改訂:5/31 社内失業の部分を追加しました。
改訂:6/1 労働分配率の部分を追加しました。
改訂:6/2 DXと共存する社会システムの部分を追加しました。
改訂:6/3 7)経験重視か、数学かの部分を追加しました。
改訂:6/3 6)に、注1を追加しました。
改訂:6/4 「8)2つの推論と2035年の日本」を追加しました。
1)はじめに
マイクロフォーサーズ(MFT)についての文章を整理してたら、パナソニックの不祥事についてのニュースがはいっていました。
このテーマには、次の特徴があります。
1:日本の技術力低下の問題
2:ブランド価値の問題
3:倫理と責任の問題
現時点では、筆者の頭の整理が出来ていない部分があります。
問題は、パナソニックは、カメラの新製品の商品説明に、そのカメラで撮影していない写真を使用した点にあります。
「注意事項」として、「画像・イラストは効果を説明するためのイメージです」と説明されているので、問題がないという人もいます。
しかし、違法でなければ良いという主張は、商品やメーカーのブランド価値を無視しています。
過去20年の間に、カメラやレンズの製造を、国内工場から、海外工場に移転した日本のカメラメーカーが多くあります。
これは、ブランド価値を著しく損ねていますが、カメラメーカーが、その点を気にしているようには見えません。
筆者は、日本の家電メーカーが輸出競争力を失った原因のひとつは、この点にあると考えています。
先進国の日本の人件費は、途上国より高いです。しかし、日本製の品質は高いです。
生産を海外の工場に移した場合、製造コストは安くなります。しかし、品質は悪くなります。
市場原理に従えば、海外生産品は、品質は悪くなるが、価格も安くなるはずです。
しかし、日本のメーカーは、生産を海外に移転しても、価格改訂をしません。
そうすると、海外の購入者は、割高な製品を購入させられたと感じて、ブランド価値が失われます。
日本メーカーの白物家電は、ほぼ全滅しました。これは、同じ中国で製造している製品であれば、中国メーカー製品より割高な中国製の日本のメーカーの製品を購入する理由がないからです。
家電メーカーでは、不要な機能を追加して価格を高くした家電製品をつくって、売れなくて自滅しています。日本の白物家電メーカーのブランドは、中国の家電メーカーに買収されました。中国の家電メーカーは、安価で基本性能のよい旧日本ブランドの製品をつくって、世界市場でのシェアを獲得しています。
日本の白物家電メーカーが工場を中国に移した時に、どうして、中国の家電メーカーと同じ価格帯で、競争力のある製品を開発できなかったのでしょうか。
この問題がクリアできなければ、今後、日本のカメラメーカーのブランドが中国のメーカーに買収されて、デジタルカメラも、主流が中国製になる日は近いと思います。
過去にも、カメラのレンズでは、他のレンズで撮影した写真が、製品の撮影サンプル画像に混入されているといううわさがありました。
とくに、中国製の1本1万円未満のレンズについては、うわさが多かったです。
高価な日本製のデジカメで、他のレンズで撮影した写真が、製品の撮影サンプル画像に使われた点が今回の特徴です。
2)経緯
経緯の要点を書きます。
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家電メーカー大手「パナソニック」が新たに発売したミラーレス一眼カメラ「DC-S9」は、2024年5月23日にプレスリリースが出て、6月20日発売と発表されました。
サイトでは、「進化したリアルタイム認識AFにより、動きのある被写体の撮影で自動的にピントが合います」とPRしています。
サイトの製品の特長についての紹介では、小犬が走っているときの一瞬の表情を画像で紹介している。この画像は、アメリカの有料素材サイト「Shutterstock」で販売されているフォトグラファー提供のものでした。
サイトでは、ページの最後に、「注意事項」として、「画像・イラストは効果を説明するためのイメージです」と説明されています。
5月27日に、写真愛好者らから、サイトで使われているいくつかの画像について。使用料を支払えば写真素材が利用できるストックフォトのサービスを使っているのではないかという疑問が出ました。
パナソニックは、素材サイトからの使用を取材に認め、「誤解を与える画像使用であったことを、深くお詫び申し上げます」と謝罪しました。
5月29日現在では、ページの最後に一括ではなく、個別の写真に、S9で撮影されていない旨追記されています。
明らかに他社のカメラで撮影した画像は、差し替えられています。
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<< 引用文献
「LUMIX」製品サイトの画像、ストックフォト使用に批判 パナソニックは謝罪「誤解を与える画像使用だった」 2024/05/29 J-Cast News
https://www.j-cast.com/2024/05/28484705.html?p=all
LUMIX S9 の商品 WEB サイトの画像について
https://panasonic.jp/content/dam/panasonic/jp/ja/dc/pdf/about_S9_site.pdf
>
同社の他のカメラやレンズでも次々にストックフォトの使用が確認されていると言っている人もいます。
「DC-G100DW レンズの紹介、プロ機とされるS1の作例にもストックフォトが使われているようです。
3)海外の評価
<
パナソニックにとってさらに悪いニュースは、同社の社長による最新の声明と、レビュー担当者に影響を与えようとするマーケティング部門の報告書 に加えて、パナソニックは最新のLumix S9カメラキャンペーンでストックフォトを使用していると非難されていることです。写真の1つは、ニコンのアンバサダーがニコンのカメラで撮影したもののようです。現在、この問題はLumix Japanでのみ確認されていますが、他の国でも同様のプロモーションが行われている可能性があります。要約すると、Lumix S9の製品ページの写真の一部はストックフォトであり、カメラの画面画像は合成のようです。
更新:ルミックスジャパンはこの問題について謝罪しました。PDF 文書には謝罪文が含まれており、ルミックス サイトのコンテンツを見直すと記載されています。ただし、PDF 文書は非常に簡潔 (会社名やその他の詳細が欠落) であり、公式リリースとして適切な形式ではないというさらなる批判を招いています。
また、この画像はLUMIX G VARIO 12-32mmレンズの紹介の一部ですが、右側の女の子の写真はCanon EOS 5DsRとTAMRON 150-600mm G2レンズで撮影されたようです。キャプションには、この写真がLumixのカメラとレンズで撮影されたことが示唆されています。これは、日本の景品表示法違反とみなされる可能性があります。
<< 引用文献
パナソニック「LUMIX S9」製品ページの作例に他社機で撮影されたストックフォトの画像が使用されている?[内容更新2] 2024/05/28 デジカメInfo
https://digicame-info.com/2024/05/lumix-s9s9.html
More bad news for Panasonic: Lumix S9 product page controversy and the use of stock photos *UPDATED* 2024/05/28 Photo Rumors
>>
朝日新聞は、パナソニックが中期戦略目標を達成できず、久住社長が「危機的状況」と呼んでいると報じています。
久住社長は、2024年5月20日に、2026年度までに成長性の乏しい「課題事業」をなくすとして、「事業譲渡、撤退も視野に入れて抜本的に手を打つ」と表明。「課題事業」については具体名を明らかにしない一方、「苦しい」事業の例として、家電・テレビと空調の一部などを挙げていた。
<< 引用文献
パナソニックHD、中期戦略は未達成に 楠見社長「危機的状況」 2024/05/22 朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASS5P3W6KS5PPLFA008M.html?iref=pc_ss_date_article
Dclifeはさらにこう書いている。
>>
5月17日に開催された「パナソニックグループ戦略説明会」では、事業部別でマイナス成長もしくはROICがWACC+3%に満たない場合を「 課題事業 」 と位置づけ、「ROICの改善」もしくは 「 事業譲渡」 あるいは「 撤退」 を含めて抜本的な手を打っていくと語っています。
日本経済新聞を見ると「 プロジェクター事業売却 」 の記事が掲載されています。読売新聞の記事を見てみると、家電フルラインアップ戦略は当面維持するとしています。
<<引用文献
パナソニック 2026年度までに成長性の乏しい事業は事業譲渡・撤退を視野 2024/05/23 デジカメライフ
https://dclife.jp/camera_news/article/panasonic/2024/0523_02.html
