自動車の型式指定申請の科学

1)背景

 

国土交通省が自動車メーカー5社に対して、型式指定申請で不正のあった車種の出荷停止などを指示したことを受け、トヨタ自動車豊田章男会長は3日の記者会見で「日野自動車ダイハツ自動車、豊田自動織機に続き、グループ内で問題が発生していること、責任者として、お客さまや車ファン、全てのステークホルダーにおわび申し上げる」と陳謝しました。

 

<< 引用文献

トヨタ会長「認証制度の根底揺るがした」 不正は7車種 2024/06/03 毎日新聞

https://news.yahoo.co.jp/articles/f8baeee4e8be92d9c988243cdce0def08a0c21d7

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冷泉彰彦氏は、指摘された内容の一部を紹介しています。

「クルマの衝突位置が左右逆の試験結果、つまり左ハンドル車のデータを、そのまま使った。設計上は左右で条件が同一のため、安全確認には問題はないが、日本の手順には違反したことになる」

 

「衝突試験の際に、日本基準の1100キロより重たい1800キロの評価用台車を使用し、より大きな衝撃で評価した。当然、安全性は確認できたが、日本ルールには違反したことになる」

 

<< 引用文献

自動車の型式指定申請での不正、海外に誤解を広めるな 2024/06/05 Newsweek  冷泉彰彦

https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2024/06/post-1354.php

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2)性能設計の考え方

 

ある部材にかける外力を次第に増加させて、220kgで、部材が壊れたとします。

 

この場合、220㎏未満では部材は壊れません。

 

220㎏を越えれば、部材は壊れます。

 

従って、220㎏で部材が壊れる確率は50%です。

 

220㎏で壊れる部材は安全ではありません。

 

そこで、安全率に5倍をとって、1100kgで壊れない性能であれば、OKであるとします。

 

日本基準の1100キロの台車は、衝突試験の安全率から導き出されています。

 

1800キロの台車で壊れなければ、1100キロの台車では、壊れません。

 

安全率が5倍(1100㎏)や安全率が8.18倍(1800kg)の数字には、理論的な根拠がありません。安全率は大きい方が安全ですが、逆に、どこまで、小さくできるかという根拠がありません。

 

220㎏で部材が壊れる確率は50%でした。

 

220㎏を、330㎏、440㎏と次第に増加させ、それでも壊れない部材を考えます。

 

440kgで丁度壊れる部材は、440㎏で壊れる確率が50%です。

 

この部材が、220kgで壊れる確率は、50%より低いはずです。

 

仮に、220gで壊れる確率が、10%未満の部材を準備すれば、安全率より遥かに合理的な性能評価が可能になります。

 

この方法(リスクの性能評価)は、安全性を確率で表現できる点で、安全率より優れています。

 

現在の安全性の科学では、リスクの性能評価が出来る場合には、安全率よりも、リスクの性能評価(性能設計)をすべきであると考えられています。

 

「衝突試験の際に、日本基準の1100キロより重たい1800キロの評価用台車を使用し、より大きな衝撃で評価した。当然、安全性は確認できたが、日本ルールには違反したことになる」という判断には、2つの問題があります。



第1は、この判断は、不等式が理解できないことを前提としていることです。

 

第2に、この判断は、安全性評価の現在の国際標準になっている性能設計の方法を無視している点にあります。

 

まとめると、数学と科学よりも、法律の条文が優先するという判断です。

 

トヨタは不正の対象となり、現在、宮城県岩手県の子会社の工場で生産している3車種について、きょうから少なくとも5月28日まで停止することを決めています。

 

3)疑惑

 

行政指導は、法律の順守の上では、問題があります。

 

行政指導では、法律の解釈の裁量権が生じてしまいます。

 

今回の不正の指摘で、安全に問題があるケースはほとんどありません。

 

指摘による安全性向上効果は期待できません。

 

今回の不正の指摘によって、工場が停止していますので、経済的なダメージを生じています。簡単に言えば、経済成長の足をひっぱっています。

 

モチベーションで考えれば、安全性が向上せず、経済成長を阻害する不正の指摘をすることは通常はありえません。

 

性善説に基づけば、今回の不正の摘発は、国土交通省が、数学と科学を理解できないことに原因があることになります。

 

性悪説にもとづけば、今回の不正の摘発は、利権の維持に目的があることになります。

 

トヨタなどの自動車メーカーは、官僚の天下りを受け入れています。

 

天下りを受け入れるメリットは、法律の解釈の裁量権の範囲で問題が生じないためです。

 

これは、ビッグモーターに、保険会社が天下りを送り込んでいたのと同じ構図です。

 

通常であれば、官僚の天下りを受け入れているメーカーは、行政指導による摘発のまえに、天下ったOBが調整をして問題を回避します。

 

今回は、このメカニズムが機能しなかったことを意味しています。

 

国会では、政治資金規正法の改正をめぐり議論が続いています。

 

出口は見えませんが、企業献金は以前よりは、難しくなるでしょう。

 

これは、政治家の資金が減ることを意味しますが、同時に、官僚の天下り先が減少することを意味します。

 

そう考えると、この時期に、官僚には、天下り先の確保のための行動を起こすモチベーションがあります。

 

工場を止める経済的なダメージに比べれば、天下りを受け入れる方が、安くつくというメッセージを発信したいモチベーションがあります。

 

安全性や科学の基準で考えれば、豊田章男会長が謝罪する理由はないのですが、豊田章男会長は謝罪していますので、この疑惑が強くなります。

 

世の中はきれいごとではないので、利権はつき物であるという人もいます。

 

しかし、利権には、副作用があります。国内生産で、利権による間接経費が大きくなれば、工場は海外に移転します。

 

自動車メーカーの海外生産比率は80%を超えています。

 

自動車メーカーが生産を海外に移す障害はほとんどありません。

 

中国では安価なEVが売り出されています。

 

インドでも、安価な自動車が生産されています。

 

品質には、まだ、問題がありますが、日本品質は射程の中に入ってきています。

 

インド製のトヨタ自動車を日本に輸出することも可能です。

 

既に、家電製品では、国内生産は少数です。

 

EVになって、部品数が減って、すり合わせが不要になれば、家電製品と同じような製造管理ができます。

 

天下りを継続することは、不可能なことが明確なので、公務員には、優秀な人材は集まらなくなっています。

 

以上は、疑惑にすぎませんが、この疑惑が正しいと仮定すれば、次に何が起こるかを予測できます。

 

次に起ったことが予測にあっていれば、疑惑の仮説の信頼度が上がります。