理系の経済学(6)日本型資本主義の限界

(日本型資本主義の問題点を考えます)

 

1)資本主義の限界

 

加谷 珪一氏は、最近の資本主義の限界説について、次のように解説しています。(筆者要約)

資本主義や民主主義といった、いわゆる近代的システムがうまく機能しなくなっていると懸念する声をよく耳にする。

 

多くの知識人が、今後の国際社会は民主主義の後退と分断が進むと考え始めている。

 

社会の分断化が進めば貿易が停滞し、人の往来や知見の共有も制限されるため、分断はますます顕著となる。混乱が続いた場合、数百年かけて築いてきた近代的システムが瓦解し、中世の時代に逆戻りする可能性すらささやかれている。

 

前近代的社会では、多くの人にとって(能力発揮の;筆者注)機会が奪われる一方、土地や事業資産、あるいは金融資産を所有している人は、利子や配当を得ることができ、「持てる」人たちには居心地がよい。

 

世界全体が前近代化していくと、社会の再分配機能が低下し、階層間の移動が起こりにくくなる。

 

加谷 珪一氏は、前近代化では、「(能力発揮の)機会が奪われる」といいますが、これは、人権の問題であり、労働市場の問題です。

 

つまり、加谷 珪一氏は、前近代化によって、労働市場と人権がなくなることを指摘しています。

 

これは、「資本主義や民主主義といった近代的システムが機能」しない場合の話です。

 

六辻彰二氏は、日本の格差構造について、「上位10%が全所得の44.24%」を握っており、日本はG7中アメリカに次ぐ高さで、格差大国とみられてきた中国と大差ないレベルにあるといいます。 

 

六辻彰二氏の説明は、加谷 珪一氏の説明に似ていますが、根本的に異なる点は、加谷 珪一氏は、前近代化によって、今後格差が固定化するリスクがあると言っているのに対して、六辻彰二氏は既に、格差が固定化しつつあると言っている点です。

 

加谷 珪一氏は今後、前近代化(中世化)が起こるリスクがあると説明していますが、六辻彰二氏は、中世化が既に進みつつあるといっています。

 

六辻彰二氏が、分析していない問題点があります。格差大国のアメリカと中国には、最近、新ビジネスによって大金持ちになった人がいて、それが、格差の原因になっています。

 

つまり、アメリカと中国では、資本主義の市場における競争を勝ち抜いて、大金持ちになった人が、格差を拡大していますので、これを資本主義の限界と考えることに合理性があります。

 

アメリカと中国には、IT長者がいます。

 

一方、日本では、資本主義の市場における競争を勝ち抜いて、大金持ちになった人は、極めて少数です。

 

日本のIT長者で、想像される人は、ソフトバンクの孫氏、楽天の 三木谷氏、ZOZOの前澤氏くらいで少ないです。三氏は、日本国内では、成功していますが、世界レベルのビジネスにはなっていません。

 

つまり、六辻彰二氏が指摘する日本の格差は、資本主義による競争の結果生じたのではなく、日本が世界に先駆けて、中世化した結果、生み出された可能性があります。



<< 引用文献

「資本主義では豊かになれない」と感じる人が増え続ける今...世界経済が「中世」に逆戻りする可能性 2024/03/06 Newsweek 加谷 珪一

https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2024/03/post-270.php

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<<

GDP世界第4位転落を招いた一因としての格差構造──上位10%が全所得の44.24%を握る日本 2024/03/06 Newsweek 六辻彰二

https://www.newsweekjapan.jp/mutsuji/2024/03/post-198.php

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2)政策株の課題

 

企業・団体向け保険におけるカルテル問題をめぐって、損害保険大手4社は2024年2月29日、行政処分に伴う業務改善計画書を金融庁に提出しました。

 

政策保有株とは、取引関係の維持・強化を狙って保有する株式のことです。日本では、金融機関と大手企業が株式を互いに持ち合うケースが多くあります。

 

金融庁は2023年末に発出した行政処分の中で、健全な競争を阻害する政策保有株については、売却を進めるよう大手4社に強く求めました。

 

三井住友海上火災保険あいおいニッセイ同和損害保険の2社は2030年3月末までに、損害保険ジャパン2031年3月末までにゼロとする目標を改善計画書に明記し、東京海上日動火災保険は、達成時期は明示しませんでしたが、なくすことを目指すといいます。

