政党の終わり(4)

1)ルービン流の解釈

 

2005年から、20年間に実際に行われた政策(事実)は、以下でした。

社会保険料は、負担増加する。

法人税を減税して、年金財源は、消費税を活用した間接税方式へ移行しない。

少子化対策には、所得移転をしない。

・円安政策をとる。

 

2005年の社会保障制度に関するアンケート結果報告書の国民の要望(反事実)は以下でした、

社会保険料は、負担増加しない。

法人税は減税せず、年金財源は、消費税を活用した間接税方式へ移行する。

少子化対策には、所得移転をする。

・円安政策をとらない。

 

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社会保障制度に関するアンケート結果報告書 財団法人経済広報センター 2005

https://www.kkc.or.jp/data/question/00000029.pdf

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社会保障制度に関するアンケート結果報告書 財団法人経済広報センター 2005

https://www.kkc.or.jp/data/question/00000029.pdf

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ルービン流の解釈では、反事実も、事実と同じレベルの事実です。反事実と事実の差をとれば、政府の政策効果が評価できます。

 

この計算は、複雑なので、完全には理解できていませんが、カッツ氏の整理が参考になります。

 

税によって消費財の価格が10%上昇し、名目所得がまったく増加しない場合、実質所得は10%減少する。これがまさに日本の状況だ。1人当たりのGDP国民所得を構成する要素の一つ)が過去30年間で25%増加したにもかかわらず、1人当たりの実質可処分所得、つまり税引き後の所得はまったく増えていない。ギリシャを除けば、これほど豊かな国でこのような状況にある国を私は他に知らない。

 

国民所得が増加しているにもかかわらず、家計所得が増加していない場合、その超過分の所得のかなりの部分は、余剰利益を積み上げている企業に流れている。

 

現在の従業員1人当たりの企業収益は、30年前の1996年と比較して2倍になっている。しかし、生産性の指標である従業員1人当たりの売上高はわずか20%の増加に過ぎない。そして、従業員1人当たりの賃金は、実質的にはまったく上昇していない。賃金の抑制は、国民から企業へと所得を移転させているのだ。

 

ゼロ金利政策の影響で、年間の利子収入は1990年から85%も激減しており、その収入に日々の生活を頼っている高齢者にとっては大きな打撃となっている。

 

社会保障給付費は高齢者1人当たり290万円から210万円に減少し、物価変動を考慮すると30%もの大幅な減少となっている。さらに悪いことに、家計にかかる税負担(消費税、所得税社会保険料)は、税引き前所得の16%から23%へと増加している。自民党は、国民への増税と企業への減税を同時に進めることで、事実上、家計から企業、特に大企業へと所得を移転させているのだ。

 

消費税は過去35年間で着実に上昇し、現在では消費者の可処分所得の9%を奪っている。対照的に、1990年代初頭には、企業は利益の45~50%を税金として政府に納めていた。それが今ではわずか15~18%にまで低下している。

 

最高52%から31%への法人税の減税がなければ、現在の法人税収はGDPの8.5%になっていただろう。これは現在の2.5%より6%ポイント高い水準だ。これは、過去10年間の平均的な財政赤字GDPの5.3%)を解消するのに十分な額だ。あるいは、消費税を完全に廃止し、確実に引き下げるのに十分な規模と言えるだろう。2023年のGDPの6%は36兆円に相当する。同年の消費税収は30兆円だ。

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「消費税で家計が疲弊し、企業は利益を貯め込む」知日派ジャーナリストが嘆く日本の残念な状況 2025/05/20 東洋経済 リチャード・カッツ

https://toyokeizai.net/articles/-/877659

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2022年度の社会保障給付費は以下のとおりです。

 

国立社会保障・人口問題研究所は30日、社会保障給付費が2022年度に137兆8337億円となり、前の年度と比べて0.7%減ったと発表した。

 

前の年度と比べてマイナスになるのは統計を取り始めた1950年度以降で初めてとなった。給付費の内訳は「年金」が55.7兆円(前年度比0.04%減)、「医療」が48.7兆円(2.8%増)、介護や生活保護など「福祉その他」は33.2兆円(6.3%減)だった。

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社会保障給付137兆円 GDP比24%、医療費の伸び続く 2024/07/30 日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA29BDF0Z20C24A7000000/

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カッツ氏は、次のようにいいます。

社会保障給付費は高齢者1人当たり290万円から210万円に減少し、物価変動を考慮すると30%もの大幅な減少となっている。さらに悪いことに、家計にかかる税負担(消費税、所得税社会保険料)は、税引き前所得の16%から23%へと増加している。

 

