トッド氏の正義論(16)

1)実質国内生産(RDP)

 

トッド氏は、「西洋の敗北」(p.295)で、実質国内生産(RDP)の概念を提唱しています。

 

これは、真の富の生産には、つながらない経済活動を、GDPから取り除く提案です。

 

しかし、この表現では、経済学者の支持を得ることは難しいと思います。

 

そこで、ここでは、レントシーキングの概念をつかって、RDPを経済学の言葉で表現するこころみをしてみます。

 

それは、レントシーキングの概念に、真の富の生産には、つながらない経済活動という意味が含まれるためです。

 

2)日本のRDP

 

失われた30年の間、日本経済はほとんど成長しませんでした。

 

レントシーキングの概念をつかうと、経済成長は、次のパターンに分けられます。

 

PT1:「レントシーキング経済>>市場経済」=>経済成長はとても小さい

 

PT2:「市場経済>>レントシーキング経済」=>経済成長は大きい

 

政治資金の裏金問題は、レントシーキング経済です。

 

オリンピックと大阪万博は、レントシーキング経済です。

 

なくならない官僚の天下りは、レントシーキング経済です。

 

これは、官僚のメンタルモデルが、日本経済はレントシーキング経済であると考えていることを示します。

 

弁護士の活動によって、国内の富の生産は増えません。衣食住の供給は増えません。

 

これは、弁護士の活動が中抜き経済になっていることを考えればわかります。

 

弁護士のメンタルモデルは、日本経済はレントシーキング経済であると考えているように見えます。

 

消費税を減税しないで、税金を交付金としてキャッシュバックするのは、レントシーキング経済です。

 

東京都は、高齢者と貧困世帯のエアコン購入に8万円の支援をしますが、これは、レントシーキング経済です。

 

そもそも政治家のメンタルモデルは、政治とは、レントシーキング経済の実現であると考えているように見えます。

 

アニメやエンターテインメントは、輸出できれば、外貨を稼げます。この外貨があれば、石油などを輸入できます。

 

一方、アニメやエンターテインメントが、国内で収益をあげても、石油などの量は増えません。

 

ヒットした歌手や俳優が高い収入を得られる理由は、所得が、中抜き経済になっているためです。

 

トッド氏は、政治経済学は、消費だけに注目して、生産を無視しているといいます。

 

トッド氏の生産とは、物質的な生産をする工業、建設業、交通、炭鉱、農業を指します。

 

これ以外の分野は、輸出して外貨をかせぐことができれば、物質的な生産物と交換可能です。しかし、販売が国内にとどまっている限り、物質的な生産物を増やす効果はありません。つまり、衣食住の改善にはつながりません。

 

日本の場合、バブル崩壊があり、その後、100兆円ともいわれる公的資金が、企業につぎ込まれました。この時期の経済は、レントシーキング経済になります。

 

レントシーキング経済は、市場経済活動を阻害するので、経済成長が停滞します。

 

つまり、政府は、レントシーキング経済によって、経済成長を犠牲にしてきたと考えられます。

 

安倍政権以降、政府が春闘に介入するようになりました。これは、政府が経済は市場原理ではなく、レントシーキングで回っているというメンタルモデルをもっていることをしめしています。

 

さて、レントシーキング経済では、レントの源である財源は多い方がよいことになります。

 

したがって、増税国債の発行が繰り返されます。税収の割り当ては、レントによって、付け替えられます。国債が積みあがると、貨幣価値がさがります。その結果円安になります。

 

この状態を示す数字は、円の実効レートになります。

 

円は基軸通貨ではないので、円の価値は、ドルで換算可能になります。

 

その結果、ドル建てでみれば、日本のGDPは30年間ほとんど増えていません。

 

これは、30年間のあいだ、市場経済より、レントシーキング経済が優勢であった可能性を示唆しています。

 

ドル建てでみれば、日本のGDPの変化は、円建ての日本のGDPより、RGPに近くなります。

 

3)アメリカのRDP

 

バブル崩壊がなかったので、アメリカのRGPの低下は日本より遅れたと思われます。

 

