なぜの本(4)

2-5)自動運転とタクシー業界

 

ライドシェアは、タクシー業界の利権の対象になっています。

 

自動運転タクシーはすでに、世界では、実用化していますが、日本は、タクシー業界の利権と自動運転自動車を製造できない自動車メーカーの利権を優先して、自動運転タクシーは認められていません。

 

一方では、運転手は不足しています。

 

ライドシェアと自動運転を禁止していることにより、過疎地域の交通体系は崩壊しています。

 

政府は、過疎地域の地域住民の便益より、タクシー業界の利益を優先しています。

 

世界で最初の自動運転タクシーの試験運用は、2013年にシンガポールで行われています。

 

中国とアメリカでは、自動運転タクシーが実用化していますが、2013年の試験運用から、10年以上経っていますから、実用化がはやすぎるとは言えません。

 

この間に、画像認識技術とAIの飛躍的な進歩がありました。

 

マスコミは、自動運転の事故を大きく取り上げます。

 

しかし、人間のドライバーも事故を起こします。

 

自動運転は、飲酒運転をすることはありません。

 

高齢や病気の人は、視力が低下したり、反射反応が遅くなったりします。

 

自動運転も、機械が故障することがあります。

 

しかし、メンテナンスや修理でこうした弱点をカバーすることは、人間のドライバーの品質管理に比べれば容易です。

 

人間が運転すべきか、自動運転を活用すべきかの判断は、個別の事故のデータではできません。

 

確率分布を考えて、両者のメリットとリスクを比較する必要があります。

 

恐ろしいことに、2025年現在では、そのようなデータは公開されていません。

 

ライドシェアも同様に、メリットとリスクを比較する必要がありますが、データがありません。

 

さて、漁獲量のTACでは、次のような問題がありました。

 

ここで、TACの2種類のシナリオを考えます。

 

S1は、現状のように、TACを大きく設定するシナリオです。

 

S2は、「TAC<ABC」になるように、資源量を確保するTACの設定です。

 

シナリオ    S1   S2

 

1年目   TAC大  TAC小

2年目   TAC大  TAC小

3年目   TAC大  TAC小

 

TACの設定では、TACを大きく設定すれば、漁獲努力量を増やすことができます。

しかし、漁獲努力量を増やせば、資源量が減ってしまいます。

 

問題は、TACではなく、3年間の漁獲量の期待値の合計です。

 

3年間の漁獲量の期待値の合計は、「S2>S1」になるはずです。

 

つまり、シナリオS1の選択には、合理的な根拠がありません。

 

パールは、「因果推論の科学」(p.60)で、次のように言います。

 

反事実的な問いに答えられる因果モデルを持っていたとしたら、それによる利益は計り知れないほど大きい。何か大失敗をした場合にも、その原因がわかるので、その後は同じ失敗をしないように対策を講じることができる。(中略)(反事実を使って、筆者補足)「状況が違っていたらどうなるか」という問いに答えられれば、私たちは歴史から学ぶことができる。

 

シナリオの比較とは、可能世界の比較であり、反事実的な問いになります。

 

自動運転についても、可能世界の比較ができます。

 

区間を10年単位にとり、自動運転の導入が最大限遅れる場合のシナリオをS1とします。これより、自動運転の導入のはやいシナリオS2とS3を考えます。

 

シナリオ    S1      S2      S3

 

2013-2022   自動運転なし 自動運転なし 自動運転あり

2023-2032   自動運転なし 自動運転あり 自動運転あり

2033-2042   自動運転あり 自動運転あり 自動運転あり

   

この30年間の期待利益(便益)を、タクシー業界、政治家、官僚、地域住民について、推計することができます。

 

有権者は、地域住民の期待便益を最大化するシナリオを希望し、そのようなシナリオを提示する政治家に投票するはずです。

 

日本の政治学は、住民にこのような情報提供をできていません。

 

つまり、因果革命から、取り残されています。

 

S1は、地域住民の期待便益を最大化しません。おそらく、地域住民の期待便益を最大化するシナリオは、S3です。

 

それでは、S1は、タクシー業界の期待便益を最大化するでしょうか。

 

実は、S1が、タクシー業界の期待便益を最大化するとは、言えません。

 

S1シナリオには、運転手が集まらなくなって、倒産してしまうリスクがあります。

 

政治家と官僚は、反事実、つまり、科学を否定しています。

 

パールは、「因果推論の科学」(p.60)で、「物理法則は反事実的な主張として解釈することができる」といっています。

 

反事実がない世界では、科学は成立しません。

 

石破首相は、「日本の国会では、もしもの議論はしないルールになっている」といいます。

 

日本の国会では、科学は通用しません。政治家は、永井陽之介氏のような「政治の世界は、利権を中心に動いている」というメンタルモデルで動いてます。

 

このメンタルモデルには、反事実はなく、短期的な利益(利権)がすべてになります。

 

政治家は、次の選挙の当選だけを考えています。

 

帰納法をつかって、過去の政治活動を分析すれば、永井陽之介氏のような「政治の世界は、利権を中心に動いている」というメンタルモデルになります。

 

しかし、帰納法には、反事実的思考である可能世界が欠けています。

 

つまり、帰納法は、科学ではありません。