1)疑問
以上のデータから生じる疑問を考えます。
1-1)ワラントと問い
トゥールミンモデルは、ワラントの作り方については何もいいません。
また、問い(評価関数)がありません。
この理由は、何でしょうか。
ヒントは、次にあります。
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トゥールミンが最初に提案したこの議論の展開は、法的議論に基づいており、法廷で典型的に見られる議論の合理性を分析するために用いられることを意図していました。トゥールミンは、ウェイン・ブロックリードとダグラス・エニンガーが彼の著作を修辞学者に紹介するまで、この展開が修辞学とコミュニケーションの分野に適用可能であることに気づいていませんでした。
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法的議論は、2つのフェーズに分けられます。
第1は、法治主義です。
第2は、法の支配です。
法の支配では、新しいワラントを作ることが求められます。
ここで、使われるワラントは、新しい法律であり、過去の判例を覆す新しい判例です。
法的議論の大半は、法治主義になります。
法の支配では、法治主義は否定されます。これは、基本的人権と憲法が、個別法に優先する場合を指します。個別法を改正したり、新しい判決を生み出すことが、法の支配になります。
トゥールミンモデルは、法治主義の裁判をモデルにしています。
つまり、ここでは、新しいワラントを作ることは想定されていません、
また、法的議論には、「問い」はありません。
科学は常に、新しい理論(ワラント)を追及します。
法治主義のように、新しい理論を発明できなければ、科学者は、評価される論文を書くことができず、生き残れません。
法治主義の推論は、マッチングに依存しているので、AIが得意な分野です。
カナダでは法律事務で、AIが多用されていますが、新しいワラントがない法治主義の推論は、AIで代行できます。
科学の推論は、法の支配の推論であって、法治主義とは相いれません。
法治主義は非科学的です。
法治主義を振り回せば、新しい理論(ワラント)ができなくなり、科学は死んでしまいます。
これが、現在の日本です。
2024年に、自動車の国の型式指定の申請に伴う認証試験の不正が発覚しました。
これは、法治主義です。型式指定の申請に伴う認証試験(ワラント)がすべてに優先し、新しい理論(ワラント)を作ることは認められません。
各社のトップは記者会見で「性能には問題ない」「安全に乗ることができる」と強調しました。性能の改善に合わせて、認証試験(ワラント)を改訂すべきであるという主張はありませんでした。
この問題は、法治主義と法の支配の区別の問題でした。
政府には、法の支配はありませんでした。
法の支配には、ワラント(法律の文言)が間違っている可能性があるという前提があります。
つまり、無謬主義とは、法治主義が、法の支配より優先する、法の支配の欠如を占めています。
ほとんどの官僚は、無謬主義を採りますので、法の支配(人権と憲法)の逸脱は無視しています。
1-2)三角ロジック
日本独自の三角形の配置は1970年代の後半から松本道弘氏による競技ディベートの啓蒙、展開の一環で書かれた書籍内で紹介されたことがきっかけで広がったものです。
しかし、この事実には、理解しがたい部分があります。
限定子(Q: qualifier)、論駁(R: rebuttal)、裏付け(B: backing) の要素がなければ、論理的に、競技ディベートの順位を付けることができないはずです。
三角ロジックでは、競技ディベートの順位を、論理的につけることはできません。
三角ロジックでは、競技ディベートが成り立たないはずです。
しかし、日本では、三角ロジックの競技ディベートが実施され、実際には、順位付けが行われています。
松本道弘氏は、1970年代の後半から、競技ディベートを啓蒙し、競技ディベートが普及しました。しかし、日本の教育は、段落の論理(共感の論理)を洗脳しています。パラグラフの論理に近いトゥールミンモデルを理解するためには、段落の論理の汚染を解除する必要があります。欧米の義務教育では、パラグラフの論理の習得に10年以上かかっています。このハードルは非常に高いのです。
過去に、やまびこ学校のように、段落の論理を乗り越えることに失敗した事例が多くあります。逆に、段落の論理の乗り越えに成功した事例は、ほぼゼロです。
この事実は、日本語版と英語版のウィキペディアを比較すると確認できます。
例えば、小泉行政改革は、構造改革をするという旗印をあげていました。
日本語版ウィキペディアは、構造改革があったという前提のもとに、人々が構造改革に、どれだけ共感できたかという共感の論理ででています。
英語版ウィキペディアは、まず、データから、構造改革があったか(成功したか)というパラグラフの論理で、出来ています。
あるいは、アベノミクスの大規模金融緩和でも、同じ問題が発生します。