>>
2023年12月に、パナソニックは業務用AV事業をパナソニック エンタテインメント&コミュニケーションズに移管しています。
つまり、業務用AV事業は、デジカメ事業とは切り離されています。
2024年2月パナソニックのマイクロフォーサーズ用交換レンズ「LUMIX G 14mm F2.5 II ASPH.」が生産完了品になりました。
海外では、「パナソニックが理由もなく素晴らしいシンプルな14mm 2.5レンズを廃止したとき、彼らがm43で終わりを迎えると分かりました」といっている人もいます。
14mm/F2.5 II(38千円) の代替レンズは、SUMMILUX 15mm/F1.7(50千円)です。つまり、安価な製品を製造中止にして、利益の出る高価な製品にシフトを図っています。
4)社内失業問題
問題は、白物家電の時の失敗が繰り返されているように見える点です。
原因は、わかりませんが、ジョブ型雇用をしていた場合を想定すれば、次のようになります。
中国のメーカーと同じ価格帯で、競争力のある製品を開発することは可能です。これは、非効率は人的資源をレイオフできるので可能になります。
現在のパナソニックは、「課題事業」は、「ROICの改善」、 「 事業譲渡」、「 撤退」の何れかをするといっています。
ROIC(投下資本利益率) とは、 出資者や銀行などの債権者から調達したお金(投下資本)に対して利益を出しているかを表した財務指標です。
つまり、「ROICの改善」は、目的であって、手段ではありません。経営改善をする手段がなければ、「ROICの改善は」はできません。
日本では、解雇規制があるために、直接的なレイオフはできません。その結果、希望退職者を募ることになります。以前であれば、追い出し部屋といったブラックな手法もあったようですが、最近では、この手法は困難になっています。
つまり、ジョブ型雇用では、レイオフによって、生産性の低い人材を、生産性の高い人材に、随時入れ替えているわけですが、年功型雇用では、レイオフの代替手段は、「課題事業」の「 事業譲渡 」、「 撤退」、あるいは、「希望退職者の募集」になります。
レイオフの代替手段には、「非正規雇用の拡大」も含まれるでしょう。
希望退職者を募集すれば、優秀な人材から先に流出します。
結局、問題解決には、解雇規制にかからない、任期付き採用、個人事業主など、年功型でない雇用形態を拡充するしか方法がありません。
ジョブ型雇用であれば、「カメラメーカーが自社の商品紹介で他の写真を使う」というブランド価値を破壊することは起きません。その場合には、直ぐに、解雇になるからです。場合によっては、損害賠償の裁判を起こされる可能性もあります。
加谷 珪一氏は、次のように解説(2021年)しています。(筆者要約)
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パナソニックは、雇用を絶対視してきましたが、2021年から本格的な人員整理に乗り出しています。
2021年に、パナソニックが50代の中高年社員をターゲットに早期退職制度を大幅に拡充し、退職金を最大4000万円上乗せする早期退職プログラムを実施しています。
リクルートワークス研究所の調査によると、日本国内には会社に勤務しているにもかかわらず、実質的に仕事がないという、いわゆる社内失業者が400万人(日本の全正社員の1割)が存在しています。
>
<< 引用文献
パナソニック「4000万円早期退職」、ついに「タダのおじさん社員」が生き残れない時代へ…! 2021/06/02 現代ビジネス 加谷 珪一
https://gendai.media/articles/-/83686?imp=0
>
2011年の内閣府調査では、全国の労働者の8.5%にあたる465万人が社内失業者に該当しています。
2つの調査を比較すれば、社内失業者400万人(10%)が、妥当な数字と思われます。
2021年4月、企業に対して70歳までの就業機会確保を努力義務とする改正高齢者雇用安定法が施行されました。
加谷 珪一氏は、今の社員数を維持したまま、70歳まで雇用を継続すると、40歳以降の昇給はほぼ不可能となると試算しています。
加谷 珪一氏は明言していませんが、改正高齢者雇用安定法が、パナソニックの「4000万円早期退職」の引き金になった可能性があります。
加谷 珪一氏は次のようにも指摘しています。
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日本と米国の生産性データを比較すると、日本企業は1万ドルを稼ぐために29人の社員が7時間労働する必要があるが、米国は同じ7時間の労働で社員数は19人で済んでいる。つまり、日本企業は同じ金額を稼ぐにあたって、より多くの社員を雇用しており、これが生産性を引き下げる大きな要因となっている。
>
400万人(10%)は、全く仕事をしていない人です。
パレート分布を考えれば、全体の80%の仕事は、上位20%の人で回っていて、残り20%の仕事を中位と下位の80%の人が分担しているはずです。この80%のうちの下位20%の人の寄与分は小さいはずです。以下では、下位20%の人の寄与分は無視できるという単純化をしています。
つまり、400万人(10%)の貢献はゼロ、下位20%(800万人)の貢献度は小さいと推定できます。この30%の人を除けば、29人x0.7=20.3人になります。これは、米国の19人とあまり変わらない数字です。
生産性の向上には、次の4つの組合せがあります。
1:DXなしと雇用維持(現状)
2:DXありと雇用維持
3:DXなしとレイオフ可
4:DXありとレイオフ可
加谷 珪一氏は、「諸外国では、業務に対して賃金が支払われるが、日本だけが所属に対して賃金が支払われています。所属に対して賃金を支払うのは日本だけであり、日本の雇用だけが特殊である」といいます。
仮に、レイオフを認めて、所属に対して賃金を支払う年功型雇用を廃止して、業務に対して賃金が支払われるジョブ型雇用に切り替えれば、失業しない人の賃金は、50%増しになります。
諸外国は、「4:DXありとレイオフ可」の経営です。これが、目標とする生産性です。
現在の日本は、「1:DXなしと雇用維持」です。
ラフな線形モデルでは、以下になります。
「4:DXありとレイオフ可」の効果=「2:DXありと雇用維持」の効果+「3:DXなしとレイオフ可」の効果
「4:DXありとレイオフ可」の効果=29-19=10人
「3:DXなしとレイオフ可」の効果=29-20.3=8.7人
「2:DXありと雇用維持」の効果=「4:DXありとレイオフ可」の効果ー「3:DXなしとレイオフ可」=10ー8.7=1.3人
つまり、「2:DXありと雇用維持」の効果は、目標とする「4:DXありとレイオフ可」の効果の13%にしかならないことがわかります。
データがないので、この数字は概数にすぎませんが、生産性の向上の最大の課題は、DXではなく、レイオフである点に間違いないと考えられます。
こう考えると、パナソニックの"課題事業 "対策は、年功型雇用を廃止しない限りは、成功する可能性が低いと考えられます。
2021年のパナソニック「4000万円早期退職」の結果、デジカメ事業部では、人材流出が起った可能性があります。
MFTのミラーレスカメラの新製品開発は、2018年の製品を最後に、規模が極端に縮小しています。
海外では、「パナソニックが理由もなく素晴らしいシンプルな14mm 2.5レンズを廃止したとき、彼らがm43で終わりを迎えると分かりました」といっている人がいると紹介しました。
14mm 2.5レンズは製造中止(ディスコン)になっていますが、パナソニックの製品紹介のHPでは、5月30日現在、情報は更新されておらず、製造中の扱いになっています。
HPの製品情報の更新まで、手が回っていないと推定できます。
パナソニックの不祥事には、社内失業問題が原因になっている可能性があります。
5)労働分配率
経営者と労働者の力関係を示す指標に労働分配率 (雇用者報酬を国民総所得(GNI)で割った値) があります。
<< 引用文献
賃金・人的資本に関するデータ集
令和3年11月
内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai3/shiryou1.pdf
>>
新しい資本主義実現本部事務局のデータ集の図を引用します。
<
a.日本の企業規模別の労働分配率
我が国の労働分配率を企業規模別に見ると、2000年度から2019年度にかけて、大企業 (資本金10億円以上) は60.9%から54.9%に6.0%減少、中堅企業 (資本金1億円以上10億円未満) は71.2%から67.8%に3.4%減少、中小企業 (資本金1千万円以上1億円未満) は79.8%から77.1%に2.7%減少、小企業 (資本金1千万円未満) は86.8%から82.3%に4.5%減少となっており、大企業の減少率が最も大きい。
>
労働分配率 は、下がり続けているので、経営者と労働者の力関係が、経営者優位に傾いている(労働組合の力が弱まっている)という分析をする人もいます。