日本の場合、ドルが基軸通貨なので、通貨の目張りは、ドル換算で評価できます。

 

アメリカも国債の発行量が積みあがっているので、ドルの価値は減価しているはずです。しかし、評価の基準はありません。

 

表1では、アメリカのGDPを金で換算しています。

 

トッド氏は、工場が輸出され、アメリカ経済に実態がなくなった境界を、2001年の中国のWTO加盟に置いています。

 

表1では、金換算のアメリカのGDPは、2000年がピークで、それ以降は減少しています。

 

2010年のデータは、リーマンショックの影響があり、小さめに出ていると思われます。この点を考慮すれば、アメリカのGDPは、2000年をピークに単純に減少しているように見えます。

 

金の世界のストックはほぼ一定です。

 

つまり、表1は、世界のGDPに占めるアメリカのGDPの比率に比例する数字を示していると解釈することもできます。

 

簡単に言えば、工場移転により、アメリカのGDPは、中国のGDPに、流れ出したというイメージです。

 

トッド氏の真の富の生産とは、物質的な生産をする工業、建設業、交通、炭鉱、農業を指します。

 

つまり、トッド氏のモデルでは、工場の海外移転は、真の富の生産(RGP)の移転になります。工場には、真の富の生産(RGP)という属性値があるというイメージになります。

 

アメリカは、工場を(RGP)を海外に移転したので、RGPは小さくなります。

 

トッド氏は、その結果、アメリカは、武器を生産できなくなったと考えています。

 

貿易赤字の金額は、ドルの減価に対応しているはずです。

 

貿易赤字の金額をつかって、ドルの減価の計算もできそうです。



表1 金換算のアメリカのGDP

億オンス

1985

133.1

1990

155.4

1995

199.0

2000

367.4

2005

293.0

2010

122.4

2015

156.2

2020

121.1

2025

117.4

 

4)残された課題

 

ここでは、RGPをレントシーキング経済を使って、2つの成分に分解しました。

 

RGPに比べて、GDPが水増しされるプロセスは2つに分解できます。

 

ひとつ目は、市場経済ではなく、レントシーキング経済によって、資源配分が行われるメカニズムです。

 

2つ目は、レントシーキングを強化するために、国債の発行によって、貨幣価値が減価するメカニズムです。

 

トッド氏の分析が正しければ、財政規律がなりたたない原因は、レントシーキングにあります。

 

政治主導を経済学の言葉で表せば、「レントシーキング経済は、市場経済より優先する」というルールです。

 

2025年8月26日の日経新聞は、「生保4は、銀行出向廃止へーなれあいから脱却」というタイトルで、生保4社が、銀行への出向を廃止すると述べています。

 

「なれあい」という経済用語はありません。

 

この記事は、生保4社と銀行の間に、レントシーキング経済があったという事実を述べています。

英語版のウィキペディアの「レントシーキング」の一部を再度引用しておきます。

 

ただし、パールの表現が先のパラダイムによれば、以下のレントシーキング経済の理論は、あまり使えないはずです。

 

以下の理論は、市場均衡モデルを変形して検討していると思われます。つまり、レントシーキング経済を市場経済からの逸脱と仮定しています。

 

例えば、経済学者ゴードン・タロックによって提唱された、タロックのパラドックスは、市場均衡モデルの拡張で考えるので、パラドックスになります。市場均衡モデルで考えなければ、パラドックスではありません。

 

レントシーキング経済では、市場原理がはたらかないので、部分的に市場均衡が成り立つ(市場均衡モデルの変形による検討)という仮定には、無理があります。

 

一方、レントシーキング経済を実際に行っている人は、市場均衡モデルを考えていません。

 

生保4社の経営者は、生保4社から銀行への出向の経済価値の期待値を計算してはいません。

 

レントシーキングがなければ、出向はあり得ません。

 

ただし、この場合のレントは。「将来生保の経営が困難になったときに、優先的に銀行のサポートをうけられるという期待」である可能性もあります。法度体制を受け入れれば、助け合いがあるといったメンタルモデルになります。このメンタルモデルは、市場均衡のメンタルモデルではありません。

 

