限界国家日本(15)推論エンジン(3)

5)アブダクション

 

推論エンジンを理解する上で、最大のハードルは、アブダクションの理解です。

 

アブダクションの説明がうまく出来るか、チャレンジしてみます。

 

最初に注意しておくことがあります。

 

アブダクション」という知らない単語がでてきたので、辞書を引いて単語の定義を調べる人もいると思います。

 

この方法では、アブダクションの理解に100%失敗します。

 

定義は、単純化です。単純化のプロセスで、アブダクションの理解に必要な情報がドロップアウトしてしまいます。

 

アブダクションを理解するためには、アブダクションが使われるプロセスを理解する必要があります。

 

6)パースの三段モデル

 

人間の脳は、連続分布、連続的な時間変化を理解できません。

 

最初から厳密さを追及すると脳が、拒否反応を示します。

 

脳に理解させる有効な方法は、厳密さを犠牲にした単純な例を使って、まずは、脳に納得してもらうことです。厳密さは、ここをクリアした後で、追加する二段戦略が効果的です。

 

時間を現在を中心にして、過去と未来に分けます。過去と未来の因果モデルが一致する場合と一致しない場合があります。一致する場合は定常過程、一致しない場合は非定常過程と区別できます。

 

この表現は、抽象的すぎて分かりにくい(脳は納得できない)です。

 

そこで、推論の道路の比喩で説明します。

 

読者は、現在という道路の地点にいます。そこから、過去の方角と未来の方角に道路がつながっています。ただし、過去の方角の道路は見ること(既存データを見る)ことができますが、未来の方角の道路は見ること出来ません(まだ、データがありません)。

 

 

 

 

図1 推論の道路

 

読者は、この道路で自動車を運転しています。「過去の方角の道路を見ること(既存データを見る)ことができる」は、「バックミラーに映っている風景を確認できる」ことに対応しています。

 

自動車の前方の風景は、未来にあるので、よく見えません。自動車の前方の風景は、霧の中にあって、よくみえないイメージです。

 

自動車が前に進む(時間がたつ)と未来の風景のデータは順次取得できます。この方法は、前向き研究と呼ばれます。これに対して、バックミラーに映っている風景を見る研究手法は、後ろ向き研究と呼ばれます。

 

自動車を前に進める場合を考えます。

 

図1の赤線は、過去の道路に帰納をつかって、近似して作った線です。

 

過去の道路の赤い点線の延長線(外挿)に未来の道路があるという推論は、帰納の二段モデル(帰納→演繹)になります。

 

未来に向けて、後ろ向き研究のデータにもとづく帰納の二段モデルを使うことは、バックミラーをみながら直進することに相当します。

 

帰納の二段モデルは、未来に向う道路が曲がっている場合には使えません。道路が真すぐな場合(過去の道路のラインの外挿に未来の道路がある場合)であれば、バックミラーに映っている風景を見ながら、真すぐ前に進んでも(帰納の二段モデルをつかっても)、崖から墜落することはありません。

 

しかし、道路が曲がっていると、崖から墜落してしまいます。

 

道路が曲がっている可能性があるとき、崖から墜落しないためには、どのような推論をすべきでしょうか。

 

哲学者のパースは、130年前に、道路が曲がっていると、帰納の二段推論では、崖から墜落してしまうこと(帰納の二段モデルの罠)に気が付きました。

 

パ―スの崖から墜落しない推論(パースの三段モデル)を説明します。

 

崖から墜落しない推論は、常識的なものです。

 

最初のポイントは、バックミラーを見ないで、前を見ることです。

 

これは前向き研究に相当します。

 

過去のデータではなく、リアルタイムで、前を見なければなりません。

 

前方には霧がかかっているので、見通しが非常に悪いですが、それでも、バックミラーを見てはいけません。

 

最初に、赤い線にそって、ハンドルを固定します。

 

