1)前提
千葉聡著<「科学的に正しい」の罠>(2025)の書評です。
最初に、千葉聡氏も明示していますが、「科学的に正しい」は、不適切な表現です。
これをより正確に書くと次になります。
<
「科学的に正しい」
ー>
「ある仮説は、科学的に正しい」
ー>
科学モジュール
「ある仮説には、科学のプロトコルを満たしたエビデンスがある」
かつ
倫理モジュール
「ある仮説は倫理的に正しい」
>
2)英国オックスフォード派と米国コロンビア派
倫理モジュールを考えます。
筆者の「科学の方法」の基準は、パールの「因果推論の科学」にあります。
これは、「因果推論の科学」が交絡因子を排除できる方法だからです。
この部分は、科学モジュールです。
千葉聡氏は、「第9章”科学的な正しさ”のための立場表明」で、千葉聡氏の価値観、動機、問題意識、立場、研究者として属するコミュニティ、およびそれらと本書の内容との関係を表明しています。
「倫理モジュール」と関係が深い部分はここになります。
しかし、「第9章」には、「科学モジュール」について驚くべき内容が書かれています。
パールの「因果推論の科学」は、「相関は因果ではない」が、それでは、「どうすれば因果関係を証明できるか」という動機で研究がされました。
このため、「因果推論の科学」では、ゴルトン、ピアソン、フィッシャーの理論の問題点が分析されています。
因果ダイアグラムの原型は、シューアル・ライトのパスダイアグラムです。パールは、この業績を20世紀生物学の金字塔であると評価しています。
千葉聡氏は、20世紀前半から生物学には、フィッシャー、フォードをルーツとする英国オックスフォード派(ケイン、ドーキンス、ハミルトン、メイナード=スミス、ブライアン・C/クラーク、アンガス・デビソン、千葉聡)と、ライトをルーツとする米国コロンビア派(モーガン、ドブジャンスキー、ルウォンテイン、グールド、駒井、木村)の2つの派閥があり、2グループの集団思考(あとで論じます)が形成されているといいます。
千葉聡氏は、フィッシャーをルーツとする英国オックスフォード派の集団思考をしてます。
パールは、生物学者ではないので、米国コロンビア派ではありませんが、ライトを因果推論モデルの先駆者として、評価しています。
<「科学的に正しい」の罠>の仮説の検証は、相関解析です。
交絡因子は出てきません。
因果推論の科学のメンタルモデルには、交絡因子があります。
交絡因子を無視した実験には、交絡因子が変動するので、再現性はありません。
再現性のない実験は、科学モジュールのレベルで、科学的な実験の条件を満たしていません。
つまり、英国オックスフォード学派か、米国コロンビア学派の対立構造が、相関解析か、因果推論かという、分析手法の違いを生んでいる場合には、その違いは、倫理モジュールでは説明ができず、科学モジュールの問題になります。
<「科学的に正しい」の罠>にのっている科学研究の例題が、相関解析に基づいている場合には、その実験の再現性はありません。
<「科学的に正しい」の罠>には、再現性がなかった研究成果の例がでてきますが、この再現性のなさは、因果推論の科学のメンタルモデルでみれば、最初から、予想された通りの結果になります。
さて、筆者は、「因果推論の科学」のメンタルモデルで、<「科学的に正しい」の罠>の書評を書こうと思ったのですが、スタートから大きく躓いてしまいました。
3)追記
英国オックスフォード学派と米国コロンビア学派の反事実モデルについて、ChatGTPに整理してもらいました。
パールは、ライトを引用していますので。コロンビア学派につながります。
Rubinは、オックスフォード学派のようです。
現実問題として、保全生態額に、因果推論が導入されたのは、2000年以降です。
つまり、20世紀の保全生態学の成果は、科学モジュールの必要条件を満たしていません。
この部分について、「科学的に正しい」を検討すれば、科学モジュールの段階で、検討不可能になります。なぜなら、交絡因子が排除されていないからです。
実験には、再現性はありません。
🔹【特徴比較表】
|
観点 |
オックスフォード学派(Fisher 系) |
コロンビア学派(Wright 系) |
|---|---|---|
|
代表者 |
R. A. Fisher |
Sewall Wright |
|
出発点 |
実験・統計・無作為化 |
構造方程式・因果経路 |
|
核心概念 |
実験計画法、p値、分散分析 |
パス解析、構造方程式モデル |
|
因果の捉え方 |
統計的差異(処理効果) |
構造的依存関係(因果ネットワーク) |
|
分析単位 |
実験・介入単位 |
システム・ネットワーク単位 |
|
現代的継承 |
Rubinの潜在アウトカムモデル |
Pearlの構造的因果モデル |
|
BACIデザイン、マッチング、RCT的評価 |
SEM、反事実推論、因果グラフ分析 |
|
時代 |
方法論の特徴 |
理論的背景 |
代表的研究 |
|---|---|---|---|
|
1980年代以前 |
記述的・相関的研究(現状把握) |
Fisher系統計学 |
MacArthur & Wilson (1967), May (1973) |
|
1990年代 |
実験的・準実験的デザイン導入 |
Fisher系因果思考(BACI) |
Stewart-Oaten et al. (1986) |
|
2000年代 |
反事実推論の導入(保護区効果など) |
Rubin系潜在アウトカム |
Andam et al. (PNAS, 2008) |
|
2010年代 |
統合的因果推論(政策・社会要因含む) |
Wright–Pearl系構造因果モデル |
Ferraro & Hanauer (2014), Baylis et al. (2016) |
|
統合社会–生態系因果モデル |
統計的+構造的+動的モデル融合 |
IPBES, ESG-integrated evaluation, causal Bayesian networks |
🔹【概念構造のまとめ図】
統計的因果(Fisher/Rubin)
│
├──→ 実験・準実験・比較
│ (保護区効果、政策評価)
│
↓
構造的因果(Wright/Pearl)
│
├──→ パス解析・SEM
│ (生態系機能、媒介効果、複雑ネットワーク)
│
↓
├── 統計的手法(matching, DID)
├── 構造的手法(SEM, DAGs)
└── 統合的システムモデル(社会–生態系統合)
🔹【要約】
|
観点 |
内容 |
|---|---|
|
理論的ルーツ |
Fisher系(実験的因果)+ Wright系(構造的因果) |
|
統合点 |
Rubin(潜在アウトカム)+ Pearl(構造的因果モデル) |
|
反事実的介入評価・媒介効果の可視化・社会‐生態系統合 |
|
|
現代的方向性 |
統計的因果推論と構造的因果推論の融合による「エビデンスに基づく保全(Evidence-based Conservation)」の確立 |
ーーーーーーーーーー