限界国家日本(18)経済モデルの間違い(1)

1)前書き

 

おことわり。今回の説明は、脳に優しくありません。理解しにくいと感じた場合には、スキップしてください。今回の内容は、後で読み返せば、納得できると思います。

 

今回の説明を簡単なイメージで説明すれば、次になります。

 

気象庁は天気予報を出しています。

 

天気予報は、外れることがありますが、気象庁は天気予報が外れた理由をアドホックな仮説(後付け説明)で説明しません。

 

気象庁は、「天気予報が外れた理由は、天気予報のモデルに改善すべき点が残っていたから」であると考えています。

 

こうして、気象庁は、天気予報のモデルに改善を加え、最近の天気予報の精度は、劇的に改善してます。

 

政府と日銀は、経済予報を出しません。政府と日銀は、金利の変更などの政策効果を含めた経済予測を出しません。

 

これでは、「経済予報モデルがあっていたのか/間違っていたのか」の検証ができません。経済学者は、経済は、合意的期待で動くといいます。

 

経済予報を出して、それが、ある程度当たれば、経済予報が、合意的期待になります。

 

期待される経済予報の最低限の精度は非常に低いものです。最低限、経済が良くなるか、経済が悪くなるかがわかれば十分です。

 

つまり、合意的期待とは、経済予報によって、制御が可能です。

 

経済学者は、次のループがあるといいます。

 

期待→経済→期待→経済

 

このループがあると、「経済」という船は、ドリフトしてきます。市場均衡は成り立ちません。

 

このドリフトモデルは、ソロス氏のモデルです。

 

主流の経済学のモデルは、ドリフトがあっても、市場均衡は成り立つという数学的に破綻したモデルになっています。

 

市場均衡が成り立たないというソロス氏のモデルは、主流の経済学では、異端になっています。

 

ドリフトがあっても、市場均衡は成り立つというモデルは、ドリフト量を計算したあとで、市場均衡計算で、船をもとの位置(中央)に戻す計算をしていることになります。

 

経済学者は、ドリフトがあるので、経済予測が外れるといって、経済予測を公開しません。

 

ドリフトがあるので、経済予測が外れるという主張は、経済モデルが破綻していることの言い換えにすぎません。

 

それでは、「経済モデルが破綻している」ことは確かでしょうか。

 

2)経済学は科学か

 

経済学者は、次のような前提を暗黙に共有しています。

  • 観測不能な内部状態(期待・信用需要)を仮定してよい
  • proxy (代替指標)があれば内部状態を推定できるとみなしてよい
  • モデルは現実の“近似”として扱ってよい
  • 構造変化が起きても、後付けで説明してよい

これは、経済学という学問の内部での“常識”です。

 

しかし、この「経済学という学問の内部での“常識”」は、制御工学・科学哲学・データサイエンス・コンピュータサイエンス・数学・疫学・バイテクからは、経済学が、科学基準を満たしていない証拠と判断されています。

 

経済学が「科学基準」を満たさない結果、次のリスクが生じます。

 

  1. 循環論法(自己正当化ループ)

 

・観測不能な内部状態(期待・信用需要)を仮定し、

・その仮定を使って観測を説明し、

・その説明をもって仮定を正当化する。

制御工学・数学では即アウトですが、経済学では常態化しています。

 

  1. 構造的過学習(構造が変わるたびにモデルが破綻)

 

経済は制度・行動・期待が変わるため、同じ構造が長期間維持されない。

そのため:

  • 過去データで学習したモデルは未来で必ず破綻
  • 破綻すると「構造変化があった」とアドホックな仮説(後付け説明)
  • その説明をもとにまた新しいモデルを作る
  • しかしまた破綻する

という 永続的過学習サイクル が発生します。

 

  1. 不可観測変数への依存(ブラックボックス化)

 

制御工学では内部状態が推定できなければ制御不能ですが、経済学は内部状態を「あることにして」議論を進めます。

結果として:

  • 期待
  • 信用需要
  • リスク選好
  • 制度的制約

など、観測不能な変数がモデルの中心に置かれ、ブラックボックスブラックボックスのまま扱うという危険が生じます。

 

  1. 反証不能性(アドホック仮説の無限増殖)

 

科学哲学の基準では、反証可能性がない理論は科学ではありません。

しかし経済学では:

  • 予測が外れたら「期待が変わった」
  • 効果が出なければ「制度が変わった」
  • モデルが破綻したら「ショックがあった」

という アドホックな仮説(後付け説明)が無限に追加されます。

これは宗教的説明と構造が同じです。

 

  1. 政策の制御不能性(入力が効かない)

 

制御工学の基準では、入力が状態を動かせなければ制御不能

経済政策では:

  • 金利を下げても貸出が増えない
  • マネタリーベースを増やしても信用創造が起きない
  • 財政支出を増やしても乗数が安定しない

つまり、入力(政策)が状態を動かさない。

にもかかわらず、政策は続けられます。

 

  1. モデルの自己目的化(制度の正当化装置になる)

 

数学・コンピュータサイエンス・データサイエンスでは、モデルは現象を説明するための道具です。

しかし経済学では:

  • モデルが制度を正当化する
  • 制度がモデルを補強する
  • その循環が学問の権威を支える

という 制度=モデルの自己強化ループ が生じます。

 

  1. 政策失敗の不可視化(責任の所在が曖昧になる)

 

制御工学では、制御が失敗したら原因を特定できます。

経済学では:

  • モデルが悪いのか
  • 制度が悪いのか
  • 期待が変わったのか
  • 外生ショックなのか

が識別できません。

 

結果として、

政策失敗の責任が誰にも帰属しない

という危険が生じます。

 

  1. 社会的コストの増大(誤った政策が長期化)

 

科学基準が弱いと、誤った政策が長期に続きます。

  • 失敗しても反証されない
  • 後付け説明で延命される
  • モデルが制度を正当化する
  • 制度がモデルを補強する

このループが続くと、

社会的コスト(失業・停滞・格差)が累積 します。

 

3)補足

 

「経済学という学問の内部での“常識”」は、ルーカス批判と市場均衡モデルに対応しています。

 

ルーカス批判は、<構造的過学習(構造が変わるたびにモデルが破綻)>をまったくクリアできていません。

 

経済学の文献の99%は、ルーカス批判と市場均衡モデル(帰納法)が使えるという前提で書かれています。AIは、そのような前提で書かれた経済学の文献で学習しています。なので、AIに、ルーカス批判と市場均衡モデル(帰納法)が間違いであることを認めさせることは、容易ではありません。

 

上記の<経済学が「科学基準」を満たさない結果のリスク>の内容は、AIが確認したものです。

 

しかし、翌日になると、AIは、<経済学が「科学基準」を満たさない結果のリスク>を忘れて、ルーカス批判と市場均衡モデル(帰納法)が正しいと言い出します。

 

なお、経済学には、「 反証不能性(アドホックな仮説(後付け説明)の無限増殖)」があります。

 

ルーカス批判の疑問点をAIに聞くと、疑問点を解決するアドホックな仮説(後付け説明) が次々に紹介されます。これでは、議論が不可能になります。

 

市場均衡モデルは、帰納法であるため、どんなにパラメータを調整しても、推論の道路が曲がっている場合には、未来を予測することはできません。ルーカス批判は、この帰納法の罠にかかっています。

 

因果推論の科学のパールは、経済学モデルの問題点を整理しています。その論文は、和訳されていませんが、AIに「パールの経済モデル批判」を聞けば、日本語の説明を受けることができます。

 

ソロス氏のモデルや行動経済学のように、市場均衡モデルを使わない経済モデルもありますが、異端扱いになっています。