1.23 対ロシア宥和政策の課題~2030年のヒストリアンとビジョナリスト(新23)

(対ロシア宥和政策の変更は、日本の今後の進路を大きく左右します。しかし、現状は、ビジョンを持って、この問題が論ぜられていると言えず、今後、日本が危機的な状況に陥る可能性があります)

 

民主主義は、エビデンスに基づいて、皆で、議論して、解決策のビジョンを探索して実行するプロセスです。新しいエビデンスが、解決策が失敗していることを示していれば、更に、議論を行いビジョンを修正します。

 

エビデンス、議論、ビジョンの修正は、民主主義の根幹をなす要素です。

 

独裁体制か、民主主義かは、ビジョンの修正過程をチェックすれば、判断できます。

 

2022年時点で、世界の国の政治体制を分類すると、民主主義は、50%を切っていて、独裁体制または、それに準ずる非民主的な政治体制が主流です。

 

マキャベリが指摘したように、政治には、力(軍事力)による正義の側面がありますので、ある程度の妥協はつきものですが、逆に、民主主義を維持することは容易ではありません。

 

1)宥和政策



独裁体制やそれに準ずる非民主的な政治体制を以下では、独裁体制でまとめて表現します。

 

なお、独裁体制は、軍事クーデターで成立することが多いですが、選挙という民主的な手段を経て、成立することもあります。一旦、独裁体制が成立すると選挙には、中立性がなくなり、議会からは、野党がいなくなります。また、独裁には、個人の独裁と集団独裁があり、後者の場合には、一見すると独裁とは見えにくくなります。

 

独裁体制の国が半数を超える現実から、民主主義の国は、常に、独裁体制の国とどのように付き合って行くのかという問題に直面します。

 

独裁体制も、無政府状態よりはマシなので、平和と常識的な対応が期待できると考えて取引し、協力する政策が宥和政策です。

 

2022/03/24のNewsweekで、コリン・ジョイス氏は、最近の対ロシアと昔の対ヒトラーの宥和政策を比較しています。(一部要約編集)

 

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「宥和政策」は、今では「いじめや攻撃に意気地なく屈する」との意味合いがある汚い言葉です。1930年代には、この言葉はむしろ「外交を通じて国際問題を解決し平和を達成する」という意味でした。イギリスもフランスも、第1次大戦後のベルサイユ条約はドイツに対して、不当なまでに敵対的な規制を課しているとして、宥和政策を進めました。英仏は、ベルサイユ条約の規制を緩和し、ドイツが対等な国家の地位を取り戻せば、ドイツは国際的な友好姿勢に向かうと考えました。

 

ネビル・チェンバレン元英首相は、ヒトラーに対する「宥和政策」として、1938年にドイツのズデーテン地方併合を認めました。ヒトラーが残りのチェコスロバキアの領域を1939年3月に占領した際、チェンバレンは宥和政策を180度転換し、イギリスでも再軍備を始めました。ドイツがポーランドを侵略した1939年9月にイギリスとフランスはドイツに宣戦布告しました。

 

ここ20年の各国は、プーチンのロシアに対し、宥和政策の歴史を繰り返しています。僕たちはプーチンを、まともに扱える人物だと判断し、平和と常識的な対応を期待してロシアと取引し、協力してきました。これまでの侵略行為(ジョージア、クリミア、ロシア国外ですら実行する暗殺)に対して、各国は、言葉は非難しましたが、緊張を「悪化させ」てはいません。

 

そして今、全く道義に外れるウクライナ侵攻が起こって、僕たちはプーチンの本性と、宥和政策の結果に、怒りを覚え、裏切られた思いでいます。

 

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トランプ前大統領のときに、アメリカは、対中国の宥和政策から離脱しました。アメリカと中国の貿易量は、依然として増加しており、この政策は、2022年現時点では、実効性が疑われています。とはいえ、対中国の宥和政策からの離脱は、民主党のバイデン大統領にも引き継がれています。人権問題のある政権に対して、宥和政策から離脱するという意思決定は、政党を越えて共有される価値観になっています。

 

アメリカとイギリスは、ウクライナ危機に対して、対ロシアの宥和政策から離脱していますが、これは、エネルギー資源に占めるロシアの依存度の割合が低いために可能になった側面があります。

 

民間では、英シェルと米石油大手エクソンモービルは、ロシア事業からの撤退を決めています。

 

