1)留学生の奨学金問題
一部の政治家は、次のように指摘しています。
東京大学では中国人留学生は2008年度の727人から徐々に増加し、2024年度は3396人と4倍以上になっています。
博士課程の学生に対して1人あたり最大で年間290万円を支給する制度(次世代研究者挑戦的研究プログラム「通称SPRING」)の受給を受けている人は、2024年度は、全体で1万564人で、その約4割の4125人が外国人留学生、さらに、その中の2904人を中国人留学生が占めています。
政治家は、運営費の大半が税金である国公立大学の博士課程において、外国人学生が奨学金(これも税金)を得て、多く学んでいるのは、税金の使い道として「疑問」であるといいます。
2)冷泉彰彦氏の反論
冷泉彰彦氏は、<問題の本質は、「日本人学生が人文系の博士課程に行かない」という現象にある>といいます。
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第1に、大学教員の需要が減っています。
大学を国際化するため大学教員の「空きポジション」について、大学は英語圏など外国に留学して博士号を取った人材や、外国人を優先して採用する傾向がある。
第2に、日本の企業は、技術系は別として大学や大学院で学んだことを重視せず、博士課程卒を「敬して遠ざけ」ます。
第3に、高校の職員室は博士課程修了者に対して、門戸を開いていません。民間企業と同様に、他の先生達の自尊心を乱すだけの存在という見方をしています。
さらに、ここ数年の「人文科学軽視」の風潮を反映して、若い人の間で、人文科学へ関心のある人は減っている。
一方で、例えば中国などアジアの学生の場合は日本文化を学んで、アジアにおける近代化の問題を考えたい。
少なくなった日本の若者には実学を学んで稼いでもらう、一方で日本文化の積極的な研究や維持の活動は外国人や外国の研究機関に期待する動きは止められない。
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博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日本社会の側にある 2025/04/02 Newsweek 冷泉彰彦
https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2025/04/post-1387.php
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3)周来友氏の解釈
周来友氏の解釈を引用します(筆者要約)
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東京大学には現在3545人もの中国人留学生が在籍しており、その割合は学生全体の12%強に及ぶ。留学生の大半は大学院生なので、大学院に限れば4から5人に1人が中国人という状況だ。
赤門前の本郷通りに軒を連ねていた書店は激減し、代わりに「ガチ中華」を含む中華料理店が台頭。構内に入れば、そこら中から中国語が聞こえてくる。
学費が安く、奨学金なども利用しやすい日本の大学は「コスパがいい」。
何より競争が熾烈な中国でトップレベルの大学に合格するのは並大抵ではなく、それに比べれば東大の入試は「簡単」なのだ。中国人留学生が増えるのも当然だろう。
中国の悪名高いお家芸──カンニングと裏口入学だ。東大とは言わずとも、それらの悪行が日本の大学で横行し始めている。
もう1つの裏口入学だが、中国では昔から「紅包」(賄賂)を渡せば教授が便宜を図ってくれるというやり口がまかり通っていた。今は罰則が厳しくなったが、その手口が日本の大学でもひそかに蔓延しているらしい。在日中国人のSNSには、4桁万円を用意し、1年前に依頼すれば、上位校でもテストなしに入学させられるとうたう斡旋業者が現れている。
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日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻な問題 2025/02/26 Newsweek 周来友
https://www.newsweekjapan.jp/tokyoeye/2025/02/post-228.php
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4)問題点の整理
冷泉彰彦氏は、アジアにおける近代化の問題を日本を例に考えたいという学生がいると予想しています。
しかし、2025年に、留学生が日本を選ぶ第1の動機は、周来友氏のいう入学しやすく「コスパがいい」ためと思われます。
その理由は、30年前に、日本の経済と社会システムに対して得られた評価が、中国の評価にとって代わっているからです。
企業にとって、日本の大学の評価は、卒業証書でしかありません。
冷泉彰彦氏は、日本の企業は、博士課程卒を評価しないといいます。
この主張は、OD対策で繰りかえされてきました。
しかし、日本の企業は、学卒も評価していません。
簡単に言えば、大学の学問は全く評価していません。
学卒の場合には、成績は問題になりません。
事実は、大学のランキングによるフィルターがありませんが、非常に大まかなものです。
川畑翔太郎氏は、次のように言います。(筆者要約)
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若手人材の枯渇を背景に、「希望通りの就職には大卒資格が必須」という“大卒至上主義”が崩壊し始めている。
