1)ミームの2種類の伝播
遺伝子の伝播の基本は、親から子に、垂直方向に伝わります。
ウイルスの関与によって、水平方向に伝わるという説もありますが、今の時点では、その作用は、副次的です。
ミームは、性によって伝わる訳ではありません。
母親が、子や孫に、伝統的な料理のレシピを伝える場合には、ミームの伝播は垂直方向に起こっています。
食事の場合には、家族で同じメニューを食べますので、垂直方向のミームの伝播が強くなります。
家族が大家族であったり、子どもが親と同居したり、親の近くに住んでいる場合には、垂直方向のミームの伝播が強くなります。
一方、子どもが、移住すれば、垂直方向へのミームの伝播は弱くなります。
ユダヤ教やイスラム教のように、ミームに、独立性の特徴が含まれている場合には、ミームの伝播は強くなります。
ミームは、性によって伝わる訳ではありませんが、垂直方向の伝播が強いミームがあります。
しかし、水平方向の伝播が強い場合が多く見られます。
2)脳とミーム
コカイン依存症は、脳の器質的変化を引き起こします。簡単に言えば、脳が壊れてしまって、コカインをやめても、脳はもとに戻りません。
重度のギャンブル癖も、同様に、脳の器質的変化と主張する人もいます。
ニューラルネットワークの理論では、脳の特定の回路は、使われることによって、その回路が太くなると考えられています。
つまり、脳は、特定の回路を頻繁に使うことによって、弱い器質的変化が起きます。
この変化は、特定の回路を使わなければ、元に戻ると考えられています。
つまり、ニューラルネットワークの変化は、可逆的です。
しかし、ニューラルネットワークの変化が元に戻るには、時間がかかります。
テレビで、絶叫マシンに笑顔で乗るという番組を見ました。
絶叫マシンは、安全ですが、数回乗って、絶叫マシンは、怖いというニューラルネットワークが形成されると、笑顔で乗ることは困難になります。
スマホ脳が、修復可能な脳の器質的変化を引き起こすかは、筆者には、わかりませんが、スマホ依存症は、ニューラルネットワークの変化を引き起こすので、スマホをやめても、ニューラルネットワークの変化が元に戻るまでには、時間がかかります。
数式を使わない解説本ばかり読んでいると、数式の出て来る本をよむのは億劫になります。仮に、数式が出てきても、そこは、飛ばして読むようになります。
逆に、数式を使った解説本ばかり読んでいると、数式が出て来ると嬉しくなります。特に英語の本では、数式の部分は、英語を忘れても読めるので、一休みの場所になります。
こうした違いは、脳内のニューラルネットワークの変化で説明できます。
経験科学のミーム、確定論のミーム、確率論のミームに対応したニューラルネットワークの変化は異なります。
義務教育で、この3種類のミームに対応したニューラルネットワークの変化を起こさないと、学びなおしは、不可能になります。
毛沢東語録を暗唱するといった思想教育は、ニューラルネットワークの変化を起こします。その変化は、長期的には、持続しませんが、短期的には、持続します。
文化大革命では、紅衛兵が活動の中心にいました。これは、義務教育世代では、ニューラルネットワークの変化が起きやすいことを示しています。
森永卓郎氏は、日本の学校では、「言われたことに口答えすると叱られる。なんでもはいはい聞く子どもがいい子とされやすい」といいます。
日本の学校教育は、法度制度(権威主義)のミームに対応したニューラルネットワークの変化を起こしています。
3)政治の本音
政治家の本音は、選挙に勝って、利権を維持すること、出来れば、世襲制の議員を出すことです。
利権は、公共事業と補助金の配分によって生まれます。
公共事業費と補助金の一部は、政治献金としてキャッシュバックされます。
官僚は、天下りポストを得ます。
これは、どこの国の政治でも、見られる風景です。
しかし、利権の構造が全経済に占めるシェアは重要です。
利権の政治は、中抜き経済です。
中抜きした利益を配分するシステムが、年功型雇用とポストについた給与です。
中抜き経済では、中抜きの利益は、回転する金額に比例し、利益に比例しません。
経営者は、利益も、生産性も改善する必要はありません。
大切なことは、公共事業の受注金額であり、補助金の受け取り金額です。
中抜き経済が蔓延すると、市場経済が破壊されます。
