ソリューション・デザイン(31)

(31)ドキュメンタリズムと科学の2層構造

(Q:ドキュメンタリズムが、科学と相容れない理由がわかりますか)

 

1)科学の2層構造

 

1-1)パースの視点

 

パースの視点では、現実のオブジェクトに対して、言葉で表現できる部分は限定的です。

 

オブジェクト指向の用語でいえば、インスタンスは観測できますが、オブジェクトを直接観測することはできません。

 

つまり、次の2層構造を前提としています。

 

(1)オブジェクト=対象に対する共通の概念

 

(2)インスタンス=観測された(実装された)オブジェクト

 

1-2)物理の観測

 

物理学の観測では、観測値は、真の値に誤差が加わったもので、次の2層構造をしています。

 

(1)真の値

 

(2)観測値=真の値+観測誤差



1-3)法律

 

法律は文字が実体であると思われがちですが、実際には、2層構造をしています。

 

(1)法律で実現すべき実体(オブジェクト)

 

(2)法律の条文(インスタンス

 

たとえば、著作権は、紙媒体を前提に、条文が構成されていましたが、電子媒体が出て来ると条文が実体に合わなくなるため、法改正が行われます。

 

法律の条文や過去の判例に合わせたパターンマッチングで済む場合には、裁判官や弁護士は、生成AIで十分です。

しかし、実体の合わせて、条文を修正する(法改正をする)ことは、生成AIにはできません。

 

このオブジェクトとインスタンスのずれを補正する作業は簡単ではありません。法律の本質(実体、オブジェクト)が理解できていないと不可能な作業です。

 

パースは、科学を自然科学の外に拡張する試みとして、プラグマティズムを生み出しました。

 

プラグマティズムの科学に準じた法律の運用とは、オブジェクトに合わせて、不断に、インスタンスを見直すプロセスになります。

 

2)ドキュメンタリズム

 

2-1)基本的な理解

 

ドキュメンタリズムの基本は、文書形式主義です。

 

直接観測可能なデータは、インスタンス(人文科学であれば文書)だけですので、文書の文字データだけを論ずればよいという発想です。

 

つまり、ドキュメンタリズムの世界観は、1層構造で、文書の文字の形式だけが問題になります。

 

国会答弁は、典型的なドキュメンタリズムです。

 

2-2)ドキュメンタリズムと不正

 

2023年3月に、NTT都市開発が札幌市中央区で開発する地上26階、地下2階の鉄骨造り、鉄骨鉄筋コンクリート造りの大型複合ビルの大成建設による施工不良が見つかっています。

 

大成建設で品質管理を担当する工事課長代理が、鉄骨の傾きやゆがみに関する計測値を改ざんして報告しました。工事課長代理は「工期の遅れを恐れ、(品質基準を超える)数ミリ程度の精度不良なら問題ないと考えた」と説明しています。

 

契約に基づく品質や法令基準を満たすため、全体の2割まで進捗してい工事を中止し、地上部のすべてと地下部の一部を解体した上で、工事をやり直す計画です。複合ビルの竣工は、当初の2024年2月から28カ月遅れの26年6月末になります。

 

大成建設は建築部門トップの寺本剛啓取締役専務執行役員、札幌支店長の平島信一常務執行役員が3月31日付で引責辞任するそうです。

 

ここには、施工管理報告の文書がクリアーできれば、実体は、2の次であるという発想があります。

 

これは、典型的なドキュメンタリズムです。

 

不正の構造は、自動車の排ガス規制の値を捏造した場合と同じ構造をしています。

 

再点検の結果判った施工不良は以下です。

 

<==

 

鉄骨を使用した柱や梁722カ所のうち70カ所で、平均4ミリ、最大21ミリのずれがあった。さらに床や天井のコンクリートの厚さが、570カ所のうち245カ所で規定より平均6ミリ、最大14ミリ薄かった。

 

==>

 

これから、施行エラー(不良)があった場合のフィードバックシステムが機能していなかったことがわかります。

 

大成建設は、札幌の事例と同様の施工不良は、他の現場では確認されていないといっています。

 

しかし、原因が、施工管理システムのエラーであれば、類似の施行不良が発生する可能性があります。

 

どの部分のエラーであると判断したのかは、発表されていません。

 