これは、帰納にしたがって、ハンドルを固定して、前に進めば道路が見えて来るはず(演繹)という推論です。ここまでは、帰納の二段モデルを使っています。

 

前方に見えてきたデータが道路ではなく、ガードレールであった場合には、そのまま進めば墜落します。

 

つまり、前方には、道路が見えるはずでしたが、想定外のガードレールが見えました。

パースは、「想定外のガードレール」を「驚くべき事実」と呼びます。

 

「驚くべき事実」が見つかったことは、帰納の二段モデルの使用を中止しなければならないことを意味します。

 

そこで、「過去の道路の赤い点線の延長線(外挿)に未来の道路があるという推論(仮説)」を捨てる必要があります。

 

過去の経験は役に立たないことがわかったので、破棄する必要があります。

 

この先の道路は、この向きにあるはずという仮説を作成する推論は、アブダクションと呼ばれます。

 

ここでのポイントは、バックミラーの風景は参考にならないという点にあります。前方は霧の中にありますが、鳥の鳴き声や、前方の自動車のエンジン音など参考になるデータがあれば、使います。

 

アブダクションの結果にしたがって、ハンドルを右に30度切ったとします。この30度が正しい方向であれば、前に進めば道路が見えて来るはず(演繹)です。実際に進むと、データが得られます。このデータと見えて来るはずの道路が一致していれば(帰納)、仮説(ハンドルの角度)は正しいと言えます。

 

前方に見えてきたデータが道路ではなく、ガードレールであった場合には、そのまま進めば墜落します。

 

つまり、前方には、道路が見えるはずでしたが、想定外のガードレール(驚くべき事実)が見えました。

 

この場合には、アブダクションにもどって、仮説(ハンドルの角度)を修正します。

 

つまり、1サイクルは、(アブダクション→演繹→帰納)になり、このサイクルを繰り返して、前に進みます。繰り返しをn回行った場合、パースの三段モデルは、次になります。

 

パースの三段モデル(アブダクション→演繹→帰納)^n

 

一般には、nを省略して、次のように書きます。

 

パースの三段モデル(アブダクション→演繹→帰納

 

パースの三段モデルとは、霧深い道路を恐る恐る、注意して前向き研究でデータをとりながら、カメのように前に進むイメージになります。アブダクションとは、この先の道路がどちらを向いているかという仮説を作成するプロセスになります。

 

アブダクションのイメージが少しは理解できたでしょうか。

 

アブダクションは、非常に非効率です。これは、認知科学でいえば、認知負荷が大きいことに対応します。つまり、アブダクションをするには、帰納の二段モデルを封印することが必要条件になります。しかし、十分条件を満たすハードルは、更に、高いです。

 

アブダクションの定義には、アブダクションは、帰納、演繹に続く第3の推論であると書かれているモノが多いです。しかし、この説明では、アブダクションの理解は不可能です。そもそも説明を書いている人が、アブダクションを正しく理解していない可能性が高いです。

 

7)崖から墜落しない方法

 

最後に、一番重要な点を繰り返します。

 

バックミラーを見て運転する帰納の二段推論は、ガードレールが見えません。

 

前方をみていないので、ガードレール(驚くべき事実)が見えません。

 

つまり、自動車の運転に失敗したことは、崖から墜落して初めてわかります。

 

アベノミクスの金融緩和であれば、1年経ってのインフレにならないことは、前方に道路がなかったこと、つまり、前方にガードレール(驚くべき事実)があったことに相当します。

 

日銀が前方を見ている(パースの三段推論を使っている)場合には、1年後の予想インフレ率は、2%です。1年後に、インフレ率が2%になっていない場合には、仮説を修正しますといっているはずです。

 

しかし、日銀(経済学者)は、前むき研究をせずに、バックミラーをみながら、運転しています。なので、日銀は、前方にガードレール(驚くべき事実)があったと理解することはありません。

 

こうして、日銀が、帰納の二段モデルの罠にはまった結果、日本経済という自動車は、崖から墜落しています。