1)段落の論理
西村カリン氏は、次のように言います。(筆者要約)
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毎日放映されている「備蓄米のテレビドラマ」は。数週間前から、ニュースを見ると必ず「コメ高騰」や「備蓄米」についての新しい情報が流れている。新聞の1面にも何度もなった。
言うまでもなく、国民にとってコメの価格は大変気になる問題だ。コメが買えないのは困るし、どの家庭にとっても、いつ、どこで、いくらでおいしいコメを手に入れるかが異常に重要な課題になっている。ただ私が驚いているのは、コメの状況の分析や説明が非常に少ないことだ。
一体なぜコメがお店に届かなくて、値段がこんなに高騰したのか。政府は「流通の問題であり、誰かが価格を上げる目的でコメを隠している」と言い続けた。そんなことはないと調査で分かったにもかかわらず、それ以外の説明をしない。つまり、日本の政府の姿勢は「知らん顔」だ。
多くの専門家によると、コメ高騰の原因は生産量が足りないことだ。説得力のある説明だが、政府は「足りている」という立場を変えていない。
足りているなら、なぜ備蓄米を数カ月にわたって放出しないといけないのか。なぜ、買い戻しを決定するのが遅かったのか。コメ不足の原因はコメの生産量が少なすぎることだが、政府がそれを認めない理由は何なのか。
政府からの説明がないならマスコミが追及すべきだが、そうする代わりに、人気のある小泉氏に同行取材しながら本人の一方的な言葉をそのまま垂れ流している。
「2000円台の備蓄米」が市場に出回るのはどう考えても一時的なことだ。農家にとっては全く望ましくない政策だろう。すなわち、参議院選挙のための点数稼ぎにすぎない。
昨年の夏から続くコメ不足がさらに悪化するリスクがあると政府も分かっているのに国民をだまし、長期戦略を示そうとしない。根本的なコメの生産問題を解決しようとしない。
私は農家や専門家の取材を重ねて、現状の深刻さが分かった。残念なことに、ほとんどのマスコミは「2000円台の備蓄米」のドラマに熱中して、先の状況を考えようとしないし、もっと重要な課題を見て見ぬふりをしている。
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コメ価格高騰で放映される連続ドラマ『進次郎の備蓄米』にうんざり 2025/06/07 Newsweek 西村カリン
https://www.newsweekjapan.jp/tokyoeye/2025/06/post-242.php
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西村カリン氏は、1970年フランス生まれ。パリ第8大学で学び、ラジオ局などを経て1997年に来日。AFP通信東京特派員となり、現在はフリージャーナリストとして活動しています。
つまり、西村カリン氏は、パラグラフの論理の持ち主です。
パラグラフの論理は、因果推論を含み、「なぜ」を重視します。
次の表記が「なぜ」に対応します。
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私が驚いているのは、コメの状況の分析や説明が非常に少ないことだ。
一体なぜコメがお店に届かなくて、値段がこんなに高騰したのか。
足りているなら、なぜ備蓄米を数カ月にわたって放出しないといけないのか。なぜ、買い戻しを決定するのが遅かったのか。コメ不足の原因はコメの生産量が少なすぎることだが、政府がそれを認めない理由は何なのか。
ほとんどのマスコミは「2000円台の備蓄米」のドラマに熱中して、先の状況を考えようとしないし、もっと重要な課題を見て見ぬふりをしている。
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日本のマスコミは、段落の論理(共感の論理)で動いています。
段落の論理には、「なぜ」という問いはありません。
解決すべき問題を設定することもありませんので、問題は解決しません。
パール流に言えば、解決すべき問題を「問い」として表現する数的言語を持たないので、推論することもできない状態になります。
段落の論理は、教育に組み込まれて、生徒を洗脳しています。
パールは、<哲学者たちは、因果関係を忌避する統計学のバイアスに科学者ほど「汚染」されていない>(因果推論の科学、p.82)といいます。
同様な表現をすれば、<マスコミは、パラダイムの論理を忌避する段落の論理に「汚染」されている>といえます。
マスコミは、有識者や著名人の意見を掲載して、共感することを強要しています。
古古米を食べた有名人の意見を掲載しています。
しかし、備蓄米の品質は、備蓄された時点でバラついています。
備蓄の条件は、備蓄された倉庫によりことなります。
つまり、美味い備蓄米と不味い備蓄米の間には、連続したスペクトルがあります。
評価をするためには、二重盲検テストで、数百のサンプルが必要になります。
政府は、無理をして短期で備蓄米の放出をしています。
これは、品質管理がなされていないことを示しています。
1%以下の確率であれば、かなり、危ない備蓄米が含まれている可能性もあります。
時事通信は、次のように伝えています。
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政府は5日、コメの安定供給に関する閣僚会議を初開催した。
議長を務める石破茂首相は、小泉進次郎農林水産相に対し、歴史的なコメの価格高騰が起きた要因や対応の検証を求めた。その上で、「短期と中長期の対応策を検討することを進めてほしい」と述べた。コメの流通適正化も会議全体のテーマだ。減反廃止後も続く「事実上の生産調整」の見直しなど、農政の抜本改革にも踏み込むかが焦点だ。
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石破首相、価格高騰の検証求める コメ閣僚会議を初開催 流通、農政改革も焦点 2025/06/05 時事通信
https://news.yahoo.co.jp/articles/5c586f3070c3d3110670f200f01ddbc79afc217f
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<歴史的なコメの価格高騰が起きた要因や対応の検証>は、科学的に不可能です。
介入の効果を判定するためには、前向き研究が必要です。
これは、介入を行うまえに、サンプル計画を立てる方法です。
前向き研究でなければ、サンプルバイアスを回避できません。
これから、起こることが、科学的な<歴史的なコメの価格高騰が起きた要因や対応の検証>ではなく、権威者が<歴史的なコメの価格高騰が起きた要因や対応>を決めつけるプロセスになります。
これは、科学のプロセスではないので、問題が解決されることはありません。
<歴史的なコメの価格高騰が起きた要因や対応の検証>には、「問い」がありませんので、考えることすらできません。
たとえば、「歴史的なコメの価格高騰」が何を指すのか不明です。
コメは、5kgで、4000円を超えました。
西村カリンは、次のように言いました。
<多くの専門家によると、コメ高騰の原因は生産量が足りないことだ。説得力のある説明だが、政府は「足りている」という立場を変えていない>
生産量が足りない場合には、コメの価格が上がりますが。これは、正常な市場原理であって、「高騰」には、該当しません。問題は、高騰ではなく、生産量を増やさなかったことにあります。
仮に、<政府のコメは「足りている」という立場>に立てば、コメは、需給バランスで説明できない高騰になります。
この2つは、全く異なる問いです。
仮に、<政府のコメは「足りている」という立場>に問題があるのであれば、最初の問いは、需給バランスになります。
備蓄米制度は、需給バランスが把握できているという前提で成り立っています。
つまり、需給バランスが、成り立っていない場合には、政府は、<備蓄米制度の破綻>を放置してきたことになります。
その場合には、無謬主義が破綻します。それでは困るので、、<政府はコメは「足りている」という立場>に立っていますが、これを支持する事実はありません。
要するに、<政府も、パラダイムの論理を忌避する段落の論理に「汚染」されている>ので、科学的な検討はできません。
需給バランスの把握は、社会主義が破綻した最大の原因です。
いまのところ、これを解決する有効な手段は、市場原理しかありません。
需給バランスの把握は、資本主義と社会主義を区分する分水嶺になっています。