限界国家日本(20)パールの因果モデル(2)

4)「因果推論の科学」のハードル

 

パールの一般向け著書『The Book of Why(邦題:因果推論の科学)』は、アメリカのビジネスリーダーの間でベストセラーとなりました。

 

しかし、「因果推論の科学」は日本では、ビジネスリーダーの間でベストセラーとなりませんでした。

 

その原因は、複数考えられますが、第1のレベルとして、「因果推論の科学」が難解である点があげられます。

 

「因果推論の科学」のような啓蒙書を書く場合には、読者の事前知識のレベルを設定する必要があります。啓蒙書を書く場合には、事前知識のレベルの説明を省略して、解説は、事前知識のレベルからスタートします。

 

このアメリカのビジネスマンを前提とした事前知識のレベルが、日本のビジネスマンには、あてはまらない部分があります。

 

この事前知識のレベルのギャップの中で、最大のハードルは、メンタルモデルの理解です。

 

5)メンタルモデルの理解

 

まず、メンタルモデルの例をあげます。

 

例1:トランプ大統領

 

基本フレームワークは、次になります。

 

世界→メンタルモデル→外交政策

 

自由貿易新自由主義)の場合は、以下です。

 

世界→自由貿易(メンタルモデル)→外交政策

 

新自由主義の理論は、1レイア―モデルです。

 

しかし、新自由主義の拡大の結果、二重経済が拡大しました。

 

これは、トリクルダウンが起きないと言い換えることもできます。

 

したがって、「自由貿易」にかわるメンタルモデルが必要になります。

 

トランプ大統領は、「関税主義」を「自由貿易」にかわるメンタルモデルに採用しています。

 

世界→関税主義(メンタルモデル)→外交政策

 

トランプ大統領外交政策に批判的な国もあります。

 

しかし、批判は、関税主義(メンタルモデル)に問題があるのか、関税主義(メンタルモデル)は正しいとして、このメンタルモデルに基づく外交政策に実装にあるのかを分けて考える必要があります。

 

2026年1月時点では、自由貿易(メンタルモデル)に変わるメンタルモデルは、「関税主義」しかありません。この点で、「関税主義」に対する批判には、説得力がありません。

 

例2:認知科学



基本フレームワークは、次になります。

 

世界→認知プロセス(メンタルモデル)→世界の理解

 

認知プロセスのモデルは多数あります。

 

カーネマンは、システム1とシステム2の認知プロセスの分類を提案しています。

 

この他に、認知プロセスを照合、帰納、演繹などに分けることも可能です。

 

認知科学は、認知プロセス(メンタルモデル)によって、世界の理解が異なることを示しています。

 

しかし、認知科学には、科学的に正しい認知プロセス(メンタルモデル)という概念はありません。

 

例3:パールの因果モデル

 

基本フレームワークは、次になります。

 

世界→因果ダイグラム(メンタルモデル)→因果モデル

 

従来の科学のフレームワークは、次のようになります。

 

物理学=世界→物理モデル

 

統計学=世界→統計モデル

 

パールの因果モデルのフレームワークは、中間に、因果ダイグラム(メンタルモデル)が入っています。

 

パールは、因果ダイグラム(メンタルモデル)を世界を見るレンズと呼んでいます。

 

パールの因果モデルでは、モデルの正しさは、2つのステップに分解されます。

 

第1は、因果ダイグラム(メンタルモデル)レベルのモデルの正しさです。

 

第2は、因果モデルレベルのモデルの正しさです。

 

6)WYSIATI



この本の「(3)推論エンジン(1)」で、次の推論エンジン仮説を提示しました。

 

推論エンジン仮説

 

推論エンジンの第1仮説:

推論エンジンに注目すれば、将来何が起こるかを高い確率で予測できる。

 

推論エンジンの第2仮説:

推論エンジンの異なる2つのシステムでおこる将来の現象(事故/無事故)の違いは、推論エンジンの違い(AI/人間)で、かなりの部分の説明(確率的な説明)をすることができる。

 

この推論エンジンは、メンタルモデルのひとつになります。

 

メンタルモデルには、世界を見るレンズの機能があります。

 

ダニエル・カーネマンは、WYSIATI(What You See Is All There Is:見えているものがすべてである)というバイアスを提唱しています。

 

WYSIATIは、メンタルモデルのレンズを通してみえないものは、世界にないと判断されるバイアスを示しています。

 

トランプ大統領は、「関税主義」というレンズを通して世界をみていて、自由貿易新自由主義)というレンズを通してみえる世界は、フェィクであると考えています。これは、自由貿易新自由主義)というレンズが正しければ、アメリカには、二重経済(所得階層の2分化)、つまり、対立と分断は起きなかったという信念に基づいています。

 

日本のマスコミは、依然として自由貿易新自由主義)が正しいという視点(レンズ)で報道されていますが、自由貿易は、二重経済を止められなかったこと、中国の過剰生産輸出によって、輸入国の製造業が破壊されたという問題点に対する解決策を提示できていません。

 

日本のマスコミは、トランプ大統領アメリカ社会の分断をあおっているように報道します。

 

しかし、アメリカ社会の分断をつくった原因は、自由貿易新自由主義)であって、トランプ大統領の「関税主義」ではありません。

 

日本のマスコミは、自由貿易新自由主義)というレンズを通した世界しか見ていません。これは、カーネマンのWYSIATIに相当します。

 

まとめると、日本では、人間はメンタルモデルを通して世界をみているというメンタルモデルに関する理解が欠如しています。

 

パールの因果モデルが傑出している点は、メンタルモデルに、因果ダイアグラムという表現形式を与えたことで、正しい推論の検討を可能にした点にあります。

 

ルービンの因果モデルには、因果ダイアグラムがないので、正しい推論の検討ができません。

 

このように説明しても、おそらく、読者はピンとこないと思います。

 

具体例をあげて説明します。

 

アベノミクスは、技術革新を阻止して、日本経済の停滞をまねいた可能性があります。

 

これは、この本でも、扱ってきたテーマです、

 

ここで、パールの因果モデルのフレームワークを使います。

 

世界→因果ダイグラム(メンタルモデル)→因果モデル

 

世界→アベノミクス(メンタルモデル)→アベノミクス(政策)

 

パールの因果モデルのフレームワークでは、アベノミクスの正しさは、アベノミクス(メンタルモデル)とアベノミクス(政策)に分解して検討されます。

 

アベノミクス(メンタルモデル)は、推論プロセスになります。

 

推論プロセスの正しさを検討するためには、推論プロセスの見える化が必須になります。

 

つまり、因果ダイアグラムがなければ、推論プロセスの正しさは検討が出来ません。

 

因果ダイアグラムには、原因から結果に向う→がついています。

 

これは、因果ダイアグラムを使えば、因果(原因と結果の違い)を扱うことができるが、因果ダイアグラムを使わない検討は、相関のレベルに止まることを示しています。

 

アベノミクスを評価する経済学者の書籍や記事が、既に、多数出ています。

 

これらの書籍と記事の中で、因果ダイアグラムを使っている例は、ほぼゼロです。

 

つまり、アベノミクスの評価は、相関レベルに止まっていて、政策介入(因果関係)の検証事例が、ないことがわかります。