パラグラフの論理では、問いは、経済成長になります。
仮に、問いを、インフレ率に置いたと仮定します。
その場合には、ハイパーインフレ(スタグフレーション)は、正しい政策効果になってしまいます。
したがって、問いをインフレ率に置くことはありません。
FRBは、インフレ率を金融政策の制御につかっています。
その目的は、インフレを抑えることにあります。
日本では、段落の論理によって、インフレ率が政策目標になりました。
この時点で、アベノミクスは、パラグラフの論理で考える欧米の経済学者の理解を超えているので、欧米の経済学者は、コメントをしなくなりました。
インフレ率を政策目標にすれば、インフレによって、家計から政府に、税収を通じて所得移転が起こり、実質賃金が減少して家計部門は縮小することは、アベノミクスの成果になります。
実際に、税収は過去最大になっていますが、これは、税を通じて、家計部門から、政府への過去最大の所得移転が起きていることを示しています。
実質賃金の低下は、たまたま発生したのではなく、政府がアベノミクスの設計図に書き込んだ内容であり、設計図通りに発生しています。
段落の論理に汚染された人は、そのことが理解できません。
話を戻します。
つまり、日本の競技ディベートは、トゥールミンモデルではなく、段落の論理で実施されたと解釈できます。競技ディベートを段落の論理で実施するためには、トゥールミンモデルから、クリティカルシンキングに相当する限定子(Q: qualifier)、論駁(R: rebuttal)、裏付け(B: backing) の要素を取り除いた三角ロジックを発明したと思われます。
競技ディベートのスコアは、論理ではなく、共感で行われていると考えられます。
トゥールミンモデルは、議論の展開は、法的議論に基づいています。
これは、データから、被告が有罪か、無罪かを推定する議論です。
全ては、データから始まります。
この点で、トゥールミンモデルは、科学とフレームワークを用いています。
科学では、検証不可能な場合が多く発生します。
法的議論では、有罪か、無罪かを推定しますので、検証不可能な場合はありません。
一見すると、この2つは対立しますが、科学の検証を時間と共に更新される検証が成り立つ確率であると理解すれば、この2つは、同じモデルのフレームワーク(パラダイムの論理)におさまります。
簡単にいえば、法的議論では、有罪である、無罪であるという2つの仮説のうち、評価時点で確率が50%を超えた方を、採用すると考えれば、一般化できます。
大きな違いは、確率を計算するか、限定子(Q: qualifier)、論駁(R: rebuttal)、裏付け(B: backing) で処理するかという違いになります。
パラグラフの論理は、段落の論理(共感の論理)とは、排他的になります。
法的議論では、被告がイケメンであれば、無罪になることはありません。
トゥールミンモデルは、法的議論をベースにしていますので、そこには、段落の論理(共感の論理)がはいる余地はありません。
なお、アメリカでは、実際の法廷では、共感の論理が混入するリスクがあり、この問題は、カーネマンが「ノイズ」で論じています。
法廷で、共感の論理が混入するリスクがある場合には、人間の裁判より、AIの裁判の方がエラーの確率が低くなります。
1-3)改訂版への序文
トゥールミンは「The Uses of Argument(1958,2003)」の改訂版の序文で、「The Uses of Argument」の経緯を書いているので、一部を引用します。
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改訂版への序文
私が「議論の用法」を執筆した際、私の目的はあくまで哲学的なものでした。つまり、ほとんどの英米の学問的哲学者が抱く、あらゆる重要な議論は形式的な言葉で表現できるという前提を批判することです。それは単なる三段論法ではなく、アリストテレス自身にとって、あらゆる推論は「三段論法」あるいは「言明の連結」と呼ぶことができるため、ユークリッド幾何学に見られるような厳密な論証的演繹と言えるでしょう。
私は修辞学や議論の理論を説こうとしたことは決してありませんでした。私の関心は20世紀の認識論にあり、非形式論理学ではありませんでした。ましてや、コミュニケーション学の学者の間で「トゥールミン・モデル」と呼ばれるようになったような分析モデルを念頭に置いていたわけでもありません。