 

中村正毅氏は、この目標はグレーであるといいます。

 

これは、取引企業の株式の保有目的を「政策保有」から「純投資」に切り替えることで、「政策保有株はゼロになった」とごまかすことができるためです。

 

国内生命保険最大手の日本生命は、保有する株式の92%(2022年度)を純投資目的に整理しています。

 

また、企業のもたれあいの例として、中村正毅氏は、日産が、損保各社に「契約シェアを高めたいのであれば、自主目標という体裁で示した台数の紹介を日産側に約束しろ」と読める依頼書を出していると言います。

 

中村正毅氏が問題があると指摘した日産自動車は、公正取引委員会は2024年3月7日、割戻金」の名目で下請け業者に代金の引き下げを迫っていたとして日産自動車横浜市)の下請法違反(減額の禁止)を認定し、再発防止や順法体制の整備を求める勧告を受けています。

 

公取委によると、日産は2021年1月から2023年5月、自動車部品を製造する計36の下請け業者に対し、総額30億2367万円の減額を求めていました。発注時に決めた金額から一方的に数%を減額していました。日産はすでに下請け業者に減額分を返金しています。

 

これは30年前から、行なわれていたルールでした。

 

加谷 珪一氏は、三菱商事とローソンについて、次のように解説しています。(筆者要約)

 

 ローソンが大手最下位から浮上できない理由のひとつとされているのが、親会社との近すぎる関係である。現在、ローソンは三菱商事の子会社となっており、商品の多くを三菱商事のグループ会社である三菱食品から仕入れている。

 

三菱商事ダイエーからローソン株を取得したのち、ローソンに対するTOBを行って子会社化した。経営トップも三菱商事から派遣されているので、市場では事実上、両者は一体と見なされている。コンビニの親会社が商社であることが必ずしもマイナスとは限らないが、本来、商社とコンビニは「卸」と「小売店」の関係なので、利益相反が発生しやすい。

 

コンビニ大手の中で、仕入れ先となる商社と明確な資本関係を結んでいないのは最大手のセブン-イレブンだけだ。

 

その中で出てきた選択肢が通信会社KDDIとの資本提携および非上場化である。

 

加谷 珪一氏の解説を読むと、経営トップを三菱商事から派遣しなくなるように感じられますが、三菱商事は、ローソンの経営トップを今後も、三菱商事から派遣すると明言しています。

 

<< 引用文献

損保4社「政策株ゼロと営業協力見直し」の前途多難 「ごまかしと過剰な協力」に金融庁が目を光らす 2024/03/05 東洋経済 中村 正毅

https://toyokeizai.net/articles/-/738667

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<< 引用文献

ローソンはギリギリまで追い込まれた…?KDDIとの資本提携と非上場化を選んだ狙い 2024/02/21 現代ビジネス 加谷 珪一

https://gendai.media/articles/-/124549

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「資本主義や民主主義といった、いわゆる近代的システムがうまく機能しなくなっていると懸念する声をよく耳にする」のですが、日本の実態は、資本主義ではなく、中世化の進展にあります。

 

中世化すれば、技術革新が止まって、生産性があがらず、所得は減り続けます。

 

政策保有株と、経営トップを親会社から派遣する植民地のような経営は、今、始まったものではありません。

 

しかし、売り上げが拡大して、ポストが増加している状態では、経営トップが、親会社からの派遣者で独占されることはありません。

 

一方、売り上げが減少して、経営トップのポストが減少して、レイオフが行なわれる状態になると、親会社からの派遣者以外が、経営トップのポストにつける可能性はゼロになります。

 

経済規模が縮小すると、同じ人事と経営システムでも、中世化が進みます。

 

さらに、ITの技術革新がすさまじい勢いで拡大しています。

 

こうなると、親会社から派遣された経営トップでは、経営の技術的な部分に対応できなくなります。

 

AMD、アップル、テスラを渡り歩いてきた天才エンジニアで、「シリコンの魔法使い」とまで呼ばれるジム・ケラー氏は、現在はカナダのスタートアップ・テンストレントのCEOとしてAI用半導体を開発しています。

 

ジム・ケラー氏は、杉本りうこ氏とのインタビューで、次のようにいっています。(筆者要約)

