1)エリート主義.VS.ポピュリズム
トッド氏の「西洋の敗北」(p.162)に、「エリート主義.VS.ポピュリズム(Elitism .vs .Populism)」という表現が出てきます。
2025年5月には、The University of Texas at Dallasmの政治学者のCurtis Bram氏が、「エリート主義.VS.ポピュリズム」という70ページの本をケンブリッジ大学から出版しています。
Curtis Bram,Elitism versus Populism.Experiments on the Dual Threat to American Democracy, Cambridge University Press: 19 May 2025
https://www.cambridge.org/core/books/elitism-versus-populism/7E1DB7FAEF0BC78B458800EA35073536
この本は、全文が公開されています。
サマリーは、以下です。
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ポピュリズム批判者やエリート民主主義擁護者は、一般大衆よりも政治エリートへの信頼を寄せがちである。しかし、この信頼は見当違いかもしれない。地方政治家、州議会議員、そして一般市民を対象とした5つの実験において、筆者は、機会があれば党の権力を固めようとする、党派を超えた利己的な多数派主義という、あらゆる集団に共通する意欲を発見した。この傾向は、確固たるイデオローグ、激戦区で立候補する政治家、そして対立候補を特に脅威とみなす政治家の間で最も顕著である。地方選出の公職者でさえ、政敵に対する禁止措置に反対するよりも、次期大統領選で党の勝利を確保することに重点を置いているように見える。これらの研究結果は、従来の大衆/エリート二分法に疑問を投げかけ、非民主的な態度にほとんど違いがないことを明らかにしている。民主主義を守るためには、こうした個人の態度から、多数派による権力乱用に対する制度的制約の強化へと焦点を移す必要があるだろう。
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トッド氏とBram氏の用語説明は、次になります。
エリート主義理論は、民主主義は、「政治エリートは、政治への関与によって、市民的自由と民主的権利へのコミットメントにおいて一般市民を凌駕する」という考え方に根拠があります。
エリート主義者が正しいとすれば、政治家は少数派の政治的権利を守ることで、人々の反民主主義的な衝動を抑制するだろう。
ポピュリズムは「純粋な民衆」と「腐敗したエリート」という2つの均質で対立するグループに社会を分ける世界観である。
ポピュリストは、民衆は純粋でエリートは腐敗していると考えます。
ポピュリストが正しいとすれば、人々は偽善的なエリートよりも道義に則り、民主主義の中核原則をよりよく守ることができます。
要点を図表1に整理します。

図表1の国際標準に近いと思われる「エリート主義とポピュリズム」という用語の使い方と、巷で流布している用語の使い方は違います。
注意すべき点は2つあります。
2)第1の留意点
第1に、エリート主義とポピュリズムは相反する仮説であり、検証が可能です。
与党の裏金問題、企業献金がなくならない問題、2万円の給付金というデータからは、エリート主義は破綻していて、ポピュリズム仮説が成立しているという結論が導き出されます。
ポピュリズムが間違っているというエリート主義者の主張には、根拠となるデータがありません。
エリート主義が破綻している場合には、代表制の民主主義が崩壊していることになります。
ここでの推論の方法で、代表制の民主主義が崩壊していてはまずいので、エリート主義が正しいという主張は、データに基づかない科学的に、間違った推論です。
トッド氏のような欧米の社会学者は、2000年頃に、ポストデモクラシーの時代に突入したと考えています。
つまり、民主主義を前提とした議論は、成り立ちません。
科学的にみれば、2つの仮説のうち、現実のデータを説明できるのは、ポピュリズム仮説になります。
加谷珪一氏は、次のようにいいます。
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政治は容易にポピュリズムに走ってしまうものであり、その意味では、ある種の知恵が必要となってくるかもしれない。
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参院選が日本経済にもたらす変化とは...人気取りで「非合理的な経済政策」の実現はあり得る?2025/07/31 Newsweek 加谷珪一
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「政治は容易にポピュリズムに走ってしまうものであり」は、過去のデータからは、ポピュリズム仮説が成立していることを指しています。
野口悠紀雄氏は、次のようにいいます。
