1)対外純資産高
唐鎌大輔氏は、次のようにいいます。
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2024年末時点の日本の対外純資産残高は533兆500億円と6年連続で過去最大を更新したが、ドイツの569兆6512億円に追い抜かれ、34年ぶりに「世界最大の対外純資産国」のステータスを喪失した。
この原因は、両者の経常黒字の「伸びの差」にある。順位自体は些末な話だ。2011年頃を境として日本の経常黒字はドイツのそれに大きく劣後した。逆転は「時間の問題」であった。
「世界最大の経常黒字国」である中国からも日本は猛追されており、今後、ぼぼ確実に、世界第3位の対外純資産国へ順位を落とす。
順位の変動自体に意味はない。思考の順序としては経常黒字が原因、対外純資産が結果であり、結果の変動に大騒ぎしても本質は見えない。
フロー(経常収支)の構造が変われば、その蓄積であるストック(対外純資産)の構造も変わる。日本の対外純資産の論点は「残高」ではなく「構造」である。
2011年以降、日本から海外への対外直接投資が増加して、米国債等の対外証券投資の比率が減少した。2014年頃から両者の構成比率は逆転し、2024年末時点で直接投資比率は56.0%と過去最高を更新している。
直接投資比率が60%に肉薄する「構造」では、円が国内回帰する経路が細っているので、円安と関係する。
中国とドイツ(ひいてはユーロ圏)の経常黒字は貿易黒字に駆動された結果である(図表④)。それに対して、日本だけが貿易赤字を含む経常黒字である。

経常収支が異時点間の最適な資源配分の結果だとすれば、対外純資産と対外純債務の善悪を論じることはできない。
しかし、対外純資産が大きいことは、国内の投資機会が乏しく、海外にそれを求めてた結果だ。速いペースで少子高齢化が進む日本では、対外純資産「残高」の伸びは良くない。
対外純資産が、毎年、過去最高を更新する意味は「日本に期待収益率の高い投資機会が乏しかった」という歴史的な事実である。
2011年以降、日本企業の海外内部留保残高は積み上がっている。世界最大の日本の対外純資産「残高」は、企業部門を中心とする「戻らぬ円」の割合の増加である。
「成熟した債権国」の実態(CFベースでは断続的な赤字な純債務国)が、長引く円安の構造的な原因である。
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GDPに続いて対外純資産でもドイツに抜かれた日本、順位の変動以上に重要な論点は「残高」よりも「構造」 2025/05/30 JBPress 唐鎌大輔
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/88606
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林芳正官房長官は閣議後会見で本件について問われ、日本が2位になったことに関し、日本の対外純資産が着実に増加していることも踏まえ、順位変動から「日本の立ち位置等が大きく変わったと捉えるようなものではない」と述べている。
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しかし、 図表④に見るように、日本の対外純資産の増加は、貿易収支によるものではなく、対外資産(企業買収)の運用益によるものです。
一方、ドイツと中国の対外純資産の増加は、貿易収支によるものです。
日本の経常収支の推移を見れば、図1で、確認できるように、「日本の立ち位置」は、2011年に、大きく変わっています。
2011年以降、日本から海外への対外直接投資が増加した原因は、輸出で利益をあげられなくなったためです。具体的には、中国製品等との価格競争に勝てなくなったことが原因です。

我が国企業による貿易及び投資の動向 経済産業省
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2024/2024honbun/i1320000.html
図2は、日本の対外直接投資残高の推移を示しています。
最大の投資先は、APACです。

