麻機遊水地(1)(静岡市)~つくば市とその周辺の風景写真案内(1192)

麻機遊水地の概要を静岡県のガイドブックから引用します。

昭和36年から昭和48年には, 食料 の増産を目指した土地改良事業が行われ,浅畑沼といわれていた一帯は良好な水田になりました。

 

昭和49年 7 月に発生した七夕 豪 雨 によって,巴川は国の総合治水対策特定河川に指定され,巴川本川の改修, 大 谷 川放水路の建設と合わせ,麻機遊水地の整備は三大治水事業の一つとして進められています。

 

遊水地の将来計画は第 1 工区から第 5 工区までの面積200haが目標ですが,現在は第 3 工区(面積55ha)と第 4 工区(面積31ha)の整備が進み利用することができます。

 

環境省のHPの説明は以下です。

 

沼田を良田にしたことで災害が増加した

昔ここでは人々は腰まで泥に浸かりながら田植えをした。いわゆる沼田だ。「田んぼが大雨で流されるから杭でつないでいた」と多くの人が真顔で言う。浮島の状態で、田んぼがその下の地盤からゆるゆると離れていったという。十年一作と言われ、収量は極めて悪かった。それでも米を作り続けるしかなかった。沼田を乾かし良田にしたい、それは農民たちの悲願だった。

ほ場整備が昭和34年に始まった。沼に土を入れ排水路を整備したことで、田の面積は一気に広がり豊かな耕地が出現した。見捨てられてごみ溜めにされ、悪臭を放って「ごみっちょ」と呼ばれていた現在の第4工区も、生産の場になった。陰鬱な泥沼のイメージはいつの間にかなくなった一方で、洪水被害が度重なるようになった。かつては沼で緩衝されていた雨水が一気に川に流れ込んだためである。昭和49年の「七夕豪雨」は流域で過去最大の被害をもたらした。非生産的だと思われた沼が実は安全を支えていたことに、皆が気づいた。

静岡県は巴川流域総合治水対策事業の柱の一つとして、麻機地区に遊水池を整備することを決めた。工事は昭和50年に始められた。住民たちは田んぼを守ることよりも生活の安全を選び、反対の声はなかった。

 

工事は1975年に始まっています。

 

既に半世紀が経過していますが、整備済みは、200ha中の86haで半分にも達していません。

 

1997年に河川法が改正され、治水事業は環境保全の配慮ができるようになりました。

2022年12月に、自然再生を総合的に推進し、生物多様性の確保を通じて自然と共生する社会を実現すること等を目的として「自然再生推進法」が成立し、2003年から、施行されています。

同法では、自然再生を「過去に損なわれた自然を積極的に取り戻すことを目的として、関係行政機関、関係地方公共団体NPO、専門家等の地域の多様な主体が参加して、自然環境の保全し、再生し、創出し、またはその状態を維持管理すること。」と定義されています。

政府においても環境省農林水産省国土交通省出先機関等に相談窓口を設置するとともに、中央においても3省及び関係行政機関からなる自然再生推進会議を設けて、自然再生の推進に努めていくこととしています。

2004年1月に、静岡県静岡土木事務所の主導で「巴川流域麻機遊水池自然再生協議会」は設立され、自然再生事業がスタートしています。この自然再生事業は、国土交通省が行っています。

 

ただし、自然再生推進法は、自然再生事業に関わるものであって、Natural Flood Managementではありませんし、Stream Corridor Restorationでもありません。

簡単に言えば、国際標準の取り組みとは、全く異なったアプローチになっています。

 

七夕洪水は、1974年7月7日に起こりました。

 

ウィキペディアの説明は以下です。

1974年7月7日午前9時から8日午前9時までの静岡市の24時間連続雨量は508mmを記録し、これは静岡地方気象台観測史上最高記録となった。

この雨により特に被害が大きかったのが静岡市内を流れる安倍川流域と、下流域が当時の清水市である巴川流域で、各所で決壊・氾濫が発生するとともに崖崩れ・土砂崩れが発生し、死者27名、全壊・流出家屋数32戸、床上浸水11,981戸、床下浸水14,143戸もの被害が発生した。それ以外の市町村では浜松市で死者8名、沼津市で死者5名、森町と富士市三島市でそれぞれ死者1名の被害も発生した。

巴川においては流路勾配が1/750~1/50,000のため浸水被害を起こす要因となった。この災害をきっかけに巴川の氾濫防止のため大谷川放水路(1999年(平成11年)5月完成)の建設が促進された。 

 

麻機遊水地は、巴川流域の洪水対策には有効ですが、安倍川流域には、影響がありません。

また、24時間連続雨量508mmを、遊水地だけで対応することは難しいと思われます。

 

麻機遊水地は、遊水地であって、氾濫原ではありません。これも、Stream Corridor Restorationではありえないアプローチになります。

 

環境省の記載は以下です。

 

もともと、遊水池整備はかつての沼と全く同じ状況に戻すことではない。芝生のある人工的な公園もそこには造られる。各工区に公園としての利用エリアがあり、花壇に花を植えたい人も、子どもたちをそこで元気よく走り回らせたい学校の先生も、委員として参加してきている。遊水池に期待するものが委員によってかなり違うのが、麻機自然再生協議会の特徴だ。目指す自然の姿を同じくする者が集まってできた協議会ではない。「麻機をよいところにしたい」という思いは皆同じで明確だが、その具体的イメージを初めから一つにしていたわけではなかった。遊水池で繁殖する外来魚問題も解決しないままだ。裏を返せば、そこがこの協議会の悩みにもなっている。

つまり、Stream Corridor Restorationは、目的になっていません。

 

環境省は次のようにも書いています。

第3工区のミズアオイ群落はあっというまに姿を消した。ミズアオイを生育させるには表土の撹乱をし続けることが必要だ。工事が終わると、ミズアオイのあった場所はどんどん大型の草に覆われていった。タコノアシなどの他の希少種も減っている。

これは、ミズアオイは、氾濫原の植物だからです。遊水地の一部を氾濫原にしなければ、restorationはできません。

また、restorationにおいては、「花壇に花を植えたい人も、子どもたちをそこで元気よく走り回らせたい」は、最初から、検討外です。これを入れたら、環境は破壊されてしまいます。

 

つまり、協議会の人は、生態学を理解していないことになります。

 

自然再生推進法に公園整備を入れたのが、間違いのもとです。

 

今回は、第4工区を見てきたので、次回から、その説明をします。

 

なお、次のようなパンフレットが充実しています。

 

麻機遊水地の自然シリーズ
https://asabata.org/panf/
自然観察ガイドブック
https://www.pref.shizuoka.jp/kurashikankyo/kankyo/1040676/1016151.html

 

麻機遊水地

https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/016/151/32kansatugaido.pdf

 

www.env.go.jp

 

 

 

図1 麻機遊水地

 

 

図2 麻機遊水地