努力しても給与があがりませんので、努力をしない人が増え、努力する人は海外に移住します。
経済界は、政府与党の政策(中抜き経済政策)を支持しています。
今回は、中小企業の賃上げを促進するといって、法人税の減税を行なうと言っています。
政府の政策は、公共事業費と補助金の増額です。補助金の増額は、円安、減税を通じて行なわれることもあります。その結果、政治献金へのキャッシュバックは増えます。
安倍政権は、政治主導といって、政府と裁判所の人事権を掌握しました。
政府の幹部人事は、公共事業費と補助金を増額して、政治献金へのキャッシュバックを増やして、世襲政治の安定化に寄与する人に限定されています。
リフレ派は、この基準で選任されています。
政策が何を目指しているのかを判断する手法には次の2つがあります。
第1は、政策の結果で何がおこったかを調べて、その原因(政策の本音の目標)をアブダクションで推定する方法です。
野口悠紀雄氏は、この方法で、2022年に日銀の異次元緩和の「本当の目的」(本音、筆者注)は物価でなく低金利と円安であると分析しています。
<< 引用文献
日銀の異次元緩和「本当の目的」は物価でなく低金利と円安 2022/11/03 Diamond 野口悠紀雄
https://diamond.jp/articles/-/312287
>>
第2の方法は、政治のミームを調べる方法です。
2013年の時点で、ソロス氏は、政治のミームを調べる方法で、政策の目的は、円安にあると判断して、巨額の利益をあげています。(注1)
2つの分析のタイムラグは9年ありますので、政治のミームを調べる方法の方が効率が良いことがわかります。
日本の利権政治のミームは、「公共事業費と補助金を増額して、政治献金へのキャッシュバックを増やして、政治の世襲化」を図ることです。(注2、注3)
日銀の異次元緩和は、利権政治のミームに従って行なわれ、十分すぎる機能を発揮しました。
そのことは、パーティ券問題で確認できます。
日銀の異次元緩和は、日本の経済成長を目的としていませんので、異次元緩和で、経済成長が起ったかどうかは、政府にとってはどうでもよいことです。
経済成長は、異次元緩和の「本当の目的」ではありません。
財界も政府の政策(利権の政治)を高く評価しています。
これは、政治献金の見返りとして、円安と法人税減税の所得移転がえられたので、もとがとれたという判断であると思われます。
しかし、資本主義の株主利益からみれば、この判断には無理があります。
第1は、政府の政策(利権の政治)では、国際競争力が失われることです。
第2は、中抜き経済は、貧困問題を拡大して、出生数の減少と治安の悪化を招くということです。労働市場が破壊されるので、人材の確保は不可能になります。
資本主義では、経済界が、合理的で違法でない範囲で、利権に関与することはあります。
しかし、財界の反応は、合理的な範囲を逸脱しています。
考えられる原因には、経済界の経営判断が、利権のミームに占有されていることがあります。
これは、次のように説明できます。
アメリカの企業が政治献金をして、政治利権を活用する場合には、ロビー活動を通じて活動します。そこでの活動の中心は、シンクタンクです。経営者は、自分の利権を代表するシンクタンクを通じて政治に介入します。
日本では、財界人は、政治家と定期的に会食をしています。
会食すれば、その分時間がかかります。
脳のリソースは小さいので、時間をとられないシンクタンク方式に比べて、会食方式では、経営判断につかえる時間が減ってしまいます。
4)政治の建前
政治家が選挙に出る場合、本音の利権の政治を掲げては、選挙に当選できません。
そこで、建前が重要になります。
繰り返すフレーズは、次のようなものです。
・過疎問題、貧困対策といった弱者を救済する。(本音は、采配可能な補助金の増額にあります)
・経済発展と所得向上を目指している。
・安全と安心の向上につとめている。
・自然環境と地球環境の保全につとめている。
建前のミームは、有権者に、政治の目的は、利権ではなく、「弱者救済、経済発展、所得向上、安全と安全、環境の保全」であると信じさせることです。(注4)
もちろん、エビデンスを調べれば、本音がわかってしまいますので、エビデンスには、触れずに、ひたすら、キーワードを繰り返します。