結局のところ、「議論の用法」がスピーチコミュニケーションの世界(the world of Speech Communication)にこれほど早く浸透したことは、私にとって大きな利益となりました。1950年代後半のイギリスとアメリカの、正当に「分析的」哲学者と呼ばれた哲学者たちは、すぐに敵の匂いを嗅ぎつけました。この本は、BBCの週刊誌「リスナー」でピーター・ストローソンによって痛烈に批判され、長年にわたりイギリスの専門哲学者たちはこの本を無視しました。リーズ大学の同僚ピーター・アレクサンダーは、この本を「トゥールミンの反論理的本(Toulmin’s anti-logic book)」と呼び、ケンブリッジ大学の私の博士論文を指導したリチャード・ブレイスウェイトは、自分の教え子の一人が帰納論理(Inductive Logic)へのこだわりを攻撃するのを見て、深く心を痛めました(私はこのことを何年も後に知りました)。しかし、この本は海外でも売れ続け、その理由が私に明らかになったのは、1960年代初頭にアメリカを訪れたときでした。結果として、私が「トゥールミン・モデル」という概念を否定するのは不作法でしょう。トゥールミン・モデルは「議論の用法」の予期せぬ副産物の一つであり、1958年の初版以来、本書が印刷され続け、40年以上経った今、この序文が書かれた新版を正当化しています。
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「議論の用法」は、演繹法を使い、ワラントを作成する帰納法を含みません。
演繹法を使う場合、推論は、データから始まります。
これが、トゥールミン・モデルが、問いがない理由です。
一方、ディベートでは、テーマ(問い)を先に決めます。
これは、ディベートが基本的には、パラグラフの論理のフレームワークを使っていることを示しています。
つまり、トゥールミン・モデルは、そのままの形では、ディベートに使えません。
トゥールミン・モデルを、ディベートに使うためには、拡大解釈(歪曲)が必要になります。
トゥールミンが、改訂版への序文に書いた内容は、流通しているトゥールミン・モデルは、「議論の用法」の拡大解釈であること、トゥールミンには、拡大解釈をとめる手段をもたず、結局は、拡大解釈を受け入れていることを説明しています。
1-4)拡大解釈
それでは、トゥールミン・モデルは、どのように拡大解釈されているでしょうか。
Claim、data、Warrant、Qualifier、 Backing、Rebuttalの6要素は、健在です。これがなくなるとフレームワークが変わってしまいます。
大胆な改変も行われています。
「スピーチとディベートのレビュー」の例を示します。
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トゥールミンモデルの根拠
根拠(Grounds)は、データや証拠とも呼ばれ、主張を裏付ける事実、例、統計、専門家の証言などです。
それらは議論の基盤となるものである。
スピーチやディベートでは、議論の信頼性と説得力を確立するために根拠が不可欠である。
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dataは、Groundsに拡張され、専門家の証言(専門家の意見ではない)が入っています。
ディベートでは、テーマを決めます。
その部分は、以下です。
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トゥールミンモデルの適用
トゥールミンモデルは、スピーチや討論など、さまざまな文脈での議論の分析と構築に適用できます。
このモデルは、議論を構成要素に分解することで、強み、弱み、改善点を特定するのに役立ちます。
トゥールミンモデルを適用すると、議論の明瞭性、一貫性、説得力を高めることができる。
トゥールミンモデルを用いた議論の分析
既存の議論における主張、根拠、保証、裏付け、限定、反論を特定する。
各コンポーネントの強さと関連性、そしてそれらの相互関係を評価する。
分析を使用して、議論の全体的な有効性を評価し、潜在的な反論を特定します。
トゥールミン要素を用いた議論の構築
まず、トピックに関連した明確で議論の余地のあるClaimを作成します。
主張を裏付ける十分かつ信頼できるGroundsを集める。
GroundsとClaimを論理的に結び付ける強力なWarrantを作成する。
Warrantを強化し、潜在的な異議に対処するためのBackingを提供する。
Qualifierを使用して、Claimをより正確かつ微妙に表現します。
効果的なRebuttalを通じてRebuttalを予測し対処する。
さまざまな文脈と分野におけるトゥールミンモデル
トゥールミンモデルは、法律、科学、政治、倫理など、さまざまな分野の議論に適用できます。
具体的なClaimの種類、data、Warrant、Backingは、分野や状況によって異なる場合があります。
トゥールミンモデルを各分野の規範や期待に合わせて適応させることで、その有効性と関連性を高めることができる。
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ここでは、「Claim=>data=>Warrant」で課題を整理することが推奨されています。
