1)マンモス狩りのメンタルモデル
「因果推論の科学」の第1章に、「マンモス狩りのメンタルモデル」の図が出てきます。
この図を理解することは困難です。
「因果推論の科学」では、各章に例題がちりばめられています。
筆者の推測では、パールが「因果推論の科学」を執筆したプロセスは以下になります。
最初に、必要な数学的な理論の見出しのカードを作ります。
この見出しのカードを並べ変えて、もっとも理解しやすい理論の説明の順番を探索して、章の構成を決めます。
次に、各章の数学理論を数式をつかない説明にするために、出来るだけ適切な例題を探して、例題に置き換えます。
つまり、各章の例題の背景には、例題に対応する数学理論があります。
例題は、たとえ話ではなく、数式を使わずに数学理論を説明するツールになっています。
因果ダイアグラムは、メンタルモデルを表現するツール(言語、表現)です。
メンタルモデルの検討をするためには、言語(表現)が必要になります。
AさんとBさんのメンタルモデルが異なる場合には、バカの壁が発生して、理解すること(理解できる説明をすること)は不可能になります。
「理解することは大切である」という表現には、「理解できていること」と「理解できていないこと」を区別できる表現(言語)はありません。
パールは適切な表現がなければ、考えること、検討することはできないと主張します。
「マンモス狩りのメンタルモデル」の図は、「現実のメンタルモデル」を表す図です。
「マンモス狩りのメンタルモデル」の図は、因果ダイアグラムの下書きになっています。
2)経済学のメンタルモデル
伝統的な経済学の教科書では、生産の3要素は、図1の土地、資本、労働になっています。

一方、コブダグラス型の生産関数は、生産量は、図2の資本と労働と生産性の関数です。

なお、変数名を正確に書けば次になります。
Y = 総生産量(通常は1年の総生産量)
K = 資本ストック
L = 労働投入量
A = 全要素生産性
全要素生産性は、直接観測できない残差項です。
つまり、モデルの辻褄があうように調整するパラメータです。
パール流にいえば、コブダグラス生産関数では、全要素生産性を変えた場合(反事実)の 総生産量の予測はできません。
図3は、筆者が作成した図1を書きなおした生産の因果ダイアグラムの例です。
赤い矢印は、影響の増加が見られる変数、緑色の矢印は、影響の減少が見られる変数です。

このレベルの図があれば、生産性を上げるには、どうしたら良いかという思考実験ができます。
経済学者は、図3のような生産性を上げるための言葉をもっていないと考えられます。
経済学者は、図3のような生産性のメンタルモデルをもっていませんので、議論は空回りします。
経済学者は、全要素生産性が問題であるといいますが、具体的に、全要素生産性をあげるにはどうしたよいが、もっとも優先すべき問題点はどこにあるかという疑問に答えられません。
図4は、コンピュータサイエンティストの情報処置のメンタルモデルのフロー図です。
ここには、同じメンタルモデルを製品に当てはめた場合の変数名を添付してあります。

図4は、プロセス図であって、因果ダイアグラムの書き方ではありません。
図5の情報処理の因果ダイアグラムでは、図4を因果ダイアグラムに書き換えています。

図5に準じて、コブダグラス生産関数の因果ダイアグラムを書けば次になります。
コブダグラス生産関数が提案された1927年には、技術の影響は小さく、全要素生産性をい残差項として扱っても大きな問題はありませんでした。
現在は、技術の影響が大きくなっています。パールは、「ターボ符号」を用いることで、消費電力が減って、スマホの電池のもちがよくなった例を紹介しています。(p.199)

「因果推論の科学」の最大の論点で、なおかつ、未解決の問題は、「因果ダイアグラムは、なぜ有効に機能するのか」、「因果ダイアグラムより優れた手法があるか」という点にあります。
「図4 情報処理のフロー図」も、便利な図ですが、因果関係の検討には使えません。
パールは、「因果ダイアグラムより優れた手法」は見つかっていないが、「因果ダイアグラムがベストな手法」であることは証明できていないといいます。
ともかく、図3のような因果ダイアグラムを書かなければ、バカの壁を乗り越えることはできません。