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こうした政策論争の欠如には、構造的な要因がある。第一に、どの政党も支持率だけを気にして、「痛みを伴う改革」を語ることを避けている。だから、負担増や給付削減といった不人気政策に正面から取り組む覚悟を欠いている。このため、選挙では「聞こえの良い政策」だけが語られ、困難な課題ほど争点から排除される構造が固定化している。
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バラマキだけの政党、ポピュリズムに流される有権者~政策選択が機能しない参議院選挙に市場は「日本の財政危機」を危惧し始めている 2025/07/15 現代ビジネス 野口悠紀雄
https://gendai.media/articles/-/154814
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野口悠紀雄氏も、ポピュリズム仮説が成立していることを確認しています。
3)第2の留意点
エリート主義は、破綻しているので、政権は効果のある政策を全く実施できていません。
とはいえ、選挙制度は、エリート主義を前提としています。
つまり、選挙制度が問題の原因になっている可能性があります。
Bram氏は、アメリカの社会実験から「機会があれば党の権力を固めようとする、党派を超えた利己的な多数派主義という、あらゆる集団に共通する意欲を発見した」といいます。
参議院選挙の比例区の得票率をみれば、自民党の支持層は20%にすぎません。与党は参議院で、議席数が半数を下回りました。それでも、20%の得票で、半数近い議席を獲得していることは事実です。
Bram氏のいう「機会があれば党の権力を固めようとする」行動を前提にすれば、小選挙区選挙制度改正は、支持率が下がっても、議席数が下がらないために行われたと思われます。
時系列は因果ではありませんが、日本経済の停滞と、小選挙区選挙制度改正と経済の停滞は対応しています。
野口悠紀雄氏は、「選挙では「聞こえの良い政策」だけが語られ、困難な課題ほど争点から排除される構造が固定化している」といいます。
トッド氏とBram氏の用語では、ばら撒きは、ポピュリズムではありません。
ばら撒きを実現している政治制度は、代表制民主主義であり、エリート主義です。
代表制民主主義は、「政治エリートは、政治への関与によって、市民的自由と民主的権利へのコミットメントにおいて一般市民を凌駕する」という前提があります。
この前提は既に壊れています。
既にエリート主義に基づく民主主義は存在していません。
第2の注意点は、民主主義が存在しないことと、ばら撒きをポピュリズムと呼ぶことは、用語の混乱であることです。
4)ポストデモクラシー
リチャード・カッツ氏は、2025年7月の参議院選挙について、次のように言います。
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今回の選挙は、有権者が各政党の課題解決能力を評価する場だった。有権者は、自民党がインフレだけでなく、過去30年間にわたり日本が直面してきた数多くの経済的課題に対し、有効な解決策を提示できていないと感じていたのだ。
2024年の調査では、回答者の67%が「日本の民主主義の機能に不満」と回答しており、これは2017年の50%から増加している。さらに、56%が「どの政党にも親近感を感じない」と答えている。
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海外記者が考える「自民大敗と立憲民主伸び悩み」が示す、日本の本当の問題点 2025/07/26 東洋経済 リチャード・カッツ
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これは、有権者が、エリート主義は崩壊して、エリートには、問題解決能力がないこと、ポピュリズムが成立する時代になっていることを理解しているという主張です。
エリート主義が崩壊して、問題を解決する機能が失われても、選挙によって、政治エリートが選ばれています。
ポピュリズムの成立は、エリート主義を否定しますが、ポピュリズムは、問題解決の手段をもっていません。
トランプ大統領は、エリート主義を否定します。トランプ大統領は、ハーバード大学などの名門大学への締め付けを強めています。これは、トランプ大統領が、エリート主義を否定して、ポピュリズムを採択して当選したので、当然の行動になります。トランプ大統領は、「ディープステート」に対抗しています。
ハーバード大学は、「ディープステート」の一部であると思われています。
ただし、トランプ大統領は、問題解決の手段をもっているようには見えません。
これから、関税政策は失敗してアメリカは、覇権国ではなくなると思われます。
カッツ氏の有権者は、「自民党は、過去30年間にわたり日本が直面してきた数多くの経済的課題に対し、有効な解決策を提示できていない」といいます。
これは、エリート主義が崩壊して、日本は、ポストデモクラシーにあることに対応します。
トッド氏のモデルでは、デモクラシーからポストデモクラシーへの変化は、非可逆プロセスです。代表制民主主義に戻すことはできません。
故森永卓郎氏は、「ザイム真理教」で、財務省が、「ディープステート」であると主張しました。森永卓郎氏はリフレ派だったので、財政均衡主義が問題であると主張しています。
