注:これは、ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー「因果推論の科学―「なぜ?」の問いにどう答えるか」のコメントです。
(10)演繹法と国際比較
1)中国の科学技術
中国の科学技術の勢いが止まりません。
最先端の宇宙開発、コンピュータサイエンス等の分野で、日本を追い越しています。
その前の普及技術では、日本は中国に負けて、白物家電のマーケットを失いました。
日本に唯一残っている国際競争力のある産業は、自動車産業です。日本メーカーは、ガソリンエンジンの技術では優位性を持っていますが、EV用の電池の技術、自動運転の技術では、中国企業に比べて、日本企業に優位性はありません。
日本企業は、スマホから撤退しましたが、中国企業は、スマホの世界市場で勝負しています。
元日産自動車の技術者の堀江英明氏が創業したAPB社初の全固形電池の技術が、中国に流出する危機にあるという報道もあります。
<< 引用文献
【独自】日本の最先端電池技術が中国に流出の危機…!?「経済安全保障」のウラでひそかに広がるヤバすぎる落とし穴 2024/06/25 現代ビジネス 大西 康之
https://gendai.media/articles/-/132441?utm_source=antenna
>>
日本の技術が流出するリスクはありますが、持っている技術の数は中国企業の方が多いので、中国企業の技術が流出するリスクの方が高いです。
サンプリングバイアスをつかって特定の事例を元に、情報操作をすることは可能です。
大西康之氏の記事が、真実であっても、結果としては、中国企業から日本に流出する技術の方が多い可能性が高いという事実を無視する情報操作に繋がります。
2024年5月29日、アメリカのクインシー研究所東アジアプログラムのActing DirectorであるJake Werner氏が「最善の解決策は中国企業をアメリカに呼び込み、その知的財産を盗むことだ」と発言しています。
<< 引用文献
Natureの研究ランキング「トップ10」を中国がほぼ独占 2024/06/21 中国問題グローバル研究所 遠藤誉
>>
技術開発のポテンシャルは、「個人の能力 X 人数」で決まります。
人口の多い中国の技術者の数は、高等教育の充実によって、世界一のレベルになりました。
「個人の能力」は、エリート(高度人材)養成と高度人材に対する給与で決まります。
中国は、2005年頃から、高度人材には、年収5000万円程度の給与を支払って、流出頭脳の呼び戻しをおこなってきました。
2)帰納法の間違い
マスコミは、特許の取得数を比べて、中国の伸びと、日本の停滞を指摘します。
その事実から、産業補助金を増額すべきであると結論付けます。
しかし、この推論は、因果関係を無視しており、間違いです。
「特許の取得数で、中国が伸び、日本が停滞」しているという事実からは、「産業補助金の増額(原因)=>特許の取得数の増加(結果)」、「特許の取得数の増加(原因)=>産業競争力の回復(結果)」という因果モデルを導き出すことはできません。
この背景にある本音の論理は、「産業助成金の増額(原因)=>政治献金と天下りポストの増加(結果)」という因果モデルであると思われます。
「特許の取得数で、中国が伸び、日本が停滞」しているという事実は、「産業助成金の増額」が必要であるという根拠になっています。これは、印象操作であり、論理的な関係(因果推論)はありません。
つまり、本音の政策の目的は、「産業競争力の回復」にはないと考えられます。
「日本と中国の特許の取得数を比べて、産業補助金を増額すべきである」という論理は、フェイクです。マスコミには、フェイク情報を流すことに対する社会的責任があります。
3)演繹法
技術者の数を、高等教育の充実によって増やすためには、10年以上のタイムラグが必要になります。
つまり、高等教育の問題を帰納法で論じることは間違いです。
技術者の数は、カリキュラムを調べればわかるので、今後生まれる技術者数は、演繹法で、簡単に推論できます。
日本では、演繹法が封印されていますが、これは、演繹法が、法度制度に対立するためであると思われます。
4)国際比較
マイナンバーカードなどのDXの目的は、生産性をあげて、国際競争力をつけることにあります。
これから、DXは、国際競争力が得られるレベルで導入しなければ、経済効果がないことが分かります。
例をあげます。
A国の企業が、1日労働者一人あたり10個のあんパンを作っていて、日本企業が、1日労働者一人あたり2個のあんパンを作っていたとします。
DXによって、日本企業が、1日労働者一人あたり4個のあんパンを作れるようになっても、その日本企業には、輸出競争力はありません。
この場合、DXの目標は、1日労働者一人あたり10個のあんパンを超えることでなければ、DXの経済効果はありません。
「特許の取得数で、中国が伸び、日本が停滞」は、特許の取得数の国際比較でした。
「1日労働者一人あたりのあんパン製造数」も国際比較です。
産業の国際競争力を考える上では、国際比較は欠かせません。
「特許の取得数」も、「1日労働者一人あたりのあんパン製造数」も、因果モデルでは結果になります。
国際競争力を付けるためには、この結果を生み出す原因を推定する必要があります。そのために必要な推論は演繹法か、アブダクションになります。
