4-2)レントシーキングモデルの説明
河野龍太郎氏:
BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミストの河野龍太郎氏の推論は、経済モデル信仰に基づいていません。どちらかというと、「新時代の『日本的経営』」問題を扱っています。(筆者要約)トッド氏のモデルに近い理解です。
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現在のアメリカでは、まるでロシアのプーチン政権を支える「オリガルヒ(寡頭支配者)」のように「ITオリガルヒ」や「金融オリガルヒ」が形成される雰囲気です。
イノベーションが進んだとしても、社会制度が一部の階層にしか富をもたらさない偏った構造なので、一国全体の繁栄にはつながりません。
日本では、メインバンク制が崩壊した後も、企業は長期雇用制度を何とか維持しようとしました。メインバンクに依存しなくても経営が成り立つように、大企業は自らの自己資本を積み増すために2つの手段をとりました。一つは、正社員のベースアップを事実上凍結する「実質ゼロベア」です。もう一つは、セーフティネットのない非正規雇用の比率を高めることでした。
その結果、過去四半世紀にわたって、時間当たりの生産性が上昇しても、正社員の実質賃金はほとんど上がらず、抑え込まれ続けてきました。
「正社員として働く人の長期雇用を守った」という点で、アメリカとは異なり、アメリカほどごく一部の階級が守られたわけではないけれども、「一部の階層だけ守られた」という意味では同じです。
非正規雇用者の賃金は労働需給によって多少変動するものの、もともとの水準が非常に低く、経験を積んでも賃金がほとんど上がらない構造になっています。
こうした状況の中で、マクロ経済全体を見渡すと、企業が生み出した「超過リターン(レント)」、つまり、株主のリスクに見合う報酬を超える利益は、労働者にはいっさい分配されず、もっぱら株主のもとへと流れていく構造になってしまいました。
アメリカは、ヨーロッパに比べると、「超過リターン(レント)」の配分は株主に偏りがちですが、それでも日本とは異なり、その一部は労働者にも還元されているので、実質賃金も上がっているわけです。この点だけを見れば、アメリカのほうが日本より労働者への分配が進んでいます。
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賃⾦が上がらない⽇本と格差が広がるアメリカ、どちらが根深い問題なのか
2025/08/29 MINKABU
https://news.yahoo.co.jp/articles/b7f9808c9ccb4cc9b72741cc4670f71a2dc99d0f
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河野氏は、<マクロ経済全体を見渡すと、企業が生み出した「超過リターン(レント)」、つまり、株主のリスクに見合う報酬を超える利益は、労働者にはいっさい分配されず、もっぱら株主のもとへと流れていく構造になってしまった>といいます。
これは、「超過リターン(レント)」の配分、つまり、レントシーキング経済の問題です。
この配分は、市場原理には依存せずに、レントシーキングによっています。
河野氏は、NHKと滝澤教授とは異なり、大きな問題は、経済モデル信仰では解決しないといいます。
この主張は、高山武士氏の「利益を人件費にしっかり還元していくことが持続的な賃上げには必要だと思います」に対応しています。
日本で、レントシーキング経済が発達した原因は、労働市場がないからです。労働市場があれば、転職が可能なので、アメリカのように、<「超過リターン(レント)」の一部は労働者にも還元され、実質賃金も上がり」ます。
労働市場がない日本では、転職は不可能なので、<「超過リターン(レント)」は、労働者にはいっさい分配されず、もっぱら株主のもとへと流れていく構造>になります。
この世界は、「新時代の『日本的経営』」という法度体制の設計図にしたがってつくられています。つまり、経団連(旧日経連)のメンタルモデルは、市場経済ではなく、レントシーキング経済に基づいています。
経団連は、「新時代の『日本的経営』」によって、レントシーキング経済を固定化しました。
資本主義の基本は、市場原理にあるので、これは、奇妙なことです。
細かな点を無視すれば、給与(賃金)が上がらない原因は、経済モデル信仰で考える手法と、レントシーキング経済で考える手法があります。
日本には、労働市場がないので、経済モデル信仰で考える方法には無理があります。
一方、レントシーキング経済で考える場合には、データ表現と取得されたデータが圧倒的に不足しています。
これは、経済学者が、経済モデル信仰のメンタルモデルから抜け出せなかったことが原因です。
レントシーキング経済モデルで問題となるような経済データは圧倒的に少ないです。
特に、裏金議員問題にみられるように、レントシーキング経済は、データを守秘することで、なりたっている側面があります。これが、データ不足を加速しています。
レントシーキング経済は、法の元の平等(法の支配)に反しますが、政治家の多くは政治は、レントシーキングであると考えています。
裏金議員は、法治主義(現在の法の順守)をすれば、法の支配(人権と新憲法のもとの平等)を無視して、レントシーキングをしてもよい、あるいは、政治とは、レントシーキングなので、レントシーキングすべきであると考えます。
これが、裏金議員が、政治資金規正補法で事実上の脱税(法の支配の無視)ができると考える理由です。
有権者は、レントシーキング経済では、生産量に変更はなく、配分が変わるだけなので、GDPが増えないことを理解すべきです。
GDPは増えずに、レントの配分が、レントシーキングできまります。
レントシーキングは、庶民から、政府と企業のエリート階層への所得移転になるので、庶民の給与は減り続けます。
政府は、春闘に介入すれば、給与があがるといいます。市場経済ではなく、レントシーキング経済のメンタルモデルがなければ、このような発想はできません。
この政策の結果、インフレになります。レントシーキング経済下のインフレでは、生産量は変化しないので、実質のGDPが増えず、レントの配分構造が変わります。