税負担を除けば、社会保障給付費を30%増加させれば、実質の社会保障給付費の目減りがなくなります。

 

137兆8337億円の30%は、41兆円です。法人税収の減税効果は、36兆円なので、89%はカバーできることになります。これには、家計にかかる税負担増加、円安効果は入っていません。

 

つまり、オーダーとしては、ルービン流の解釈では、現在の社会保障問題の原因は、政府の政策効果にあると思われます。

 

2005年には、派遣労働者もまだ少なかったです。家電も、輸出競争力があり、貿易黒字がありました。円安ではありませんでした。

 

ルービン流に考えれば、政府が2005年に、反事実政策をとっていれば、社会保障給付費は、小さな問題でした。

 

2025年に、2005年の反事実政策をとっても、同様の政策効果はありません。派遣労働者を始めとした低賃金の労働者がふえてしまったので、所得移転に必要な財源が増えているからです。

 

社会保障給付費は高齢者1人当たり290万円から210万円に減少し、物価変動を考慮すると30%もの大幅な減少となりました。しかし、給与が減っているので、社会保障給付費の目減り分を補填するだけでは、高齢者の生活レベルの低下は回避できません。

 

政府は、2005年であれば、解決がまだ難しくなかった問題を、20年かけて解決不能にしてしまいました。これは、一人当たりGDPの国際ランキングをみれば、自明です。

 

給付金などの、テクニカルな手法では、与党が政権を維持することは、不可能ではないでしょうか。

 

2)トッド氏の立場

 

エマニュエル・トッド氏は、フランスの歴史家、人類学者、人口統計学者、社会学者、そしてパリの国立人口学研究所(INED)に所属する政治学者です。

 

トッド氏の研究手法は、人口統計学者として標準的ですが、歴史家、人口統計学者、社会学者としては、かなり異端です。

 

英語版のウィキペディアの「Sociology(社会学)」には次のように書かれています。

社会学は、社会、人間の社会的行動、社会的関係のパターン、社会的相互作用、および日常生活に関連する文化の側面に焦点を当てた人間社会の科学的研究です。(中略)社会学の主題は、個人の相互作用と行為のミクロレベルの分析から、社会システムと社会構造のマクロレベルの分析にまで及びます。

 

トッド氏は、人間の社会的行動に注目します。ここまでは、社会学のアプローチです。しかし、英語版のウィキペディアの「Sociology(社会学)」の方法論をみると、トッド氏の手法は標準的ではありません。

 

トッド氏の手法を筆者なりに解釈してみます。

 

社会学では、社会を動かすドライビングフォースは、ミクロレベルでは、「個人の相互作用と行為」、マクロレベルでは、「社会システムと社会構造」になります。

 

つまり、ミクロ社会は、個人、マクロ社会は、構造化された個人の集合になります。社会は、個人の相互作用または、構造化された個人の集合の総合作用になるので、相互作用の視点で推論をする必要があります。

 

「西洋の敗北」では、宗教の問題が頻繁に出てきます。これは、研究テーマが、個人の行動、個人の行動を動かすドライビングフォースとしての宗教にあるという前提をしめしています。

 

「西洋の敗北」が、国民国家や政党について推論する場合には、かならず、2つの点を点検します。第1は、その集団が、他の集団と独立して存続する条件です。第2は、その集団の行動を決めるドライビングフォースです。この2つがなければ、社会システムと社会構造の分析ができません。

 

トッド氏は、ビジネススクール経営学会計学、セールス学に批判的です。

 

これは、次のように解釈できます。

 

経済学では、人間を経済合理性に従って行動すると仮定します。これは、数理経済モデルの均衡値が、微係数がゼロの仮定に対応するので、扱いが容易になるためです。

 

しかし、社会会計行列(産業連関表)が使える前の経済学は、3つの前提をもっていました。第1に、経済学の目的は、貧困の解消です。第2に、そのためには、経済成長をする条件を探索します。第3に、所得移転(平等性の実現)が必要です。

 

ところが、現在の経済学には、第1と、第3の前提がなくなっています。

 

トッド氏は、個人の行動を動かすドライビングフォースに注目します。

 

トッド氏は、宗教が唯一のドライビングフォースであると考えているように見えます。

 

日本では、法度体制(天皇制の文化)が、太平洋戦争の特攻を生み出したと考えられます。そして、水林章氏のように、法度体制の解消がなければ、日本には、人権がないと考えている人もいます。

 

なので、「宗教がドライビングフォースである」という前提には、納得ができない点もあります。

 

とはいえ、経済的人間(人間を経済合理性に従って行動するという仮定)には、再配分効果も、良心もありません。つまり、トッド氏は、経済的人間がドライビングフォースであるという前提を認めません。

