要素分解主義とシステム・アプローチ~2030年のヒストリアンとビジョナリスト

(欧米で実務に使われている科学的方法を正しく理解すれば、要素分解主義から、システム・アプローチにシフトするはずです)

 

1)出発点

 

「風が吹けば、桶屋が儲かる話」で、科学的方法について、少しだけ論じました。

 

筆者は、科学的方法について、BSCS Biology(Blue Book)で最初に学びました。(注1)

 

以下に、カーンアカデミー(khanacademy)の生物学の教科書の科学的方法を示しますが、基本は、昔のBSCSと変わっていません。

 

内容は、高校生であれば、理解できるレベルです。

 

1-1)科学的方法



生物学や他の科学の中核には、科学的方法と呼ばれる問題解決のアプローチがあります。 科学的方法には、5つの基本的なステップと、1つのフィードバックステップがあります。

 

 (1)  観察

 (2)  疑問

 (3)  仮説または検証可能な説明の作成

 (4) 仮説に基づく予測

 (5) 予測のテスト

 (6)  反復:結果を使用して、新しい仮説または予測を作成

 

科学的方法は、化学、物理学、地質学、心理学を含むすべての科学で使用されています。 これらの分野の科学者は、さまざまな質問をし、さまざまなテストを実行します。 ただし、同じコアアプローチを使用して、論理的で証拠に裏付けられた回答を見つけます。

 

1-2)疑問と問題点

 

「風が吹けば、桶屋が儲かる話」で、「探究の方法」は、科学的方法を無視しているのではないかと疑問を呈しました。科学的方法には、「疑問」、「仮説」、「反復:結果を使用して、新しい仮説または予測を作成」が含まれているのですから、更に、「探求」というのは、屋上屋を架すように見えるのです。

 

「探究の方法」は、2009年の『高等学校学習指導要領解説理科編』119頁の「理科課題研究の目的」に、科学的方法の説明として載っているようです。

 

「風が吹けば、桶屋が儲かる話」で、筆者は、科学哲学の科学的方法に、入り込むつもりはないと述べました。

 

断定はできませんが、日本語版のウィキペディアの「科学的方法」は、科学哲学関係者が執筆しているように見えます。ここには、科学哲学者が論じた科学的方法」のヒストリーが書かれています。

 

英語版のウィキペディアは2つに分かれています。

 

(1)科学的方法(Scientific method; wikipedia

 

(2)科学的方法(Scientific method;rationalwiki;Eyes wearing inverted lenses Philosophy of science)

 

(1)は、高等学校の教科書の科学的方法に書かれているような科学者が実務で使っている科学的方法について述べています。これがないと、論文のレビュー、研究計画の調整ができません。

 

「2種類の学会」で述べましたように、科学的方法論をとらない、経験主義のヒストリアンの学会であれば、「実務上つかっている科学的方法」の共通認識は不要と思いますが、その学会の成果は、科学ではありません。

 

(2)は、科学哲学者が論じた科学的方法」です。

 

この2つは、別ものであって、筆者が論じたいのは、(1)です。

 

日本語版のウィキペディアの「科学的方法」には、デカルトの要素分解主義が載っていますが、(1)の科学的方法では、それは、採用されていません。(1)の科学的方法も、スタートは要素分解主義であったかも知れませんが、実際に運用していく上で、チューニングされ、現在では、サイクル・アプローチやシステム・アプローチが主流です。

 

システム・アプローチでは、システムが仮説になります。

 

仮説には、大きな仮説と小さな仮説があります。例えば、進化はとても大きな仮説です。

 

同様に、環境管理では、生態系システムが最大の仮説です。

 

環境管理パラダイムには、次の2つのパラダイムがあります。

 

(A)種の管理(single-species management、single-species approach)

1つの種だけに焦点を当てる資源の伝統的な管理戦略です。

 

(B)生態系ベースの管理(EBM:Ecosystem-based Management )

生態系全体を考慮に入れて資源を管理する包括的な新しい管理方法です。

 

(A)が要素分解主義で、(B)がシステム・アプローチです。



2022/06/02のNewsweekに、「関東某所の井戸で『幻の虫』を発見?──昆虫学者は何をやっているのか」というタイトルで、絶滅危惧I類の「カントウイドウズムシ」を研究している研究者が紹介されています。