実際に「高校新卒採用の初任給アップ」や「大卒という学歴条件」を撤廃している企業も増えている。
筆者は、採用企業のリアルな状況を目にする立場だからハッキリと感じるのだが、「大卒資格がないと就職が不利になる」という時代はすでに終わっている。※「大学に行くことが不利になる」ということではなく、「大学に行くコストが、その後の就職優位性に見合うか?」という点での意見だ。
「何ができるのか?」「どんな経験があるのか?」「地頭はいいのか?」。企業が知りたいのはその部分。
企業が新卒者を「金の卵」として扱うのは、人件費も安く、採用から育成までをひとまとまりにできてコスパが良いからだ。「新卒であれば高卒でも大卒でもどちらでもいい。能力に大差はなく、教育コストも変わらないから」という声を企業の人事担当者から聞くことが、近年多くなってきた。
企業も、人材を採用するとき、「自分の目的に向かって行動できるか」「自分で考えて判断する力はあるか」という部分を重視する。高卒か大卒かという学歴ではなく、そういった「目的意識を持って効果的に行動できる人材」を求める傾向が強まっている。
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「⼤卒って意味あるの︖」「⼤卒は就職で本当に有利︖」 ⼤学に“誰でも進学できる時代”に突⼊ キャリア形成から考えた就活のあり⽅ 2025/03/28 東洋経済 川畑 翔太郎
https://news.yahoo.co.jp/articles/8e1866b1a74a4f53fd1093084908c511b3b7b9bb
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日本の大学院では、講義と演習は少なく、専門の論文作成に偏重しています。
博士課程を出て、「何ができるのか?」と聞かれても、たいていは、博士論文以外のことは出来ません。
川畑 翔太郎氏の次の部分には、問題の核心が書かれています。
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企業が新卒者を「金の卵」として扱うのは、人件費も安く、採用から育成までをひとまとまりにできてコスパが良いからだ。
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つまり、博士課程卒業者が就職できるためには、次の条件が必要です。
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年功型雇用がなくなること。
大学の教育内容が、スキルを習得するものになること。
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フジテレビの第三者委員会の報告書がでました。
ようするに、フジテレビの組織は、法度体制であり、人権がなかったと整理できます。
年功型雇用の法度体制の組織は、フジテレビと類似の人権問題を抱えているはずです。
大学の教育内容が、役に立つのでしょうか。
人文科学系と社会科学系(注1)の教育には、問題がないのでしょうか。
注1:
冷泉彰彦氏は「技術系は別として」といいますので、社会科学系の博士課程にも同様の問題があります。
5)異常事態
パールは、「因果推論の科学」の中で、「異常事態(anomaly)」を問題にしています。
「人文科学系と社会科学系の教育には、問題があるか」かは、どのように議論すべきでしょうか。
異常事態の解消の手順を持たない学問は、学問の基本条件を満たしていないように思われます。
例えば、博士課程卒業生が、就職できないのは、異常事態です。
こうした場合、異常事態の解消に向けた原因究明、意見調整、方針の決定、方針の実施といったステップを進める必要があります。
あるいは、大規模金融緩和、ラピダスへの補助金などの案件について、意見の集約はなされていません。
このように、日本では、「異常事態」は、放置されます。
これは、段落の論理です。
欧米では、パラグラフの論理なので、異常事態があれば、解消に向けた協議が進められます。
たとえば、英語版のウィキペディアには、そのために、次のようなツールが整理されています。
異常事態の解消ができない学問は、パラグラフの論理の世界では、学問とはいえません。
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ポジションペーパー(短い項目の場合はポジション ピースと呼ばれることもあります) は、ある問題について議論の余地のある意見(通常は著者または特定の団体の意見) を提示するエッセイです。ポジション ペーパーは、学問の世界、政治の世界、法律の世界、その他の分野で公開されます。ポジション ペーパーの目的は、提示された意見が有効であり、聞く価値があることを聴衆に納得させることです。検討中のポジション ペーパーのアイデアは、トピックの選択、議論の展開、およびペーパーの構成を行う際に、慎重に検討する必要があります。
ポジションペーパーは、編集者への手紙という最も単純な形式から、学術的なポジションペーパーという最も複雑な形式まで多岐にわたります。ポジションペーパーは、大規模な組織がグループの公式の信念や推奨事項を公表するためにも使用されます。
学術界