 

経済的人間には、数的言語がありません。遺伝学では、一見すると自分の利益になれない利他的な行動が、遺伝子の温存の視点ではみれば、合理的な行動であることがわかっています。つまり、生物には、個体の生存よりも、種(集団)の生存を優先するプログラムが遺伝子にコード化されています。

 

経済的人間の仮定は、数的言語がないために、曖昧になっています。個体の生存を、集団の生存より優先すれば、最終的に、個体は絶滅してしまいます。

 

たとえば、2005年の事実の政策は、少子化を促進して、人口減少をまねき、地域社会(集団)を絶滅に導いています。2005年に、反事実の政策をとっていれば、日本(集団)は絶滅しないですんだことになります。

 

これは、経済的人間の仮定を数的言語で書く場合の評価関数の時間のとり方の問題に帰着します。

 

「西洋の敗北」は、富裕層は、タックスヘブンに財産を移していると説明しています。しかし、「西洋の敗北」でトッド氏が予測しているように、アメリカの企業とドルの価値が紙屑になってしまえば、タックスヘブンに移した財産を守ることもできなくなります。

 

集団遺伝学では、そのような利他性がゼロの行動をする動物はいません。

 

人間が、利他性がゼロの行動をとれば、進化のルールに違反したので、、絶滅が、当然の結果になります。

 

ですから、経済的人間の仮定は、合理的とはいえません。

 

第3に、所得移転(平等性の実現)では、ベストな関数を考える根拠がわかりませんが、当面は、ジニ係数を補正するアルゴリズムでも、なんとかなります。しかし、筆者は、この問題を取り上げている経済学者を知りません。

 

3)ドライビングフォースの問題

 

野口悠紀雄氏は、次のようにいいます。

 

憂慮すべきは、今回の参議院選で、社会保障制度の将来に関する議論がほとんど行われないことだ。

 

7月3日の本欄で指摘したように、トランプ政権が防衛費の増大を要求してくる可能性が高い。その場合に日本の財政がどうなるかは、想像するだけで恐ろしい。

 

マーケットはこのような事態を懸念し始めている。長期国債金利はこのところ急上昇しているが、これは社会保障や防衛費の負担が急増し、財政がそれに耐えられなくなる事態が無視できなくなってきていることの反映と解釈することができる。しかし、この問題も、参議院選で議論されることは、まったくない。

 

政策論争の欠如には、構造的な要因がある。第一に、どの政党も支持率だけを気にして、「痛みを伴う改革」を語ることを避けている。

 

第二に、メディアの報道姿勢にも問題がある。多くの報道が「選挙戦の行方」や「当落予測」といった政局中心に偏り、政策論争に十分な時間と空間を割いていない。

 

第三に、有権者の政治的関心の在り方も問われるべきだ。目先の利益にとらわれやすく、将来世代のための制度改革や財源問題に対しては関心が薄い。

 

構造的問題を克服するためには、改革が必要だ。

 

第一に、各政党の政策を客観的に評価する第三者機関の設立が求められる。アメリカでは、中立的機関によって、政策の財政に与える影響などが分析される。

 

第二に、討論型世論形成の制度化も必要だ。

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バラマキだけの政党、ポピュリズムに流される有権者~政策選択が機能しない参議院選挙に市場は「日本の財政危機」を危惧し始めている 2025/07/15 現代ビジネス 野口悠紀雄

https://gendai.media/articles/-/154814

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野口悠紀雄氏の主張は正論であると思います。しかし、野口悠紀雄氏の主張が、過去に、実際の経済政策に採用されたことはありません。

 

つまり、正論は採用されないのです。

 

問題は、なぜ、正論が採用されないかという点にあります。

 

トッド氏は、宗教の利他主義のドライビングフォースがなくなれば、国の指導層が、金と権力を目的とするニヒリズムに走り、国が破壊されると考えます。

 

つまり、第1に、ドライビングフォースを点検する必要があります。

 

この点が、クリアされないと、正論が、聞かれるはずがありません。

 

トッド氏は、経済学には、経済的人間以外に、人間の行動を支配するドライビングフォースという視点が欠けていると考えています。

 

野口悠紀雄氏の主張を読むと、トッド氏のこの指摘は正しいように思われます。

 

「因果推論の科学」の支持者である筆者としては、ドライビングフォースの前に、数的言語とメンタルモデルの共有問題があると考えます。

 

日本の場合には、この問題以前にパラグラフの論理ではなく、段落の論理が蔓延している問題点があります。これは、発言の内容よりも、発言者の地位を優先する法度体制に対応しています。段落の論理にはメンタルモデルがないので、バカの壁が100%機能してしまいます。