ミームの研究(7)購買力平価説

ミーム購買力平価説に与える影響を考えます)

 

1)円安

 

東京外国為替市場で2024年3⽉27⽇、ドル円レートは⼀時、1ドル=151円97銭となり、1990年以来34年ぶりの円安になりました。

 

購買⼒平価でみれば、1980年代前半以来、40年ぶりの円安になりました。

 

ドル円レートについては、野口悠紀雄氏と加谷 珪一氏が解説記事を書いています。

 

<< 引用文献

日銀17年ぶり利上げでも歴史的な円安、コロナ禍前の水準に円だけが戻れない理由 2024/04/04 DIAMOND 野口悠紀雄

https://diamond.jp/articles/-/341500

 

多くの人が意外と知らない「マイナス金利解除」でも円安が止まらない「根本的な理由」 2024/04/03 現代ビジネス 加谷 珪一

https://gendai.media/articles/-/126867?imp=0

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野口悠紀雄氏の解説を要約してみます。

為替レートは各国間の⾦利差によって⼤きく影響されます。特に、アメリカとの⾦利差が重要です。

 

2021年から2022年、アメリカがインフレに対抗するために⾦利を引き上げ、ほとんどの通貨がドルに対して減価し、ドル⾼になりました。

 

2022年10⽉以降、アメリカの⾦利引き上げの打ち⽌が予想され、各国通貨は増価(ドル安)しました。

 

2023年1⽉中旬以降、円だけが、減価しています。その原因は、⽇本銀⾏が、⾦融緩和を続ける計画だからです。

 

野口悠紀雄氏は、実際の金利差ではなく、金利差の見通しが、為替レートを決めると説明しています。

 

加谷 珪一氏の解説の表現には、デリケートな部分があるので、今回は、文章を抜き書きするだけで、要約しないことにします。

最終的に為替市場の動向を決めるのは、金利ではなく将来の物価見通しである。

 

これは経済学の分野では購買力平価という形で理論化されているが、多くの専門家がこの理論を消化できておらず、結果として為替市場の動向を見誤っている。それはどういうことだろうか。

 

購買力平価の理論では、二国間の為替は両国の物価見通しの差で決まるとされる。片方の国の物価が上がった場合、一物一価の原則を成り立たせるには、物価上昇分だけ当該国の通貨は減価する必要に迫られる。

 

これが購買力平価による理論的な為替レートである。現時点における購買力平価の為替レートは、市場の実勢レートより円高となっており、多くの論者がこれを根拠に、現在の円安は単なる投機であり、やがて円高に振れると説明している。

 

だが、こうした理屈で円高を主張している人が見落としている点がある。それは、購買力平価という理論は物価と為替の関係性を示したものに過ぎず、理論値が先にあり、その後で現実の為替レートがそこに収束するとは限らないという点である。

 

物理学の法則でもよくあることなのだが、複数主体の関係性のみを示したモデルというのは少なくない。自然科学を学んだ人であれば、これはごく当たり前のことだが、いわゆる文系的な世界にこうしたモデルが持ち込まれると、時に想定されていない「文学的解釈」が登場することがある。

 

加谷 珪一氏は、「現時点における購買力平価の為替レートは、市場の実勢レートより円高となっており、多くの論者がこれを根拠に、現在の円安は単なる投機であり、やがて円高に振れると説明している」が、「最終的に為替市場の動向を決めるのは、金利ではなく将来の物価見通しである」ため、この説明は、間違いであるといいます。

 

野口悠紀雄氏の解説は、金利の見通し(=物価見通し)を取り扱っていますので、問題はありません。

 

2)ウィキペディア

 

ウィキペディアで、購買力平価説を調べてみます。

 

日本語版ウィキペディアの「購買力平価説」の解説は以下です。

購買力平価説

 

購買力平価説( purchasing power parity、PPP)とは、外国為替レートの決定要因を説明する概念の一つ。為替レートは自国通貨と外国通貨の購買力の比率によって決定されるという説である。1921年スウェーデンの経済学者、グスタフ・カッセルが「外国為替購買力平価説」として発表した。

 

購買力平価のパズル

 

購買力平価から示唆される実質為替レートと実際の為替レートの間の乖離が長期間にわたって継続することを購買力平価のパズルと呼び、これに対して様々な説明が与えられている。

 

日本語版ウィキペディアには、「購買力平価のパズル」の項目があります。

 

購買力平価のパズル

 

購買力平価のパズル( The purchasing-power-parity puzzle)とは、購買力平価説を基に2国の価格水準の比で計算された実質為替レートと実際の為替レートの乖離が長期間が観察されること[1]。言い換えると、相対的購買力平価説が「長期でしか」成立しないことを指す。実質為替レートの慣性のパズル(The real exchange-rate puzzle)とも呼ばれる[2]。

 

[1] Rogoff, Kenneth (1996) "The purchasing power parity puzzle." Journal of Economic Literature, 34(2), pp. 

