率が大きな商品は簡単に見つかります。母集団の小さな金融商品は、変動が大きくなります。
つまり、ハイリスク、ハイリターンの金融商品になります。
このリスクが、第2のアイデアです。
母集団を極端に大きくとれば、インデックス商品になります。この場合、期待される利回りは、市場平均とほぼ同じになります。
インデックス商品は、基本的には、ローリスク、ローリターンです。ただし、インデックス商品の手数料は、母集団の小さな商品より手数料が安いので、ネットのリターンが、ハイリスク商品より高くなることもあります。
インデックス商品は、基本的には、ローリスク、ローリターンですが、株式市場がバブルになっている場合には、ハイリスク商品になります。
金融商品を販売する場合には、本来であれば、リスクとリターンの情報を公開すべきです。しかし、そのようなデータは公開されていません。(注1)
アメリカの投資ファンドの中には、S&Pの平均と比べて、上回っている部分(ネットのリターン)の実績を示しているファンドもあります。
そのようなファンドの割合は、30%以下といわれていますので、S&Pの平均と比べた実績を提示しているファンドは強気なファンドです。
ソロス氏は、株価の上昇フェーズでは、株価は上がりつづけるという認知バイアスがあるといいます。
トレンドは因果モデルではないので、科学的には、原因の大きな変化がない場合に限って有効な推論に過ぎません。
政府は、過去に成功した高齢の実業家や学者を重用していますが、過去の成功のノウハウは、成功の原因の大きな変化がない場合に限って有効です。
レジームシフトが起こっている場合には、経験主義は必ず失敗します。
注1:
リスクは、情報に基づいて計算します。ハイリスク、ハイリターン、あるいは、ローリスク、ローリターンという表現は、情報の問題を無視しています。
モデル(リスク評価)は、データ(情報)に依存するという視点は、データサイエンスの基礎です。
3)失われた30年
失われた30年という表現は、トレンドモデルに基づいています。
高度成長期と安定経済成長期のトレンドを考えれば、日本経済は成長するはずであるという経験主語のミームの先入観です。
そして、過去の経済データから、帰納法で原因を探索する人が多くいます。
経済成長を推進する大きな原因は、ITの科学技術です。
つまり、経済成功の原因は、ITの科学技術に大きく変化しました。
経済のレジームシフトが起こっている場合、トレンドモデルは無効です。
失われた30年という問題設定はナンセンスです。
失われた30年という問題設定が行われる原因には、経験主義のミームがあります。
そこには、科学のミームはありません。
科学のミームで因果モデルを考えれば、バブル崩壊以降、経済成長の大きな原因は、ITの科学技術を使った劇的な生産性の向上にあります。これは、アブダクションによる仮説です。
厳密には、仮説は検証すべきですが、生産性の向上が余りに大きいので、検証するまでもなく、自明に思われます。
ITの進展に比べれば、他の原因は、生産性に、取るに足らない影響しか与えていないと思われます。
バブル以降、日本経済が成長せず、国際競争力が失われた原因は、ITの進展に取り残されたことが原因であると考えれば、失われた30年は、日本の選択によって起こった必然的な結果です。
労働生産性の変化や、ITレベルのデータは、この仮説を支持しています。
4)シーシュポスの神話
帰納法で、経営データをもとに、GAFAMの労働者ひとり当たりの生産性が従来の産業の10倍あると解析している人もいます。
しかし、デザイン思考で考えれば、劇的な生産性の向上が得られることは、GAFAMが経営の設計段階でわかっていたことです。
日本の教育では、教師は、毎年同じ授業を繰り返しています。
新入生のレベルは、毎年同じなので、4年間の大学教育を終了しても、到達できるスキルレベルは同じです。これは、シーシュポスの神話になっています。
授業の内容を学生に教える代わりに、教師は、プログラムを作ります。
最初のプログラムは幼稚で、とても、学生には及びません。
しかし、プログラムは、毎年、進歩しています。
プログラムの作成は、シーシュポスの神話ではありません。
近年、プログラムは進歩して、プログラムが学習してプログラムを作ることが出来るようになりました。これがAIです。AIは知識を自己増殖しています。
大学の教員は、プログラムや、AIが作れる人材を育成すれば、知識を習得する授業を学生に教える必要がなくなります。
AIが作れる人材は、知識を習得した専門家の100倍以上の生産性があります。
知識を習得した専門家を100人クビにして、AIが作れる人材を1人雇えば、同じ生産が可能です。
AIが作れる人材の給与は、クビにした知識を習得した専門家の100人に相当しますが、そこまでの給与を払わなくとも、人材を確保できるので、高い利益率が得られます。