 

記事の執筆者は、次のように書いています。

 

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実はこのような研究者は珍しくなく、研究者のポストと待遇、そして研究環境はここ十数年、社会問題となっている。

 

日本の科学研究は長年、世界をリードしてきたが、今は過去の「遺産」をどうにか食い尽くしているだけで、これからはノーベル賞級の研究は出てこないだろうとも言われている。つまり、研究者個人の「やりがい」に依存している状況なのだ。

 

本書は、コロナ禍の移動制限における昆虫学者のドタバタ奮闘記ではあるが、科学を政策として国がどう考え、支えていくのかという、日本の学術研究のあり方をも問い直す内容となっている。

 

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絶滅危惧種の研究は、典型的な種の管理です。「カントウイドウズムシ」は、とても小さいので、絶滅しても、物質循環に影響はほとんどありません。「カントウイドウズムシ」と同じように小さくて発見が難しく、知られないうちに絶滅している生物も多くあるはずです。

 

一方、湿地の復元や、牡蠣の復元は、物質循環に大きく影響します。人材や、予算に制限がある以上、研究はどこかに重点化せざるをえません。生態系ベースの管理(EBM)は、この問題に対する答えです。

 

記事の執筆者は、要素分解主義や、(A)の種の管理から、発想が抜け出せなくなっています。

 

研究費の増額をする場合に、基礎研究が大事か、応用研究が大事かという、哲学問答を取り上げる人もいますが、生態系ベースの管理(EBM)であれば、今後、生態系システムのどこを解明すべきかというロードマップにしたがって、予算を配分するだけです。「生態系ベースの管理(EBM)は、基礎研究か、応用研究か」という質問も、システム・アプローチを無視した愚問だと思います。



日本語版のウィキペディアの日本の「科学的方法」と英語圏の(1)の「科学的方法」の間には、とてつもないキャップがあり、そのギャップが、科学技術立国を困難にし、環境管理を困難にしていると思います。

 

もちろん、本書の主題の変わらない日本の解決に、DXを射程に入れるのであれば、「科学的方法」の問題を解決しても、Heysらの視点で言えば、その先に「計算科学」と「データサイエンス」の2つのパラダイムがまっていることになります。

 

今回は、議論の根拠となる出典を以下にまとめて載せます。

 

掲載部分は、出典から、今の議論に関係した部分だけを抽出しています。

 

日本語版のウィキペディアの日本の「科学的方法」は、科学哲学の関係者の記述なので、英語版と同列にはあつかえませんが、それにしても、以下の冒頭を見ただけでも気が遠くなります。

 

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科学的方法とは、断片化され散在している雑情報あるいは、「新たに実験や観測をする必要がある未解明な対象」に関連性、法則を見出し、立証するための体系的方法である。

 

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ここの記載は、「断片化され散在している雑情報」ですから、システム・アプローチの対局にあります。スタートが要素主義なのです。

 

このような視点で、日本語版を、英語版と比較して呼んでいただけると、驚くような発見が多数できます。

 

2)科学的方法とは何か

 

以下が、出典の文献です。

 

2-1)カテゴリ:科学的方法(英語版の翻訳Category:Scientific method;wikipedia commons)

 

科学的方法は、科学的調査および物理的証拠に基づく新しい科学的知識の獲得の特徴と見なされる一連のプロセスまたはプロセスの集まりです。

 

2-2)科学的方法(英語版の翻訳Scientific method; wikipedia

 

科学的方法は、少なくとも17世紀以降の科学の発展を特徴付ける知識を獲得するための経験的な方法です(前世紀の著名な実務家がいます)。認知的仮定が観察を解釈する方法を歪める可能性があることを考えると、それは注意深い観察を含み、観察されるものについて厳密な懐疑論を適用します。それは、そのような観察に基づいて、誘導を介して仮説を立てることを含みます。控除の実験的および測定ベースのテスト仮説から引き出された; 実験結果に基づく仮説の改良(または排除)。これらは、すべての科学企業に適用できる決定的な一連のステップとは異なり、科学的方法の原則です。

 