政治学者の中には、日本では、声の大きい(キーワードの繰り返し回数が多い)人の政策が採択される場合が多いと言っている人もいます。
キーワードを繰り返せば、脳内でニューラルネットワークの変化が起きます。
これは、毛沢東語録と同じ、古典的な手法です。
日本の教育では、法度制度(権威主義)のミームに対応したニューラルネットワークの変化を起こしています。
これは、ポストの高い人の発言は正しいというミームです。
マスコミは、法度制度(権威主義)のミームで報道をしており、報道内容には、科学的な誤りが多くあります。
マスコミは、政府の下請けとして、建前のキーワードを繰り返しています。
こうして、エビデンスに基づく科学のミームを持たない人の世論は簡単に操作されています。
科学のミームを持たない人の割合は80%を越えています。
出版社は、売れる本を探します。これは、科学のミームを持たない人に都合のよい内容が書かれた本になります。
エビデンスに基づいた科学的な本は、理解できるが人が少ないので、ベストセラーになることはありません。
あまりに、建前のミームが繰り返されているため、専門家も、「建前のミーム」に振り回されています。
たとえば、「構造改革」は建前のミームです。本音のミームは、「共事業費と補助金を増額して、政治献金へのキャッシュバックを増やして、世襲政治の安定化」を図ることにあったと思われますが、この点を研究している人は、ほとんどいません。
建前のミームは、内容のない(エビデンスに基づかない)フレーズを繰り返すことで、脳内に変化を起こして、生じるものです。
建前のミームは、専門家の脳にも変化を引き起こしています。
5)まとめ
建前のミームのフレーズの形式は、法度制度に従っています。
脇田晴子氏は、特攻を例に、文化(ミーム)は、人を殺すといいました。
ミームは、脳内に変化を引き起こします。その多くは可逆性がありますが、脳内の変化が大きければ、元に戻るには、とても時間がかかります。
終戦後、特攻隊の慰霊は、特攻を引き起こした法度制度の中で行なわれ、そこには、人権思想はありませんでした。
これは、ミームによる脳内変化を考えれば、納得できます。
注1:
ソロス氏は、個人の偏見が市場取引に入り込み、経済の基礎を変える可能性があるという再帰性の概念に重点を置いています。ソロス氏は、市場が「均衡に近い」状態にあるか、「均衡から遠い」状態にあるかに応じて、市場には異なる原則が適用されると主張します。彼は、(大規模金融緩和のように、筆者注)市場が急速に上昇または下落しているときは、従来の市場の経済理論 (「効率的市場仮説」) が当てはまらない、と主張しています。
ソロス氏は、アベノミクスは、個人の偏見(利権のミーム)が市場取引に入り込み、経済の基礎を変える状態であると考えています。リフレ派は、従来の市場の経済理論に従えば、アベノミクスは成功すると主張しましたが、ソロス氏は、アベノミクスは、 効率的市場仮説から逸脱していると考えています。効率的市場仮説から逸脱したアベノミクスには、経済合理性がないので、失敗が確定していたと言えます。
注2:
経済産業相は4月2日、次世代半導体の量産を目指すラピダスに最大5900億円を追加支援する方針を明らかにしました。今回の支援が成立すれば、同社に対する支援は累計1兆円近くになります。
半導体企業に対する財政援助は、最終的には、4兆円になると予測されています。
産業支援の補助金は、財政支出を増加させます。そして、多くの場合、その支出は、補正予算で手当されます。
財務省は、建前では、財政均衡を唱えますが、支出の削減は、年金など選挙の票にならない少額な部分を狙い撃ちしていますので、本音は、建前とは異なると思われます。与党が省庁幹部人事の人事権を持っているので、ここでは、官僚個人の資質とは別の論理が動いています。
過去に大きな産業補助金を継続したことは、消費税増税に繋がり、出生数の減少を招いています。
産業補助金は、国民に負担を強いますので、それに、見合う便益があるかを比較検討する必要があります。
野口悠紀雄氏も指摘しているように、半導体需要の中心は、AIです。半導体企業は、半導体を販売するために製造していますので、強力なAI企業などの上客であれば、半導体を入手できます。少なくとも、かなり、高い価格を提示できます。日本企業が、半導体不足になった原因には、低い利益率による低い購入価格があります。逆に言えば、国内に、半導体を多量に利用する高収益企業が無ければ、国内に販路はありません。