ドイツのメルケル前首相は、「欧州の病人」と 揶揄 されたドイツ経済を復興させました。メルケル前首相は、対ロシアの宥和政策を推し進め、ノルドストリームとノルドストリーム2の天然ガスのパイプラインを実現します。しかし、これは、エネルギーのロシアへの依存度を高めます。

 

2022/02/24に、ロシアのウクライナ侵攻が始まります。

 

2022/02/27に、2021/12に就任したばかりのドイツのオラル・ショルツ首相は、国防費を国内総生産GDP)比で2%以上へと大幅に引き上げると確約し、ドイツがウクライナに武器を直接供与する方針を示します。これで、メルケル前首相がレールを引いたロシア宥和政策は、終わります。

 

1か月の2022/03/25に、ロイターは次のように伝えています。

 

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[ベルリン 25日 ロイター] - ドイツのハベック経済相は25日、ロシア産の石油がドイツの石油輸入に占める割合は侵攻前の35%から25%に、ガスは55%から40%に、石炭は50%から25%にそれぞれ低下したと述べました。

 

(中略)夏までにロシア産のガスの割合は24%に低下し、2024年夏までにロシアへの依存からほぼ脱することができるとの見方を示しました。

 

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2)日本の宥和政策

 

2022/03/03のJIJI.COMによると日本の関連するロシアのエネルギー開発では、サハリン1(米エクソンモービル、サハリン石油ガス開発(東京)30%)、サハリン2(英シェル、三井物産12.5%、三菱商事10%)から、米国のエクソンモービルと英国のシェルの撤退が決定しています。2022/03/02に、三井物産の安永竜夫会長は、記者団に、ロシアでのエネルギー事業を「継続するかどうかも含め政府と協議している」としましたが、態度は未定でした。

 

2022/03/025のロイターは次のようにつたえています。

 

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[東京 25日 ロイター] - 松野博一官房長官は15日午後の会見で、極東ロシアの石油・天然ガス開発事業「サハリン1」とロシアで日本企業が参画している石油・天然ガス開発事業「サハリン2」について、自国で権益を有し、長期的な資源引き取り権が確保されており、市場でエネルギー資源を購入することとは安全保障上の意味合いが異なるとの見解を示した。

 

その上で、エネルギー安全保障の確保へ万全を期しつつ、ロシアへのエネルギー依存度を引き下げるという主要7カ国(G7)首脳声明における合意の達成に向けて「さらなる取り組みを進めていく」と述べた。

 

国際エネルギー機関(IEA)は24日にパリで閣僚理事会を開き、エネルギー安全保障を強化するため、ロシア産エネルギーへの依存度を削減し、クリーンエネルギーへの移行を加速させていくことで合意した。日本からは萩生田光一経産相が参加した。

 

この合意に関連し、松野官房長官はこの日の会見で、今回の合意を受けて日本として、再生エネルギーや原子力を含めたエネルギー源の多様化やLNG(液化天然ガス)投資によるロシア以外での供給源の多角化などに取り組んでいくと説明した。

 

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この記事は、要約しようとしましたが、意味が不明で、手が入れられないので、原文のママです。

 

ドイツは、2022/02/27に、対ロシア宥和政策の撤回を決定して、1月弱で、ロシアへのエネルギー依存を可能な範囲で、削減しました。

 

日本政府は、「ロシア即時撤退を」を求める2022/03/02の国連決議に賛成しています。

 

ロシアは、日本を「非友好国リスト」に指定しています。

 

この時点で、日本の対ロシア宥和政策は、撤回されているように見えます。

 

その前提に立てば、「自国で権益を有し、長期的な資源引き取り権が確保されており、市場でエネルギー資源を購入することとは安全保障上の意味合いが異なるとの見解」は意味不明です。

 

2022/02/27のドイツの対ロシア宥和政策の停止と軍備増強は、前後ドイツ外交のもっとも大きな転換点とも言われています。

 

それから、1か月、上記の記事を見る限り、日本では、対ロシア宥和政策が、議論・検討された痕跡はありません。1か月たっていますので、議論・検討の結果、対ロシア宥和政策を続けるという選択もありえます。NATOの中でも、ハンガリーの外相は、新ロシアを維持したいといっています。問題は、ビジョンの検討ができないのではないかという疑問です。

 

ドイツのエネルギー政策は、2011年に、福島の原発事故を受けて、メルケル前首相が、原子力発電の中止を決めました。今回は、10年ぶりの大転換になります。

 