しかし、この分析は、帰納法に依存していて、因果モデルを無視しています。
因果推論では、演繹が重要です。演繹の例を示します。
企業が、生産性向上のために、DX投資を拡大すれば、その目的は、労働者の活動をコンピュータのAIなどの機械に置き換えることです。
第1に、DX投資を拡大すれば、総費用の構成が変化して、その分だけ、労働分配率 が下がります。
第2に、DXが実現すれば、ジョブ型雇用では、不要になった労働者は、レイオフされます。
これは、労働分配率 を大きく下げます。
日本では、レイオフは、希望退職者によりますので、第2のレイオフステップの進展は、極めて緩やかになっています。
大企業の方が、DXの進展は大きいです。これは、DX投資のデータで裏づけられています。
つまり、図1は、経営者と労働者の力関係を示していると解釈するより、DXの導入拡大を表わしていると解釈すべきです。
<
b.労働分配率の推移の国際比較
先進国の労働分配率 (雇用者報酬を国民総所得(GNI)で割った値) は、趨勢的に低下傾向。この点が一つの背景となって、各国において、資本主義の見直し、民主主義の危機といった議論が生じている。
>
先進国の労働分配率は、米国では、趨勢的に低下傾向にあります。図2を見れば、米国以外の国の低下傾向は、明確ではありません。英国、フランス、ドイツの間では、労働者の移動がありますので、労働市場によって、労働分配率の差が縮まるメカニズムがあります。特に、高度人材については、この機能が強く働きます。
図1の考察のように、DXの進展は、労働分配率の減少を引き起こすはずです。
日本のDXの進展率は、先進国で最下位です。
日本の労働分配率は、予想に反して、最低レベルにあります。
つまり、「労働分配率の推移の国際比較」では、「企業規模別の労働分配率の推移」に、見られるようなDXの進展レベル以外の要因が働いていることを示しています。
日本の労働分配率が、先進国で最下位レベルである原因に、年功型雇用(社内失業問題)が作用している可能性があります。
なぜなら、この因子は、日本にのみあてはまるからです。
新しい資本主義実現本部事務局は、「先進国の労働分配率 の低下傾向は、各国において、資本主義の見直し、民主主義の危機といった議論の背景になっている」と解説しています。
筆者には、この理解は不十分に感じられます。
OpenAIのサム・アルトマン氏や、イーロン・マスク氏は、労働分配率は、ゼロに近づくと主張しています。
2015年12月「AIの導入によって日本の労働人口の49%の仕事が10-20年以内になくなる」というレポートが、野村総研とオックスフォード大学の共同研究によって発表されました。
この数字を使えば、2025-2035年には、労働分配率は、現在の半分以下になります。
労働者への支払いが50%に減少し、DX投資が増加して分母が大きくなると考えれば、この数字になります。
サム・アルトマン氏や、イーロン・マスク氏の主張が極端であるとしても、労働分配率の低下は不可避です。
2024年現在の日本のように、DXよりも、雇用を優先する政策を選択することは可能です。
2024年現在、2015年の予測は外れていますが、これは、日本が、DXよりも、雇用を優先する政策を選択しているためです。
しかし、2024年時点で、日本経済は、サービス貿易収支に、3兆円と推定されるデジタル赤字を抱えています。
今後も、2021年の改正高齢者雇用安定法(企業に対して70歳までの就業機会確保が努力義務)のようなDXよりも雇用を優先する政策を選択すれば、デジタル赤字で、日本経済は破綻します。
林芳正官房長官は2024年5月30日午前の記者会見で、岸田文雄首相がアップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)とテレビ会談を行い、来春にマイナンバーカードの機能をiPhoneに搭載することを確認したと明らかにしています。
これは、日本企業にはマイナンバーカードのようなDXを推進する能力がなく、デジタル赤字が今後拡大する例になっています。
アルトマン氏は、労働分配率の減少は不可避であるとして、対策を検討しています。
橘玲氏は、アルトマン氏の対策の検討をテクノ・リバタリアニズムの思想であると考えています。(橘玲「テクノ・リバタリアン」)
しかし、筆者には、労働分配率の減少は、思想問題ではないように見えます。
「AIの導入によって日本の労働人口の49%の仕事が(2015年の)10-20年以内になくなる」の「20年」の数字を使えば、2035年の労働分配率は、約25%になります。
2035年の労働分配率が約25%になった場合、社会保障・年金制度などの現在の制度は破綻してしまいます。
図2の米国の労働分配率の推移を見ると、2000年の56.4%が、2019年の52.8%まで、3.6%しか低下していません。
この結果をみれば、「2035年の労働分配率は、約25%」は、過大推定にみえます。
しかし、「図1 企業規模別の労働分配率の推移」にみるように、DXが遅れている企業の労働分配率は、高めになります。
米国経済の中心は、GAFAMです。DXが進んでいるGAFAMの労働分配率はかなり低いと推定できます。
たとえば、企業評価額でみれば、少数のGAFAMのような企業が経済を左右しています。
分布が正規分布で近似できない場合、平均値は代表値にはなりません。
企業利益などの経済規模で重みを付けて補正をした平均でみれば、「2035年の労働分配率は、約25%」は、十分現実的な数字と考えます。
<
c.企業の人材投資
>
図3は、「企業の人材投資」です。
日本企業は、「人材投資」をしていません。
図3を見て、日本企業は、「人材投資」を拡大すべきであるという推論は間違いです。
少ない「人材投資」は、結果であって、原因ではありません。
図3は、日本企業では、「人材投資」には、経済的合理性がないことを示しています。
パナソニックは、「課題事業」は、「ROICの改善」、「 事業譲渡」、「 撤退」の何れかをするといっています。
「ROICの改善」とは、希望退職になります。非正規雇用の拡大や、工場の海外移転が含まれている可能性もあります。
仮に、希望退職を前提に、経営を進めれば、希望退職では「人材投資」の効果が出た優秀な人材から流出が起こります。ただし、売り上げが減少する中では、人減らしは回避できません。
この場合には、「人材投資」には、経済的合理性がありません。
ジョブ型雇用で、年齢に関係なく、優秀な人材の給与を上げ、「人材投資」によるスキルアップが、給与の増額に反映されるのであれば、優秀な人材流出のリスクはありません。
つまり、「人材投資」には、経済的合理性があります。これが、外国の場合です。
しかし、日本では、この条件はあてはまりません。
社内失業が、企業の少ない人材投資の原因であるという推論は、結果(企業の少ない人材投資)から、原因(人材投資を妨げる要因)を推定する因果推論(アブダクション)になっています。
労働分配率 は、経営者と労働者の力関係を示しているという分析は、DX導入による労働生産性の変化を無視しています。
そこで、労働生産性を調べてみます。
<< 引用文献
「産業ごとに見た労働生産性上昇率~労働移動と上昇の成果配分~」
2023年2月21日
財務省 財務総合政策研究所 生産性・所得・付加価値に関する研究会
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2022/seisansei202302_2.pdf
>>
「生産性・所得・付加価値に関する研究会」の資料の一部を引用します。
<
>
図4左の日本の時間当たり労働生産性上昇率は遜色ありませんが、図4右の1人当たりの賃金水準は伸び悩んでいます。
図4右をみれば、日本だけが、特異な傾向を示しているので、日本には、他の国にはない、特異な要因があると推定できます。
因果推論(アブダクション)をすれば、疑うべき第1の原因は、社内失業(年功型雇用)です。
社内失業が、原因になっていると考えれば、図4の左と右のギャップは、説明ができます。
ところで、財務総合政策研究所は、「産業ごとに見た労働生産性上昇率~労働移動と上昇の成果配分~」のモデルに、社内失業を組み込んでいません。
つまり、社内失業を前提とすれば、財務総合政策研究所の分析は、不適切になります。
ジューディア・パール氏は、「因果推論の科学 「なぜ?」の問いにどう答えるか」の中で、因果推論のわかった経済学者を除く、主流の経済学者は、データのみで解析して、因果推論を排除することが科学的であると考えているといいます。
財務総合政策研究所は、十分なデータのない社内失業という因果推論を無視していますが、パール氏によれば、これは、主流の経済学者の分析方法で、不思議ではないことになります。
年功型雇用(社内失業)と労働分配率の今後の推移の問題は、日本経済の根幹に関わる大問題です。
パナソニックのデジカメの不祥事は、日本経済の将来の縮図になっています。
6)DXと共存する社会システム
論点は、いつ労働分配率が下がるかではありません。
DXが進めば、労働分配率が必ず下がります。
労働分配率の低下は、トレンドの問題ではなく、AIなどの技術開発が原因となって生じる結果(因果モデル)の問題です。