出典 2021年上半期、日本の対ASEAN直接投資は中国の4倍超 2021/11/05 Jetro
図3は、APACの内訳を示しています。

出典 2021年上半期、日本の対ASEAN直接投資は中国の4倍超 2021/11/05 Jetro
最近では、日本の対ASEAN直接投資は中国の4倍超ですが、過去の直接投資は、中国が多く。国別対外直接投資残高では、中国がトップになっています。
ここで、対外直接投資のメンタルモデルを考えます。
中国に、工場Aがあり、年間1億円の貿易収支の黒字を出していると考えます。
この工場のある中国企業には、日本企業も資本参加していて、株式の49%を持っていると仮定します。その場合、単純化すれば、日本企業には、4900万円のリターンがあり、第一次所得収支にカウントされます。
財務省が2025年5月に発表した国際収支統計によりますと、2024年度1年間の経常収支は30兆3771億円の黒字となりました。日本企業が海外の子会社から受け取った配当や利子などの稼ぎを示す「第一次所得収支」が41兆7114億円の黒字でした。一方、「貿易収支」は、4兆480億円の赤字でした。
大まかに考えれば、次の不等式が成り立ちます。
日本企業が資本参加した中国企業の貿易黒字 > 日本企業が資本参加した中国企業の第一次所得収支
FDIをある企業について考えれば、次の不等式が成り立ちます。
貿易黒字 > 第1次所得収支
集計すれば、次になります。
FDIを受け入れた国の貿易黒字 > FDIに投資した国の第1次所得収支
仮に、FDIを受け入れた国とFDIに投資した国の経済規模が同じ場合、FDIによる経済成功率は、次の不等式が成り立ちます。
FDIを受け入れた国 > FDIに投資した国
天安門事件の後でも、チャイナスクールと公明党は、中国へのFDI再開に動いています。
日本は、海外でFDIを行いますが、国内では、FDIを受け入れません。FDIの受け入れレベルは、北朝鮮より下の196位です。
これは、経済成長を放棄していることになります。
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「日本は北朝鮮より下の196位」政府が取り繕ってもごまかせない“日本の不都合な真実” 2025/06/05 東洋経済 リチャード・カッツ
https://toyokeizai.net/articles/-/881683
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海外へのFDIでは、基本的に、投資国の経済成長は、受入国の経済成長より小さくなります。つまり、海外へのFDIには、相対的なGDPランキングが小さくなります。
先進国であり続けるためには、輸出を拡大して、貿易黒字を達成するか、内需を拡大するしかありません。
図表④に見るように、貿易収支は赤字で、輸出競争力のある企業は少数です。
内需を拡大するためには、消費の拡大が必要になります。
リチャード・カッツ氏は、1989年の消費税導入以来、消費税率の増加と法人税率の引き下げを繰り返した結果、家計から企業への所得移転が進み、実質賃金の低下と消費の停滞をまねいたと主張しています。
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自民党は、こうした度重なる法人税減税を正当化するために、次のような誤った主張を繰り返す。「減税すれば、企業は余った利益で投資を増やすだろう。そうすればGDPが増加し、税収が増えるだけでなく、労働者の需要が高まり、賃金上昇につながる」と。
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「消費税で家計が疲弊し、企業は利益を貯め込む」知日派ジャーナリストが嘆く日本の残念な状況 2025/05/20 東洋経済 リチャード・カッツ
https://toyokeizai.net/articles/-/877659
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人口が減少しているので、マーケットサイズは小さくなります。政府は、さらに、消費税によって、可処分所得を減らしてしまいました。企業は、国内マーケットがないので、売れないので、「企業は余った利益で投資を増やしません」。これが、現状です。
この問題は、2011年以降、貿易黒字がなくなったことで、顕在化しています。
法人税減税と引き換えに、官僚は天下りポストを得ることができます。しかし、新規投資ができなければ、技術は陳腐化して、企業は国際競争力を失います。つまり、この方法は、株主利益を損ねています。
「減税すれば、企業は余った利益で投資を増やすだろう。そうすればGDPが増加し、税収が増えるだけでなく、労働者の需要が高まり、賃金上昇につながる」という論理は誤りです。
この論理が誤りであるといえる理由は、推論には、正しい推論と間違った推論があり、この推論は、間違った推論になるからです。
この論理が誤りであることを判定するためには、企業が余った利益で投資を増やすかという検証は不要です。
リチャード。カッツ氏の提案は、明確です。分母をGDPにして、全ての項目の単位を揃えれば、見通しが良くなります。なお、この方法は、分数が理解できていないとできません。
カッツ氏はいいます。
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もし法人税減税がなければ、現在の法人税収はGDPの8.5%になっていただろう。これは6%ポイント高い水準だ。これは、過去10年間の平均的な財政赤字(GDPの5.3%)を解消するのに十分な額だ。あるいは、消費税を完全に廃止し、確実に引き下げるのに十分な規模と言えるだろう。2023年のGDPの6%は36兆円に相当する。同年の消費税収は30兆円だ。
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「子ども・子育て支援金制度」で、「異次元の少子化対策」として決めた約3兆6000億円の支援策のうち、1兆円程度をまかなおうとしています
賃金・俸給のGDP比率は、41%から45%です。
経済成長率と賃金上昇率の関係
ー バブル崩壊後27年間(1994~2021)の動向 ー
https://www.mhlw.go.jp/content/12506000/001062024.pdf
2024年の日本のGDP(国内総生産)は、名目値で609兆2887億円です。
600兆円の40%は、240兆円です。消費税10%の場合には、概算の消費税収入は24兆円です。
実質賃金が1%あがった場合、その金額は、240兆円の1%2.4兆円です。
600兆円の40%は、240兆円です。消費税10%の場合には、概算の消費税収入は24兆円です。
実質賃金が1%あがった場合、その金額は、240兆円の1%2.4兆円です。
整理すれば、以下になります。
消費税減税と法人税増税をした場合には、消費税がなくなるので、給与が10%(24兆円)増えます。
春闘で確実な賃上げをした場合、給与が1%(2.4兆円)増えます。
この計算は、中小企業の賃金も増える前提になっていますが、実態は、格差が拡大しています。賃上げが必要な人は、所得の少ない人なので、春闘の賃上げよりも、最低賃金のアップが効果的です。
格差がある場合には、平均値は代表値ではありません。
仮に、この点を無視すれば、消費税で失われた所得を、年率1%の実質賃金の上昇がカバーするには、10年かかります。
「子ども・子育て支援金制度」の1兆円は、負担増がありますので、ネットの効果は、3分の1程度ではないでしょうか。この金額は、賃金とはことなり、複利計算にはなりません。つまり、失われた所得からすれば、ほとんど、影響はないと言えます。
以上は、演繹による推論です。
帰納法が科学であると考えている人(段落の論理に汚染されている人)は、政策の効果は、実施して検証する必要があると考えます。これは、数的言語が使えない人に多い間違いです。
賃上げと「子ども・子育て支援金制度」の評価には、数的言語が必須になります。
数字のない議論は、空回りになります。
また、生産性の向上が政策目的であったことはありません。
生産性の向上なしに、賃金をあげれば、スタグフレーションになります。
コメの労働生産性は、あがっていません。それにもかかわらず、価格に、賃上げを転嫁すれは、スタグフレーションになります。