例えば、工事施行の点検を、工事課長代理が行えば、利害関係者ですから、点検結果にバイアスが生じるリスクが発生します。これは、特定の工事課長代理の不正と考えるより、システムエラーの1種だと考えなければ、類似のエラーの発生確率は下がりません。

 

検査報告という文書と、実際の施行結果はかならず一致しないという2層構造が、科学的な理解の基本です。

 

科学的な2層構造を前提とした、施工管理システムになっていなかった点に問題があると考えられます。

 

2-3)ドキュメンタリズムと年功型雇用

 

年功型雇用は、ポストと年齢で、給与が決まります。

 

これは典型的なドキュメンタリズムです。

 

新採の給与は、大学の成績に関係しません。

年功型雇用が、ドキュメンタリズムであると問題が発生します。

 

それは、給与格差につながるような経営データが計測され、保存されなくなることです。

 

日本は、簡単にレイオフできません。日本の企業には、会社のお荷物になっている社内失業の社員もいます。

 

こうした人を温存するために給与格差につながるような経営データは排除されます。

 

その結果、DXやジョブ型雇用は困難になります。

 

年功型雇用をしている組織で、新規採用にジョブ型雇用を混在させている例がありますが、ジョブ評価をするデータがないので、無理筋です。

 

そもそも、日本人の新規採用をジョブ型雇用にするという発想は意味不明です。

 

スイス金融最大手のUBSは、スイス政府と金融当局が仲介する形で、2023年3月19日に、長年のライバル関係にあったクレディ・スイスを買収することを決めました。

 

ウォール街と欧州の銀行は事実上の採用凍結を撤回してます。クレディ・スイス・グループが国内同業のUBSグループに緊急救済されたことを受け、優秀な人材を割安に獲得できる機会に飛び付いています。

 

ドイツ銀行シティグループ、JPモルガン・チェースなどがクレディ・スイス投資銀行およびウェルスマネジメント部門に勤務する人材の採用に動いています。

 

残念ながら、日本の金融機関が、人材確保に動いているというニュースは聞こえてきません。

 

クレディ・スイスは事実上破綻してしまいましたので、破綻した金融機関で働いていた人をヘッドハントできるということは、確固たる人材評価の基準を持っていることを意味します。

 

つまり、人材評価は成功したか、失敗したかではなく、正しく科学的に失敗したか否かを評価しているはずです。



2023年2月には、2月にはマッキンゼーが2000人の削減計画を発表しています。

2023年3月に、Accentureは今後18カ月にわたり、従業員の2.5%に相当する1万9000人の雇用を削減す計画を発表しました。

 2023年3月には、大手会計事務所のKPMGGは、米従業員の約2%に相当する約700人を削減する計画を発表しました。



クレディ・スイスの人材獲得と同じように、企業は、人員削減と同時に、高度人材の獲得も行っています。

 

人材の組み換えに伴って、労働生産性は確実に上昇します。

 

年功型雇用で、社内失業を抱えていれば、日本企業は、国際競争に負けてしまいます。

これが、現在ある状態です。

 

年功型雇用の前提には、傾斜生産方式にルーツがあります。通産省は、企業利潤をできるだけ労働者に配分しないで、企業が投資にまわせるように指導しました。企業は豊かで、労働者が貧しかったのです。老後も面倒は、企業が見るしか財源がありませんでした。

 

現在は、政府は、老後資金は投資で増やせと言いながら、賃金体系は、年功型雇用のままですから、システムは破綻しています。

 

3)ドキュメンタリズムと科学の欠如(A:ドキュメンタリズムが、科学と相容れない理由)

ドキュメンタリズムには、科学が欠如しています。

 

科学の仮説検証では、仮説が支持される場合と、仮説が破棄される場合があります。

 

確率から言えば、破棄される方が多いでしょう。

 

科学では、成功を求めてはいけません。

 

それは、データの捏造に繋がります。

 

科学は、正しく間違えた場合には、責任は問わないルールです。

 

品質管理を担当する工事課長代理が、正しい手順で検査を行い問題が見つかった場合には、責任は問われないのが科学のルールです。

 

科学で問題になるのは、正しい手順で検査を行わなかった場合です。

 

結局、大成建設の工事課長代理は、上司が、科学的ルールで仕事の業績を判断するのではなく、成果を求めるドキュメンタリズムが横行していると判断したように見えます。

 

