ダリオ分布(1:9:60:30)(1)

1)バイナリーバイアス

 

人間の脳は、連続分布(スペクトラム)をイメージすることができません。

 

極端な場合には、勧善懲悪のような1と0、敵と味方をイメージしてしまいます。

 

カーネマンは、この脳の特性をバイナリーバイアスと呼びました。

 

これは、人間の脳が、確率を扱うことが苦手な理由でもあります。

 

バイナリーバイアスを避ける工夫で、有効な方法の1つは、離散化されたパレート分布をイメージする方法です。これは、連続分布(スペクトラム)を2:6:2、あるいは、3:4:3の比率で分けられる方法です。ポイントは、バイナリーバイアスを避ける点にあり、この比率の違いは重要ではありません。

 

たとえば、文部科学省は、探究の学習を推進しています。生活の中から、ヒントを見つけて学習する方法は、戦後、数回繰り返されて、全て失敗に終わっています。

 

これは、散化されたパレート分布をイメージすれば、理解できます。

 

教師が学校で授業をする場合、生徒は、3つのグループに分かれます。

 

第1は、授業をしなくとも、教科書等をよめば、自力で理解できる、あるいは、既に学習済みの生徒です。

 

第2は、授業によって内容が理解できる生徒です。

 

第3は、授業を聞いても内容が理解できない生徒です。

 

この3つのグループの比率はわかりませんが、2:6:2、あるいは、3:4:3の比率をイメージすれば、バイナリーバイアスを避けることができます。

 

文部科学省は履修主義ですが、履修主義とは、第1と第3のグループの無視になります。

 

つまり、ここには、典型的なバイナリーバイアスがあります。

 

探究の学習には、効果がありますが、この効果は、主に、第1のグループに対して起きます。

 

探究の学習は、第2と第3のグループでは、失敗しています。

 

これが、戦後、探究の学習タイプのカリキュラムが、何度も放棄された理由です。

 

探究の学習が成功するためには、完全情報に近いところから、探究を始める必要があります。

 

探究をスタートする時点での情報量が少ない場合には、探究が深まるのではなく、推論が発散してしまいます。推論が発散すれば、バクチのような収束しない推論になってしまいます。

 

これは、ジグソーパズルを考えれば、理解できます

 

パズルのピースが揃ってきて、足りないものが推定できるようになれば、探究は可能です。

 

しかし、その前にパズルを組み立てるプロセスは、類似色、パズルの縁のピースの証拠である直線形などの単純なマッチングになります。この推論は発散していて、ここには、探究はありません。

 

第2、第3のグループの生徒が、探究の学習をしても、可能な推論はこのレベルにとどまり、探究が深まることはあり得ません。これは、認知科学の初歩的な理解になります。

 

履修主義は、第1と第3のグループを無視しています。

 

探究の学習は、第2と第3のグループを無視しています。

 

このコンビネーションが、最悪の結果を生み出すことは、ほぼ確実と考えられます。

 

欧米では、習得主義なので、習得レベルに合わせた探究の設定が可能になります。

 

つまり、これは、日本に固有の問題です。

 

この問題は、統計学では、交絡因子の無視になります。

 

2)生活賃金問題

 

アメリカの生活賃金以下の労働者は、25%います。

 

ニューヨーク市貧困率は、全米の2倍と言われるので、生活賃金以下の労働者比率は、50%近いと思われます。これが、マムダニ氏が市長に当選した理由と言われています。

 

日本の生活賃金以下の労働者は、45%います。

 

日本の状況は、ニューヨーク市に似ています。

 

年金問題を考える上で、パレート分布は重要です。

 

2:6:2の場合には、80%が、3:4:3の場合には、70%の労働者が、自分の年金は、自分で積み立てる条件が、持続可能な年金の原則になります。この積立は、年金だけでなく、税を通じた再半分を含みます。

 

簡単に言えば、払った以上に年金をもらえる人口比率は、20%から30%が限界です。

この数字が大きくなると、民主主義は崩壊します。

 

生活賃金以下の労働者は、年金を積み上げるどころか、現在の生活に必要な賃金をえていません。つまり、生活賃金以下の労働者比率が、50%をこえる場合には、自分の年金は、自分で積み立てる条件が成り立っている労働者の比率が、50%を切っていることになります。仮に、年金積立に賃金の25%が必要と考えれば、自分の年金は、自分で積み立てる条件が成り立っている労働者の比率は、30%前後になっていると推定されます。

 

この場合には、民主主義は崩壊していると言えます。

 

この数字には、異論があると思います。数字は、調査して、より正確な数字に置き換えるべきです。しかし、指摘したい点は、バイナリーバイアスを避けるための推論が重要であること、パレート分布は、その検討のスタートとしては、有効である点にあります。

 

さて、今回のテーマは、この検討のスタートとしてのパレート分布の有効性が崩壊して、新しいパラダイムを受け入れる必要があるというレイ・ダリオ氏の主張になります。

 

次回は、ダリオ氏の発言を考えます。