この場合のWarrantは、演繹ではなく、帰納になり、トゥールミンの意図とは異なります。
トゥールミンモデルの限界は、次のように説明しています。
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トゥールミンモデルの限界
トゥールミンモデルは議論を分析・構築するための強力なツールであるが、いくつかの限界と欠点がある。
これらの限界を認識することで、討論者はモデルをより効果的に使用し、特定のニーズに合わせて適応させることができる。
トゥールミンモデルを他の議論戦略と組み合わせることで、その限界のいくつかを克服し、より強力な議論を生み出すことができる。
トゥールミンアプローチに対する批判と欠点
トゥールミンモデルは、複雑な議論を個別の要素に分解することで過度に単純化してしまう可能性がある。
議論の感情的、心理的、修辞的な側面を考慮していない。
このモデルは、物語や個人的な経験に基づく議論など、すべてのタイプの議論に適しているわけではない。
トゥールミンと他の議論モデルの比較
古典的モデルやロジャーズモデルなどの他の議論モデルは、議論を構造化し分析するための代替アプローチを提供する。
これらのモデルは、議論のエトス、パトス、共通点など、異なる側面を強調する可能性がある。
トゥールミンモデルを他のアプローチと比較対照することで、議論戦略をより包括的に理解することができる。
トゥールミンモデルを特定の状況に適応させる
トゥールミンモデルは、特定の議論の文脈や目的に合わせて修正または補足する必要があるかもしれない。
例えば、場合によっては、特定の要素(WarrantやRebuttalなど)を他の要素よりも優先させる必要があるかもしれない。
討論者はトゥールミンモデルをそれぞれのニーズや課題に合わせて柔軟かつ創造的に適用する必要がある。
確認すべきキーワード ( 24 )
パトスへの訴え : パトスへの訴えは、感情的な反応を呼び起こすことで聴衆を説得することを目的とした修辞戦略です。この手法は議論において非常に重要であり、話し手と聴衆の間に繋がりを生み出し、議論をより説得力のあるものにするのに役立ちます。哀れみ、恐怖、喜び、怒りといった感情に訴えることで、話し手はメッセージの受け取られ方に影響を与え、議論全体を強化することができます。
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トゥールミンの議論モデル Toulmin model of argumentation スピーチとディベートのレビュー
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1-5)パトスへの訴え
スピーチとディベートのレビューは、パトスへの訴え手法は議論において非常に重要であるが、トゥールミンモデルでは扱えないと言っています。
トゥールミンモデルは、法的議論に基づいて、パトスへの訴えは排除しています。
科学も、パトスへの訴えで推論が変わることはありません。
スピーチコミュニケーションの世界では、パトスへの訴え手法は、正当な手法として認められているようです。
パトスへの訴え手法が、正当な手法であれば、迷惑なユーチューバーは正当な手法になります。
2万円の一律給付の効果は、経済学では否定されたパトスへの訴え手法です。
パトスへの訴え手法が、正当な手法であれば、国民1人当たり2万円の一律給付は、正当な手法になります。
経済の専門家の熊野英生氏は、「石破政権には、しっかりした効果検証を行ってほしい」といいますが、パトスへの訴え手法が、正当な手法であれば、そのような検証は、不要になります。
熊野英生氏は、次のようにいいます。
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今回、石破政権が実施しようとしている給付金は、
<1>国民1人当たりに2万円を支給、
<2>18歳以下の子供がいる世帯には1人+2万円を加算して支給、
<3>住民税非課税世帯にも大人1人+2万円を支給する、
という方針のようだ。
勘の鋭い人は、今回も住民税非課税世帯への給付が行われていることに気付いていると思う。筆者も驚いた。住民税非課税世帯とは、「低所得者向け」というニュアンスがあるが、実際はほとんど60歳以上のシニア向けである。
この住民税非課税世帯向けの給付金は2021年と2022年に各10万円、2023年夏に3万円、2023年冬・2024年初に各7万円、2024年秋にも3万円が配布された実績がある。今回は2万円とやや少ないが、例年のように低所得者・シニア世帯に配られている。石破首相は、2024年11月に決定した経済対策で子供1人に2万円、住民税非課税世帯に3万円を配ることを決めている。10月1日に就任しているから、就任直後にも同じような給付を行っていることがわかる。例年のように給付を行うのならば、毎回どのくらいの消費刺激等の効果があったのかは検証しておく方がよい。石破政権には、しっかりした効果検証を行ってほしいものだ。
