ルーカス批判と「因果推論の科学」(11)

14-2)不完全情報

 

これは、ルーカス批判にも関係しますが、不完全情報下での科学の推論方法の検討には、困難が伴います。

 

なぜなら、得られていない情報について、推論することはできないからです。

 

この得られていない情報は、2つに分かれます。

 

第1は、まったく、取り掛かるヒントのない場合です。この場合は、推論は不可能です。

 

第2は、ジグソーパズルの欠けたピースのように、情報はないが、情報のメタ情報(ここでは、ピースの形)がある場合です。この場合には、欠けたピースを探すように、部分的な推論は可能です。

 

とはいえ、第2は、例外なので、基本的には、得られていない情報について、推論することはできないといえます。

 

これは、科学的な研究方法の基準をどこに求めるかという問題につながります。

 

パールは、因果推論の科学の中で、因果推論の科学のモデルは、人類が知識を獲得した進化のプロセスにおくと明言しています。

 

これは、パースがプラグマティズムを作る時に、進化学を科学のモデルとして採用したケースに対応しています。

 

コンピュータサイエンスでは、パールのように進化のプロセスをモデルにする場合と、ニューラルネットワークのように、脳の認知構造や脳のプロセスをモデルにする場合があります。どちらも、人類の知識の習得プロセスをモデルにしている点で共通しています。

 

ルーカス批判は、その時代の常識の間違いを指摘しています。

 

この部分の解釈に伴うズレは、あまり大きくはありません。

 

次のステップとして、「その時代の常識の間違い」がわかったら、次にどうするかという問いが生じます。

 

これは、その時代の常識の間違いのある経済学をやめたとして、次には、どの方向に進むべきかという問いになります。

 

この部分については、ルーカス批判は、ほとんど何もいっていないという解釈と、強く方向性を示しているという解釈があります。

 

この解釈の違いは、不完全情報の取り扱いにあると考えられます。

 

ウィキペディアには次のような記述があります。

ルーカス批判の論文とその後の研究は、動的定量経済学の実施方法に関する積極的な研究プログラムにつながった。

 

この表現は、「動的定量経済学の実施方法に関する積極的な研究プログラム」が出現した後(ルーカス批判から10年以上経過)でしか書けません。

 

ルーカス批判の時点では、「動的定量経済学の実施方法に関する積極的な研究プログラム」は、まだ世の中に存在しませんので、ルーカス批判には、このプログラムは書かれていません。これは、「動的定量経済学の実施方法に関する積極的な研究プログラム」の情報ではなく、不完全情報があったと言えます。

 

この表現は、完全情報を前提としたホィッグ史観になっています。

 

不完全情報を前提とした場合、ルーカス批判に、次にどうするかという問いに対する答えが書かれているか、否かはあまり検討する余地がありません。

 

むしろ、ルーカスは、どのようなメンタルモデルで、次にどうするかという問いに対する答えを書いたかという点に注目すべきであると考えます。

 

不完全情報のメンタルモデルのもうひとつの重要な特徴は、情報が追加されれば、パラメータを更新するというアイデアです。

 

これは、数的言語では、ベイズ更新になります。

 

古生物学で、新しい化石が発見されれば、それにあうように、理論を更新します。

 

古生物学では、ベイズ更新という数的言語を使いませんが、アイデア(メンタルモデル)

は、共通です。

 

これは、間違いがないのが科学であるというメンタルモデルとは対立するメンタルモデルになります。

 

ルーカス批判がでてきた1970年代は、頻度統計学の時代です。

 

頻度主義は、完全情報を前提とします。

 

現在の情報が不完全であっても、情報を足していけば、完全情報に近づけると考えます。

そのメンタルモデルの典型が大数の法則です。

 

パールの因果推論の科学は、1つのイベントについての反事実を考えます。

 

これは、大数の法則が、無効になる世界で、ベイズ統計の世界に対応しています。

 

1970年代に、ベイズ統計学は、アイデアとしては、知られていましたが、計算ができないので、使いものにならないと考えられていました。

 

仮に、ルーカスも、「ベイズ統計学は、計算ができないので、使いものにならないと考えていた」のであれば、ルーカス批判は、間違っている可能性が高くなります。

 

経済学の均衡モデルは、頻度主義の世界観にあります。

 

頻度主義のモデル自体は、大数の法則によって正しいことが保証されます。

 

しかし、頻度主義のモデルは、個別のシングルイベントが分布のどこにあるかについては、何も言いません。

 

ここで、無茶をすれば、p-ハッキングになります。

 

頻度主義のモデル日本経済のモデルは、日本経済のようなイベントが、たくさんある場合になりたちます。ただし、実際の日本経済は、分布の中の1サンプルになります。このサンプルは平均値から離れている可能性があります。

 

大数の法則は、偏りのあるサイコロでも、1000個くらい集めれば、偏りの影響は無視できることを意味します。

 

しかし、日本経済は、1000個のサイコロのうちの1つです。このサイコロには偏りがあります。この偏りを問題にするのであれば、ベイズ統計を使う必要があります。

 

この場合には、均衡モデルは使えません。