学術界におけるポジションペーパーは、学術論文に通常含まれる実験や独自の研究なしに、新たなトピックに関する議論を可能にします。通常、このような文書は、トピックに関する広範かつ客観的な議論からの証拠を用いて、提示された意見や立場を実証します。
ポジション ペーパーは、意見を肯定し、解決策を提案しますが、それをどのように実行すべきかを正確に指定しないため、 グリーン ペーパーとホワイト ペーパーの中間に位置します。
ポジションペーパーは、他の人や組織の見解を深く理解することにつながるため、政治キャンペーン、政府機関、外交の世界、価値観を変える取り組み(公共広告など)や組織のブランディングでよく使用されます。ポジションペーパーは、欧州連合の政府で使用されています。また、模擬国連プロセスの重要な部分です。
法
国際法では、ポジションペーパーは「エイド・メモワール Aide-mémoire」と呼ばれ、提案された議論や意見の相違の細かい点を記した覚書で、特に非外交的なコミュニケーションで使用されます。
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グリーンペーパー
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英国、英連邦諸国、香港、米国、欧州連合では、グリーンペーパーは、議論や討論のための政策提案の暫定的な政府報告書および協議文書です。グリーンペーパーは、特定の問題に関して政府が提案できる最善のものを代表していますが、まだ確定していないため、国民の反応を考慮できるまで最終決定を未定のままにしておいても、政府の面目は損なわれません。グリーンペーパーは、ホワイトペーパーの作成につながる場合があります。これらは、グレイ文献と見なされる場合があります。
ホワイトペーパー
ホワイトペーパーは 、複雑な問題について読者に簡潔に情報を提供し、その問題に関する発行機関の考え方を示すレポートまたはガイドです。読者が問題を理解し、問題を解決し、決定を下すのに役立つように設計されています。1990 年代以降、このタイプのドキュメントはビジネスで急増しています。今日、ビジネス ツー ビジネス(B2B) ホワイトペーパーはマーケティング プレゼンテーションに近いものであり、顧客やパートナーを説得し、特定の製品や視点を促進することを目的としたコンテンツ形式です。そのため、B2B ホワイトペーパーはグレーペーパーの一種です。
この用語は 1920 年代に英国政府の部門が発行する 一種の立場表明書または業界レポートを意味するために生まれました。
政府では
ホワイトペーパーという用語は英国政府に由来し、 1922年のチャーチルホワイトペーパーがその初期の例である。英国政府では、ホワイトペーパーは通常、いわゆるブルーブックの簡易版であり、どちらの用語も文書の表紙の色に由来している。
ホワイトペーパーは「参加型民主主義のツールであり、不変の政策公約ではない」 。 「ホワイトペーパーは、政府の確固たる政策を提示すると同時に、それに対する意見を求めるという二重の役割を果たそうとしてきた。」
カナダでは、ホワイトペーパーとは「内閣で承認され、下院に提出され、一般の人々に公開される政策文書」である。「ホワイトペーパーやグリーンペーパーを利用して政策情報を提供することで、国会議員や一般の人々に政策問題に対する認識を喚起し、情報や分析の交換を促進することができる。また、教育技術としても役立つ。」
ホワイトペーパーは、政府が法案を提出する前に政策の好みを示す手段である。ホワイトペーパーの発行は、物議を醸す政策問題に関する世論を調査し、政府がその影響の大きさを測るのに役立つ。
対照的に、もっと頻繁に発行されるグリーン ペーパーは、よりオープンエンドです。協議文書としても知られるグリーン ペーパーは、他の法律の詳細に実装する戦略を単に提案する場合もあれば、政府が一般の見解や意見を求めたい提案を記載する場合もあります。
政府のホワイトペーパーの例としては、オーストラリアの「オーストラリアの完全雇用」や、イギリスの「 1939年ホワイトペーパー」および「1966年防衛ホワイトペーパー」などがある。イスラエルの歴史では、 イギリスの政策がシオニズムに対して急激な方向転換を示し、当時委任統治領パレスチナのユダヤ人イシューブ共同体から激しい怒りをもって迎えられた1939年のイギリスホワイトペーパーは、「ホワイトペーパー」(ヘブライ語でHa'Sefer Ha'Lavan הספר הלבן、文字通り「白い本」)として記憶されている 。
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グレー文献
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グレー文献は、従来の商業または学術出版および流通チャネルの外で組織によって作成された資料および研究です。一般的なグレー文献の出版物の種類には、レポート(年次報告書、研究報告書、技術報告書、プロジェクト報告書など)、ワーキングペーパー、政府文書、ホワイトペーパー、評価などがあります。グレー文献を作成する組織には、政府の各省庁や政府機関、民間社会または非政府組織、学術センターや部門、民間企業やコンサルタントなどがあります。
概念を定義するのは難しいですが、「グレー文献」という用語は、研究者や情報専門家がこの別個でありながら異なるリソースのグループについて議論するために使用できる合意された総称です。
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