2-5)漁獲量
日本の漁業生産量は1984年のピークから7割減っています。
大野和幸氏は、その原因を次のように整理しています。
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なぜ日本がここまで落ちてしまったのか。歴史的に見るといくつか複合的な原因が考えられる。
1:とりすぎによる資源量の減少
2:地球温暖化に伴う海水温上昇
3:外国漁船による乱獲
4:遠洋・沖合漁業からの後退
5:マイワシといった固有の魚種の激減
6:漁業従事者の減少
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魚の獲りすぎをやめないと、日本の魚は枯渇する 2050年に漁獲量ゼロ?墜ちた漁業大国ニッポン 2024/05/27 東洋経済 大野和幸
https://toyokeizai.net/articles/-/756384?
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なお、世界の漁獲量と水産物価格は、ずっと上昇トレンドにあります。
1996年に発効した国連海洋法条約から、漁業資源管理が国際的に義務づけられています。
漁獲量には、次の関係式が成り立ちます。
漁獲量 = 漁業資源量 X 漁獲努力量
マスコミは、漁獲量が減ったことを問題視していますが、漁業資源量が十分あれば、漁獲努力量を増やせば、漁獲量は増えます。
問題は、漁業資源量になります。
実は、水産庁のデータには、漁業資源量は出てきません。
漁業資源量に、資源増加率(第1には、成長量)をかければ、漁獲しても、もとの資源量が減らない範囲が推定できます。
これは、元本に手をつけず、利子だけを消費していれば、資産額が減少しないのと同じ論理です。
この利子に相当する漁獲量を生物学的許容漁獲量(ABC)といいます。
漁業資源管理では、ABCを基準に、魚種別に1年間の漁獲量を漁獲可能量(TAC)を設定します。
元本に手をつければ、資産額が減少してしまうので、次の必要条件があります。
ABC>TAC
筆者には、理由は、理解できませんが、TAC(漁獲可能量)の設定は、生物学的許容漁獲量(ABC)がベースとなっていますが、漁業者の経営状況等も配慮して、「ABC<TAC」になっています。
例えば、平成9年のTAC設定初年度以降、円滑なTAC導入を行うため、漁業経営への影響を考慮してABCを超えて漁獲実績に見合ったTACを設定しています。平成19年 には、4魚種9系群でABCを超えたTACを設定しています。
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TAC制度、IQ・ITQ方式について
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kanri/other/pdf/data4-3.pdf
資源管理の在り方の見直しについて
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/minutes/wg/2009/0730/item_090730_02.pdf
令和 6(2024)年度 漁獲管理規則および ABC 算定のための基本指針
https://abchan.fra.go.jp/references_list/FRA-SA2024-ABCWG02-01.pdf
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「立法と調査」には、TACの設定には、大臣管理漁業分と都道府県知事管理漁業分のTACの枠があると書かれています。(太字、筆者)
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ABCの算定は、市場への水揚げ量、調査船による資源尾数・重量の調査、年級群6の解析等によって行われる。ABCでは、当該年の産卵数が分からないため、0歳の年級集団の数は、推定によらざるを得ないなど、不確実性が内在している。また、資源の回復を図るのか、それとも親魚量の維持を図るのかなど、その算定に当たっては複数の考え方が成り立つため、一義的に決まるものではない。このようにABCには、精度の問題、複数の管理シナリオの問題がある。このため、TAC有識者懇の取りまとめでは、ABCの特性について漁業者など関係者の理解を得られるよう、関係者の参加の下に公開の場での説明や意見交換を行うとともに、一定のルールに基づき資源の再評価、ABCの再算定を行い、TACの期中改定の検討材料を提示することを改善方向として挙げている。
ABCは、算定結果に不確実性が内在する面はあるが、その算定は、科学的方法によっており、TACは、そのABCを基に設定される。資源保護の理論的観点からは、TACはABCの範囲内で設定されるべきであるが、実際には、経済的な実情等が優先され、スケトウダラやサバ類などにおいてTACがABCの 1.5 倍以上になるなど、しばしばTACがABCを上回って設定されてきた。
TACの設定がABCを上回る理由については、まず調整枠の存在が挙げられる。TACの枠は、大臣管理漁業分と都道府県知事管理漁業分に分けられ、大臣管理漁業にあっては底引き網、まき網等の漁業の種類ごとに、また、都道府県知事管理漁業にあっては都道府県ごとに細分化し、実績に応じて配分される。しかし、浮魚類については漁場がどこに形成されるか分からず、漁場形成後に枠の追加配分を行うためにあらかじめ一定の枠を調整枠として用意しておかなければならない。調整枠は、TACの内数として設定されていたため、当初の配分量をABCと同じ量に設定すれば、追加配分用の調整枠の分だけTACがABCを超えることになった。
