彼を知り己を知れば百戦殆うからず

孫子の教えを守らずして、日本が先進国に留まることはできません)

 

1)孫子の教え

 

「敵を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」あるいは、「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」は孫子の有名な言葉です。

 

正月のYahoo ニュースを見ていても、主な記事は、芸能関係とスポーツ関係です。

 

ビジネスの記事が少しあって、科学技術関係の記事は、ほとんどありません。

 

この記事構成を見る限り日本は、開発途上国であると言えます。

 

孫子の言葉をいいかえれば、「競争相手(仮想敵国)を常に意識して、戦略を立てるべきである」

とも言えます。

 

例えば、エストニアでは納税申告が自動化され、国民はスマホやパソコンから自分の納税額を確認し、承認するだけで確定申告と納税が完了します。会計士や税理士という職業が消滅しています。

 

これは、エストニアでは、会計士や税理士がなくなった結果、労働生産性があがったことを意味しています。納税は、自動的に行われるので、税務署の職員も殆どいりませんし、脱税も減るはずです。

 

労働生産性の面では、エストニアは、強力な競争相手ですから、孫子の言葉を借りれば、エストニアに負けないように、労働生産性をあげるロードマップを作らなければ、先進国から転落することになります。

 

しかし、マイナンバーカードには、エストニアの先をいく戦略はありません。

 

つまり、孫子流に言えば、最初から先進国グループに残るためのレースに参加していないことになります。

 

中国スマホ「Tecno」は、アフリカで、No.1のシェアをもっています。

 

「Tecno」は、他のスマホメーカーのマーケットを研究して、既存メーカとの競争にならないニッチなアフリカ市場に特化した製品開発を行うことで、先発メーカーと競合しないで市場を得ています。

 

政府は、防衛費を増額する計画です。しかし、軍事費の絶対的な金額では、日本は、アメリカと中国にはかないません。

 

つまり、「Tecno」と同じように、軍事費の絶対的な金額で負けていても勝算のあるニッチな軍事力に特化しない限り、競争優位には立てません。

 

今のところ、どこを切り捨てて、どこで優位に立つのかという戦略は全く聞こえてきません。



2)IBMのCEOとクラウド戦略

 

IBMは、2020年3月まで女性CEOのロメッティ氏が8年間指揮をとっていましたが、2020年4月からはクラウド事業を率いていたインド出身のアルビンド・クリシュナ氏がCEOに就任しています。

 

ロメッティ氏はCEOと社長を兼任していましたが、クリシュナ氏の昇格に合わせて社長にはジェームス・ホワイトハースト氏が就任しています。

 

ホワイトハースト氏はレッドハットのCEOだった人物です。

 

レッドハットはIBMが約3兆7千億円の大枚をはたいて買収したソフトウエア大手です。

 

レッドハット買収を指揮したのがクリシュナ氏です。

 

つまり、クラウドに明るい2人がIBMのトップに就くことで、今後はクラウド事業に力を注ぐ人事です。

 

その理由は、売上の低迷が続くIBMの中で、クラウドが、成長が期待される唯一の分野だからです。

 

クラウド事業では、アマゾンとマイクロソフトが、トップ2です。これに、急速に追いついているのが、Googleです。Googleは、検索連動広告が頭打ちになっているため、クラウド事業への切り替えを急いでいます。検索連動広告が頭打ちになっている理由は、ネット上にコピー情報やフェイク情報が増えすぎたため、単純な検索では、有益な情報が入手できなくなったためです。これを解決するには、AIをつかった高度なフィルタ―が必要ですが、今のところ実装できていません。マイクロソフトのエッジなどのブラウザは、個人情報連動に移行しています。これはおそらく、発信者を識別することで情報の信頼性を、判断するアルゴリズムの採用を目指しているためと思われます。

 

IBMクラウド事業は、Googleの更に後方を走っていますので、どこまで追いつけるかは不明ですが、他に選択肢はないという経営判断と思われます。

 

さて、IBMは、クラウド事業への転換にともなって、2020年から、大規模なリストラを行っています。

 

ブルームバーグは2020年5月21日、IBMが全米で人員削減を開始したと報じました。会社側は具体的な人数を明らかにしていませんが、数千人規模.と言われています。

 