つまり、経済学者の頭の中のメンタルモデルと生保と銀行の経営者のメンタルモデルが一致していないはずです。

 

レントシーキング経済の理論をつくるためには、データが必要になります。

 

経済学者は、このデータの表現を考えることが出来ていません。

 

また、レントシーキング経済の理論のためにデータは、利権にかかわり、タブーになっていてデータは封印されています。

 

恐らく、所得可能なデータは、直接的なデータではなく、間接的なデータになるはずです。

 

タロックのパラドックス

 

タロックのパラドックスは、経済学者ゴードン・タロックによって説明された、レントシーキングのコストがレントシーキングによる利益に比べて低いという明らかなパラドックスである。

 

逆説的なのは、政治的便宜を求めるレントシーカーが、政治家を買収する際に、その恩恵がもたらす価値よりもはるかに低いコストで賄賂を贈ることができるという点である。例えば、特定の政治政策によって10億ドルの利益を得ようとするレントシーカーは、政治家に賄賂を贈るだけで済むかもしれない。これは、レントシーカーが得る利益の約1%にあたる。ルイジ・ジンガレスは、「なぜ政治にはこれほど資金が回らないのか?」という問いかけでこの問いを捉えている。政治賄賂や選挙資金に関する単純なモデルでは、政府補助金の受益者は、補助金自体から得られる利益の価値に近い金額を喜んで支出するはずであるが、実際にはそのほんの一部しか支出されていないからである。

 

タロックのパラドックスについてはいくつかの説明が提案されている: 

 

有権者は、多額の賄賂を受け取ったり、贅沢な暮らしをしたりする政治家を罰するかもしれません。そのため、政治家が利己的な政治家に多額の賄賂を要求することは難しくなります。

 

利権追求者に便宜を図ろうとするさまざまな政治家間の競争により、利権追求のコストが下がる可能性がある。

 

取引の本質的に不正な性質と、法的な救済手段とコンプライアンスを強制する評判上のインセンティブの両方が利用できないことによる、利潤追求者と政治家の間の信頼の欠如は、政治家が便宜のために要求できる価格を押し下げます。

 

利権追求者は、得られた利益の一部を使って、それを可能にする法律を制定した政治家に寄付をすることができます。

 

民主党政権の失敗の原因(これは、立憲民主党が引きついでいる体質)は、政治種等(レントシーキング経済)を振り回して、市場経済を否定した点にあります。

 

モラルハザード

 

理論的な観点から見ると、レントシーキングのモラルハザードは相当な規模になり得る。好ましい規制環境を「買う」方が、より効率的な生産体制を構築するよりも安価に見える場合、企業は前者を選択し、総富や福祉への貢献とは全く無関係な収入を得る可能性がある。その結果、資源配分が最適ではなくなり、研究開発、ビジネス慣行の改善、従業員研修、あるいは追加資本財 ではなく、ロビイストやカウンターロビイストに資金が費やされることになり、経済成長が鈍化する。したがって、企業がレントシーキングを行っているという主張は、政府の腐敗や特別利益団体 による不当な影響力の疑惑と結びつくことが多い。

 

経済効果

 

レントシーキングは経済成長にとって大きな損失となる可能性がある。レントシーキング活動が活発であればあるほど、そこから生じる自然かつ増大する収益によって、レントシーキングはより魅力的になる。したがって、組織は生産性よりもレントシーキングを重視する。この場合、レントシーキングのレベルは非常に高いが、生産性は非常に低い。[要出典]国家によるレントシーキングはイノベーションを容易に阻害するため、レントシーキングは経済成長を犠牲にして増大する可能性がある。結局のところ、イノベーションは経済成長を促進するため、公的レントシーキングは経済に最も大きな打撃を与える。

 

政府機関は、特別な経済的特権を得ることで利益を得る個人や企業に賄賂やその他の便宜を求めるなどしてレントシーキングを開始する可能性があり、消費者の搾取の可能性が生じます。官僚によるレントシーキングは公共財の生産コストを押し上げる可能性があることが示されています。また、税務当局によるレントシーキングは国庫の収入減少を引き起こす可能性があることも示されています。