国際比較の対象が原因と推定される要素の場合もあります。
例えば、産業助成金は、産業振興の原因になると推定されています。
この場合には、国際比較は、前例主義になります。
日本の産業助成金は、中国より少ないので、増やせといった論理になります。
この論理は、間違いです。
第1に、産業振興の原因は、産業助成金だけではありません。
高度人材の質と数が足りなければ、産業振興は出来ません。
第2に、産業助成金以外の要素(交絡因子)が無視できる条件は、産業助成金以外の条件が、日本と中国でまったく同じ場合に限られます。これは、あり得ませんので、交絡変数の効果を無視できません。
5)因果推論の欠如
アベノミクスの第3の矢(構造改革)はまったく機能しませんでした。
このような状況が起こった(第3の矢の既往不全、結果)場合、その原因を考える推論がアブダクションで、因果推論の基本です。
第3の矢の失敗問題に対して、アブダクションは、起こりませんでしたので、日本の社会には、科学的な因果推論が欠けていることが確認できます。
令和5年の人口動態調査によると東京都の合計特殊出生率(15から49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの)は、0.99(前年1.04)でした。
山田稔氏は、東京都には、既に、次のような少子化対策事業があるといいます。
<
【出会い・結婚】
東京都結婚支援ポータルサイト
TOKYOふたり結婚応援パスポート
【妊娠・出産】
妊娠支援ポータルサイト東京都妊活課
凍結卵子を活用した生殖補助医療への支援
【子育て期の支援】
018サポート
東京都出産・子育て応援事業
幼児教育・保育の無償化について
義務教育就学児医療費助成制度
【教育・住宅】
私立学校保護者負担軽減
東京都立学校等給付型奨学金制度
結婚予定者のための都営住宅の提供
都営住宅における子育て支援
都立大学等の新たな授業料減免制度~都内子育て世帯への新たな支援を実施(授業料実質無償化)~
【就労環境・職場環境】
働くパパママ育業応援事業
正規雇用等転換安定化支援事業(東京都正規雇用等転換安定化支援助成金)
女性向けキャリアチェンジ支援事業
>
<< 引用文献
都知事選の争点「少子化対策」が厄介な理由、他県との格差拡大で“東京一極集中”がますます加速する皮肉な事態も 2024/07/02 JBPress 山田稔
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/81823
>>
これらの少子化対策事業(原因)が、少子化の減少(結果)に効果があるのかという事業効果の検証は行なわれていません。
7月7日の都知事選挙に対して、多くの候補は、少子化対策を提示していますが、その対策は、因果推論にはなっていません。
山田稔氏は、次の点を指摘しています。
<
東京都の年間出生数は8万6347人(都区部は6万2459人)で、9万1097人だった前年に比べると4750人(5.2%)の減少となっています。
2023年の「住民基本台帳人口移動報告」によると、15歳から29歳までの女性は4万7899人もの転入超過に、出産年齢に該当する30歳から44歳の女性は3688人の転出超過になっています。
>
これは、人口増加には、出産年齢に該当する30歳から44歳の女性の人数が問題であるという主張です。
山田稔氏は、明示していませんが、次のことが分かります。
第1に、東京都の場合、短期滞在者である大学生を覗いた出産年齢に該当する30歳から44歳の女性が少子化の問題なので、合計特殊出生率は、問題を示す代表値としては不適切です。
第2に、出生数は問題ではありません。30歳から44歳の女性が東京都内にすんでも、東京都の外に住んでも、日本全体の人口に変化はありません。東京都の都市部には、過密問題はあっても、過疎問題はありません。これから、東京都に住む30歳から44歳の女性の平均出生数は問題ですが、出生数自体は問題ではありません。
つまり、因果モデル(出産年齢に該当する30歳から44歳の女性)で考えれば、政策目標が適切ではありません。
6)まとめ
国際競争力を付けるためには、国際比較が必要です。
国際比較の目的は、「何(原因)を改善したら、国際競争力の改善(結果)」が得られるかという疑問にこたえることです。
改善すべき「何」の候補が複数ある場合には、効率性の高い順に優先順位が付けられれば、より望ましい結果になります。
比較すれば、差のある項目のリストが出来上がります。
リストの項目は2つに分類できます。
L1)結果と思われる項目
L2)原因と思われる項目
一般に、因果推論の問いは、結果を中心に構成されます。
これは、実現したい結果(テーマ)、あるいは回避したい結果(テーマ)に関心があることが多いためです。
推論は、L1)から、テーマを選んで、L2)を参考にして、因果モデルを作成するところから始めます。
先例主義や結果は実施して見ないとわからないという主張は、科学的な因果推論のできない人の発言であり、間違った推論なので、取り上げるべきではありません。
「因果推論の科学」で、パール先生は、因果モデルの作成は主観であるといいます。
主観であることと、学習できないことは別です。
芸術のように主観であっても、事例を通じて学習することができます。