 

[2]実質為替レートの慣性のパズルに対する行動経済学的説明 2021年3月 内閣府 Mario J. Crucini、新谷 元嗣、敦賀 貴之

https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/e_dis/2021/e_dis360.html



Crucini、新谷、敦賀(2021)は次のように書いています。

実証的に観察される購買力平価からのかい離(実質為替レート)の慣性を名目価格の硬直性だけでは十分に説明できないことは長らくパズルとされてきた。

 

2007年には、日本銀行の論文もあります。

 

<< 引用文献

購買力平価(PPP)パズルの解明:時系列的アプローチの視点から  藪友良 日本銀行金融研究所/金融研究 /2007.12

https://www.imes.boj.or.jp/research/papers/japanese/kk26-4-4.pdf

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しかし、「購買力平価のパズル」という項目は、日本語版ウィキペディアにしかありません。

 

これから、「購買力平価のパズル」の存在は怪しいと思われます。

 

英語版ウィキペディアの「購買力平価説」には、次のように書かれています。

PPP(購買力平価) 為替レートは市場為替レートと一致しない場合があります。市場レートは各拠点の需要の変化に反応するため、より不安定です。また、関税と労働価格の違い (バラッサ・サミュエルソンの定理を参照) が、2 つの料金間の長期的な差異に寄与する可能性があります。 PPP の用途の 1 つは、長期的な為替レートを予測することです。

 

市場為替レートは何年にもわたって一般的な方向に移動する傾向があるため、PPP 為替レートは決して評価されません。長期的に為替レートがどちらの方向に変動する可能性が高いかを知ることにはある程度の価値があります。

 

「PPP 為替レートは市場為替レートと一致しない」ので、「購買力平価のパズル」は、存在しないことになります。

 

3)加谷 珪一氏の解説の解読

 

加谷 珪一氏は、次のように書いています。

だが、こうした理屈で円高を主張している人が見落としている点がある。それは、購買力平価という理論は物価と為替の関係性を示したものに過ぎず、理論値が先にあり、その後で現実の為替レートがそこに収束するとは限らないという点である。

 

この部分は、「購買力平価のパズル」は存在しないことに対応しています。

 

事例を考えます。

 

ボール(剛体)の運動は、運動方程式で記述できます。

 

理論上は、慣性があるので、動いているボールは、永久に止まりません。

 

実際には、摩擦があり、エネルギー損失が生じるため、ボールは停止します。

 

物理学では、損失項は重要視されませんが、工学では、損失項の推定が適切でない理論は使えません。

 

図式で書けば次になります。

 

実際の運動=理論上の運動+損失項

 

理論家が求めたい目標は、理論上の運動です。

 

目標を左辺におけば、図式は次の形に変形できます。

 

理論上の運動=実際の運動ー損失項

 

物理学で優れた実験は、損失項を最小にする実験です。

 

一方、実社会では、損失項はなくならないので、理論は、そのままでは使えません。

 

更に、仮に、損失項がゼロになっても、右辺と左辺は一致しません。

 

それは、観測値にはノイズが含まれるためです。

 

実際の運動=理論上の運動+ノイズ

 

ノイズに何をとるかは、ケースによります。

 

ノイズがあると、実際の運動と理論上の運動を直接比較できなくなります。

 

上記の式を変形します。

 

理論上の運動=実際の運動ーノイズ

 

モデル検証する場合には、「理論上の運動」と「理論上の運動に対応する観測値」を比較します。

 

理論上の運動に対応する観測値=実際の運動ーノイズ

 

この「理論上の運動に対応する観測値」がエビデンスです。

 

式の変形は、中学校レベルですが、何が観測値で、何がモデルで、何がエビデンスであるかという視点の整理が重要です。

 

ノイズをゼロにすることはできません。

 

エビデンスの理解には、ノイズの設定の理解が必須です。

 

モデル検証には、ノイズを理解する必要があります。

 

4)日銀の金融政策

 

 岸田文雄首相は5日、ロイターなど外国メディアとのインタビューで、円安が進む為替市場の動向に関して、緊張感をもって注視しており「行き過ぎた動きに対してはあらゆる手段を排除せず適切に対応していきたい」と語りました。日銀の金融政策は物価安定目標の実現のために行われているもので「為替誘導を目的にしたものではない」との認識も示しました。

<< 引用文献

為替の行き過ぎた動き「あらゆる手段排除せず対応」=岸田首相 2024/04/05 ロイター 

豊田祐基子、 杉山健太郎

https://jp.reuters.com/opinion/forex-forum/JXUHMOYXL5OOLCIFN3YKXJG2MQ-2024-04-05/

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野口悠紀雄氏は、日銀が、物価安定目標(2%インフレ)にした⾦利抑制策をとることに問題があるとして、次のように述べています。(筆者要約)

⽇銀は、⾦利抑制策を⾒直し、⻑期⾦利を完全に市場の実勢に委ねる中央銀⾏本来の⾦融政策に戻るべきだ。

 