IBMは欧州で約1万人を削減したようです。欧州地域の従業員のおよそ20%に影響が及びました。国別で最も大幅な削減となるのは英国とドイツですが、ポーランドスロバキア、イタリア、ベルギーでも人員削減が行われました。

 

日本IBMは従業員1万2000人のうち数千人を分社化で切り離し、残った部門で1000から1500人のリストラを行った模様です。

 

米国IBMの広報担当者は「人員に関する決定は、オープンなハイブリッドクラウドプラットフォームとAI能力を導入する上で、顧客に最善のサポートを提供することが目的だ」と電子メールで回答しています。「顧客のニーズに最大限応えられるよう、従業員の訓練と技能開発に大規模な投資を継続していく」と説明しています。顧客データセンターの管理や、インストールやオペレーション、機器のメンテナンスなど従来型の顧客サポートを行うITサービス事業が削減の中心となったようです。

 

ここにあるのは、レイオフとリスキリングの組合せです。

 

3)日本のITベンダーの行方

 

日本のITベンダーには、レイオフもリスキリングもありません。ジョブ型雇用という名前だけが先行していますが、ジョブディスクリプションがないため、仕事ができても、給与があがりません。

 

その結果、GAFA予備校と呼ばれるように、優秀な人材が流出しています。

 

日本のITベンダーには、クラウドに参入する計画はありません。

 

クラウドに参入するには、膨大な資金と高度人材が必要なので、日本のITベンダーは諦めているのかも知れません。

 

IBMは、クラウドに参入しないと生き残れないという経営判断をしています。

 

日本のITベンダーは、今までどおり、ITゼネコンと呼ばれるように、公務員の天下りを受け入れることで、ひも付きの仕事をとり続けるのでしょうか。

 

日本のITベンダーは、若い人材が枯渇しつつあり、このままいけば、中国や台湾企業に身売りした家電メーカーと同じ運命をたどると思われます。

 

情報の一部は、安全保障にかかわるとして、外資系企業を排除することは可能ですが、そうしてもエンジニアに十分な給与を払うだけの利益が上がらなくなりますので、ゾンビ企業になってしまいます。あるいは、既に、そうなっていると見ることもできます。

 

日経新聞は、浅川知恵子氏に日本企業の人材の多様性について質問していましたが、人材の多様性があれば、企業が伸びると考えることは、因果律を無視しています。

 

ジョブディスクリプションが明確であれば、能力で、人材を管理します。その結果、人材の多様性が生まれます。浅川知恵子氏はその例です。

 

数年前、大学の医学部の受験で、男性と女性で、合格の足切り点数に差があるという不平等がわかって、問題になりました。

 

ジョブディスクリプションではありませんが、受験の合格基準は点数の高い順が基本です。一部の私立大学では、それを無視して、女性の合格者を減らしていました。

 

ジョブディスクリプションのような明確な判定基準があれば、給与と人材の確保は、実力で決まり、その結果、人材の多様性が生まれます。

 

少なくとも、大学医学部の不正入試のような不正な成果評価をしなければ、人材の多様性が生まれます。

 

人材の多様性は、ジョブディスクリプションを回避して、年功型雇用を温存するための議論のすり替えと思われます。

 

4)ジョブのライフサイクル

 

浅川知恵子氏は、1985年にIBMに就職して、2009年にフェローになっています。

 

その時間は、24年です。

 

同じように、ジョブのライフサイクルをNASAのエイムズセンター(エイムズ研究所)の所長のEugene Tu氏で、追跡してみます。

 

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Tu氏 は、1988 年にカリフォルニア大学バークレー校で機械工学の学士号を取得し、1990 年と 1996 年にスタンフォード大学でそれぞれ航空学と宇宙飛行学の修士号と博士号を取得しました。彼は、アメリカ航空宇宙研究所のアソシエイト フェローです。Tu氏は 2000 年に NASA Outstanding Leadership Medal を受賞し、2009 年と 2020 年にそれぞれ功績のあるエグゼクティブと優秀なエグゼクティブに対して大統領ランク賞を受賞しました。

 

