1)ウィキペディア
英語版のウィキペディアの「人権Human rights」を引用します。
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人権は、人間の行動基準を確立する普遍的に認められた道徳的原則または規範であり、多くの場合、国内法と国際法の両方で保護されています。これらの権利は固有のものであり、譲渡不可能であると考えられており、国籍、民族、宗教、社会経済的地位などの特性に関係なく、人間であるというだけですべての個人に属します。人権には、生存権、表現の自由、奴隷からの保護、教育を受ける権利など、市民的、政治的、経済的、社会的、文化的権利の広範な範囲が含まれます。
現代の人権の概念は、第二次世界大戦後、特にホロコーストの残虐行為を受けて著しく重要になり、1948年に国連総会で世界人権宣言(UDHR)が採択されました。この文書は、各国が保護するよう奨励される権利の包括的な枠組みを概説し、人間の尊厳、自由、正義に関する世界基準を設定しました。UDHRはそれ以来、これらの権利を世界中で促進し保護することを目的とした数多くの国際条約や国内法に影響を与えてきました。
普遍的な人権の原則は広く受け入れられていますが、どの権利を優先すべきか、どのように実施すべきか、そして異なる文化的背景においてそれが適用可能かどうかについては議論が続いています。批判は、共同体や集団主義のアイデンティティを優先する社会では個人の人権は不適切であり、特定の文化的または伝統的慣習と衝突する可能性があると主張する文化相対主義のような観点から生じることが多いです。
それにもかかわらず、人権は国際関係と法的枠組みにおいて依然として中心的な焦点であり、世界中の人権基準の監視と施行に取り組む国連、さまざまな非政府組織、国家機関などの機関によって支えられています。
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次の指摘
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批判は、共同体や集団主義のアイデンティティを優先する社会では個人の人権は不適切であり、特定の文化的または伝統的慣習と衝突する可能性があると主張する文化相対主義のような観点から生じることが多い
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には、夫婦別姓問題などが該当します。
つまり、英語版のウィキペディアの解釈では、夫婦別姓問題は、人権に対する該当の一例になります。
同様に、女性の天皇を認めないことも、人権に対する批判の一例になります。
人権が重要である理由は、次のヒエラルキーがあるからです。
人権=>憲法=>個別法
2)ジェンダーギャップと人権
世界経済フォーラムが、2024年6月12日に発表した「Global Gender Gap Report 2024」では、日本のジェンダーギャップ指数が、世界146か国中の118位でした。
日本には、法の支配がありません。
1999年に、男女共同参画社会基本法ができました。
男女共同参画社会基本法は、法の支配ではなく、法治主義(法治国家)でできています。
男女共同参画社会基本法は、既存の憲法違反(ジェンダーギャップを野放し)の個別法を温存して、既存の個別法にバッティングしない範囲で、男女共同参画をする法律です。したがって、この法律では、ジェンダーギャップはなくなりません。
例えば、年功型雇用は、ジェンダーギャップを固定化します。
法の支配に基づけば、年功型雇用は、憲法違反です。
年功型雇用(法度体制)は、ジェンダーギャップを温存する人権無視のシステムなので、ジャ―ニーズ問題やフジテレビ問題が繰り返されます。
法度体制が、人権無視になる構造は、太平洋戦争の特攻と全く同じです。
アメリカでは、トランプ大統領が、無理のある幹部人事をしています。
しかし、アメリカは法度体制ではなく、アメリカには、法の支配があります。
トランプ大統領の幹部人事は、議会の承認をうけています。
少なくとも、共和党は、この人事を支持しています。
アメリカは、パラグラフの論理の国ですから、幹部人事の推薦理由には、データとロジックが添付されています。そこには、候補者の能力が書かれています。
日本でも、幹部人事が国会の審査をうける場合があります。その場合、幹部人事の推薦理由は、段落の論理で書かれています。そこには、データとロジックがないので、現実問題として、よほどの不祥事が発覚しない限り、推薦に反対することはできません。
日本の典型的な推薦理由書は、成果主義(経歴主義)であって、能力主義ではありません。能力主義でなく、成果主義(経歴主義)であれば、政府の中枢は高齢者だらけになります。
経歴(あるポストにいた)ことは、能力とは関係がありません。
官僚の書いた答弁を棒読みする大臣には、能力は必要がありません。
能力主義であれば、官僚の書いた答弁を棒読みする大臣は、無能なので、すぐにクビになります。
「善処します」、「今後検討します」、「有識者会議に図ります」という答弁は、質問の内容がわからなくとも使える万能答弁です。つまり、こうした答弁には、能力は必要がありません。能力主義の世界では、このような答弁をすれば、能力がないとして、クビになります。
能力主義を否定して、経歴主義(成果主義)を蔓延させる仕組みは、段落の論理と法度体制です。
今まで、年功型雇用の企業は、新卒の一括採用をしてきました。初任給は、経歴主義(成果主義)です。大学の成績と学習によって身につけたスキル(能力)を評価していません。
その結果、無能であっても、しかるべきポストにつけば高い給料がもらえます。
大学でスキルを身につけても、給与はふえません。
大学はレジャーランドになっています。
しかも、文部科学省は、習得主義ではなく、履修主義を強要しています。文部科学省は、授業に出席していれば、スキルを身につけていなくとも、落第することを許可しません。
スキルを持っていない学生だらけになれば、技術力がなくなって、企業は国際競争力を失います。
その結果、日本では、スマホも、AIも、ドローンもつくることができなくなりました。
日本企業は、能力を評価した給与を払わないので、数少ない高度人材は、海外流出しています。
パラグラフの論理の世界では、ポストに見合った能力がなければ、クビになります。
法治主義で、人権無視の個別法を温存すれば、ジェンダーギャップはなくなりません。
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石破茂首相は2025年4月7日の参院決算委員会で、ガソリン税の暫定税率廃止について「必ず実現することが私の決意だ」としつつ「法改正を伴うのでそんなに簡単ではない」と指摘しました。
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石破首相、コメ増産「実行に移す」 ガソリン補助金を拡充―参院決算委 2025/04/07 時事通信
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025040700723&g=eco
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これは、異常な発言です。
国会議員は、三権分立では、法律をつくることが、第1の仕事です。
「法改正を伴うのでそんなに簡単ではない」を言い換えれば、首相は「国会議員が法律をつくることが困難である(三権分立の実現は困難である)」と言っています。
日本には、三権分立がないのです。
首相が、「法改正を伴うのでそんなに簡単ではない」といった理由は、法の支配を無視して、法治主義を優先していることを指しています。
ここには、「法改正は、既存の法律と矛盾してはならない」という法治主義があります。
法の支配のあるアメリカでは、個別法は、時代とともに、変化する憲法のインスタンスに合わなくなれば、改定が必要になると考えます。個別法の間の矛盾は、あって当然であると考えます。
そして、矛盾する個別法を、人権と憲法を基準にして調整することは、裁判所の重要な仕事になっています。
「法改正を簡単にできない」国会には、法の支配がありません。