10)カーネマンモデル
パールは、「因果推論の科学」(pp.94-106)で、カーネマンの「ファスト&スロー」の因果モデルを紹介しています。
図6は、筆者が作成したカーネマンモデルの因果ダイアグラムです。

カーネマンモデルの実例を説明します。
ここに、大学受験を控えた高等学校3年生がいるとします。
模擬試験の結果、希望するレベルの大学に合格する確率は、30%であるという判定結果が出ました。
この受験生が、同じレベルの大学を複数受験する場合を考えます。
受験校が1校の場合、不合格になる確率は70%で、合格する確率は、30%です。
受験校が2校の場合、全大学で合格になる確率は49%で、どちらかの大学に合格する確率は、51%です。
受験校が3校の場合、全大学で合格になる確率は34%で、どちらかの大学に合格する確率は、66%です。
受験校が4校の場合、全大学で合格になる確率は24%で、どちらかの大学に合格する確率は、76%です。
次に、30%が50%にあがった場合を考えます。
模擬試験の結果、希望するレベルの大学に合格する確率は、50%であるという判定結果が出ました。
受験校が1校の場合、不合格になる確率は40%で、合格する確率は、50%です。
受験校が2校の場合、全大学で合格になる確率は25%で、どちらかの大学に合格する確率は、75%です。
受験校が3校の場合、全大学で合格になる確率は12.5%で、どちらかの大学に合格する確率は、87.5%です。
受験校が4校の場合、全大学で合格になる確率は6%で、どちらかの大学に合格する確率は、94%です。
受験校を増やすことで、どちらかの大学に合格する確率を増やすことが可能です。
このテクニックは、p-ハッキングの手法と同じです。
カーネマンモデルの運とは、最初の方で受験した大学に受かる場合をさします。
希望するレベルの大学に合格する確率が、30%の場合、30%を33%の近似であると考えれば、3回受験すれば1回は合格することを意味します。
同じ大学を同じ年に3回受験することは、反事実になります。
しかし、借りに3回受験したとして、第1回目の受験で合格になる場合は、運があったことになります。
運を制御することはできませんが、運があれば、時間を節約できるので、競争優位になります。
仮に、大学を4回受験する計画を立てて、第1回目の大学に合格すれば、その後は、受験対策は不要になるので、次のステップに進むことができます。
カーネマンモデルは、オリンピックのメダルなど、いろいろな場面で使えます。
例えば、金メダルと銀メダルの違いは、実力(能力、才能)の違いだけでなく、運も関係しています。
金メダルと銀メダルの間のスコアの差が大きな場合には、運の影響は小さいと思われますが、スコアの差が小さいときには、運の影響が大きいと思われます。
また、受験における運の影響を小さくするには、複数回の試験の成績の合計または平均を使うことも考えらrます。
ニュージーランドでは、大学入学試験はなく、高等学校のときの複数回の到達度評価試験の成績をつかっています。この方法では、運の影響が小さくなるので、客観的な才能(能力)の評価が可能になります。
AGAROOT ACADEMYの資料によれば、都道府県によっては、小学校の教員採用試験の倍率が、1.3倍を切っている自治体もあります。
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教員採用試験の倍率は?全国の倍率の一覧と推移を解説 2025/02/19 AGAROOT ACADEMY
https://www.agaroot.jp/kyoin/column/kyoin-magnification/
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この場合には、全く文章が書けない、四則演算ができないなど、極端に成績に不備のある人をのぞけば、採用試験の合格は、実力とは関係がありません。
人材不足であれば、AIでもよいと思われます。
実力をもっとも効率的に上げることのできる演習問題は、正答率が50%の難易度の問題です。これは、情報理論から導き出されます。
AIであれば、各生徒の過去の正答率の傾向から、正答率が50%の問題をつくることが簡単にできます。
11)成果主義の間違い
カーネマンモデルが理解できれば、ジョブ型雇用は、成果主義ではなく、能力主義であることが理解できると思います。
運の部分の影響が大きければ、成果から能力を推定することは困難です。
年功型雇用の法度体制の場合には、カーネマンモデルがあてはまらないように思われます。
図7は、年功型雇用の因果ダイアグラムの例です。
年功型雇用では、成果に関連する意思決定は、提案の内容ではなく、提案者のポストに依存します。
たとえば、新規採用の社員は、能力があっても、OJTで年功型雇用の階段をあがってしかるべきポストにつくまでは、その能力を活用することができません。

図8は、図7を書き直しています。
ここでは、赤色の矢印を追加しました。
この矢印は、ポストが、才能より優先する場合には、ポスト優先が才能を抑制する原因になることをしめしています。
これは、法度体制の基本ルールに対応しています。
能力主義の場合には、能力があれば、ポストにつくことができるので、この赤い矢印は、逆向きになり、能力からポストに向うと思われます。

年功型雇用のOJTの階段は、古い技術の習得になり、組織の硬直化をまねき、技術革新に取り残される選択をしていることになります。
筆者は、年功型雇用の一部に成果主義を導入することは無意味であると考えています。
このように考える理由は、年功型雇用の一部に成果主義を導入しても、年功型雇用の因果ダイアグラム1と2は、殆ど変化しないからです。
年功型雇用では、仕事のチャンスは、ポストについています。よいポストにつかなければ、良い成果をあげられません。
これは、年功型雇用の因果ダイアグラム1と2で、ポストから成果に向う矢印で示されています。
成果主義では、成果があがれば、歩合給などで、給与はあがります。
しかし、成果があがっても、ポストはほとんどあがりません。
成果があがれば、年功順の昇進で、同期の社員より早くポストがあがります。
しかし、その偏差より、入社年次で、ポストのランクが決まるという基本ルールの影響の方が遥かに大きいです。
つまり、「ポスト=>成果」の矢印と「成果=>ポスト」の矢印のどちらが、主流であるかと言えば、「ポスト=>成果」の矢印になります。
パールは、科学は現実世界を単純化するといいます。因果ダイアグラムの矢印は、一方方向でなければなりません。
「工場の因果ダイアグラム1(介入後)」では、この因果ダイアグラムは、介入直後の因果構造を表し、時間が経過すれば、介入の影響のない因果構造にシフトする可能性を説明しました。
同様に考えれば、年功型雇用の因果ダイアグラムには、通常時のダイアグラムと、昇進評価時のダイアグラムの2種類の因果構造が存在するという解釈も可能です。
ただし、因果モデルは検証される必要があります。
また、因果モデルが複雑になると、検証データの収集のコストも増加します。
それに見合うだけの予測精度の改善が考えられなければ、単純なモデルを使うべきです。