クレイトン・クリステンセン氏の「イノベーションのジレンマ」は、イーロン・マスク氏の「アルゴリズム」によって、破られた過去の記録になってしまったかを考えます。
「イノベーションのジレンマ ( The Innovator's Dilemma)」とは、クレイトン・クリステンセン氏が、1997年に初めて提唱した巨大企業が新興企業の前に力を失う理由を説明した企業経営の理論です。
ウィキペディアの説明は以下です。
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発生の経緯
(1) 優良企業は、顧客のニーズに応えて従来製品の改良を進め、ニーズのないアイデアを切り捨てる。イノベーションには、従来製品の改良を進める「持続的イノベーション」と、従来製品の価値を破壊して全く新しい価値を生み出す「破壊的イノベーション」がある。優良企業は、持続的イノベーションのプロセスで自社の事業を成り立たせているため、破壊的イノベーションを軽視する。
(2) 優良企業の持続的イノベーションの成果は、ある段階で顧客のニーズを超えてしまう。そして、それ以降、顧客は、そうした成果以外の側面に目を向け始め、破壊的イノベーションの存在が無視できない力を持つようになる。
(3) 他社の破壊的イノベーションの価値が市場で広く認められる。その結果、優良企業の提供してきた従来製品の価値は毀損してしまい、優良企業は自社の地位を失ってしまう。
発生の要因
クリステンセン氏は、優良企業が合理的に判断した結果、破壊的イノベーションの前に参入が遅れる前提を5つの原則に求めている。
(1)企業は顧客と投資家に資源を依存している。
既存顧客や短期的利益を求める株主の意向が優先される。
(2)小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない。
イノベーションの初期では、市場規模が小さく、大企業にとっては参入の価値がないように見える。
(3)存在しない市場は分析できない。
イノベーションの初期では、不確実性も高く、現存する市場と比較すると、参入の価値がないように見える。
(4)組織の能力は無能力の決定的要因になる。
既存事業を営むための能力が高まることで、異なる事業が行えなくなる。
(5)技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない。
既存技術を高めることと、それに需要があることは関係がない。
イノベーションのインキュベーション
クリステンセン氏は大企業において破壊的イノベーションを起こすのに有効な手段として以下の戦略を論じました。
(1) 破壊的技術を「正しい」顧客とともに育て上げること。この「正しい」顧客は必ずしも既存の顧客グループから見つける必要はない。
(2) 破壊的技術のインキュベーションは、小さな成功と少ない顧客獲得でも報いられる仕組みを持つ自律した組織の中で行うこと。
(3) 早く失敗し、正しい破壊的技術を見つけること。
(4) 破壊的イノベーションをミッションに持った組織に既存事業が有するリソースを全て使えるようにすること、その一方で当組織のプロセスや価値観は既存事業から切り離されるよう気をつけること。
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「巨大企業が新興企業の前に力を失う理由」の解明が、「イノベーションのジレンマ」の課題になっています。
クリステンセン氏の研究方法は過去の事例を調べて、そこから、法則性を導き出す帰納法です。
データサイエンスでは、帰納法は、非効率な仮説を作る推論になります。
一方、データサイエンスでは、帰納法は、検証法ではないと考えます。
つまり、過去の事例から求められた法則が、未来に利用できる保証はありません。少なくとも、検証は出来ていません。
2)マスク氏のアルゴリズム
ジョブズの伝記「スティーブ・ジョブズ」で知られているウォルター・アイザックソン氏は、2023年に「Elon Musk(イーロン・マスク)」を出版しました。
この本の中の経営方針にかかわる部分のJeff Haden氏の解説「イーロン・マスクの『アルゴリズム』は、ほぼすべてのものを劇的に改善するための5ステップのプロセスで、シンプルかつ素晴らしい必ず手順に従ってください」を引用します。(筆者要約)
