限界国家日本(21)パールの因果モデル(3)

7)パールの因果モデルの破壊力

 

パールの因果ダイアグラム(DAG)は「権威による意思決定」を「論理による意思決定」へと強制的にシフトさせる破壊装置としての側面を持ちます。

 

つまり、パールの因果ダイアグラムを採用した時点で、年功型組織は崩壊してしまいます。

 

その例を小中高学校教員の不足と試験倍率の低下で示します。

 

教員不足と採用倍率の低下は、日本の教育制度における極めて深刻な構造的課題です。パールの因果モデルの視点から、文部科学省文科省)の現状を分析します。

 

質問1:文部科学省は問題を表現する因果ダイアグラム(DAG)を公開しているか

 

文部科学省がパールの因果ダイアグラム(DAG)に基づいた、厳密な因果構造図を公開している事実は確認できません。

文科省が政策立案や評価の際に用いるのは、主に「ロジックモデル」と呼ばれるものです。

ロジックモデルとDAGの決定的な違い

 

文科省が公開している資料(「「施策の構造化」に向けたロジックモデル」など)には、一見DAGに似た図が登場しますが、以下の点でパールの因果モデルとは異なります。

  • 一方向の期待値: ロジックモデルは「これをすれば(Input)、こうなるはず(Outcome)」という、政策目標達成のための期待される筋道を並べたものです。
  • 交絡因子の欠如: DAGの肝である「共通原因(交絡因子)」や「合流点による選択バイアス」といった、推論を狂わせるノードの配置がほとんど考慮されていません。
  • 負のフィードバックの無視: 「教員を増やすために選考を緩くする(介入)→ 教員の質への懸念が生じる → 志望者がさらに減る」といった、政策が引き起こす負の因果ループが描かれることは稀です。

 

質問2:文科省はDAGを作れない状態にあるのか

 

文科省がDAGを作成・公開しない(あるいはできない)理由については、技術的な能力不足というよりも、組織的・政治的な構造問題が背景にあると考えられます。

  1. 「原因」を特定することの政治的リスク

 

パールのDAGを正確に描くということは、現在の教員不足の「真の規定要因」を特定することになります。例えば、以下のようなノードが不可欠になります。

  • 給特法(残業代不払い)の構造
  • 文科省自身が発信する過剰な学習指導要領(業務量増加)
  • 財務省による定数改善の拒絶(予算の制約)

これらをノードとして結びつけると、「教員不足の原因は、他ならぬ政府の過去の政策決定にある」ことが数学的に明示されてしまいます。これは官僚組織において、責任の所在を突き止めることになり、極めて避けたい事態です。

  1. 「介入」の効果が予測できてしまう恐怖

 

DAGを作成すると「どのノードを操作($do$演算)すれば解決するか」が見えてしまいます。

もし「給与体系の抜本的見直し(給特法の廃止)」というノードが、教員志望者増に対する最強のエスティマンド(推定値)として導き出されてしまった場合、文科省財務省との全面対決を避けられなくなります。

  1. 年功型組織と「見える化」の対立

 

DAGによる「推論の見える化」は、年次や立場の強さによる「声の大きい解決策」を無効化します。

「現場の士気を高める」といった曖昧な言葉で予算を要求する従来の手法に対し、DAGは「その介入はバックドアを閉じられていないので、効果は測定不能である」といった冷徹な論理を突きつけます。これは、「調整」と「根回し」を本質とする年功型官僚組織のOS(基本原理)とは相容れないのです。

 

まとめ

 

文科省は、問題の構造を「理解できない」のではなく、「厳密な因果関係を定義してしまうと、組織の存続や予算獲得の論理が破綻するため、DAGのような明晰な思考ツールを採用できない」状態にあると推察されます。

教員不足という「問い」に対して、現状の文科省は、因果の梯子を登る(介入や反実仮想を検討する)手前の、「相関関係(第一の階層)」のデータを並べる段階で思考を止めているように見受けられます。