大学の講座定員は、従来の専門家100人を養成するコースを廃止して、代わりに、AIが作れる人材を1人養成するコースを作れば足ります。
知識を習得した専門家の100人は、クビになりますが、実際には、これは、他の企業で起こっています。
アマゾンの進出で、小売業界の再編が起こった原因は、ここにあります。
アマゾンの進出による小売業界の再編は、経済のレジームシフトの例です。
小売業界の再編のでは、大規模なレイオフが起こりました。
経済のレジームシフトを受け入れれば、大規模なレイオフが起こります。
大規模なレイオフを避けて、経済のレジームシフトを受け入れないという選択は可能です。
しかし、その選択は、大きな副作用を伴います。
企業の成長や、国の経済成長が出来ません。
海外の企業や国は、経済のレジームシフトをすすめる中で、特定の企業と国だけが、経済のレジームシフトを受け入れない場合には、経済的な競争力が失われ、貿易赤字になり、外貨を獲得できなくなります。
日本のように、資源のない国では、外貨が獲得できなくなれば、モノが輸入できなくなり、生存に関わります。
これは、食料自給率よりはるかに深刻な問題を引き起こします。
つまり、将来を考えれば、生存を諦めるか、レイオフを受け入れるかの2択しかありません。
このレイオフの影響の大きさは、アマゾンによる小売業の再編と同じスケールになると考えられます。
もちろん、この場合、レイオフされた人の再雇用の問題があります。
しかし、再雇用問題を優先して、経済のレジームシフトを先延ばしにすれば、外貨が獲得できなくなり、国民が、生存できなくなります。
日本のデジタル貿易の赤字は、レジームシフト問題が、既に、生存問題レベルになっていることを示しています。
5)人口予測の課題
社人研が、人口予測をだしています。
このモデルは、バーナンキ氏流に言えば、「決定的に時代遅れ」になっている技術です。
人口予測は、因果モデルとトレンドモデルで構成されています。
人口予測が重要な理由は、一見するとトレンドモデルに見えますが、モデルの大半は、因果モデルになっている点にあります。
人口モデルの基本は、コホートモデルです。
コホートモデルでは、既に生まれている人の将来の予測は因果モデルになります。
これから生まれる人のモデルは因果モデルにはなりません。
今後の出生数をトレンドで評価できるためには、原因の大きな変化がない場合に限ります。
出生数や出生率が大きく変化する場合には、原因の大きな変化があると推定できます。
簡単に言えば、出生率が大きく低下している場合には、トレンドモデルを使うべきではありません。(注2)
推定がトレンドレンジの外挿になっている場合には、トレンドモデルを使うべきではありません。
出生数については、因果モデルを使うべきです。
さて、コホートモデルでは、既に生まれている人の将来の予測は因果モデルになります。
生産年齢人口を18歳以上とすれば、18年後までの、将来の人口予測は因果モデルになります。
2040年の生産延齢の労働人口は確定しています。
外国人の労働者の導入が検討されないうちに、円安になって、困難になっています。
外国人の労働者の導入可能な速度には、限界があります。
ドイツはかなり急速な拡大をして、問題を引き起こしました。
この点を考えれば、少子化の問題を解決できる速度で、外国人の労働者の導入はできません。
ただし、労働者数が問題にならない高度人材については、この限りではありません。
いずれにしても、既に生まれている人のコホートをつかった予測と、これから生まれる人のコホートをつかった予測の間には、確度の差がありますので、区別して発表すべきです。
社人研が、人口予測には権威があるので、社人研の人口予測を未来予測のように扱う人がいます。
しかし、社人研の人口予測をつかって、帰納法で推論しても、問題解決はできません。
人口減少と生産性の相対的低下の2つの問題があります。
コホートが確定した人口減少は、受け入れるしか方法がないので、問題ではありません。
人口問題で解決可能な部分は、出生数の部分だけです。
生産性の相対的低下の問題は、デジタル社会へのレジームシフトを起こせば、解決が可能です。
出生数の改善は、長期的に効果がありますが、短期、中期的には、デジタル社会へのレジームシフトが遥かに影響の大きな課題です。
その場合、国際的な競争力の視点からすれば、デジタル社会へのレジームシフトは、外国よりも先に進む必要があります。
経験主義のミームが、問題を見えなくしています。
デジタル社会へのレジームシフトには、経験主義のミームが、科学のミームに置き替わる必要があります。
敗戦時と同じくらいの社会変化を通過せずに、それを実現することは困難と思われます。
注2:
この推論は、ソロス氏の株価が大きく変動するときには、市場均衡モデルがあてはまらないという推論にヒントを得ています。