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<1>アルゴリズム
テスラのネバダ工場とフリーモント工場で生産能力を絶え間なく増やしている間に学んだ教訓を蒸留したものを、イーロン・マスク氏は「アルゴリズム」と呼んでいます。
ウォルター・アイザックソン氏の新著イーロン・マスク氏の著書「イーロン・マスク」によると、マスク氏が製作会議中にアルゴリズムを持ち出す「可能性は極めて高い」といいます。
「私はアルゴリズム破られた記録になってしまった。でも、迷惑なほど言うと役に立つと思います」とマスク氏は言います。
次に、仕事上でも個人的にでも、より効率的かつ効果的になろうとするときは、マスクのアルゴリズムを試してみてください。各ステップを順番に完了するようにしてください。
以下の太字部分はアイザックソン氏の著書からマスクの言葉を引用しています。
(1) あらゆる要件に疑問を持ちます。
それぞれに、それを作成した人の名前が付いている必要があります。要求が「法務部門」や「安全部門」などの部門から来たものであることを決して受け入れてはいけません。その要求を行った実際の人の名前を知る必要があります。それなら、その人がどんなに賢くても、疑ってみる必要があります。賢い人からの要求は、人々が疑問を抱く可能性が低いため、最も危険です。たとえ私からの要求であっても、常にそうしてください。
次に、要件をそれほど馬鹿にしないようにします。
私が新しい工場での製造を引き継いだとき、生産ラインを開始する前に監督者が品質について承認する必要がありました。従業員は監督者が見つかるまで 5 ~ 10 分待つこともよくありました。(これも解決すべき問題でした。リーダーはオフィスにいるのではなく、現場にいるべきです。)
なぜ?会社の CEO は、一度の大きな失敗を経て、このルールを確立しました。しかし、オペレーターが自分の仕事が品質基準を満たしているかどうかを知ることが信頼できないのであれば、オペレーター であるべきではありません。
包括的な要件の多くは、対応するプロセス、ガイドライン、ルールを必要としない 1 回限りのイベントに基づいています。代わりに、特定の状況に対処するだけです。
そこから学びましょう。ただし、誰もが永遠にその中に入れなければならない箱を作って対応しないでください。
(2) 可能な部分またはプロセスを削除します。
後で追加し直す必要がある場合があります。実際、最終的に少なくとも 10% を追加し直さない場合は、削除が不十分であることになります。
私がスーパーバイザーになりたての頃、日報を作成して印刷し、20名ほどの人に届けるのが仕事の一つでした。プロセス全体には 1 時間以上かかりました。ある日、本当にレポートを読んでいる人がいるのだろうかと思い、レポートを作成しましたが、印刷も配信もしませんでした。しかし、誰も気づきませんでした。
多くの場合、私たちは単にいつもそうしてきたという理由だけで物事を行います。あるいは、そうする必要があると考えているからです。あるいは、それが私たちの仕事であり、したがって重要である必要があるからです。(私たちの仕事はどれも大事ですよね?)
(3) 簡素化と最適化をします。
これはステップ 2 の後に来るはずです。よくある間違いは、存在すべきではない部品やプロセスを簡素化し、最適化することです。
これらのレポートの配信を停止してから数週間後、私は何人かの人に、レポートの配信を再開する必要があるかどうか尋ねました。いいえ。次に、関連するデータを収集する必要があるかどうかを尋ねました。ほとんどの場合、すでに他の場所で収集されていたため、収集しませんでした。(私の部門では、他の部門が正しく作業を行うことを信頼できるとは思えなかったため、二重作業を行っていました。)
場合によっては、特定のデータが必要になることがあったため、収集プロセスを自動化する方法を見つけました。そして、制作スタッフが収集プロセスに関与しない方法を見つけました。これにより、制作に多くの時間を費やし、データ入力事務として働く時間を減らすことができます。
すぐにわかるように、そもそも存在する必要のないプロセスを自動化または最適化しないようにしてください。確かに、何かをより良くすることでパーセントを向上させることはできますが、不必要なプロセスを完全に排除して、それに関わる時間、労力、コストを 100% 節約してみませんか?