手順は調査の分野ごとに異なりますが、基礎となるプロセスは多くの場合、分野ごとに同じです。科学的方法のプロセスには、推測(仮説の説明)を行い、論理的な結果として仮説から予測を導き出し、それらの予測に基づいて実験または経験的観察を実行することが含まれます。仮説は、質問への回答を求めている間に得られた知識に基づく推測です。仮説は非常に具体的である場合もあれば、広い場合もあります。その後、科学者は実験や研究を行って仮説を検証します。科学的仮説は反証可能でなければなりません。反証可能とは、仮説から推定された予測と矛盾する実験または観察の可能な結果を​​特定することが可能であることを意味します。反証可能でないと、仮説を有意義にテストできません。

 

実験の目的は、観測値が仮説から推定される期待値 と一致するか矛盾するかを判断することです。実験は、ガレージから遠く離れた山頂、CERNの大型ハドロン衝突型加速器までどこでも行うことができます。ただし、方法を公式文書化する(formulaic statement of method)ことは困難です。科学的方法は、固定された一連のステップ(fixed sequence of steps)として提示されることがよくありますが、それはむしろ一般的な原則のセットを表しています。すべてのステップがすべての科学的調査で(または同じ程度に)行われるわけではなく、それらは常に同じ順序であるとは限りません。



2-3)科学的方法(日本語版 ウィキペディア

 

科学的方法とは、断片化され散在している雑情報あるいは、「新たに実験や観測をする必要がある未解明な対象」に関連性、法則を見出し、立証するための体系的方法である。

「科学的」という言葉についての辞書的定義として、国語辞典(デジタル大辞泉)には以下のように記載されている。

 

考え方や行動のしかたが、論理的、実証的で、系統立っているさま。

特に自然科学の方法に合っているさま。

「すべてのアメリカ人のための科学」では、調査、論証、あるいはそれらの手法が、科学的であるために必要な要件として、証拠、推論過程、結論に関するいくつかの特徴、及び調査手段におけるいくつかの特徴(仮説-検証型 等)に関して、ある程度の共通理解が存在する、とされた。

 

しかしながら科学的方法に関する具体的な指針については、さまざまな時代の、様々な者が発言を行っている。 「発言者の立場」に基づいて大別すると、科学者、技術者などの科学サイドの人間によるものと、哲学者、社会学者、教育学者等の社会的サイドの人間によるものがあり、概して両者の間には温度差がある。

 

科学が満たす「一定の基準とはそもそも何か」という問題は諸論があるが、大まかにいえば、その推論過程において「適切な証拠から、適切な推論過程によって推論されていること」、「仮説検証型」の調査プロセスが要求される。また、扱う対象が、測定、定量化が可能であることが望まれることも多い。

 

(中略、上が全体の概説部分、以下は、個別説明の一部を引用;筆者のコメント)

 

・古典的な基本

 

放送大学の濱田嘉昭によれば、科学的な方法の古典的な基本は、17世紀にデカルトが『方法序説』で示した以下の原則である。

 

明瞭判明の規則:明らかに真理と認められたものだけを判断の基準とする。

要素分解   :解決可能な要素に分解して考察する。

具体から抽象へ:単純なものから複雑なものへと順番に認識をすすめる。

総合     :見落としがないことを十分に確かめて、完全な列挙と再構成により全体を再構成する。

 

これは17世紀に提示されたものであるが「現在でも研究論文を書きあげる指針として十分光を放つものである」という。



・現代における科学的な方法

 

「科学的方法」についての言及は、さまざまなものがある。

 

2009年の『高等学校学習指導要領解説理科編』119頁には、「理科課題研究の目的」として、以下のような解説がなされている 。

 

「科学に関する課題を設定し」とあるのは、自然や科学技術に関して観察、実験などの探究的な活動を通じて習得した探究の方法を用いることにより解決できる課題を設定することを示している。

 

「観察、実験などを通して研究を行い」とあるのは、仮説の設定、実験の計画、実験による検証、実験データの分析・解釈、推論など探究の方法にしたがって研究を進めることを示している。

 

「科学的に探究する能力と態度を育てる」とあるのは、探究の方法を用いて研究を行う過程で、設定した課題を科学的に解決する方法を見いだす能力と態度を育成することを示している。

 