労働分配率の低下に対応したDXと共存する社会システムを構築できない国の経済は破綻します。
DXと共存する社会システムへの移行シナリオを作成して、社会システムの移行が始まっているかが論点です。
DXと共存する社会システムに移行できないと、デジタル赤字が止まらなくなり、貿易収支が赤字になり、輸入品を購入する外貨が底をつきます。
円安は止まらなくなります。インバウンドの観光の経済効果は、デジタル赤字に比べ、無視できるサイズでしかありません。
2024年5月に、政府は、円安対策として、為替市場に、介入しました。
為替市場への介入は、短期的な変動を除けば、効果はありません。
円安の原因は、日本企業の経済競争力の低下にあるからです。
根拠を示さずに、日本企業の経済競争力は低下していないと主張する人もいます。
しかし、デジタル赤字や、パナソニックの経営問題を見れば、日本企業の経済競争力の低下は明らかです。
白物家電は、中国のメーカーに全敗しています。
DXと共存する社会システムの構築には、時間がかかります。
ロードマップをつくって、長期戦で、対応する必要があります。
日本の大学教育の70%は経済価値のない文系教育で占められています。
なお、ここで言う文系教育は、文部科学省の分類とは一致しません。
文系教育とは、コンピュータと数学(データサイエンス)を必修としないカリキュラムを指します。
もちろん、文系教育の経済価値はゼロではありません。インバウンドの観光には、役に立つノウハウがあります。
しかし、文系教育では、DXは進みませんし、デジタル赤字は解消しません。
教育経済学で考えれば、DXと共存する社会システムでは、文系教育の教育投資のリターンは、エンジニア教育の教育投資のリターンに比べ、極端に見劣りします。これは、年功型雇用が崩壊したDXと共存する社会システムでは、文系教育の卒業生の期待所得が急速に減少することを意味します。
DXと共存する社会システムへの移行が進む過程で、労働分配率の低下(レイオフ)が進みます。この時に、文系教育の卒業生は、レイオフのハイリスクグループになります。
巷では、「教養は役に立つ」と逆の宣伝をしています。
本来のリベラルアーツ(教養)は数学を含みます。日本型の数学のないリベラルアーツには、経済価値はありません。その理由は、数学的に間違った推論が横行するからです。
政府は、リスキリングが大切であるといって、表現をボカシていますが、文系教育の卒業生は、コンピュータと数学(データサイエンス)を学ばないと、レイオフの対象になることを実質認めています。
高等学校から、大学の修士コースの卒業に要する時間は、9年あります。仮に、2024年に、教育カリキュラムの改訂をしても、新コースの卒業生が社会に出るまでには、10年かかります。10年のタイムラグがあります。
初等教育や、博士過程にまで、対象を拡大すれば、タイムラグは20年になります。
教育カリキュラムは、10年から20年後の社会から逆算して作成しなければ、受けた教育の多くが、社会に出た時点で無駄になります。
教育カリキュラムを、過去の教育の実績を元に作成してはいけません。
現在の教育カリキュラムの改訂は、10年から20年後の社会を無視して、既得利権の温存を中心にしています。
現在の教育カリキュラムの改訂は、10年から20年後の社会を見ているのではなく、過去の日本社会(既得利権)の方向を向いています。
経団連は、現在の会社(工業社会の会社)の経営に役に立つ人材を育成しろと主張しています。
2015年12月「AIの導入によって日本の労働人口の49%の仕事が10-20年以内になくなる」というレポートが、野村総研とオックスフォード大学の共同研究によって発表されました。
この数字を使えば、遅くとも2035年には、労働分配率は、現在の半分以下になります。
文系教育の経済価値は急速に低下しています。労働分配率が、現在の半分以下になった時点では、文系教育の卒業生のレイオフリスクは高くなります。
2011年に、深圳市に創設された中国南方科技大学は、技術盗用の疑いで問題になりました。
これは、以前に、韓国の企業が日本のエンジニアを雇って技術移転した事例を思い起こさせます。
あるいは、日本にも、1982年のIBMスパイ事件がありました。
文系教育を受けた人は、知識は教養で、時間変化しないと考えますが、技術は、日進月歩です。技術盗用を継続することは困難なので、仮に、技術盗用しても、その後の技術のバージョンアップができなければ、技術は直ぐに陳腐化してしまいます。
技術のバージョンアップができるためには、その能力のある人材を育成しておく必要があります。
科学技術立国の最大の課題は、能力のある人材育成です。技術の盗用は短期的には、経済的なダメージを与えますが、そのダメージは中期的には修復されます。技術の盗用防止に過度のコストをかけても、経済的には、マイナスになります。
GAFAMは、一部のソフトウェアをオープンソース化しています。GAFAMは、能力のある人材を抱えています。オープンソースから、新しいビジネスチャンスが生まれた場合には、その企業を買収するか、自社で開発すれば、競争に負けることはないという判断です。基本技術は公開した方が、経済的なメリットが大きいのです。
もちろん、オープンソース戦略は、自社で開発すれば、競争に負けることがない人材を確保していることが前提になります。
最近、日本では、技術の流出防止の議論が盛んですが、これは、GAFAMのように「技術開発競争に負けることがない人材の確保」が出来なくなったためと推測できます。
技術の流出防止の強化は、高度人材にとって、技術開発以外に使う時間の増加と技術漏洩の責任を問われるリスクが増えるだけで、技術開発のマイナスにしかなりません。
技術の流出防止を強化すれば、高度人材の海外流出は加速します。
1991年に、シンガポールが、南洋理工大学を設立してから、アジアの各国では、科学技術大学の開学ラッシュが続いています。
アジアの各国は、10年から20年後の社会から逆算して、教育カリキュラムを設計して、科学技術大学を開学しています。
世界の大学ランキングの3分の1は、科学技術大学になっています。
例外は、教育カリキュラムが、過去の社会(既得利権)の方向を向いている日本だけです。
ここに、日本では、新しい科学技術大学が開学しない原因があります。
10年後を考えれば、日本の文系の大学に進学するより、海外の科学技術大学に進学する方が、教育投資のリターンが大きいと思います。
教育投資のリターンの期待値の比較は、比較する日本の文系の大学と海外の科学技術大学の組合せにより異なります。
しかし、定員割れをしている日本の文系の大学よりも、教育投資のリターンの期待値が低い海外の科学技術大学はないと思います。
海外の科学技術大学を卒業すれば、卒業生は、仮に、日本経済が破綻しても、海外で、ジョブを得ることができます。
春闘(年功型雇用)を続けたり、マイナンバーカードを利用した医療機関の医療費をあげるといったその場しのぎの対策は、DXと共存する社会システムの構築を阻害して、問題を深刻化させます。
DXと共存する社会システムでは、労働分配率の低下は、業界単位でも起こるはずです。
例えば、医療費でも、労働分配率の低下が、起こります。
これは、人間の医師や看護師が、DXシステムに置き換わることを意味します。
医師は、DXシステムに置き換わって失業する医師、DXシステムを開発する医師、DXシステムに置き換え不可能な特技のある医師に分かれるはずです。
同様の変化は、弁護士、裁判官、政治家にも起こるはずです。
こうした変革は、レイオフを認めることになります。
レイオフを拒否して、DXと共存する社会システムの構築を回避する選択をした場合には、デジタル赤字で日本経済が破綻します。
現在のデジタル赤字の集計は、主に、スマホなどのコンピュータサービスを中心にしています。
これ以外に、隠れたデジタル赤字があります。
例えば、新薬の開発では、コンピュータによる分子設計が必須で、AIが凌ぎを削っています。
DXが遅れた日本の製薬会社の新薬の開発能力は相対的には低く、新薬や新薬のパテント使用料は、輸入超過の赤字になっています。
エンジニアリングでは、個別の製品やサービスを問題にします。
これは、一般論では、製造過程の問題点が表面化しないので、製品開発ができないためです。
その点では、「パナソニックの経営は、なぜ難しいか」は、検討する価値があります。
パナソニックのデジカメの不祥事は、日本経済の将来の縮図になっています。
パナソニックは、「希望退職者の募集」をしたので、人材が流出している可能性があります。
日本には、科学技術大学が少ないので、海外企業に比べて、技術者の人材獲得に不利な条件になっています。
DXのできるIT人材は、給与を多少あげても確保できません。
DXのできるIT高度人材に、GAFAM並みのジョブと給与を提示できる日本企業はありません。
高度人材の流出は止まらず、分母のエンジニア養成は不足しています。
政府は、最近、大学のエンジニアコースの定員の増員を認めています。
しかし、そこには、DXと共存する社会システムの構築から逆算したカリキュラムと定員の設計はありません。ロードマップがありません。一方では、文系の定員削減は、自然減に任せています。