(4) サイクルタイムを短縮します。
あらゆるプロセスを高速化できます。ただし、これは最初の 3 つの手順を実行した後でのみ行ってください。テスラの工場で、私は誤ってプロセスの高速化に多くの時間を費やしてしまい、後で削除すべきだったと気づきました。
私の以前の職場では、転職にかかる時間を絞り出すために常に努力していました。ジョブからジョブへの切り替えが早ければ早いほど、1 日に生産できるユニットの数が増えます。簡単に言うと、生産性を向上させる 2 つの主な方法は、生産速度を高めること (時速のマイル数を増やすことを考えてください) と、あるウィジェットの生産から別のウィジェットの生産に切り替える時間を短縮することです。
私たちは、コンベア ガイドのセットを調整に多大な時間を費やしました。
若手オペレーターが「なぜ調整する必要があるのかまったくわかりません。形状を少し変えれば、どのサイズの製品でも機能します」という日まで、 ここで数秒、あそこでも数秒と時間を短縮しました。
結局のところ、彼は正しかった。私たちは完全に削除されるべきステップを加速させようとしていたのです。
(5) 自動化します。
自動化は最後に来ます。ネバダ州とフリーモント州での大きな間違いは、すべてのステップを自動化することから始めたことです。すべての要件が疑問視され、部品とプロセスが削除され、バグが取り除かれるまで待つべきでした。
最初の 4 つのステップを完了したら、残っていること、つまり本当に行う必要があること、本当に重要なこと、本当に価値を追加することを最適化し、自動化することができます。綿毛をすべて取り除き、残ったものを可能な限り効果的かつ効率的にします。
私の元同僚と私はそれに気づいていませんでしたが、その仕事ではマスクのアルゴリズムに従っていたのです。しかし、マスク氏の場合と同様、私たちの場合も、うっかり一歩か二歩飛ばして後戻りしなければならなくなり、生活がより困難になることがよくありました。(それでも、10 か月間で転職にかかる時間は半分になりました。)
<2>アルゴリズムの帰結
このアルゴリズムにはいくつかの帰結もあります。私のお気に入りをいくつか紹介します。
すべての技術マネージャーは実践経験を持っている必要があります。 たとえば、ソフトウェア チームのマネージャーは、時間の少なくとも 20% をコーディングに費やす必要があります。ソーラールーフの管理者は、屋根の上で設置作業に時間を費やさなければなりません。
実務経験のあるリーダーは、より優れたリーダーとなる傾向があります。(ある研究によると、 上司が仕事ができると、仕事で満足する可能性が高くなります。)
間違っても大丈夫です。 ただ自信を持って間違ってはいけません。
解決すべき問題があるときは、直属の上司に直接相談しないでください。直属の上司をスキップして、マネージャーのすぐ下の上司に会いに行きます。
多くの場合、最善の決定は、誰が特定の決定を下すべきかを決定し、それらの人々にそれらの決定を下す権限を与えることです。ほとんどの場合、それらの人々はあなたが思っているよりも階層の少なくとも 1 レベル下にいます。
唯一のルールは物理法則によって決定されるものです。 それ以外はすべて(法則ではなく単なる、筆者注)推奨です。
確かに、そのような極端なアプローチは望まないかもしれませんが、何かをより良く、より速く、より安くやりたい場合、または単に自分のビジネスや生活をより良くしたい場合は、別の方法で物事を行う必要があります。 。
なぜなら、他の人と同じことをすれば、他の人が達成したことしか達成できないからです。
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3)比較
クレイトン・クリステンセン氏の「イノベーションのジレンマ」の「イノベーションのインキュベーション」と、イーロン・マスク氏のアルゴリズムは、同じ課題を扱っているように見えます。
しかし、主張の内容は随分違います。
クレイトン・クリステンセン氏は、過去の事例を元に、帰納法で、法則を導きだしました。
マスク氏のアルゴリズムは、過去の事例を参考にしていません。
「なぜなら、他の人と同じことをすれば、他の人が達成したことしか達成できない」という発言は、帰納法の否定です。
アルゴリズムは、データサイエンスに合致しています。アルゴリズムの全てが、データサイエンスから導き出される訳ではありませんが、データサイエンスの法則に合わないルールは提示されていません。
何が起こっているのでしょうか。
1990年代にデータサイエンスが始まったときに、データサイエンティストは、データサイエンスは、経験科学を越えると主張しました。
経験科学は、データサイエンスに置き換えられるだろうと主張しました。
データサイエンスが実現するためには、理論、コンピュータの能力、ビッグデータが必要です。これらの制約条件は、2010年頃には、ほぼ解消しました。
2009年に出た「第 4 のパラダイム: データ集約型の科学的発見The Fourth Paradigm: Data-Intensive Scientific Discovery」は、その事実の反映です。
現在の科学技術開発の中心は、ビッグデータを持っているGAFAMにあります。
テスラや、中国のBYDが、EVを作っています。
日本の自動車メーカーも、EVを作っています。
しかし、日本の自動車メーカーのEVは、テスラや、中国のBYDに比べて、価格競争力がありませんし、生産台数の拡大も、緩やかです。