インフレは、家計から、政府への所得移転を生じます。その結果、大企業の社員は、賃上げで目減りを押さえることが出来ますが、中小企業の社員は貧しくなります。
中小企業は、インフレによる価格上昇を転嫁できないと言われますが、この「転嫁」という用語は、市場経済の用語ではなく、レントシーキング経済の用語です。つまり、ここでは、経済モデル信仰では問題解決ができません。
裏金議員を中心とするレントシーキング政治家を追放しない限り、庶民の給与は増えません。
与党が、ガソリン税の減税の穴を埋める新税を検討している理由は、レントシーキング構造がなくなると、政党が崩壊するためです。
4-3)補足
レントシーキング経済は、日本国内で通用しません。
日本の企業の海外での活動は、基本は、市場原理によります。
資本主義ではない中国の市場原理は怪しいですが、ともかく、FDIを受け入れている国は、市場原理を想定した経済活動をしています。
日本のFDIランキングは北朝鮮以下です。
これは、日本経済が、レントシーキング経済であることを示唆しています。
このことから、日本企業の経営は、国内におけるレントシーキング経済下の1階部分の経営(年功型雇用)と、海外における市場経済下の2階部分(ジョブ型雇用)の経営になっていると理解することができます。
これに、日本国内における外資系企業の市場経済下の3階部分(ジョブ型雇用)の経営が加わり、全体では3階建てになっているように思われます。
レントシーキング経済下では経済成長はありません。また、技術開発より、補助金獲得の方が、簡単に利益があがるので、オランダ病が発生します。
こう考えると、日本経済の成長は、2階部分と3階部分だけで発生していると予測できます。
この仮説の検証について、Copilotに聞いたところ、分離可能なデータがないので、何らかの仮定を設定して計算する必要があり、かなり煩雑な計算になるそうです。類似のレポートとして次を紹介してくれました。
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第一生命経済研究所「小さくなるニッポン」2023/10/20 熊野 英生
https://www.dlri.co.jp/report/macro/285416.html
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要旨
IMF(国際通貨基金)の2023年10月の予測データでは、日本が経済規模を縮小させている。主因は円安傾向が続くことだ。2019~2023年の期間では、米国、EU、インド、中国などが軒並み経済規模を膨らませ、日本だけが極端に規模を縮小させている。日本と海外の成長格差がこれだけ大きいと、日本企業の投資資金は日本から海外へと逃げていく。
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この記事は、円ドルレートが(2023年1月~10月19日までの平均値139.0円)の時に書かれています。
一部を引用します。
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筆者を含めて多くの人が、この円安は一時的なものではなく、趨勢的な日本経済の変化を反映していると考えている。筆者は、日本の政策運営が金融政策・財政政策がともに通貨価値を下落させる方向に動いているから、趨勢的円安の見方になる。例えば、経済学の知識を使い、仮にインフレ下で給付金支給や減税を繰り返せば、円安を加速させるということになるだろう。それは物価対策の趣旨とも矛盾する。
米国は、2019年→2023年の名目GDPが1.26倍になった。この期間に中国は1.23倍、インドは1.32倍、EUは1.17倍になっている。日本は▲17.3%だから例外的に小さくなっていることがわかる
外に逃げていく企業の投資資金
では、こうした結果が何をもたらすのだろうか。様々な解釈ができると思うが、筆者は日本企業の投資行動を変化させていることに注目する。前向きに言えば、企業が海外で稼ぐ姿勢を強めるということだ。大企業・中堅企業は利益を増やすために、投下する資本を国内・海外に振り分けているが、その資金を国内から海外にシフトさせている。海外向けの投融資の増加である。例えば、持ち株会社であった場合は、海外事業を拡充する志向を強めて、逆に国内事業は相対的に縮小させていく。より収益が見込める地域、例えば米国、欧州、インド、中国などを重視して投融資を増やしていく。財務省「国際収支統計」の直接投資収益の内訳を調べると、全体的に増加していて、国別には米国と欧州の収益がここにきて増えている。そうした地域に投資をシフトさせることが、合理的に考える企業にとって、株主に支払う分配資金を増やすことになる。
経済政策では、しばしば労働分配を増やせという議論になるが、資本の論理は必ずしもそうならない。コロナ禍を含む4年間のデータ(含む予測値)をみる限りは、より収益が上がる海外に資金が向かうようになっているのが実情だ。
財務省「法人企業統計」で労働分配率を調べると、ほぼ一貫して低下している。つまり、資本分配率(=100%-労働分配率)は上昇しているということだ。困ったことに、資本分配された資金は必ずしも国内投資を増やしてはいない。企業のキャッシュフローに占める国内設備投資は趨勢的に低下している。資金が国内設備投資には回っていない分は、海外投融資に回っていると考えられる。通貨が安くなり、かつ成長力が乏しいと、企業の投資資金はより成長する海外事業へとシフトしていくのである。長い目でみて、従来、円安に寛容だった政府の政策姿勢は、このように経済構造を弱体化させてきた。
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これは、時系列のデータでトレンドを分析しているのであって、成分分離ではありません。
しかし、1階部分と2階部分の考察は筆者の仮説と一致しています。
熊野英生氏は、エコノミストなので、原因を「円安に寛容だった政府の政策姿勢」にあると考えています。
筆者の考えは、トッド氏に準じていて、原因は、エンジニアの人数と雇用体系(トッド氏のいう家族制度)にあると考えます。
つまり、筆者は、政府が、円安政策をやめても、もとには戻らないと考えます。
別の見方をすれば、これは、オランダ病の後遺症と考えることもできます。