人材が勝敗を左右します。チームは小さくていい。私がテスラで自動運転用の半導体を開発していたとき、チームはわずか50人ほどだった。むしろ小さい所帯のほうが私は好きだ。

 

大事なのは、リーダーに極めて明確な目標があること。その目標を何度も繰り返し、チームに説くこと。1人1人が何をすべきか心底理解させること。そのためには、真の専門知識が不可欠だ。

<<

「伝説のエンジニア」が明かすエヌビディアの死角 ラピダスや孫正義氏の半導体戦略はどう見る? 2024/03/04 東洋経済 杉本 りうこ

https://toyokeizai.net/articles/-/738180

>>

 

ジム・ケラー氏は、半導体の専門家ですが、DXについても、人材が勝敗を左右します。特に、トップの人材が問題になります。

 

3)経済の二重構造化

 

加谷 珪一氏は、次のように言っています。

 

このところ、日本人の若い女性が売春目的で米国に渡航したり、相互交流を目的としたワーキングホリデー(ワーホリ)に、就労目的の応募が増えるなど、これまでの日本では考えられなかった事例を数多く目にするようになってきた。

 

これらの変化は全て日本が貧しくなった結果であり このまま事態を放置すれば、状況はさらに悪化するだろう。日本人は再び豊かな先進国を目指すのか、貧しさを受け入れ、それを前提にした途上国的経済運営にシフトするのか選択すべき時期に来ている。

 

加谷 珪一氏は、次のようにも言っています。(筆者要約)

 

ワーキングホリデーは、日本人が外国に稼ぎに出るというものだが、国内では逆の現象も見られる。外国人が多く滞在したり、外国企業が工場を建設した地域では、他地域とはまったく異なる価格が形成され、国内経済の二重構造化が発生している。

 

北海道のニセコでは、飲食店などのサービス業も基本的には外国人向けとなっており、外国人の所得水準に合わせて物価も上昇している。(ラーメンやカツ丼が3000円台)そこで働く日本人の賃金も他地域に比べると大幅に高い。

 

台湾TSMCが工場を建設した熊本も似たような状況となっている。同社が日本人従業員向けに提示した賃金は日本企業と比べると圧倒的に高く、彼らの所得を目当てに飲食店などが多く店を出している。店員の時給もうなぎ上りだ。

 

カンボジアのタクシーの料金は、英語が出来れば、カンボジア語のタクシーの2倍です。ドライバーの収入も2倍です。

 

アンコールワットの入場料も、外国人向けと国内向けの経済の二重構造化が発生しています。

 

<< 引用文献

貧しくなったニッポンは、「途上国型経済」を受け入れるのか…?高所得国に返り咲く最後のチャンスが迫る 2024/03/06 現代ビジネス 加谷 珪一

https://gendai.media/articles/-/125283

 >>

 

 大阪府は観光客らから、宿泊料金が1人1泊7000円以上の場合、「宿泊税」として100円から300円を徴収しています。

 

 吉村知事は2024年3月6日、外国人観光客に対し、宿泊税のほかに別途負担を求める「徴収金」を新たに導入したい意向を明らかにしました。

 

つまり、大阪府でも、カンボジアと同じような経済の二重構造化が起こっています。

 

TSMCが日本人従業員向けに提示した賃金は日本企業と比べると圧倒的に高いですが、TSMCはそれでも、黒字を出すことができます。



考えられるシナリオは2つです。

 

第1のシナリオは、資本主義を否定して、中世化した日本型資本主義の階級世界に進む場合です。



第2のシナリオは、経済の二重構造化が起こって、分断が進む場合です。

 

既に、高学歴で、ワーキングプアの人がいます。

 

これは、高学歴が役立たないノウハウ(間違った推論)から出来ていれば、当然のことです。

現在は、学歴の身分制度になっていて、役立たない高学歴で、高い収入をあげている人がいます。これは、給与が、成果ではなく、ポストにつくためです。

 

このシステムを維持するために、政府と日本企業は、政策株を乱発しています。

 

しかし、経済の二重構造化が起これば、政策株を乱発するゾンビ企業には、人材があつまらなくなります。

 

国際労働市場で通用する人材を育成する大学以外の大学は淘汰されるはずです。