フィルミックRGBとダイナミックレンジ
さて、話を今回の写真論に戻します。ここで、考える写真論は、決して高尚なものではなく、darktableを操作する上で、どちら向きに編集すると写真が良くなると考えるかというアイデアです。このアイデアがないとRAW現像は、下手をすると無限ループにおちこんでしまいます。このアイデアは、筆者の個人的な経験を根拠にしているもので、格段の出典はありません。
最初に、フィルミックRGBを考えます。フィルミックRGBは、darktableの中で、最強のモジュールです。フィルミックRGBを使うと他のRAW現像ソフトでは不可能であった表現がいとも簡単にできます。しかし、フィルミックRGBは劇薬なので、副作用も大きいことを承知して使うべきです。
例を使って説明します。
写真1は、RAWを読み込んで、フィルミックRGBのデフォルトのパラメータで自動現像された状態です。ここでは、露光をわかりやすくするために、モノクロに変換しています。カメラ内臓の自動現像で、ベースカーブを使って、Jpegを作るとこのような画像が得られます。
写真1の画像の問題は、フュージョンではないことです。人間の目は、太陽の周りを見る場合には、まぶしいので、虹彩を絞ります。周辺のよりくらいところを見る場合には、虹彩を開けて、光の量を増やします。つまり、写真1は、目のフュージョンを反映していない点で、目で見る画像とは異なっています。
この問題は、ベースカーブを使う限り回避できませんが、フィルミックRGBモジュールは、ベースカーブではなく、独自のS字型カーブを採用することで、フュージョンを実現しています。フュージョンを使うことで、目でみるのと同じように、隅々まで、見える写真をつくることができます。ただし、ダイナミックレンジの広さは、S字カーブの形を調整することで、変更できます。ダイナミックレンジを狭く取ると、ベースカーブに近い表現が得られます。
写真2は、フィルミックRGBでダイナミックレンジを広めにとった例です。太陽の下の木やその後ろの建物も見えます。ただし、ダイナミックレンジを広く取ったことの代償として、コントラストが弱くなり、全体はのっぺりした画像になっています。右上のヒストグラムをみると、両端が切れておらず、RAWのダイナミックレンジ全体が、Jpegに転写されていることがわかります。このように、ダイナミックレンジを広げればよい画像になるというわけではありません。
写真3は、フィルミックRGBでダイナミックレンジを狭めにとった例です。暗い所はつぶれてよく見えませんが、画像としては、自然な感じがします。実は、写真3のような、フュージョンをつぶして、真っ黒くする表現は、写真の出現で発生したものです。例えば、レンブラントの絵画をみると、暗いところが多く、絵全体の露光からすれば、ほぼ黒飛びしている部分も多いのですが、その部分を詳細にみると決して、黒飛びしている訳ではなく、目立ちませんが細部が書き込んであります。これは、絵画が、人間の目のフュージョンに対応しているためです。写真が出てきて、ダイナミックレンジが低いので、白飛びや黒飛びが当たり前になります。多くの人は、写真を見慣れているので、白飛びや黒飛びに違和感がなくなっています。レンブラントの時代の人が、写真を見れば、白飛びや黒飛びに違和感があるはずです。逆にいえば、白飛びや黒飛び、あるいはそれに近い、フュージョンの弱い露光は、写真らしい表現と言えます。ですから、どの程度のダイナミックレンジを選択するかという問題は、どの程度フュージョンをつぶした画像を作りたいかという意図の問題であって、正解があるわけではありません。差しあたり、大きな不満がなければ、デフォルトのパラメータ設定でよいと思います。darktableが今後、更に、バージョンアップしても、最適なダイナミックレンジが自動で決められるようにはならないでしょう。
写真2と写真3は、モノクロでしたので、同じ処理を、カラーでするとどうなるかという例を写真4と写真5に示しておきます。
最後に、筆者の考える「最適なダイナミックレンジ」の例を、写真6に示しておきます。太陽があるので、暗所は、つぶれてもよいという編集です。
まとめ
写真が出てきたときに、画家は、失業するのではないかと、危機感を抱きました。しかし、写真は、誕生した時から、露光の問題を抱えています。写真が出てきて、目のフュージョンの存在が明らかになります。初期の写真には、露光を調整する余地はありませんでした。その後、ダイナミックレンジが広がって、写真も、目のフュージョンに近づけることが可能になります。しかし、フュージョンがつぶれているのは、写真らしい表現です。フュージョンがつぶれている画像は、フュージョンが効いている実際の世界では、決して見ることができない画像です。そのような画像を見ると目と脳は、何が起こったかわからず、混乱します。この混乱の程度が小さいときには、そのエラーは修復可能ではないかと、目と脳が働きかけます。その結果、写真に引き付けられるという現象が発生すると、筆者は考えています。つまり、目を引く写真は、すこしだけ、フュージョンが破綻した画像であるという仮説です。筆者は、フィルミックRGBのダイナミックレンジの決定を、この視点で行っています。
次回は、トーンイコライザーで、この問題を考えます。