こうしたその場しのぎの政策の成果は出ています。
岸田文雄首相がアップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)とテレビ会談を行い、来春にマイナンバーカードの機能をiPhoneに搭載することを確認したことはその一例です。
筆者は、DXと共存する社会システムの構築の正解を知っているわけではありません。
しかし、議論は、オープンに行なわれるべきです。
ロードマップには、数字(人数)と時期が提示されるべきです。
現在、政府が行っている方法は、トレンド予測で、分野ごとの労働者の不足を提示する方法です。トレンド予測は、社会システムが変化する場合には、無効です。
地方再生に、トレンド予測を使う方法も、手法の間違いです。
DXと共存する社会システムの構築には、トレンド予測を使うことはできません。
GAFAMは、iPhoneのような新製品を開発しますので、経営にトレンド予測を使うことはありません。
パナソニックは、国際企業で、海外に外国人の社員を多く抱えています。
パナソニックは、海外の外国人社員に、科学技術大学の卒業生を採用していると思われます。
海外企業と競争するためには、パナソニックは、日本国内で「希望退職者の募集」を拡張して、DXのできない国内部門を削減して、海外部門が主体の企業に組み替えることが合理的な判断です。
これは、海外の競合企業と条件を揃えて同じ土俵で勝負をする方法です。
パナソニックが、ジョブ型雇用の企業であったと仮定すれば、2024年時点で、日本国内部門は縮小して、海外部門中心の企業になっていたと思われます。(注1)
パナソニックは、2021年に「希望退職者の募集」をするまでは、年功型雇用を維持してレイオフをしない経営方針でした。
これから、2024年時点では、まだ、日本国内部門を縮小した海外部門中心の企業にはなっていないと推測できます。
筆者は、パナソニックが、DXと共存する企業システムを無視して、日本国内部門を維持して、経営を立て直すシナリオを想像することができません。
2021年4月の70歳までの就業機会確保を努力義務とする改正高齢者雇用安定法は、高度人材の海外流出を加速しているはずです。
日本が、DXと共存する社会システムを構築できなければ、高度人材、優良企業、富裕層、資金は、日本から海外に逃避すると思われます。
タイムラグを考えれば、DXと共存する社会システムに合わせて教育を再構築する時間は、残されていません。あるいは、既に、手遅れになっている可能性もあります。
注1:
パナソニックの、2022年度の売上高は、8兆3,789億円(2022年度連結決済)で、海外売上比率は60%(2023年3月)です。
2023年3月時点で、社員の海外比率は、63.1%です。
guidablejobsの外国人採用に積極的な企業ランキングでは、パナソニックは、第3位です。
1位:株式会社メルカリ
2位:楽天グループ株式会社
3位:パナソニック株式会社
<< 引用文献
外国人採用に積極的な企業ランキング! 2位は楽天、1位は・・・?2024/05/31 guidablejobs
https://guidablejobs.jp/contents/how-to-recruit/505/
>>
不明な点は、次の2点です。
第1は、日本の自動車メーカーの海外生産比率は、80%以上と言われています。パナソニックの海外生産比率のデータが見つかりませんでした。しかし、過去のデータでは、海外売上高比率と海外生産比率が共に約50%に達していました。これから、現在の海外生産費比率を60%と推定します。
第2は、パナソニックのHPに出て来る幹部は日本人ばかりです。
社員の海外比率は63.1%ですから、幹部の60%は外国人、HPの説明も英語が優先になっているはずです。そうなっていないことから、外国人の高度人材は少ないと予測できます。
社員の海外比率は63.1%でありながら、幹部人事については、ジョブ型雇用ではなく、年功型雇用を採用していると推測できます。
幹部の評価は、経験に基づく実績主義です。これは、能力主義ではないので、ジョブ型雇用にはなりえません。
実績は、本人の能力だけでなく、配属された部署の特性を反映しして、不公平な能力評価になります。実績主義を採用している企業は能力評価が弱いことを示しています。この問題は、次節で扱います。
7)経験重視か、数学か
年功型雇用は、経験または上位のポストに価値があるという前提でできています。
ジョブ型雇用は、能力に価値があるという前提でできています。
経験に価値があるという前提は、年功型組織のミームになっています。
経験に価値があるという主張は、日本型の数学なしのリべラルアーツ(教養)に一致しています。
年功型組織のミームに、洗脳されると、科学的な判断ができなくなります。
能力は、経験ではありません。
自動車のセールスマンは、自動車の販売台数で評価されます。
自動車の販売台数が多いことは、経験ですが、能力ではありません。
その理由は、販売台数は、能力だけを反映するわけではないからです。
販売台数は、購入者の可処分所得の変化の影響を受けます。
最近の日本の自動車メーカーのように、半導体不足で、納車ができなければ、能力があっても、販売台数を増やすことはできません。
もしも、読者が、自動車のセールスマンの能力を正確に指摘できるのであれば、以下の文章を読む必要はありません。
年功型組織のミームに洗脳されると、能力評価ができなくなります。
この状態では、ジョブ型雇用を採用することが不可能になります。
7-1)経験の価値
ここで、経験に価値があるという年功型組織(法度制度)のミームが、正しいと仮定します。
パナソニックを初めとする日本の家電メーカーは、中国の新興家電メーカーよりも経験がありました。
経験に価値があるという年功型組織のミームが正しれば、日本の家電メーカーの売り上げを、中国の新興家電メーカーの売りあげが上回るという下剋上はおこりません。
しかし、実際には、日本の家電メーカーは、中国の家電メーカーに負けて、白物家電から撤退しています。
この事例から、次のことがわかります。
1:経験には価値がありません。仮に、価値がある場合でも、売り上げの逆転が起こるように、その価値は小さいです。
2:経験に価値があるというミームで、経営をすれば、新興企業に負ける可能性が高くなります。
日本には、法度制度のミームが蔓延しています。
その結果、経験に価値があるという科学的に否定されたミームに洗脳された経営が蔓延しています。
例をあげてみます。
S1)前例主義
成功例(過去のデータ)には、価値があるという仮説です。過去のデータは、因果モデルに再構築された場合にのみ、利用可能です。それ以外では、利用価値はありません。
文系の学問では、過去のデータから、帰納法で法則を導き出す科学的に間違った手法が、現在でも使われています。
正確に言えば、過去のデータから、帰納法で法則を導き出す手法自体は、間違いではありませんが、過去のデータから導き出された法則は、将来に利用可能な保証がありません。
帰納法は、検証法ではありません。
しかし、文系の学問では、帰納法を検証法であるように扱う場合が多く見られます。
から揚げ店が成功した事例があると、成功店の真似をして、から揚げ店が増加します。
これは、前例主義の経営です。
しかし、から揚げ店が増えすぎれば、1店舗当たりの売り上げが落ちて、赤字になります。
前例主義の経営判断は間違いですが、前例主義以外の代替案を持たない経営者が間違いを繰り返しています。
過去1年のデータに帰納法を使って、今年も、から揚げ店は、成功するという仮説を作ることができます。
しかし、競合する揚げ店の数、競合するファストフード店などを無視している前例主義の仮説は外れる可能性が高いです。
「から揚げ店は、成功する」というような仮説は、帰納法を使わなくとも作ることができます。
「餃子店は、成功する」、「飲茶は、成功する」といったように、連想ゲームができれば、仮説をつくることは可能です。
連想ゲームで作った仮説と、検証されていない帰納法で作った仮説の間に、優劣はありません。
なぜなら、どちらも検証されていないからです。
から揚げ店はそろそろ増えすぎだと感じて、飲茶に切り替えた方が成功するかもしれません。
公的機関の政策は、前例主義に満ち溢れています。つまり、公的機関の経営能力は、新規出店で失敗するから揚げ店レベルに止まっています。
前例主義に満ち溢れた公的機関の政策は、失敗することが科学的に保証されています。
S2)トレンド予測
時系列データを使ったトレンド予測は、データを生み出すメカニズムに変化がない場合に限って有効な推論です。
典型的なトレンド予測は、株価です。株価上昇時には、株価が上昇するというトレンド予測を立てることができます。
もちろん、株価上昇トレンドモデルを信頼する人はいません。
株価はいつかは下がり、トレンドモデルが破綻することを、皆が知っています。
一方、社人研の人口予測を信頼する人が多くいます。
社人研の人口予測は、トレンド予測です。
正確に言えば、コホートを使っていますので、現在0歳以上の人口の予測は因果モデルによっています。