TACがABCを超過する第二の理由は、TACを設定する際に漁業経営等社会経済的な事情を考慮することによる。具体的には、スケトウダラではABCが急激に減少したが、TACの設定も同様に大きく減らしたのでは、漁業者や加工流通業者の経営に大きな影響を与えることになるため、減少幅を小さくせざるを得ず、結果的にABCを超えることになった。逆に、サンマでは豊富なABCに対し需要動向を勘案し、TACはABCを下回って設定されている。海洋生物資源保存管理法第3条第2項には、TAC設定に当たって、社会経済的な要因を考慮することができる旨の規定が置かれている。
しかし、TACがABCを上回ることは不自然であり、資源回復という目的達成の観点からは、できる限りABCの範囲内に収めることが必要である。
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水産資源管理をめぐる課題~TAC制度の問題とIQ方式等の検討~ 立法と調査 2011.1 No.312
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2011pdf/20110114101.pdf
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次の記述は驚くべきものです。
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スケトウダラではABCが急激に減少したが、TACの設定も同様に大きく減らしたのでは、漁業者や加工流通業者の経営に大きな影響を与えることになるため、減少幅を小さくせざるを得ず、結果的にABCを超えることになった。
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スケトウダラではABCが急激に減少したので、TACを減らさないと資源量がほぼ確実に枯渇します。
1年目に、TACを減らさなければ、2年目と3年目の漁獲量は、激減します。
ABCは、分布をもった確率変数です。ABCの分布が分かれば、3年間の期待漁獲量の和を最大化する毎年のTACの値を求めることができます。
その値は、1年目に「漁業者や加工流通業者の経営に大きな影響を与えることになるため、減少幅を小さくしたABCを超えるTACの設定」にはならないはずです。
実は、ABCの改定は、5年に1回の頻度に止まっています。
筆者は、ベイジアンなので、気が遠くなります。ABCは、毎年更新すべきです。
漁獲量が減っている第1の原因は、とりすぎにあります。
統計学がわかっていれば、あり得ないような、不合理な意思決定がなされています。
窪田順生氏の言葉でいえば、漁業政策は、「詰み」の状態にあります。
水産庁は、漁業政策は、利権の調整であると考えて、科学を無視しています。
TACの枠は、大臣管理漁業分と都道府県知事管理漁業分に分けられています。
漁業関係者は、与党に投票して、利権(予算、補助金)を確保すれば、問題が解決すると考えている可能性があります。
与党の政治家は、選挙に当選するために、利権(予算、補助金)を確保してくれます。
しかし、利権を確保することと、漁獲量を確保することの間には、因果関係がありません。
大野和幸氏の6項目には含まれていませんが、魚の生息域と餌となるプランクトンの確保は、必須の条件です。沿岸漁業の場合には、遠征湿地の復元、水質浄化機能のある貝の棲息が大きな条件になります。
利権の確保に走れば、こうした条件の確保のための協力を得ることが困難になります。
最後に、まとめますと、日本の漁業生産量が減る原因は、「ABC>TAC」を守らないためです。
日本の漁業生産量は、科学的な予想通りに、減っているといえます。
日本の漁業生産量の減少は、与党が選択した政策の結果で生じています。
与党に投票すると利権を確保してくれますが、漁業生産量の回復といった、問題を解決してくれる訳ではありません。
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政治の世界で人を動かす原理は3つ。1:利益の供与、2:脅迫、3:象徴の操作である。
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しかし、この視点には、科学がありません。
「3:象徴の操作」は、科学的な問題解決である必要があります。
パールは、「因果推論の科学」(p.21)で次のようにいいます。
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20年前ですら、「アスピリンは頭痛を止めるか」という(原因についての、筆者注)質問を統計学者に投げかけるだけで、「私はブードゥー教を信じています」と言ったかのような扱いを受けた。(中略)しかし、現在では、もののわかった学者(筆者要約)は、日常的にこの種の問いを立て、それに数学を駆使して厳密に答えている。
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「象徴の操作」の典型は、法度体制であり、天皇制の文化であり、年功型雇用です。
因果推論の科学は、「象徴の操作」に入れ替わります。
漁獲量の場合には、「アスピリンは頭痛を止めるか」という質問のかわりかわりに、「TACは漁獲量を回復するか」、あるいは、「TACは漁業収入を回復するか」という質問をセットすればよいと言えます。
減反の場合であれば、「減反政策は農業収入を回復するか」をセットすればよいと言えます。
これらの質問には、数学を駆使して厳密に答えることが可能です。