アーキテクチャ(21)

風に吹かれて

 

(ディランの風に吹かれては、問題を解決しない人への批判です)

 

1)問題解決者の不在

 

風に吹かれて(Blowin' in the Wind)の歌詞は、1962年に雑誌「シング・アウト!」に、ボブ・ディランのコメントとともに掲載されました。

 

1960年代のアメリ公民権運動の賛歌とも呼ばれたプロテストソングです。

 

「どれだけの砲弾を発射すれば、武器を永久に廃絶する気になるのか」といったフレーズに対して、「答えは風に吹かれている」というリフレインで締めくくられます。



ウィキペディアには、雑誌「シング・アウト!」のディランのコメントが以下のように載っています。

 

「この歌についちゃ、あまり言えることはないけど、ただ答えは風の中で吹かれているということだ。答えは本にも載ってないし、映画やテレビや討論会を見ても分からない。風の中にあるんだ、しかも風に吹かれちまっている。ヒップな奴らは「ここに答えがある」だの何だの言ってるが、俺は信用しねえ。俺にとっちゃ風にのっていて、しかも紙切れみたいに、いつかは地上に降りてこなきゃならない。でも、折角降りてきても、誰も拾って読もうとしないから、誰にも見られず理解されず、また飛んでいっちまう。世の中で一番の悪党は、間違っているものを見て、それが間違っていると頭でわかっていても、目を背けるやつだ。俺はまだ21歳だが、そういう大人が大勢いすぎることがわかっちまった。あんたら21歳以上の大人は、だいたい年長者だし、もっと頭がいいはずだろう」 

 

風に吹かれては、プロテストソングとして歌われましたが、ディランのコメント「世の中で一番の悪党は、間違っているものを見て、それが間違っていると頭でわかっていても、目を背けるやつだ」から分かるように、風に吹かれては「間違っているもの(問題の存在)を見て、それが間違っている(解決すべき問題である)と頭でわかっていても、目を背ける(解決しようとしない)」ことを取り扱っています。

 

その結果、歌詞にあるように、問題は一向に解決されずに、間違いが繰り返されます。

 

プロテストソングを離れて、「解決すべき問題があると頭でわかっていても、解決しようとしない」という文脈で、風に吹かれてを読み直せば、これほど、現在の日本を適切に表現している歌詞もないと思われます。

 

2022年8月2日に出た 日野自動車の調査報告書には次のように書かれています。

 

「声を上げた人が自分でやらなければいけない風土がある(数年前の会社スローガンが「私がやります宣言」だった)。是正した方が良い事があっても、声を上げると自分が動かなければならなくなる為、結局、自分に影響が無い限りは敢えて指摘をしないような雰囲気になってしまう。( p.265)」

 

「声を上げた人が自分でやらなければいけない風土がある(数年前の会社スローガンが「私がやります宣言」だった)」は、ジョブ分割の否定ですから、モジュール分割やアーキテクチャの否定になります。

 

その後の部分は、「(解決すべき問題である)と頭でわかっていても、目を背ける(解決しようとしない)」に相当しています。

 

解決すべき問題には、少子化、高齢化、デジタル社会への対応、貧困問題、環境問題などが列挙できます。

 

この本で取り扱っているデジタル社会への対応にしても取り扱っている人が、目を向けている(解決しようする)か、自信が持てません。

 

2)風のビジネスモデルと2種類の専門家

 

問題を把握する研究アーキテクチャと問題を解決する研究アーキテクチャは一致しません。

 

問題を把握する研究アーキテクチャしか持っていない研究者や専門家も多数います。

 

これは、問題を提示するだけで、答えを出さないというビジネスモデルです。

 

問題を解決する研究アーキテクチャを取らないことは、「(解決すべき問題である)と頭でわかっていても、目を背ける(解決しようとしない)」に相当します。

 

そこで、このビジネスモデルを風のビジネスモデルと呼ぶことにします。

 

2-1)貧困問題

 