ドキュメンタリズムが横行するとイノベーションが起きません。



2021年11月30日に、アマゾンは、メインフレームとレガシーワークロードをより迅速にクラウドに移行できるという新サービス「AWS Mainframe Modernization」を発表しました。これには、メインフレーム上のCOBOLなどのアプリケーションを、移植する専用サービスと、動作させるためのランタイムがセットになっています。コストの高いメインフレームから、AWSに容易に移動できるようになりました。

 

これば古くからあるヴァーチャルマシンの現代版です。



富士通は2030年度にメインフレームの販売から撤退し、その5年後の2035年度に保守も終了します。富士通は、UNIXサーバーも2029年度下期に製造・販売を終了し、保守も2034年度中に終了します。

 

顧客は、AWS等のクラウドサービスに移行するか、実質上、唯一のメインフレームであるIBM Powerサーバーに切り替えることになります。

 

大手IT企業の中で、IBMは、クラウドサービスへの移行が遅れています。

 

IBMのハードウェア部門の売り上げは小さいので、今後、IBMが、メインフレームから撤退する可能性もあります。



富士通は、縮む市場からの撤退を決断し、クラウドなどを駆使したサービス企業への転換を目指しています。しかし、富士通には、マイクロソフトGoogleが、大規模戦を行っているAWSと競争するだけの技術も、資金もあるとは思えません。

 

つまり、状況は、スぺ―ジェット、国産ロケット、最先端の2ナノレベルの半導体生産と非常に似た状況にあります。

 

クラウドサービスは、2004年頃に出てきました。その時に、富士通は、クラウドサービスに熱心に取り組んだとは思われません。

 

ピークの1994年度に、3500台あった国内のメインフレームの出荷台数は、2004年度には1300台でした。2021年度の出荷台数は131台です。

 

クラウドサービスが何かを理解できていれば、20年前に、メインフレームの衰退は見えていましたので、切り替えは可能でした。

 

みずほ銀行は第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行が1999年8月に合併してできました。みずほ銀行は第一勧業銀行のシステムを元にしてシステムの一本化を開始し、2004年12月に総費用4000億円のプロジェクトを完了させています。

 

しかし、メンテナンスを考えれば、メインフレームを使い続けるメリットはあると思えません。

 

今あるシステム、今ある利益は、インスタンスです。

 

科学は、オブジェクトを目指して、正しい間違いを繰り返しながら、正解に近づくプロセスです。

 

IT企業は、顧客により良いサービス提供ができれば、ハードウェアとソフトウェアのインスタンスに縛られるべきではありません。

 

メインフレームというインスタンスが失われた時点で、オブジェクトが行方不明になってるように見えます。




引用文献

 

大成建設スーパーゼネコン最下位転落!?大型工事虚報告が招く「最悪シナリオ」 2023/03/24

https://diamond.jp/articles/-/319975

 

UBSウェルス幹部のカーン氏、世界を駆ける-クレディS人材慰留へ 2023/03/20 Bloomberg

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-03-24/RS0366DWRGG001

 

クレディ・スイスの人材に虎視たんたん-ウォール街や欧州ライバル 2023/03/23 Bloomberg

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-03-23/RRYU8ZT1UM0W01

 

アクセンチュアが考えるレガシーシステム脱却の要諦 2023/03/20 ZDNET

https://japan.zdnet.com/article/35201412/

 

AWSが「とどめを刺した」メインフレームの終焉、市場を巡る富士通IBMNECの思惑 2022/04/05 ビジネス+IT

https://www.sbbit.jp/article/cont1/84116

 

富士通メインフレームの終了発表から思うこと キッコーマン システム戦略部長 小笹淳二氏 2022/06/13 IT Leaders

https://it.impress.co.jp/articles/-/23310

 

富士通メインフレーム撤退、ユーザーはただちにアクションを 2022/12/01 JBCC

https://www.jbcc.co.jp/blog/column/mainframe.html

 

富士通メインフレーム製造・販売から2030年度に完全撤退へ、66年の歴史に幕 2023/02/10 Nikkei XTech

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/06546/

 

富士通メインフレーム撤退はいばらの道、雲をつかめるか 2023/03/07 Nikkei XTech

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01973/030300001/