Tu氏は、複雑な航空機構成の定常および非定常空力に関する計算流体力学研究を行う研究科学者としてキャリアをスタートさせました。計算空気力学、情報技術、または IT、高性能コンピューティングおよび通信などの分野でさまざまな研究および管理職を経験した後、1997 年に同機関の IT 基盤研究プログラムの副プログラム マネージャーに選ばれました。1998 年に、彼は政府機関レベルのハイ パフォーマンス コンピューティングおよびコミュニケーション (HPCC) プログラムのプログラム マネージャーに選ばれ、同時に IT ベース リサーチと HPCC プログラムの両方を主導しました。2001 年に、2 つのプログラムはコンピューティング、情報、通信技術 (CICT) プログラムに統合され、Tu氏は 2002年にCICT プログラム マネージャーに選ばれました。

 

Tu氏は直近では、2005 年 11 月から 2015 年 5 月に エイムズ(Ames) センターの所長に選ばれるまで、Ames の Exploration Technology の所長を務めていました。そこで彼は、NASA の 2 つの重要なインフラ資産である統合アークを含む 4 つの技術研究開発部門を率いていました。ジェット試験施設と機関の主要なスーパーコンピューティング施設です。

 

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Tu氏のNASAへの就職時期はよくわからないのですが、恐らく1996年と思われます。そうすると、エイムズセンターの所長になるまでの期間は19年です。博士号をとった時間の6年を足せば、25年となり、浅川知恵子氏の24年にほぼ一致しています。

 

浅川知恵子氏もTu氏も、AIなどのデータサイエンスが普及する前の世代ですから、現在は、ジョブのライフサイクルはもっと短縮して、代わりにリスキリングが入っていると思われます。

 

1990年頃までの日本の退職年齢は53から55歳でしたので、アメリカのジョブのライフサイクルは、その頃の日本と変わらないことになります。

 

これからは、ジョブのライフサイクルは短縮して、2度くり返すようになると思われます。

 

5)まとめ

 

日本のITベンダーが、アメリカや中国のIT企業との競争を諦めてしまえば、日本は、「作るデジタル社会」ではなく、「使うデジタル社会」になってしまいます。

 

その時点で、日本は、先進国ではなくなります。

 

膨大な資金と高度人材がない日本のITベンダーは、アメリカや中国のIT企業と競争することはできなくなっています。

 

巨大企業のIBMですら、レイオフとリスキリングを繰り返しています。

 

日本のITベンダーが、レイオフとリスキリングなしに、「作るデジタル社会」の競争に参加することは不可能です。

 

レイオフとリスキリングを繰り返せば、労働生産性があがり、労働者の所得が増え、税収が増えますので、社会保障の財源が確保できます。

 

レイオフとリスキリングを繰り返さなければ、日本の未来には姥捨て山が待っています。

 

レイオフとリスキリングを繰り返しても、「Tecno」のように、ニッチな市場でしか、日本のITベンダーには、競争力はないと思われます。

 

つまり、「彼を知り己を知る」戦略がなければ、日本と日本企業は、先進国の生き残りレースのスタート地点にもつけないと思われます。




引用文献

 

アフリカでシェア1位の中国スマホ「Tecno」が中東に期待する理由 2023/01/01 Forbs Ben Sin

https://docs.google.com/document/d/16b0uaUIGdmbpPL14zuM1HdenB70gK7Phd78d33m5doc/edit#



IBMの新CEO、クリシュナ氏が示した戦略の柱--コロナ後も視野 2020/04/27 ZD-net

https://japan.zdnet.com/article/35152883/

 

IBMが米で人員削減、数千人対象か-来年6月まで医療費は補助 2020/05/22 Bloomberg

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-05-22/QAPIOQDWX2PS01

 

IBMが数千人規模のリストラ実施で投資家、喜ぶ 2020/05/22 

https://naobito.net/ibm-job-cut-20200521/



米IBM、クラウド関連のターボノミック買収で合意 2021/04/20 ロイター

https://jp.reuters.com/article/turbonomics-m-a-ibm-idJPKBN2CG2UE

 

従業員が評価! 2021年の最も素晴らしい大企業のCEOランキング トップ10 2021/12/17 Business insider

https://www.businessinsider.jp/post-247987



Center Director - Eugene Tu

https://www.nasa.gov/ames/center-director-eugene-tu