日本は、福島の原発事故の後も、ドイツのようなエネルギー政策の大きな変更はしていませんが、実質的な原子力発電所稼働率は低いままです。今回も、今後のエネルギー供給の方向性は、明示されていません。このあたりにも、ドイツに比べれば、日本は、なし崩しで、ビジョンがないと感じられます。

日本の国会で、議論されていたのは、ガソリンの補助金という末節の問題です。

 

対ロシアへの宥和政策からの離脱は、ロシア以外の人権問題や、軍備拡張に問題のある国に対する宥和施策にも影響を与えます。

 

台湾が、ウクライナに似ているという人もいますが、ロシアがウクライナに核ミサイルを発射する前に、北朝鮮から、日本に核ミサイルが飛んでくる可能性もあります。それは、ロシアが国際的に、追いつめられると、北朝鮮も、国際的に更に追いつめられますので、ありうるシナリオです。

 

天安門事件に対する日本の対応は、宥和政策そのものでしたので、宥和政策からの離脱を考えるのであれば、天安門事件に対する日本の宥和政策の評価をしなければ、先に進めません。

 

天安門事件に対する日本の宥和政策の評価は、ビジョンによる歴史の再構築作業そのものです。

天安門事件に対する宥和政策を妥当であったと判断するのであれば、対ロシアに対する宥和政策だけから離脱するのは、公平さを欠いています。

 

3)政策とビジョン

 

霞が関文学などと呼ばれるように、意味不明の国会答弁を行い、意思決定を明らかにしない方法は、国際社会、特に、民主主義国会の間では信頼を失います。また、外交上に有利な立場を維持することができません。

 

国内向けと海外向けにビジョンを使い分けるべきではありません。

 

天安門事件からの日本の外交は、なし崩しに宥和外交を進めてきたようにみえます。

 

これは、まず、大きなビジョンをつくって、その傘の下に、プロセスを配置することができないことを意味します。

 

日本に、ビジョンがなくとも、国際外交で、ある程度の支持が得られたのは、援助金の大きさが物をいっています。しかし、日本経済の世界経済に占めるシェアは、急速に低下しており、今後は、金額に物を言わせる外交は継続できません。

 

こうして、ビジョンに基づく政策が提案されず、現状の宥和政策がなし崩しに継続されているように思われます。つまり、ヒストリアンが跋扈っして、ビジョンをつぶして廻っているように思われます。

 

ウクライナ侵攻について、アメリカの大統領がトランプであれば、侵攻は起こらなかったとか、ゼレンスキー大統領が、ロシアを煽った側面があると指摘する識者と呼ばれる人もいます。指摘は妥当なのかも知れませんが、それらの発言は、問題解決のビジョンとは関係がありません。今回のウクライナ侵攻の背景には、宥和政策からの離脱があります。もはや、宥和政策に後戻りは出来ないように思われます。宥和政策からの離脱を前提の上で、問題解決のビジョンを描くことは、簡単ではありませんが、そこにしか、道はないと思われます。



[ヒューストン/ロンドン 24日 ロイター] - ロシアのプーチン大統領は23日、同国がウクライナ侵攻に絡んで指定した「非友好国」に輸出する天然ガスについて、代金をルーブルで支払うよう近く求める考えを示した。

ガスの買い手側は、ロシアや同国の幅広い企業が欧米から経済制裁を受けている点を踏まえ、どうすればルーブルでの支払いが可能か必死に手掛かりを求めている。

 

先の銀行幹部は、ドル建てロシア国債の返済を引き合いに出す。ロシア政府はドルではなくルーブルでの支払いをちらつかせたが、同幹部によると、いざデフォルト(債務不履行)の可能性が迫ると、結局はドルで返済資金をねん出した。ルーブル決済を振りかざすのは「対外的なポーズ」という側面が強いという。

 

日本勢、判断難しく サハリン資源開発―米欧相次ぎ撤退、継続に逆風 2022/03/03 JIJI.COM

https://www.jiji.com/jc/article?k=2022030201276&g=eco

 

プーチンで思い返す対ヒトラー「宥和政策」の歴史 2022/03/24 Newsweek コリン・ジョイス

https://www.newsweekjapan.jp/joyce/2022/03/post-239.php

 

ドイツ、ロシア産エネルギーへの依存度が大幅低下=経済相 2022/03/25 ロイター

https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-germany-energy-idJPKCN2LM0YO

 

サハリン1・2の権益、市場調達と意味合い異なる=対ロ制裁で松野官房長官 2022/03/25 ロイター

https://jp.reuters.com/article/sakhalin-japan-idJPKCN2LM0UD