4)理解すること
前回は、理解することを、<2段目の「介入」から3段目の「反事実」にあがる>という説明を考えました。
手術を受ける時には、医師は、手術を受ける場合と手術を受けない場合のメリットとデメリットの説明をうけます。
担当医が、この点について納得ができる十分な説明ができない場合には、セカンドオピニオンを求めます。
セカンドオピニオンを求める場合は、担当医が、病気と治療法を十分に理解していないと感じるときです。
大規模金融緩和のときに、政府は、大規模金融緩和を行う場合と大規模金融緩和を行なわないを受けない場合のメリットとデメリットの説明をしていません。
国民は、この点について納得ができる十分な説明がないと感じましたが、セカンドオピニオンを求めることができませんでした。
大阪・関西万博のときに、政府は、大阪・関西万博を行う場合と大阪・関西万博を行なわないを受けない場合のメリットとデメリットの説明をしていません。
国民は、この点について納得ができる十分な説明がないと感じましたが、セカンドオピニオンを求めることができませんでした。
担当医と並べてみれば、政府は、大規模金融緩和と大阪・関西万博について、十分理解できていないことがわかります。
今回は、理解することを別の視点で考えます。
筆者には、数学科を卒業した同級生がいます。
筆者が高等学校で数学を学習するときには、練習問題集を解いて答え合わせをすることで、理解ができているかを確認していました。この方法は、大学の学部課程までは使えます。高等学校程、問題集が豊富ではありませんが、教科書には、練習問題がついています。
しかし、修士以上の内容になると練習問題はありません。
数学科を卒業した同級生は、修士まですすんだので、筆者には、同級生がどうして、理解を確認しているのか疑問でした。
筆者は、数学を自習しました。学習の最初の頃は、理解の確認が大問題でした。しかし、この問題は、アルゴリズムをかけば、簡単に実行ができるスクリプトタイプの言語(MATLAB、pyhton、Rなど)の出現によって解決しました。
アルゴリズムを書いて、数値例を入れて、計算してみれば、自分が理解できているかを判断できます。
パールは、「因果推論の科学」(P.26)で、次のようにいいます。
<
AIの世界では、機械に教えることができなければ、そのトピックを本当に理解しているとはいえない。
>
生成AIが出て来る前には、AIは、大学入試問題を解くことができませんでした。
その時に、あるAIの研究者は、「AIは、日本語の意味を理解できない」といっていました。
しかし、筆者は、その発言が理解できませんでした。
人間が意味を理解していることを、どうして確かめることができるのでしょうか。
生成AIに、もっともらしいが「事実とは異なる内容」や「文脈と無関係な内容」といった誤情報(ハルシネーション、Hallucination、幻覚)を生成するという人もいます。
しかし、ある情報が、ハルシネーションであることを、どうして確かめることができるのでしょうか。
過去に起こったことについては、事実と異なる場合には、その推論に、ハルシネーションのラベルを付けることができます。
しかし、将来、起こることについては、その推論に、ハルシネーションのラベルを付けることはできません。
因果推論では、潜在的な結果(反事実)も客観的な事実と考えます。「事実とは異なる内容」(反事実)は、客観的な事実になります。
サイコロを転がして、1の目が出たとします。2から6の目は、反事実です。しかし、この反事実の可能世界を認めないと、サイコロの目がでる確率が計算できません。
4-1)表現と情報
パーは、表現が先で、情報が後であるといいます。
現代音楽では、半音の更に半分の微分音をつかいます。
この場合には。従来の五線譜は使えません、微分音を使う現代音楽の作曲家は、記譜の方法をつくるところから始めています。
筆者は調理にオーブンを使います。
オーブンの温度は、使用震度の一番高い標準温度がデフォルトになっています。
これは、焼く温度が普通の場合を意味します。
困ったことに、標準温度は、メーカーによってことなり、170度のメーカーと180度のメーカーがあります。
人間のシェフの場合には、この10度の差は認識できていません。
しかし、セ氏温度という形式が決まれば、170度と180度の情報は異なります。
人間の感覚では、グレードは、通常は、7カラ8段階(3ビット)程度です。
温度計で数値化された場合には、8ビットの情報を扱うことができます。
筆者は、この点で、人間のシェフは、ロボットシェフには勝てないと考えています。
有名レストランで修行したシェフは、今後、ロボットシェフに必ず負けます。
筆者が、そう考える理由は、情報戦で、人間には、勝ち目がないからです。
情報戦で、人間には、勝ち目があるか否かという問いは、温度をセ氏で表現する世界であれば、簡単に比較して検討できます。
しかし、温度を「標準、高い、低い、より高い、より低い」などの3ビットの世界で表現すれば、人間のシェフと、ロボットシェフの能力には、差がないことになります。
筆者は、定性表現は、出来損ないの定量表現であると考えます。
4-2)言葉
ニュートンは、力学を記述するために、微分と積分という数学言語を作りました。
微積分という数学言語なしに、力学を記述することはできません。
パールは、因果推論をするために、因果ダイアグラムと記号言語を作っています。
微積分記号は、一般の日本語には、ありません。
微積分記号を見れば、たいていの人は、それが理解できていないことに気づきます。
パールは、「因果推論の科学」(p.16)で、次のようにいいます。
<
最大の問題は、普通の人が因果関係について表現するときの語彙と、科学者が科学理論について表現するのに伝統的に利用してきた語彙の間に根源的な断絶があったということだと私は考えている。
>
つまり、因果推論の語彙と通の人が因果関係について表現するときの語彙は異なります。しかし、微積分記号のように、語彙が違うことが、一見してわからないのです。
4-3)因果関係に基づく世界のモデル
因果関係に基づく世界のモデルが共有できている場合には、コミュニケーションと理解ができます。
経済学者は、トランプ大統領の関税政策に否定的です。
これは、経済学の世界のモデル(メンタルモデル)が、経済発展を原則にしているためです。
2国間の自由貿易は、2国間の生産の和を最大化します。
一方、トランプ大統領の疑問は、次の2点です。
第1は、貧富の差がついたときに、機会の平等性があるか。
貿易黒字の国の利益は、貿易赤字の国に寄付されません。
第2は、自由貿易を優先すると、アメリカの国内の製造業が衰退して、軍事力が崩壊するのではないか。
経済学者のメンタルモデルには、この2つの問いに対する解答がないと思います。
前回は、反事実が理解の基礎である点をのべました。
この状態は、世界のモデル(メンタルモデル)の共有ができていないと考えることができます。