1)企業経営の目的と手段
目的と手段を取り違えるなということは、よく言われる注意点です。
しかし、最近の日本の社会では、目的は、全く人気がありません。
アリストテレスの時代には、ものには、独自の目的を持っていると考えられていましたが、現在では、この考え方を支持する人はいません。
自然科学が、目的という概念を排除することで、成功をおさめてから、目的には、人気がなくなりました。
自然科学は、操作主義で、目的を排除して、実験などの操作で、真理を追求します。
操作は目的ではなく、手段なので、手段重視とも言えます。
とはいえ、ビジョンを考える上では、目的は必須です。
一方のヒストリアンは目的を考えることはしません。
株式会社の企業経営は、基本的に利潤をあげます。株主は、利潤をあげることを期待して、株式を購入しています。
しかし、企業経営の目的が利潤追求にあるかと言われれば、これには、反論もあります。
企業経営の目的は、消費者、従業員、社会の幸福の追求を目的として、その手段として、利潤をあげるといったビジョンです。
SDGsもこうしたビジョンの1種類です。
2)企業の経営理念の例
企業が、本当のところ、「どこまで、利潤を犠牲にして、目的を達成できるか」という点には、常に疑問符がつきます。とはいえ、現代においては、利潤追求だけが企業の目的であるというビジョンを提示している企業は少数です。「利潤追求だけが企業の目的である」というビジョンを提示すれば、社会的にパニッシュされます。
社会的にたたかれるのはいやだということで、企業は、経営理念のポリシーを作成します。
2022/04/08の読売新聞によると「東京ガスの内田高史社長は読売新聞のインタビューに応じ、ロシア極東のプロジェクト『サハリン2』からの液化天然ガス(LNG)について、『(輸入が)止まったら、(都市ガスの)供給支障を起こす』と述べ、安定供給のため、今後も調達を続ける考えを示しました。(中略) 東京ガスとサハリン2との契約は2031年まで残っています。調達を取りやめた場合でも代金を支払う契約になっているといい、『仮にそうなった場合は、国がどうするか考える必要がある』との見解を示しました」
これは、以前に紹介した記事です。
東京ガスの「グループ経営理念・行動基準」には、次のように書かれています。
「私たちは、グローバルな展開にあたっては、各国・地域の法令、人権を含む各種の国際規範の尊重だけでなく、文化や慣習、ステークホルダーの関心に配慮した事業活動を行います」
この行動基準から見て、「サハリン2の調達を取りやめるべき」と書かれているかが、ビジョン活用の評価になります。
経営者が、「『経営理念・行動基準』をつくっておかないと、社会的パニッシングに会いそうだから、取り敢えず、『経営理念・行動基準』を作っておこう。経営は、従来通りヒストリアンで進めよう」というダブル・スタンダードになっていないかです。
P&Gは、企業理念を尊重する経営で知られています。
P&GのHPをみると、ビジョンに基づいた経営とは何かの教科書のようになっています。
その中には、「紛争鉱物を排除した原料調達」が明示されています。
つまり、P&Gが、サハリン2と同じような問題を抱えた場合、企業理念に基づいて、サハリン2から撤退します。
シェルは、サハリン2からの撤退を決めました。
ニュースでは、シェルの経営判断に対して、日本の企業はどのように経営判断するのかという視点で報道がなされています。しかし、ここには、コンプライアンスの視点が欠けています。
シェルの行動規範は公開され、和訳もされています。
なお、シェルの行動規範は、CEOが、従業員に対して守るべき規範として提示しています。以下に一部を引用します。
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当社の行動規範(「規範」)へようこそ。本規範は、私たち一人ひとりが正しい意思決定を行い、シェルのコアバリューと事業指針に忠実であり続けることを支援するために作成されました。
これらのコアバリューと事業指針は、私たちの会社の核をなすものです。「オプション」ではありません。これらに従わないという選択をすることは、シェルで働かないという選択をするのと同じことです。
マネージャーなのか、従業員や派遣社員なのかに関わらず、ぜひ本規範を読み、活用することで、あなたがシェルの倫理的文化を維持し、シェルの未来を守るために自身の役割を果たしていることを確実なものにしてください。