これから、生まれて来る人の数はトレンド予測になっています。
モデルのこの2つの部分の予測精度は全く異なりますので、分けて考える必要があります。
現在0歳以上の人の予測は因果モデルですが、これは、トレンドが因果に結びつくほぼ唯一の例外です。
トレンド予測をつかったXX年問題が溢れています。
2030年問題はその一例です。
2030年問題は、日本社会の高齢化に伴って労働人口が減少し、多くの企業が労働力不足や競争激化、人件費上昇などの課題に直面する社会的な懸念を指しています。
現在0歳以上の人口の予測以外のトレンドは因果モデルではないので、区別して考える必要があります。
「AIの導入によって日本の労働人口の49%の仕事が(2015年の)10-20年以内になくなる」の「20年」の数字を使えば、2035年の労働分配率は、約25%になります。
DXを進めれば、2035年には、労働者の半分は、AIなどの機械に置き換えることが可能です。
もちろん、「10-20年以内」でしたから、中央値をつかって、目標年を2030年に設定することも可能です。
この場合には、2030年には、労働者の半分は、AIなどの機械に置き換わっていることになります。
その場合には、社会保障・年金制度などの再構築が必要になります。
しかし、少なくとも、政府が主張する2030年の労働力不足問題は起こりません。
政府は、トレンド予測を使って、あたかも2030年問題が存在するように、論理のすり替えを行なっています。
トレンド予測は運命ではありません。
2015年の「AIの導入によって日本の労働人口の49%の仕事が(2015年の)10-20年以内になくなる」という因果モデルの予測を参考に、2025年から2035年を目途に、DXを進めていれば、2030年の労働力不足問題はなかったことがわかります。
政府の政策能力は、前例主義の新規出店で失敗するから揚げ店レベルに止まっています。
DXは先進国で最下位に止まりました。
解雇規制はなくならず、社内失業が溢れています。
解雇規制がなくならなければ、DXの経済効果がないにもかかわらず、政府は、この問題を放置しています。それどころか、定年を延長する法案を成立させています。
トレンド予測には、科学的な根拠がないことが理解できれば、2030年問題は存在しないことが分かります。
問題は、労働分配率の低下に対応したDXと共存する社会システムの構築を回避して、既得利権の温存を優先した政府の政策にあります。
2030年問題を見ると政府は被害者であるかのように見えますが、政府は被害者ではなく、加害者になっています。
デジタル庁といった実効性のないやったふりをするDX政策をくり返してきた結果が、2030年の労働力不足に他なりません。
労働生産性の上昇(=賃金の上昇)を長期間凍結すれば、労働力不足になります。
労働人口減少を上回る速度で、労働生産性の上昇(=賃金の上昇)を実現していれば、労働力不足は起きません。
労働力不足の原因は、少子化ではありません。
問題は、DXと共存する社会システムの構築にあります。
社会システムの構築は、大改革になるので、ロードマップなしでは実現できません。
その中心は、労働移動をひきおこすレイオフ解除(能力主義、労働市場の構築)にあります。
これが出来なければ、高度人材の海外流出は止まりません。
野口悠紀雄氏は、生産性の向上を伴わない賃上げが、スタグフレーションを起こすと警告しています。
<< 引用文献
手放しで喜んでよいのか? いまの賃上げは日本人が自分で負担しているものなのに 2024/06/02 現代ビジネス 野口 悠紀雄
https://gendai.media/articles/-/130857
>>
政府は、利権の政治(中ぬき経済)を続けたいのです。利権を阻害する市場原理(労働市場)を封印してきました。企業間競争による生産性の向上を阻止してきました。
労働市場がなく、生産性の向上を阻止すれば、労働力不足は、かならず起きます。
S3)権威主義
法度制度は、能力を無視して、経験とポストを評価する権威主義に繋がります。
権威主義は、ラベルを見れば、ラベルで中身が判断できるという仮説です。
これは、企業のブランドビジネスに繋がります。
しかし、ラベルと中身には、因果関係はありません。
ラベルと中身が対応しない問題には、企業が偽装している場合から、企業努力の限界の場合まで、広い幅があります。
高級ワインのような農産品の場合には、原料のブドウの品質にバラツキが生じ、当たり年のワインが高く取引されます。
普及品の場合には、企業は、ブレンドによって品質の均一化をはかりますが、バラツキは残ります。
ミシュランの星がついたレストランには、権威がありますが、料理の品質のバラツキは避けられないはずです。
食べログのようなデータになると、評点には、料理の品質だけでなく、評価者のレベルのバラツキも関係します。
ミシュランの評価にも、評価者のバラツキはありますが、味の評価の能力が高い人が選抜されて評価者になっています。
食べログの場合には、評価者のスクリーニングが行なわれていませんので、評価点のバラツキは大きくなります。評価者が100人を越えれば、大数の法則によってサンプリングバイアスは回避できますが、レビュー数が100を超えることは稀です。つまり、食べログのスコアの信頼性はかなり低いです。
WEBの情報には、フェイクが多いから、間違った情報は削除すべきであると主張する人の中には、統計学のデータのバラツキの概念を理解していない人も多くいます。科学を無視して要求をしても、実現は不可能です。
岸田首相は、就任後、「新しい資本主義」を提唱しました。
内閣総理大臣は、政治家のトップブランドで、「新しい資本主義」は、権威主義です。
岸田首相は。経済学の専門家ではありません。
能力主義に基づいて考えれば、岸田首相の経済政策が、経済学の専門家の経済政策に優る可能性はありません。
アメリカでは、経済の専門家を抱えたシンクタンクが経済政策を提案します。
こうした提案は、大統領が採用する経済政策の候補になります。
あるいは、米国政府の予算が提出されてから10日以内に、毎年2月に、米国経済諮問委員会は大統領経済報告を提出します。報告書は、数百ページに及ぶ定性的および定量的研究で進められ、前年の経済活動の影響を検証し、翌年の経済目標(大統領の経済政策に基づく)を概説し、経済実績と結果の数値予測を行います。
政府の予算は、米国経済諮問委員会のレビューを経て公開されます。
大統領は通常、報告書を紹介する手紙を書き、それが概要となります。
大統領は、経済の専門家の能力を活用して、経済政策を組み立てます。
能力主義のアメリカでは、大統領が経済学の専門家をさしおいて、「新しい資本主義」を提案しても、無視されると思われます。
これは、日本の「新しい資本主義」は、経済学に基づいていないか、経済理論を後付けしていることを意味します。
疫学では、「仮説を検証」す るために、これから新しい症例を集めて「仮説を検証」する研究を前向きと呼び、過去の症例を集めて「仮説を検証」する研究が後向き研究と呼ばれます。
後向き研究の検証効果は低いです。
後向き研究は、後だしジャンケンに似ています。
「新しい資本主義」の経済理論は、「新しい資本主義」の主旨にあった経済理論を張り合わせたもので、後向き研究になっています。
岸田首相は、政府幹部の人事権をもっていますので、昇進するために科学を無視して忖度する人が出ます。「新しい資本主義」はこうした人に支えられています。
故安倍首相は、政治主導として、政府幹部の人事権を把握して、昇進するためには科学を無視する忖度システムを完成させました。
政治主導のルーツはここにあります。
これは仮説なので、間違っている可能性があります。
しかし、反例(忖度より科学を優先して昇進した事例)はどの程度見つかるでしょうか。
総理大臣のポストという権威が、科学に優先するのは、法度制度のミームです。
法度制度のルーツの天皇制では、天皇は、神であって、科学より優先しました。
政治主導で、科学を否定することは可能ですが、その結果は、効果のない政策を繰り返すことになります。
図4右の1人当たりの賃金水準の伸び律の違いは、各国の政治主導の違いで説明できます。
もちろん、図4のようなエビデンスを無視して、権威を中心とした宗教的な評価をする場合には、異なった政策評価(政策は成功している)になります。
7-2)数学の価値
1990年に、デジタル社会への移行が始まりました。DXが大きな経済効果を生み出すようになりました。
日本の家電メーカーは、中国の家電メーカーに負けて、白物家電から撤退しました。
人件費の違いは、工場の海外移転で解消できます。
敗退の原因は、人件費ではありません。
これは、円安で人件費を抑えても、問題解決にならないことを意味します。
2024年現在では、DXの対応違いが大きな原因になっています。
1990年頃までは、秋葉原が、家電製品開発のエコシステムを形成していました。
しかし、2024年現在では、家電製品開発のエコシステムは深圳にあります。
日本と中国の間には、新卒のエンジニアの数と質で、大きなギャップがあります。
日本にはITエンジニアのまともなジョブがないので、高度人材の流出は止まりません。