例えば、風のビジネスモデルの貧困問題の専門家がいます。貧困問題のことを調べて、ヒストリーや実態をよく知っている人です。

 

マスコミは、個別の貧困事例を取り上げることが好きです。これは、人間には、他の人と比べて、自分を幸福だと考える心理があるので、それにつけ込んで、売上を伸ばすビジネスモデルです。

 

貧困問題の解決には、最低限の所得を確保する以外に解決法はありません。

 

これは、平均的な一人あたりGDPを上げること、所得のアンバランスを補正するために、所得移転をすることでしか解決できません。

 

ただし、データの信頼性と、エラー率の改善が必要です。

 

生活保護を受けている人で、膨大なホテル代を請求して取得したというモンスターがいたという記事があります。

 

一方で、本来生活保護を受けるべき所得水準なのに、生活保護を受けていないという人もいます。

 

個別の貧困事例を取り上げることは、貧困問題の解決につながるとは思えません。

 

データサイエンスで考えれば、「問題を把握できるデータの収集法、データから実体を推定する方法、実体に合わせて所得配分をする方法」を実現する最も効率的で、精度の高いアーキテクチャの設計問題になります。

 

問題を把握できるデータの収集、データから実体を把握する、では必ずエラーが発生します。「本来生活保護を受けるべき所得水準なのに、生活保護を受けていない」といった事例です。この場合には、エラーを把握するために必要なモジュール、エラーを補正するモジュールを考える必要があります。エラーはゼロにはできませんが、エラー率が次第に減少することが必要な要件になります。

 

逆に言えば、現在の貧困対策は、エラー率を計測して、エラー率の減少を実現出来ているのかが問われます。

 

2-2)外来生物問題

 

外来生物を見つけて排除することがあります。

 

しかし、これは、風のビジネスモデルです。

 

この方法は、対処療法で、外来生物の持ち込み自体を止めることはできません。

 

外来生物は、人間と違ってパスポートを持っていないので、外来生物という区分はナンセンスですが、とりあえず、その問題は脇に置きます。

 

外来生物を見つけて排除するというアーキテクチャは、外来生物の持ちこみが発生しないと起動しません。「外来生物を見つける」というアルゴリズムには、必ず見落としがあります。したがって、このアーキテクチャは、外来生物の国内での繁殖を許容するアーキテクチャです。この方法では、原理的に外来生物の排除ができないことは、最初から分かっています。




3)まとめ

 

新聞やテレビには、問題がおこると、その道の専門家という人が登場します。

 

しかし、難しい問題になると登場する専門家の半分以上は風のビジネスをしています。

 

実は、風のビジネスは、専門の悪意があって成立しているものではありません。

 

専門家の多くは、実態を調べて分析することが仕事だと思っています。

 

科学に基づく専門家は実態を調べて、客観的な論文を書くことが仕事だと思っています。

 

これは、ヒストリアンの帰納法です。

 

ものづくりのエンジニアは、今まで世の中にない新しいもの、かつ、社会の役に立つものを作ることが仕事だと思っています。

 

専門家が社会の役に立つには、問題を解決するアーキテクチャの構築をしなければなりません。ビジョンを

 

最近では、線状降水帯が、洪水の原因になっています。こうした場合にも、その道の専門家が登場します。しかし、現在の洪水対策では、線状降水帯を想定した洪水対策は計画されていません。豪雨はかなり広いエリアの均一に降るという前提で、設計しています。

 

政治家は、直ぐに災害対策を強化すると言いますが、線状降水帯を想定した洪水対策にするには、現在の洪水対策の計画のアーキテクチャを変更する必要があります。これは、GIS状のシミュレ―ションを繰り返すことになり、今までの水文学の範疇を逸脱しています。つまり、昔からの専門家では歯が立ちません。

 

引用文献

 

特別調査委員会による調査報告書公表のお知らせ 2022/08/02 日野自動車

https://www.hino.co.jp/corp/news/2022/20220802-003303.html