アベノミクスの場合と同じように、政策は実施してみなければ、わからないという主張もあります。
しかし、ソロス氏のように、ミームに注目すれば、政策の結果は、ある程度は予測可能です。
<< 引用文献
日本の半導体産業「世界から後れる」歴史的事情 2024/03/17 東洋経済 野口 悠紀雄
https://toyokeizai.net/articles/-/740774
>>
注3:
野口 悠紀雄氏は、金融緩和・円安政策を次のように説明しています。(筆者要約)
<
2000年以降、中国は安価な労働力によって安価な製品を製造し、世界の輸出市場におけるシェアを急速に拡大した。これは、とりわけ日本の製造業にとって重大な脅威であった。
これに対して、日本政府は、2000年頃から、金融緩和・円安政策を継続してきた。
2013年に大規模金融緩和が導入された。国債を大量購入することによって金利を下げることが目的とされた。しかし、日銀の国債保有量が膨大になり、この政策手法に限界が生じた。
2016年に、これに対処するためにマイナス金利政策を導入した。
その結果、日本企業の生産性の低下が顕著になった。
中国の工業化に対して、本来必要とされたのは、アメリカのIT革命のように産業構造を改革して、中国では生産できない財やサービスの生産を中心にする産業構造に転換していくことであった。
それに対して日本は、古い産業構造を残す選択をしたのだ。
>
野口 悠紀雄氏の主張は、「政府は、古い産業構造を壊して、産業構造を改革して、企業の生産性をあげることで、日本経済の発展を促進すべきだった」という内容です。
一方、利権政治のミームの目的(本音)は、「公共事業費と補助金を増額して、政治献金へのキャッシュバックを増やして、政治の世襲化」を図ることです。
日本経済の発展は、建前のミームであって、本音ではありません。
中国企業との競争も、建前のミームであって、本音ではなかった可能性があります。
日本企業に、本音で、中国企業と競争する経営があったというエビデンスはありません。
「古い産業構造を壊して、産業構造を改革」すれば、利権のキャッシュバック構造が壊れてしまいます。
官僚の人事は、政治家が支配しているので、官僚には、変化を起こす(ミームを切り替える)力はありません。
変化を起こす力のあるのは、有権者と株主になります。
<< 引用文献
日本を世界的に見て「異常な国」にした真犯人 2024/03/31 東洋経済 野口 悠紀雄
https://toyokeizai.net/articles/-/744296
>>
注4:
建前と本音の2重構造は、韓国にもあります。
木村幹氏によると、韓国には、次の建前があります。
<
日本統治下の朝鮮半島で医療は総督府により厳しく管理された。影響は独立後も残り、韓国の医療は国家に管理される「官治医療」になった。だから、医療を本来の姿に取り戻すためには、医療を医師の手に取り戻す「医療民主化」が必要だ、というのである。
同様のロジックは韓国の民主化運動によく見られ、珍しくはない。重要なのは、医師たちがこのロジックの下、医薬分業や医学部定員増、さらには遠隔医療の導入など、自らの経済的利益に影響を与える政策に反対し、一定の成功を収めてきたことだ。
そこには同時に韓国の民主化や市民運動に共通する問題も見ることができる。それは、この国の社会運動が「民衆」を名乗る「エリート」に主導されてきたという問題だ。そしてそれは文在寅(ムン・ジェイン)政権下で「江南左派」と揶揄された「運動により特権を得た人々」への批判を生んできた。
>
この状況は、日本に似ています。
ただし、現政権は、医師の定員数の増加を決定していて、これが、医師のストライキの原因になっていますので、現政権は、建前と利権の構造にメスを入れている点が、日本とは違います。
<< 引用文献
医学部定員増に反対してストを続ける、韓国医師の「ミゼラブル」な前途 2024/04/02 Newsweek 木村幹
https://www.newsweekjapan.jp/kankimura/2024/04/post-48_1.php
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