このような悲観的話をすると、日本国内では、不満ばかりいって、問題解決を提案しない点が非難されます。
しかし、デジタル社会への移行では、大改革が必要になるので、その場凌ぎの対策は無効です。
ロードマップを作成して、長期戦で問題解決をする必要があります。問題解決は、タイムラグの大きい部分を先行させる必要があります。第1の教育改革で躓けば、その後のステップには進めません。
ロードマップを無視して、国立大学の授業料を上げろと主張する人もいます。こうした発言は、科学的な因果モデルを理解している場合にはあり得ません。課題の優先順位を考えられないその場凌ぎの問題解決は無効です。
ロードマップの無視は、過疎問題、財政再建など広い分野で見られます。
ロードマップは、長期予算配分書ではありません。評価関数と到達目標と手段が明示されている必要があります。数量評価可能でなければなりません。
DXの進展を伴うDXと共存する社会システムの構築では過去の経験は有害でしかありません。
ここで、議論したいことは、因果モデルを考えれば、課題に優先順位があることと、デジタル社会への移行では、評価量が変化量になる点です。
話を戻します。
過去と同じパターンの経営を繰り返せば、デジタル社会への移行が止まってしまいます。
デジタル社会への移行が止まれば、DXが進んでいる競合メーカーとの競争に負け得て廃業になります。
デジタル社会で生き残る企業の経営者に必要な能力は、工業社会で成功した企業の経営者に求まられる能力(経験)とは全く違った能力になります。
それでは、デジタル社会で生き残る企業の経営者に必要な能力は、何でしょうか。
橘玲氏は、「テクノ・リバタリアン」のなかで、アメリカのIT大手の経営者は、数学オタクであるといいます。
これから、デジタル社会で生き残る企業の経営者に必要な能力は、数学になります。
筆者は、読者の多くは、年功型組織のミームに洗脳されていると思います。
そこで、この問題を実例で補足します。
S1)アイアコッカ氏の事例
フォード社の社長とクライスラー社の会長を歴任したリー・アイアコッカ氏は、フォードに入社後、主に販売に関わり、自動車の販売台数の実績を重ね、ローン販売の企画の成功などで頭角を現し、社長になっています。
一見すると、アイアコッカ氏の事例は、販売台数でみた成果主義の典型に見えます。アイアコッカ氏を自動車のセールスマンから、社長になったたたき上げのように評価している人もいました。
しかし、アイアコッカ氏は、アメリカ東部の名門大学リーハイ大学で機械工学と管理工学を学んだ後、プリンストン大学大学院で修士号を取得しています。
アイアコッカ氏は、フォードに入社したときに、技術畑への配属を打診されたものの、希望して販売に関わっています。アイアコッカ氏は、機械工学よりも、管理工学のスキルの活用を希望して、管理工学のエキスパートの能力を評価されて、社長になれたと言えます。
おなじ昇進プロセスを日本では、自動車の販売セールスマンが社長になったサクセスストーリーに仕立てています。
S2)アルファ碁
アルファ碁は、囲碁のAIで、人間の能力を超えています。
ここで、囲碁の対局が行われたと仮定します。
イギリスのように、東の棋士と西の棋士のどちらが勝つか、という賭けを考えます。
東の棋士のバックには、アルファ碁がいて、西の棋士のバックには、人間のアドバイザーが控えているとします。
この対局では、バックにアドバイザーがいてもよいルールになっています。
この条件であれば、東の棋士が、西の棋士に、勝つと予測できます。
次に、東の棋士を、東の企業に、西の棋士を西の企業に置き換えます。
東の棋士と西の棋士のどちらが勝つか、という賭けは、東の企業と西の企業のどちらの株式を購入すべきか、という賭けになります。
アルファ碁に相当するものが何かは、明らかではありませんが、ここでは仮にツールXと呼ぶことにします。
そうすると、ツールXが何であるかが分かれば、株式投資が成功することになります。
ツールXは、アルファ碁のように、実世界の問題を多次元空間のデータに転換した場合の数学ツールです。
実世界の問題を多次元空間のデータに転換できない場合には、ツールXを使うことはできませんので、ツールXは万能ではありません。
しかし、実世界の問題を多次元空間のデータに転換できた場合には、企業の存続は、ツールXの性能でほぼ決まってしまいます。
GAFAMは、ビッグデータを持っていますので、実世界の問題を多次元空間のデータに転換できています。GAFAMは、不完全ですがツールXのような経営判断ツールを持っていると思われます。
つまり、デジタル社会で生き残る企業の経営者に必要な能力は、数学になります。
GAFAMの企業評価額は高いですが、ツールXを持っていると想定すれば、その評価額は妥当と思われます。
生成AIは、ツールXの新しいバージョンの可能性を示しました。
日本には、ツールXの開発競争に参加している企業はありません。
政府は、AIの開発規制をする計画です。
AIの開発規制は、ツールXの開発を困難にします。これは、日本企業の株式は、購入に値しないというメッセージになります。
ツールXはまだ開発途中です。しかし、仮に、ツールXが実用化した場合に起こる組合せは、次の何れかです。
T1:既存の企業がツールXを購入する。
T2:ツールXを開発した企業が、既存の企業を買収する。
筆者は、後者の可能性が高いと考えます。
つまり、究極のDXであるツールXの存在を仮定すれば、DXに遅れることは、企業の存続に致命的な失敗を抱えることになります。
さて、パナソニックは、ツールXを持っているでしょうか。
7-3)認知バイアスをこえて
カーネマンが「ファスト アンド スロー」で指摘したように、人間の脳には、トレンド予測をつかう偏りがあります。
多くの人は、スロー回路の数学の問題を解くよりも、ファスト回路のトレンド予測で満足したくなります。
スロー回路を使えば、ファスト回路の10倍の時間がかかります。
スロー回路を使った推論の9割は間違いです。
間違いは検証によって排除されます。
前例主義が有害なXにおいては、時間と労力がとてつもなくかかるこのプロセスを避けて、問題解決をすることはできません。
ここで、書いたことは仮説にすぎません。
ここで、書いた仮説の半分以上は、修正が必要で、間違いの可能性が高いと思います。
だからといって、ここで書いたことに、価値がないとは考えません。
なぜなら、科学は、間違いを訂正しながら漸近的に進歩するからです。
8)2つの推論と2035年の日本
科学的に正しい推論は、因果推論です。
20年前に因果推論は、数学化され初等数学で解けるようになりました。
因果推論が使えれば、原因の推定(問題点の発見と除去)は数学の問題になります。
前節で考察したツールXが実用化した場合、ツールXは、因果推論を自動実行するツールになっている可能性が高いと言えます。
因果推論の科学は、今世紀に確立した新しい科学です。
因果推論は、主観に基づいて作成されたパス図を使います。因果関係を示すパス図は、主に人間が作成します。組み合わででで考えれば、人間の数だけ、パス図ができることになりますが、パス図を実際に書いてみると、パス図は、集約可能なことがわかります。
これが、主観で作成したパス図で、科学という共通認識が成立する根拠です。
8-1)2つの推論
パナソニックの経営問題と日本経済問題を取り扱うパス図は、今のところ作成されていません。
以下の考察では、パス図を使いませんので、非常に不完全な因果推論になっています。
とはいえ、現在使われている経験推論(経験主義、前例主義、帰納法、トレンド推定)に比べれば、パス図を使わない因果推論の方が、科学的な推論になります。
経営と政策が間違った推論で行なわれている場合、企業の経営と国の経済は行き詰ります。
この場合、正しい推論ができない人とは議論ができません。
パス図は、原因と結果の要素の間に矢印を引いた図です。
パス図の作成で検討すべき点は、以下の3点です。
第1に、結果を生じる原因が1つに限定できることは稀なので、原因の見落としがないかをチェックします。
第2に、複数の要素の間で、因果関係がネットワークを構成している場合があるので、ネットワークの分岐と合流をチェックします。
第3に、交絡条件が適切に表現されているかをチェックします。
以下では、このうち第1と第2の留意点に配慮してみます。
経験推論(経験主義、前例主義、帰納法、トレンド推定)では、推論は現在の状態からスタートして、漸近的な変化を前提とします。この推論は、分析対象のシステムが安定的(持続可能)な場合に限り有効です。
DXが進展し、財政赤字が拡大して、実質賃金が下がり続けています。
分析対象のシステムが安定的(持続可能)か否かは変化量を見れば判定できます。
賃金を上げるためには、労働者の能力を高め、人間を機械に置き換える必要があります。
不完全なパス図の「(結果)<=(原因)」で、書けば次になります。原因の要素は、一例にすぎず、落ちているものがあります。
(賃金上昇)<=(労働者の能力、機械への置き換え)
(労働者の能力)<=(教育カリキュラム、リスキリング)
労働者の脳力をあげるために、リスキリングには、一定の効果があります。
しかし、その効果は、教育カリキュラムの改善効果に比べれば、無視できるほど、パフォーマンスの悪いものです。