あらゆる国際企業と同様に、当社は適用されるすべての国内および国際貿易コンプライアンス規制を遵守しなければなりません。貿易コンプライアンスには、物品、技術、ソフトウェア、サービスの輸出入および国内取引、ならびに国際的制裁措置および制限的取引慣行を管理する規制があります。
制裁対象国で、または制裁対象者とは、会社の手順に従い明確に承認された場合を除き、取引を行わない。制裁対象国または制限・制裁対象者との取引の承認を受けている場合は、会社のガイダンスに厳格に従わなければなりません。
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これをみれば、サハリン2は、「制裁対象国とは、取引を行わない」という行動規範に従った対策であることがわかります。
もちろん、行動規範は、従業員に対するもので、CEOに対するものではありませんが、CEOが自ら、行動規範に従わない場合には、納得できる格別の説明が必要になるはずです。今回は、そのような事態ではないと判断したわけです。
つまり、シェルの行動は、「シェルのコアバリューと事業指針」というビジョンに従って決められています。
日本では、ヒストリアンが蔓延してしまった結果、目的を考えること、ビジョンを考えることは、青臭い若造の所作のように思われています。現実を知らない空論であるように扱われています。
しかし、ヒストリアンが存在しない海外企業からみれば、日本企業には、コンプライアンスがないと見えているでしょう。
3)サハリン1,サハリン2とビジョン
対ロシアの宥和政策の議論が、あまりに、混乱しているので整理しておきます。
サハリン1、サハリン2から、天然ガスを切り替えることは容易ではありません。
それで、問題が、そこにあると言った論調が多くみられますが、これは、ヒストリアンの視点です。
ビジョンには目的があります。政府の発言から、筆者は次のように考えています。
古いビジョン:「エネルギーの安定供給」を優先して、ロシアに対して融和政策をとる
新しいビジョン:「戦争のリスクの回避」を優先して、ロシアに対する融和政策を中止する。
「」内がビジョンの目的です。
ビジョンの目的が、「戦争のリスク回避」のための宥和政策からの撤退であれば、サハリン1とサハリン2の天然ガスからは降りることになります。
ただし、それには時間がかかると思います。すぐにはできません。しかし、ビジョンの目的が、「戦争のリスクの回避」にあるのであれば、時間がかかるが、粘り強く、エネルギーの切り替えの努力をするという発言になるはずです。こうした発言をしたからといって、エネルギーの供給先が、すぐに切り替えができるわけではありません。しかし、「エネルギーの供給先を切り替えられない」と発言すれば、「エネルギーの安定供給」の古いビジョンに戻るという意思表示になります。
「エネルギーの供給先を切り替えられない」と発言すれば、自ら、先に言った「戦争リスクの回避」のビジョンを否定したことになります。
ビジョンを提示したからと言って、すぐにビジョンが実現できないこともあります。ビジョンは、何をしたいのかという目的や意思を表すものです。
日本国憲法には、「平和を守る」と書いてあります。これはビジョンで、「平和を守る」と書いたからといって、すぐに平和が実現するわけではありません。しかし、日本国憲法に、「経済発展を優先して、平和を守らないこともある」と書けば、総スカンを食らいます。
今、対ロシアの宥和政策からの撤退で、問題になっているのは、このレベルの話です。どうして、「経済発展を優先して、平和を守らないこともある」とあえていうのか、筆者には、理解できません。
ヒストリアンの頭の中には、ビジョンを置く場所がないのだろうと想像しています。
サハリン2調達、継続意向…東京ガス・内田社長「輸入停止なら都市ガス供給に支障」 2022/04/08 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20220408-OYT1T50036/
東京ガス グループ経営理念・行動基準
https://www.tokyo-gas.co.jp/about/policy/
P&G ポリシー&活動
https://jp.pg.com/policies-and-practices/
P&G 企業目的、共有する価値観、行動原則
https://jp.pg.com/policies-and-practices/purpose-values-and-principles/
shell 行動規範