⽇銀は、為替レートは⾦融政策の目標ではないとしている。しかし、対外的な通貨価値の安定は⾦融政策の最も重要な目的であるはずだ。為替レートの⽔準を⾦融政策の重要な政策目標として意識する必要がある。

 

5)ミームの課題

 

科学のミームに支配されて、研究が進むのであれば、英語版ウィキペディアのように、「購買力平価のパズル」は存在しないことになります。

 

PPP 為替レートは、理論(建前)であり、市場為替レートは、観測値(本音)です。

 

この2つの区別ができないことは、理論の検証ができないことを意味します。

 

理論(建前)と、観測値(本音)が区別出来ていなければ、科学(理論)の検証はできません。

 

購買力平価による理論的な為替レートで円高を主張している人」にとって、経済学は、検証が不要な形而上学になっています。

 

そこには、科学のミームはありません。

 

科学のミームの理解できてない人とは、議論すること(検証を比較確認すること)ができません。



科学のミームの理解できてない人は、科学的に正しい推論ができません。

日本の高等教育は、「文学的解釈」によって、崩壊しているように見えます。

 

これは、ミームの視点でみれば、リベラルアーツ(文学的解釈)は、科学のミームを追放している現象になります。

 

科学のミームを無視したリベラルアーツの弊害は、大きいと思われます。

 

物理学などの理論科学は、文学などのリベラルアーツの対象を扱うことができません。

 

しかし、データサイエンスは、確率を付与できる全ての対象を扱うことができます。

 

リベラルアーツ(文学的解釈)は、人間は考えることができるが、AIは、考えることができないといいます。

 

ニューラルネットワークの理論では、脳の変化は、ネットワークの接続の変化であり、ネットワークの接続の確率で計算可能です。

 

現時点で、AIは、人間の全ての思考の代替回路を持っている訳ではありませんが、一部の思考回路については、代替回路を持っていると思われます。

 

「人間は考えることができるが、AIは、考えることができない」という表現は、人間の願望を表わしているに過ぎません。

 

問題は、AIが人間の思考の代替回路を持っている分野と持っていない分野の境界がどこにあるかという点です。

 

この問題にこたえるには、エビデンスに基づく検証という科学のミームのもとでの推論と検証が必要です。

 

形而上学である倫理学では、AIの思考の代替回路の境界の答えは得られません。

 

ロイターのLauren Silva Laughlin氏は、次のように、チューリングテスト(検証の方法)を無視した科学のミームに基づかない発言をしています。

もし先端技術が世界のパワーバランスを変えることができるのであれば、例えば人間がやり取りしている相手がアルゴリズムなのか、人間なのかを誰にでも分かるようにすることを、AI企業に考えさせることがその手始めになるだろう。

<< 引用文献

コラム:マスク氏vsアルトマン氏、人類の「最善」を決める危険な戦い 2024/03/08 ロイター Lauren Silva Laughlin

https://jp.reuters.com/opinion/forex-forum/I34QUU75UBMTLHH2LKY33GL7WE-2024-03-08/?rpc=122

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米メタ(旧フェイスブック=FB)は、2024年4月5日、InstagramFacebook、Threads上に投稿されたAI生成画像や動画、音声が人工知能(AI)で作られたことを示すラベル(Made with AI)の付与を5月から本格展開すると発表した。これは、11月の米大統領選を前に、偽情報の拡散を防ぐ狙いがあるといわれています。

 

似ていますが、「例えば人間がやり取りしている相手がアルゴリズムなのか、人間なのかを誰にでも分かるようにすること」ではありません。

 

つまり、偽情報が、確認された場合に、ラベル(Made with AI)が付与されていなければ、規約違反であることで、削除や訴訟ができる条件になります。

 

このように、2009年に、第4の科学のパラダイムであるデータサイエンスが市民権を得てから、データサイエンスとリベラルアーツのせめぎあいが起こっています。

 

エビデンスに基づく限り(プラグマティズム公準を使う限り)、リベラルアーツには、勝算はありません。

 

リベラルアーツは、経営哲学が重要であるといいます。

 

しかし、人格者の野球監督は、セイバーメトリクスに勝てることはありません。

 

経営は、データサイエンスの問題であり、リベラルアーツには勝算はありません。

 

エビデンスに基づかない、データサイエンスで処理不可能な部分は残ると思われます。

 

中世ヨーロッパでは、キリスト教ミームが、中心的なミームでした。しかし、キリスト教ミームは、ルネサンスで弱体化したあと、次第に科学のミームに置き換わっています。

 

考えられるシナリオは2つあります。

 

第1は、キリスト教ミームが弱体化したように、リベラルアーツミームが、科学のミームに置き換わって、科学技術立国に向かうというシナリオです。

 

第2は、リベラルアーツミームが、科学のミームの拡大を阻止するというシナリオです。この場合には、中世ヨーロッパと同じように、大きな経済的な停滞が起こります。

 

マスコミや教育が、リベラルアーツのプログラムを展開することは、第2のシナリオを促進して、科学技術立国を遅らせていることになります。