高等教育のカリキュラムの70%は数学を使わない文系教育で、経済効果がありません。これは、大学教育の投資(授業料と生活費)に対するリターン(生涯賃金の増分)の計測結果に、あらわれています。
授業に出席すれば、卒業単位を出す履修主義のカリキュラムは、企業の社会失業と同じシステムになっています。企業では、ポストについて出勤すれば給与が支払われます。大学では、授業料を払って、授業に出席すれば、卒業証書が得られます。デューイは、学校は社会の縮図であるといいました。学校では、社会に出た時に困らないように、社会で必要なルールを習得させるべきであると主張しました。
履修主義のカリキュラムは、ポストについて出勤すれば給与が支払われるという勤務形態のトレーニングになっています。履修主義のカリキュラムは、社内失業予備軍を養成しています。
教育カリキュラムの改善効果とリスキリングの効果を比べれば、どちらの効果が大きいかは、初等数学の問題です。
同様に、教員の人出不足の問題は、教育カリキュラムの改訂問題に比べれば、どちらの効果が大きいかは、初等数学の問題です。
数学が出来ないと、検討が些末な問題に集中します。
日本は資源のない国です。
日本が、植民地にならかった原因は、地下資源がないので、植民地にする経済的なメリットがなかったからです。
日本が、世界の経済競争に生き残る唯一の方法は人材育成です。
現在では、中国の経済が向上し、中国の高等教育が拡大しましたので、日本は中国との人材競争にまきこまれていますが、依然として人材育成以外に国の経済を発展・維持する方法はありません。
この人材育成は、経済効果(教育投資のリターン)のある人材育成になります。
数学のない科学的に間違ったリベラルアーツ(教養)教育を廃止して、エンジニア教育を拡大すれば、経済効果があります。(注1)
教育が、経済を発展させることのできる人材を育成しなければ、国は滅びます。
高等教育を習得した人材が、世界の経済競争に生き残る経済効果を発揮できなければ、教育は失敗したことになります。
日本は、世界一の高等教育を目指す必要があります。日本の大学の卒業生は、世界一の給与を得る必要があります。
問題は、高度人材にあります。
高等学校の授業料を無償化しても、世界の経済競争に生き残る経済効果はありません。
高度人材の流出を止められないことは、日本経済の将来に致命的な影響を与えています。
政府は、数学ができないか、利権を優先して、経済成長を無視してるかのいずれかであることがわかります。
つまり、問題解決には、利権のしがらみのない、数学の出来る人材が、政府の幹部にいる必要があります。
簡単にいえば、数学ができて、しがらみのないサム・アルトマンのような人物が、日本の総理大臣であれば、経済問題の解決はずっと容易になります。
もちろん、数学の出来ない政治家は、落選して既得利権を失いたくないので、色々な対策をとっています。その結果、数学ができて、しがらみのない政治家は絶滅しています。
8-2)2035年の日本
経験主義(トレンド予測)を封印すれば、因果推論に近い推論ができます。
トレンドは運命ではないので、変えることができます。
トレンドを封印した場合には、将来はシナリオベースで描くことになります。
そして、複数のシナリオの中から、最適シナリオを選択することが民主主義のプロセスになります。
その際に、地球温暖化の検討のように、トレンド予測をベースシナリオとして扱う場合もあります。しかし、DXによって、社会システムが変化している場合には、トレンド予測が実現する可能性はほぼゼロなので、ベースシナリオはないと考えます。
トレンド予測では、上昇傾向、または、下降傾向のトレンドが延長されます。
しかし、この変化を生み出している原因は複数あります。
因果モデルでは、変化を生み出している原因毎に、将来の変化を考えます。
2035年の日本を考えれば、経済に影響を与える次の原因を考えることができます。
・労働者の数と質
・労働市場(国際市場を含む)
・人口と年齢構成の変化
・DXと産業構造の変化
その他にも、上げるべき原因はあるでしょう。
注意点は、変化量と国際水準です。
企業が、国際企業と競争するためには、国際水準の高い生産性があり、国際水準の高度人材を抱えている必要があります。
政治献金をして、補助金のキャッシュバックに期待する企業には、国際水準の高度人材はきませんので、そのうち人材が枯渇します。社内に数学のできる人材がいなくなり、合理的な経営判断ができなくなります。株式会社の場合には、資金の逃避が起きて、株価が下がります。株式会社で、会社の幹部の過半数が外国人または、外国出身者でない企業には、このリスクがあります。
政府などの公的組織の場合には、外国人の採用比率をあげることは困難です。しかし、DXが進めば業務の大半は、アウトソーシング可能です。アウトソーシング部門を合わせて評価すれば、幹部の過半数が外国人という基準はクリアできます。このためには、公的組織のサイズを10分の1程度に下げる必要があります。
変化量では、並べた原因が、経済をプラスに変化させるか、マイナスに変化させるかに注目する必要があります。
例えば、DXは、国際比較で考えれば、国際平均のDXの進展速度が最低目標になります。
国際平均のDXの進展速度(年率)のデータは探せばあると思います。
DXで、国際競争力の上位を目指すのであれば、更に高い目標が必要になります。
日本では、少子化と高齢化が進んでいますので、その分のマイナスをカバーするには、更に高い目標が必要になります。
DXを進めて生産性を上げる速度を増加させれば、それだけ早く、レイオフを進め、教育カリキュラムを変える必要があります。
2035年を目標にするのであれば、10年で割れば、1年あたりの変化速度が求められます。
シナリオは、生産性の向上速度の違い毎に複数つくることができます。
民主主義では、どのシナリオを選択するかは、投票で決められます。
生産性の向上速度の違うシナリオを支持する政党が3種類あれば、どの政党に投票するかで、国民は将来を選択することができます。
生産性の向上速度が速いシナリオでは、レイオフが多発しますが、所得は増えます。円安が止まるので、年金の目減りはなくなります。
生産性の向上速度が遅いシナリオでは、レイオフは少ないですが、所得は減少します。円安は止まらず、年金は目減りします。
1ドル300円になれば、年金での生活は不可能になり、犯罪が多発する国になります。故安倍晋三首相は「1ドル=300円になったらトヨタの車が3分の1で売れる。日本製品の価格が3分の1になる。そうすればあっという間に経済は回復していく」と発言していました。これは、故安倍晋三首相が数学が出来なかったことを意味しています。
政府の言う通りに、利権を維持して、現在、トレンドを続けることは、シナリオ選択のひとつです。
2024年現在、生産性の向上速度が速いシナリオを提示している政党は皆無です。
これは、与党と野党の政治家が、数学ができないことを意味しています。
将来、数学ができる政治家が登場すれば、この問題は解決できます。
しかし、残された時間は少ないです。
8-3)世界の中の日本
2024年時点で、「国が、世界の経済競争に生き残る唯一の方法は人材育成」であると考えている国は多数あります。
サウジアラビアは、石油が枯渇するまでに、人材育成国家を目指して、膨大な投資を計画しています。
日本は、人材育成で、サウジアラビアに負けています。
企業の経営も、国会の政策も国内の利権を優先すれば、世界から取り残されてしまいます。
これは、因果推論ができれば、自明の内容です。
注1:
これは、反対意見を想定して書いています。
ここで問題にするのは、イデオロギーではなく、経済効率の数学です。
教養主義者は、「教養には金銭に換算できない価値がある」と主張します。
しかし、この発言は経済学を侮辱しています。
経済学は、市場の金銭では換算できない価値をを取り込むために、膨大な努力をしています。自然資本の経済学は、そうした試みです。
経済学は観測可能な価値を金銭換算する努力を続けています。
もちろん、観測不可能な価値は対象外になります。
「教養には金銭に換算できない価値がある」という主張には、バックデータがありません。
プラグマティズム(現代のアメリカの標準思想)では、観測不可能な形而上学は検討対象外になります。
「教養には(観測不可能な)金銭に換算できない価値がある」という主張には、バックデータが存在しません。
「(観測不可能な)金銭に換算できない価値」は、仮に、無くなっても、その変化は計測できませんので、議論の対象ではありません。
観測可能な「教養の価値」は、文系のカリキュラムの授業料、教養書の販売額などのリアルワールドの経済価値で構成されています。
教養には金銭に換算できる価値がありますが、その価値は小さいのです。
こうしたリターンを観測すれば、適正は投資のレベルは自明で、大学カリキュラム定員の7割が数学のない文系である異常事態はありえません。
これは、1959年に、スノーが「2つの文化と科学革命」で展開した問題です。
もうひとつの問題は、数学のないリベラルアーツの推論は、因果推論でみれば、科学的に間違った推論になっている点にあります。