何が、違うのでしょうか。
日本の自動車メーカーは、クリステンセン氏の「イノベーションのジレンマ」のような経験科学に基づいて、経営をしています。組織も年功型で、経験重視です。
テスラや、中国のBYDは、マスク氏のアルゴリズムのようなデータサイエンスに基づいて経営しています。エビデンスベースの経営で、組織も、アジリティの高いジョブ型で、エビデンス重視です。
ここには、経験科学とデータサイエンスのバトルがあります。
過去の科学的な実証の結果を見れば、経験科学が、データサイエンスに勝てることはありません。
4)補足1
以上の検討は、経験科学とデータサイエンスの比較でした。
ある研究者は、日本の企業は、抽象化・論理モデル化する能力が相対的に低いといいます。
つまり、日本の企業の経営の意思決定は、科学に基づいていないといいます。
これは、経験科学か、データサイエンスか、以前のレベルです。
日本の企業の経営の意思決定は、しばしば、空気を読む、パースの用語で言えば、権威の方法に基づいています。
「抽象化・論理モデル化する能力が相対的に低い」ということは、科学の因果モデルで思考することができないことを意味します。
「論理モデルがなくても、阿吽の呼吸で説明できる」、「論理的に考えられないが、改良は得意」といった主張は、科学の因果モデルを排除する論理です。
「論理的に考えられないが、改良は得意」だったので、1982年に、IBM産業スパイ事件が起こっています。
「改良は得意」では、マスク氏のいう、「他の人と同じことをしないで、他の人が達成しなかったことを達成」することはできません。
高等学校での数学教育が世界最高レベルであることが、日本人の個人の抽象化・論理モデル化の能力が高いことの、傍証であるという研究者もいます。
しかし、これは、帰納法であって、検証ではありませんので、明らかに間違いです。
そもそも、企業の構成員と高等学校の生徒は、全く異なる母集団です。
高等学校での数学教育が世界最高レベルであれば、分数の出来ない大学生はいないはずですが、そうはなっていません。
日本の大学の専門家の中には、科学以前のレベルの議論をする人も多数います。
主張(仮説)が、検証可能な因果モデルの形式をしていない上に、論理に都合のよいデータを列記するサンプリングバイアスが横行してます。
5)補足2
泉房穂氏の明石市長時代の活動とイーロン・マスクの「アルゴリズム」について、補足します。
第1に、データセイエンスはエビデンスベースです。
前例主義や帰納法によって、統一ルールをつくって、押しつけるのは、科学的に間違いです。
仮説を立てて、モニタリングを進めて、エビデンスに基づいて、仮設の問題点を修正していく方法が、エビデンスベースのデータサイエンスの手法です。
仮説(問題解決の方法)は、状況によって異なります。他の自治体の前例をコピーしても成功しません。因果モデルを考えて、オリジナルな仮説を作り、エビデンスに基づいて、仮説(問題解決の方法)を改善するプロセスが、科学的な方法です。
データサイエンスの出現によって、サンプリングバイアスの補正が課題になり、エビデンスが重視されています。
それ以前の「サンプリングバイアスを無視して、結果に基づいて、問題解決の方法を改善するプロセス」は、プラグマティズムと呼ばれ、アメリカでは、基本的な意思決定の方法でした。
泉房穂氏は、地方自治体が、国に指示に従うという「お上主義」という構造的な問題があるといいます。
霞が関の指示は、前例主義や帰納法によっ作られた、統一ルールです。専門家会議は、統一ルールを権威付けする装置です。
しかし、パースが指摘したように、この方法は、権威の方法であって、科学の方法ではありません。このプロセスは科学的には、間違ったプロセスで、リアルワールドの問題を解決できないことがわかっています。
第2に、データサイエンスの理論ではないとおもわれますが、マスク氏は、「解決すべき問題があるときは、直属の上司に直接相談しないでください。直属の上司をスキップして、マネージャーのすぐ下の上司に会いに行きます」といいます。
泉房穂氏は、明石市長だったときに、問題があれば、兵庫県を飛ばして、直接、市長が、中央省庁にかけ合っています。中央省庁は、もちゃんと対応して、「県って何なんだ?」と思いったと言います。
この2つは明らかに、対応しています。
筆者は、この中抜きが有効になる理論的背景がわかりません。
以上のように、泉房穂氏の明石市長時代の活動は、クリステンセン氏の「イノベーションのジレンマ」ではなく、マスク氏の「アルゴリズム」に対応しています。
引用文献
Elon Musk's 'Algorithm,' a 5-Step Process to Dramatically Improve Nearly Anything, Is Both Simple and BrilliantJ ust make sure you follow the steps in order. 2023/09/27 INC.COM Jeff Haden
イーロン・マスクの「アルゴリズム」は、ほぼすべてのものを劇的に改善するためのシンプルかつ素晴らしい5ステップのプロセスです。必ず手順に従ってください。
日本は「お上主義」が強すぎる…泉房穂前明石市長がぶち上げる「新・日本改造計画」の中身 2023/12/04 現代ビジネス 泉 房穂 鮫島 浩
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