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国民1人に2万円の給付金支給 ~石破政権でも変わらない構造~ 第一経済研究所 熊野 英生
https://www.dlri.co.jp/report/macro/469892.html
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さらに、驚くべきニュースがあります。
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石破首相(自民党総裁)は10日のBSフジの番組で、年内実施を目指す国民1人あたり2万円の現金給付(子どもや低所得者は4万円)に関し、物価高が続く限り給付を毎年継続する考えがあるか問われ、「賃金上昇が物価上昇を上回ることを目指すので、いつまで続けるかは申し上げない(支給は1回に限らない)」と述べました。
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現金給付は1回に限らず、石破首相が示唆…「いつまで続けるかは申し上げない」 2025/07/10 読売新聞
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石破首相は、明らかに、パトスへの訴え手法が、正当な政治手法であると考えています。
なお、見方をかえれば、アベノミクスの円安によって、政府は、生活できないほど低い年金レベル、非正規社社員の拡大により生活できないほど低い賃金の人を多数生み出しています。その結果、住民税非課税世帯のように、給付金がなければ、生存が脅かされる人が発生しています。こうした人は、他に選択肢がない(給付金がなければ、年を越せない)ので、与党に投票するのでしょうか。
経済成長を停滞させて、円安で、賃金低下を招いたこと(失われた30年)は、普通に考えれば、与党の経済政策の失敗です。与党の経済政策は、鄧小平氏のような生産性向上の設計図を含んでいませんので、経済が成長しないことは自明です。二大政党であれば、与党の経済政策が失敗すれば、与党と野党が入れ替わります。しかし、日本では、与党の経済政策が失敗すれば、給付金によって、与党の当選確率が更に高まるというブラックジョークのようなメカニズムが存在します。このメカニズムが機能するか、否かは、参議院選挙の結果を見る必要があります。しかし、与党は、このメカニズムに期待した選挙戦略をとっています。
日経新聞は、次のように伝えています。
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石破茂首相は5月22日、賃上げを後押しする都道府県向けの補助金や交付金を創設すると表明した。中央最低賃金審議会の目安を超える最低賃金の引き上げ額となった都道府県を対象とする。2025年度の改定からの適用を目指す。
首相官邸で開催した経済界や労働団体の代表者と意見交換する「政労使会議」で明らかにした。経団連の十倉雅和会長や連合の芳野友子会長らが参加した。
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最低賃金引き上げへ都道府県に補助金 石破首相、政労使会議で表明 2025/05/22 日経新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA21CC60R20C25A5000000/
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最低賃金引き上げは、生産性の低いゾンビ企業の退出を促し、企業を入れ替えることで生産性をあげ、賃金を上昇させます。これは、生産性向上の設計図です。
賃上げを後押しする都道府県向けの補助金や交付金を創設すれば、ゾンビ企業が温存して、最低賃金引き上げの生産性向上メカニズムは破壊されます。つまり、この経済政策の設計図からは、生産性向上が削除されています。
補助金や交付金の原資は、税金です。つまり、この政策は、最低賃金引き上げを骨抜きにして、さらなる増税を必要として、経済発展を阻害します。
「政労使会議」では、経団連と連合からは、反対意見は出なかったようです。経団連と連合は、段落の論理から抜け出せないように見えます。
段落の論理(共感の論理)は、伝染します。
ゾンビに感染した人間は、次々にゾンビになり、地球上には、人間がいなくなるというSFのテーマがあります。このテーマの古典は、ドラキュラに血を吸われた人は、吸血鬼になり、地球上の人間が全て、吸血鬼になるというものです。
技術開発をしたり、営業努力をするより、補助金に依存するゾンビ企業になる方が容易です。
ゾンビ企業は1つでも、温存すれば、日本中が、ゾンビ企業になるというストーリーが、現在進行中のように見えます。