8)探究の学習と正解のない問い
探究の学習(探究の論理)は、パースの同僚でもあったデューイによって提唱されました。
探究の論理とは、パースの三段モデルを指します。
認知科学によると認知負荷には、次の大小関係があります。
照合の推論は、1分以内でできます。
帰納の推論は、1時間以内でできます。
アブダクションは、専門知識があり、十分なトレーニングをうけていない場合には、少なくとも、数日かかります。
アメリカのカリキュラムでは、本格的なアブダクション(パースの三段モデル)は、大学院のカリキュラムになっています。
日本では、戦後のGHQの占領下から始まって、探究の学習をカリキュラムに取り入れる試みが数回なされ、全て、失敗に終わっています。
これは、認知負荷を無視したカリキュラムは実現不可能なので、当然の結果です。
アブダクションの教育は、論理的な文章の書き方、帰納の二段モデルをクリアした後でなければ、不可能です。
探究の学習は、こうした認知ステップを無視しているので、その実態は、ぼぼ100%照合の二段モデル(照合→演繹)になっています。
照合の二段モデル(照合→演繹)を簡単に言えば、前例主義、権威主義です。解答がどこかにあると考えて、解答をコピーする推論です。
制限時間のあるペーパーテストで、評価できる推論は、照合の二段モデル(照合→演繹)になります。ペーパーテストで選抜された官僚は、照合の二段モデルの達人です。
制限時間のある有識者会議で使える推論は、照合の二段モデル(照合→演繹)になります。
照合の二段モデル(照合→演繹)の典型は前例主義です。
こうして、海外で流行している探究の学習(探究の論理、前例)が、照合の二段モデル(照合→演繹)で導入されています。
アブダクションが理解できた読者には、「正解のない問い」とは、帰納の二段モデルが使えない世界、あるいは、さらに単純化した照合の二段モデル(照合→演繹)が使えない世界をさしていることが理解できると思います。
デューイが探究の論理の必要性を主張した根拠は、帰納の二段モデルが使えない世界があるという事実に基づきます。
Copilotに、<教育カリキュラムのコンテキストで、「正解のない問い」とはどういう意味ですか>と聞くと、次の表が得られます。
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従来の問い |
正解のない問い |
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正しい答えを再現する |
自分の答えを構築する |
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教師が答えを持っている |
学習者が答えをつくる |
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手順を覚える |
前提・根拠・価値観を扱う |
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知識の定着 |
思考のプロセスの可視化 |
これは、現在の教育界で理解されている探究の論理の内容です。ここには、パースの三段モデルの視点はありません。
ここには、帰納の二段モデルが使えない世界はありません。
9)大前研一氏の理解
大前研一氏は、「正解のない問い」を「答えがない時代」の教育と読んで次のように分析しています。(筆者要約)
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日本の教育というのは、明治維新から戦後にかけては欧米に答えがあり、それに追いつき追い越せということでやってきました。答えのある世界で、早くその答えを覚えて、消化して、実行していくという教育です。その方向性の中で、工業化社会や大量生産・大量消費を前提としながら、比較的グレードの高い人たちを大量につくっていくという教育制度でした。
ところが、21世紀になると、まるで違う状況が生まれました。欧米にも答えがないのです。誰も答えを持っていません。そういう状況に置かれて、いったいどうすればいいのかということになりました。
こういう問題に対して、実は文科省自体が答えを見いだすことができていないのです。
メーカーにしろサービス業にしろ、一般の企業ではどんなものを売ろうかとなった時に、まず商品のコンセプトを考えて、それをどうやってつくっていくか、ということを検討します。
21世紀の教育というのは、見えないものを見る力、0から1を生む構想力──こういったものを育んでいくようなものでなければなりません。
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文科省教育の限界 「答えがない時代」の教育のあり方とは 2022/05/18 Newsポストセブン
https://www.news-postseven.com/archives/20220518_1753636.html?DETAIL
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ここで、「欧米に答えがあり、早くその答えを覚えて、消化して、実行していくという教育」とは、照合の二段モデル(照合→演繹)をさしています。
一方、次の部分は、明らかにアブダクションに対応しています。
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メーカーにしろサービス業にしろ、一般の企業ではどんなものを売ろうかとなった時に、まず商品のコンセプトを考えて、それをどうやってつくっていくか、ということを検討します。
21世紀の教育というのは、見えないものを見る力、0から1を生む構想力──こういったものを育んでいくようなものでなければなりません。
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ただし、大前研一氏は、アブダクションという単語を使っていません。
アブダクションは、日本では、ほとんど理解されていないことがわかります。
10)Point of no return
アブダクションは、空をつかむような話におもわれるかも知れないので、補足しておきます。
「失敗の本質」を照合の二段モデル(前例主義)で読む方法が、ケースタディです。
一方、「失敗の本質」を自分が司令官であったとしたら、何が出来たかという視点(アブダクション)で読む方法がケースメソッドです。ミッドウェー海戦であれば、海戦が始まる前に、海戦の結果は未知であるとして、自分が司令官であったとしたら、どのような作戦を立てられたかを考えます。よりよい代替案(反事実)があったかを検討します。
この状況は、将棋や囲碁に似ています。
将棋や囲碁では、次の相手の手はわかりません。しかし、相手が最も成果をあげる手を狙ってくると考えれば、可能性のある手は限られてきます。
ですから、アブダクションを使えば、無限に多くのパターンを想定することにはなりません。
読者がミッドウェー海戦の司令官であったというケースメソッドをつかった場合、アメリカ軍の攻撃パターンは、限定されています。アメリカ軍の司令官が合理的な判断をすれば、打てる作戦は絞られます。
将棋には、投了があります。
投了とは、この先、どの手を打っても勝ち目がないとわかった時点をさします。
投了は、戦略では、Point of no returnと呼ばれます。
Point of no returnは、全ての代替案(反事実)を使っても、海戦にかてない場合に相当します。
ケースメソッドが有効な範囲は、状況がPoint of no returnに達していない場合になります。
状況がPoint of no returnを越えている場合には、アブダクションは無効です。
状況がPoint of no returnを越えている場合は、Game overといえます。
日銀は、2025年12月に、政策金利を0.5%から0.75%へと利上げしました。
2026年1月13日に、10年国債利回りは、2.160%まで上昇しました。
長期金利(10年国債利回り)が、2%をこえると、借入が多く、利益率が低い中小企業が倒産する確率が高くなります。
一方、円安をとめて、物価を安定させるためには、利上げが必要です。
日銀は、日本経済のエンジンの馬力を無視した経済モデルで、インフレが続けば、実質賃金があがることを期待しているか、期待しているふりをしています。
しかし、エンジンの馬力を無視した経済モデルは間違っているので、実質賃金があがることはないと思われます。
つまり、日銀の金利政策は、Point of no returnを越えて、既に、Game overが決定していると考えることができます。