「創造性の基礎を培う」とあるのは、研究の実施や報告書の作成を通して、研究においては独自性が重要であることに気付かせ、創造的な思考力を養うことを示している。そのためには、文献等の調査、研究に必要な器具や装置の製作などについて、適切な助言が必要である。

 

上記の「探究の方法」、「科学的に探究する能力と態度」等の要件定義から、科学的な方法(「探究」)の特徴に関する規定がある程度読み取れる。

 

2-4)科学的方法(英語版の科学哲学の翻訳、Scientific method;rationalwiki;Eyes wearing inverted lenses Philosophy of science)

 

科学的方法は、知識を導き出し、発展させるための認識論的システムです。一部の人々は、それが物理世界に関する人間の知識に有用で実用的な追加を行うための最良の方法であると考えており、それは西側世界全体に広がる技術的飛躍をもたらしました。科学的方法は、学習プロセスとして説明することもできます。

 

(中略)

 

現代の科学的実践方法の中核にあるのは、仮説、理論、または概念の価値は、経験的現実に対してテストできる反証可能な 予測を行う能力によって最もよく決定されるという考えです。これは、特に、(神のサンプルを試験管に入れることが難しいため)無意味または論理的に矛盾する超自然的な実体または概念を科学的仮説に含めることができないことを意味します。したがって、調査を実施するとき、科学者は方法論的自然主義 (methodological naturalism)の立場をとることになります。(注2)







注1:

 

BSCSサイエンスラーニング(BSCS Science Learning)は、以前は生物科学カリキュラム研究(Biological Sciences Curriculum Study;BSCS)として知られており、カリキュラム資料を開発し、教育支援を提供し、科学技術の分野で研究と評価を行う教育センターです。 1958年に設立され、1973年に独立した非営利団体となり、本社はコロラド州コロラドスプリングズにあります。 2018年、BSCSはその名前をBSCSサイエンスラーニングに変更しました。

 

なお、BSSCは、1957年10月4日のスプートニク・ショックに対応して始められています。

ソ連に対する米国の科学技術の遅れを取り戻すための対策の一つです。

 

「新しい資本主義」の実行計画案が5月31日に明らかになりましたが、BSSCのような基礎から、科学技術を立て直す視点は、全くありません。日本の教科書のレベルは、劣悪なので、科学技術教育を考えなおすべきだと思います。

 

注2:

 

方法論的自然主義は英語版のウィキペディアには次の様に書かれています。

 

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方法論的自然主義は、科学的方法を扱うときに哲学的自然主義の必要な仮定のラベルです。方法論的自然主義者は、科学的研究を自然の原因の研究に限定します。なぜなら、超自然との因果関係を定義しようとする試みは決して実りがなく、科学的な「行き止まり」とギャップの神型の仮説を生み出す結果になるからです。これらの罠を回避するために、科学者はすべての原因が経験的かつ自然主義的であると想定しています。つまり、それらを系統的に測定、定量化、および研究することができます。

 

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「科学的研究を自然の原因の研究に限定」することらしいです。

 

筆者が述べたラッセルの七面鳥の定理の人工物のレンマは、「自然の原因の研究に限定」すれば、回避できます。方法論的自然主義では、問題が起こらないことになります。

 

英語版のウィキペディアは、自然と超自然の区分に関心があるようですが、筆者は、自然と人口の区分に関心があります。

 

引用文献

 

関東某所の井戸で「幻の虫」を発見?──昆虫学者は何をやっているのか 2022/06/02 Newsweek

https://www.newsweekjapan.jp/mobile/stories/world/2022/06/post-98777_3.php

 

Scientific method (wikipedia

https://en.wikipedia.org/wiki/Scientific_method

 

Category:Scientific method(wikipedia commons)

https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Scientific_method



科学的方法 (日本語版 ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%91%E5%AD%A6%E7%9A%84%E6%96%B9%E6%B3%95

 

Scientific method(rationalwiki)

https://rationalwiki.org/wiki/Scientific_method

 

The scientific method (Science;Biology library;Intro to biology;The science of biology)

https://www.khanacademy.org/science/biology/intro-to-biology/science-of-biology/a/the-science-of-biology



BSCS Science Learning  From Wikipedia, the free encyclopedia

https://en.wikipedia.org/wiki/BSCS_Science_Learning