リフレ派の主張には、科学的なエビデンスがないので、筆者は、この説には、賛成しません。
とはいえ、予算編成の実際の権限は財務省にあります。
三権分立では、予算編成権(法律の作成権)は、国会に属します。
したがって、法の支配に基づけば、財務省が、三権分立を逸脱した「ディープステート」であるという仮説を否定することは困難です。
実際に、データに基づいて、「ザイム真理教」仮説が間違いであるという論文が出ていません。
ファクトチェックセンターは、次のようにいいます。
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「財務省・厚労省を解体せよ」というのはその人のオピニオンであり、思想信条の自由です。ナラティブや個人の体験・感覚も、その人個人に根ざしたものですので検証できません。
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財務省・厚労省解体デモで拡散した検証済みの偽・誤情報 通底する「ナラティブ」と「個人の体験・感覚」【解説】2025/05/03 ファクトチェックセンター
https://www.factcheckcenter.jp/explainer/others/disinfo-narrative-opinion-exp/
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しかし、法の支配に従って、三権分立が成り立っているかは、客観的に制度を調べればわかります。
一方、データは、法治主義に従って作成されます。
人権が無視されていた場合、得られるデータは人権無視の事例になります。
人権が無視されているか、否かは、データに対する判断の問題になります。
判断をオピニオンといえば、人権無視がなくなりません。
ファクトチェックは、法治主義であって、法の支配ではありません。
こうなると、ファクトチェックは、エリート主義の「ディープステート」の味方になってしまいます。
パールは、「因果推論の科学」で、データは、何も言わない。データから、因果モデルをつくることはできないといいます。
エビデンスがあれば、因果推論モデルが検証できます。オピニオンに分類された仮説は、科学的に検証可能です。
科学の本質は、仮説(データ間の因果関係)であって、データではありません。
ファクトチェックは、科学の否定になります。
BBCは、参政党について、次のようにいっています。
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先週の日曜日、かつては無名だった極右政党「参政党」が選挙で議席を1議席から15議席に急伸し、日本の政界で有力な候補に躍り出た。
ドナルド・トランプ米大統領の「米国第一主義」を模倣した「日本第一主義」のスローガンを掲げる彼らは、与党である自民党と苦境に立たされている石破茂首相の怒りを本当に買っている。
創業者の神谷宗平氏は、元スーパーマーケット店長で、陸上自衛隊・予備自衛官三等陸曹でした。彼は自身の「大胆な政治スタイル」はトランプ氏の影響を受けていると述べています。
神谷氏は自身のユーチューブチャンネルで公開した動画で、軍、警察、政治団体が特定の利益を守るために秘密裏に活動し、選挙で選ばれることなく国を統治しているという考え方、「ディープステート」について言及しました。
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The rise of Japan's far right was supercharged by Trump - and tourists 2025/07/28 BBC Shaimaa Khalil
https://www.bbc.com/news/articles/cx2k29233jeo
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つまり、参政党の政策は、「ディープステート」を問題にしたトランプ大統領の手法のコピーになっています。
政府は、国会の審議を必要としない社会保険料をあげてきました。
社会保険料は、財産の一部になります。財産権の侵害には、国家の審議が必須であるという考えが法の支配です。
国会の審議を経ずに社会保険料を上げることは、合法ですが、法の支配を逸脱しています。ここでは、人権が侵害されています。国会を回避するこの手法は、「ディープステート」の手法です。
参政党は、「税金と社会保険料の合計の国民負担率を今の46%から35%まで下げよう」といいました。これは、「ディープステート」に対抗する提案になっています。社会保険料という財産権の侵害は認められないという主張です。
ポストデモクラシーでは、エリート主義が崩壊して、民主主義は機能しなくなっています。
エリートが、民衆は、ばら撒き政策に汚染されているといったり、財政規律が大切であるといえば、それは、民主主義が崩壊して、「ディープステート」が横行しているというポピュリズム仮説の正しさを確信することになります。
日本の経済学者が、アメリカの経済学の学説を真理のように引用すれば、日本でも、トランプ現象がより強くおきる原因をつくることになります。