リストラと教育の問題点整理(1)

1)リストラと教育



野口悠紀雄氏は、次のように言います。(筆者要約)

 

大規模な人員削減は、日本の終身雇用制度が限界に達しつつあることを示す。

 

「学歴と所属企業に基づく人生設計」は、限界を迎えている。

 

教育制度や雇用制度、再教育支援の見直しを通じて、個人が多様なキャリアを築けるような環境を整えることが急務だ。

 

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日産とパナソニックの「大規模人員削減」が示唆する「学歴社会」の終焉…!これからの時代に「必要なこと」2025/05/28 現代ビジネス 野口悠紀雄

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筆者は、1995年の日経連の経営改革ビジョン「新時代の日本的経営」は、日本経済を破壊した原因であると考えます。つまり、日本の終身雇用制度は、1995年に終わるべきであったと考えます。したがって、2025年に、「日本の終身雇用制度が限界に達しつつある」とは考えません。30年前に、終身雇用制度を放棄していれば、日本経済のパフォーマンスはアメリカ並みであったと考えます。

 

雇用制度と教育は、野口悠紀雄氏が指摘するように、リンクしています。

 

そして、この問題点の整理が必要であるという点では、野口悠紀雄氏の主張に賛同します。

 

ただし、この問題は、分解整理が困難です。

 

卵と鶏のような関係があります。

 

なので、上手く説明できるかわかりませんが、試行錯誤してみます。

 

「学歴」には、合理的な価値はありません。

 

しかし、受験指導では、学歴で、就職と所得が決まると考えています。

 

学歴フィルターがあると考えられています。

 

2025年現在、日本には、学歴フィルターがあります。

 

学歴フィルターがない場合には、人事担当は、能力評価をする必要があります。

 

しかし、能力は、何をするかという目的がなければ評価できません。

 

ジョブ型雇用では、ジョブという目的があるので、目的を基準に能力を評価できます。

 

年功型雇用には、目的がないので、能力評価ができません。

 

その結果、能力主義ではなく、成果主義になります。

 

成果主義では、画期的な新製品をつくれませんので、技術が停滞します。

 

カメラのレンズは、単純な製品で、目に見えないノウハウはほぼありません。

 

中国のレンズメーカーは、古典的なダブルガウスタイプのレンズと日本のメーカーのレンズのデッドコピーからスタートしています。

 

ダブルガウスタイプとは、レンズを対象に並べて収差を押さえる手法です。

 

中国のレンズメーカーは、何年も赤字にはならないにしても、さしたる成果が上げられませんでした。

 

その状態を続けながら、技術を習得することで、2023年頃には、日本のメーカーに追いつき、2025年現在では、日本のメーカーを超えています。

 

1990年代に、文部科学省は、日本の大学に成果主義を採り入れ、昇格に、中身に関わりなく論文の本数を要求しました。

 

その結果、日本の大学の論文のレベルは低下しました。

 

技術開発には、成果がでない状態を我慢する必要があります。

 

成果主義になれば、そうした技術開発は排除されます。

 

もちろん、能力がなくて、成果が出せない場合もあります。

 

その場合には、何年経っても、成果はでません。

 

つまり、能力の識別には、目利き(専門分野の知識)が必要になります。

 

企業の人事部には、これは、できません。ですから、学歴フィルターがあります。

 

「新時代の日本的経営」は、身分制度であり、目利きを否定したので、中国に技術的に負けました。

 

政府は、現在も、目利きを否定した法案を次々につくっています。

 

政府は、日本から、新技術を追放したいのです。

 

まともなエンジニアであれば、日本では、仕事にならないことがわかるので、頭脳流出するでしょう。

 

政府は、AI新法をつくり、総理大臣をトップとして、すべての閣僚が参加する「AI戦略本部」を新たに設けるほか、AI開発や活用に関する「AI基本計画」を策定するとしています。

 

これは、法度体制です。

 

集合論でいえば、AIという単語(集合、オブジェクト)は、集合の要素(インスタンス)を明示して初めて、集合になります。

 

パールは、変数は「問い」であり、値は答えであるといいます。

 

Y=3+5

 

では、Yは「問い」です。8(=3+5)が答えです。

 

Yという変数に、8という値を対応させることで、Yは、要素を持ち、集合になります。

 

Yだけでは、何の意味もありません。

 

AIという変数に、何を対応させるかは、法律では、かけません。

 

総理大臣には、その能力はありません。

 

AI新法には、補助金をつくるアリバイになり、税金の無駄遣いを拡大する目的があります。

 

この先には増税が待っています。

 

集合論(数学)を無視した法律には、実効性がありません。

 

野口悠紀雄氏は、データから帰納法で、<「学歴と所属企業に基づく人生設計」は、限界を迎えている>といいます。

 

筆者は、「学歴と所属企業に基づく人生設計」は、1995年の日経連の経営改革ビジョン「新時代の日本的経営」に基づいていると考えます。小泉改革は、「新時代の日本的経営」という設計図を実現しています。その結果、日本経済は、設計図どおりに、破綻しています。

 

従って、<教育制度や雇用制度、再教育支援の見直しを通じて、個人が多様なキャリアを築けるような環境を整えることが急務>とは考えません。

 

問題は、30年前の設計図にあるから、「急務」とは言えません。

 

設計図がある場合には、帰納法を使って、法則を抽出する必要はありません。

 

これは、野口悠紀雄氏のような碩学をもってしても、段落の論理に囚われていることを示しています。

 

水林章氏が、法度体制が日本度に組み込まれているという主張を裏付けています。

 

検討は、パラグラフの論理から、始める必要があります。