2)因果推論の科学
「因果推論の科学」を読みなおしています。
因果推論の科学では、「見ること(観察)と行動すること(介入)は根本的に違い」ます(p.24)。
因果モデルは、「データが作成されるプロセスを表現」するものです。言い換えれば、このプロセスとは、「環境に作用して、データを作る因果的な力」です(p.22)
因果モデルが必要になる理由は、環境に作用して、原因に介入することで、結果を変えたいからです。
「金融緩和をする(原因)ことで、経済成長する(結果)ことができる」は、間違った因果モデルです。しかし、その場合にも、結果(経済成長する)を得るために、環境に作用して、原因(金利)に介入するという因果のフレームワークを使っています。
政策の多くは、「原因を変えることで、結果を変える」というパターン(因果のフレームワーク)になっています。
因果推論の科学では、「見ること(観察)と行動すること(介入)は根本的に違い」ます(p.24)。
つまり、大規模金融緩和を開始した(介入した)ときの経済成長データと、それ以降(介入後)の経済成長データは、全く異なったデータです。
因果モデルの検証は、介入したときのデータでしかできません。
アベノミクスの効果(大規模金融緩和の因果モデル)の検証は、大規模金融緩和を開始した(介入した)ときの経済成長データからしか判断できません。それ以降のデータは交絡因子の影響が含まれているので、検証には、使えません。
ところが、この区別ができない経済学者が多くいます。
同じ問題は、全ての政策にあてはまります。そして、因果推論を使うEBPMには、介入した時のデータしか使えないので、介入前に、前向き研究で、データの収集計画を立てておく必要があります。
「歴史にifはない」は、科学的な間違いですが、カーが、「歴史にifはない」といいたくなる理由があります。それは、金融緩和のように「歴史に介入することができるか」という疑問です。
クレオパトラの鼻の高さを変える方法を実装することは困難です。
この疑問に対する因果推論の科学の解答は、次の2つの方法です。
第1の方法:因果ダイアグラムが、特殊な条件を満たす場合には、「見ること(観察)と行動すること(介入)」の差がなくなります。その場合には、観察データを介入データに読み替えることができます。
第2の方法:因果モデルの対象は、因果構造です。
因果モデルの関心の対象となる歴史とは、繰り返されるパターン(因果構造)です。
同じ因果ダイアグラムと記号言語で書かれていれば、同じ因果構造になります。
代数方程式と同じように、同じ因果構造にあてはまるのであれば、対象は問題になりません。
つまり、簡単に言えば、歴史のなかから、繰り返す部分だけを抽出して、それ以外の部分は、無視する方法です。科学は、単純化することで、共通するパターンを探索します。ニュートン力学では、多くの場合、摩擦はノイズとして分離され、モデル化されます。歴史についても、同様に、ノイズを無視して、因果構造としてパターン化できるものだけを対象とすることで、「歴史にifはない」という問題をクリアすることができます。
歴史の因果モデルAでできたあとで、そのモデルAを使って将来の予測ができるでしょうか。
占いビジネスがあるように、人間には、将来の予測をしたいという願望があります。将来の株価が予測できれば、投資で儲けることは簡単です。
歴史の因果モデルAで、お金持ちになれるのでしょうか。
この問題に対するパールの答えは明快です。
因果構造と因果モデルは検証可能な科学です。
歴史の因果モデルAで、将来の予測ができるために必要な条件は、将来も、歴史の因果構造Aがある場合です。
将来も因果構造Aがあるか、否かは主観の問題であって、科学の問題ではありません。
物理学の法則は因果モデルです。今まで物理学の法則が大きな破綻をしたことはありません。しかし、ヒュームは、明日も日が昇ると考える根拠(物理法則が継続する根拠)はないと言います。
ですから、あすも、物理法則があてはまる(物理法則の因果構造が継続する)と考えることは主観の問題です。
ここでは、第2の方法の補足を、後にまわして、先に進みます。
「因果推論の科学」は、難解だと思います。
「因果推論の科学」の最初のページ(p.7)に、パールは、2000年に出版した自著の「統計的因果推論」のまえがきを引用しています。
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「簡単にまとめれば、因果推論は数学化された、ということである」
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ここには、「歴史にifはない」の解答のすべてが書かれています。
しかし、この部分を読んで、そのことを理解できる人は少ないと思います。
因果推論は、科学的な推論の基本です。すべての学問は推論します。推論しない学問はありません。
パールは言います。
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私たち社会は、因果関係の問いへの答えを絶えず求めている。しかし、つい最近まで、科学には、因果関係の問いに答えるどころか、因果関係の問いを明確に発する手段すらなかった。(p.14)
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つまり、今まで、すべての学問の推論は、因果推論でなかった可能性が高いです。
「歴史にifはない」は、因果推論ではありません。カーの歴史学には、本格的な因果推論がなかったと言えます。しかし、因果推論がないという同じ問題は、多くの学問に蔓延している症状でした。
この背景を理解できれば、「因果推論は数学化された」という表現の意味が理解できると思います。
「因果推論は数学化された」ということは、数学なしで、正しい推論(因果推論)ができないことを意味します。
橘玲氏は、「テクノリバタリアン」(2024)のなかで、ベイズの定理を使って意思決定する人(マスク氏など)をテクノリバタリアンと呼んでいます。橘玲氏は、テクノリバタリアンには問題があるという主張ですが、その推論は帰納法です。
因果推論は、ベイジアンネットワークに因果の矢印を追加した因果ダイアグラムを使います。
つまり、ベイズの定理は、因果推論のパーツであり、因果推論をする場合には、ベイズの定理を使うことになります。
「因果推論は数学化された」ということは、言葉を使った帰納法による推論は間違いで、数学を使った因果モデルに対して勝ち目がないことを意味しています。
固定電話は、スマホに入れ替わりました。
フィルムカメラは、デジカメに追放されました。
これは、デジタル社会へのレジームシフトの一部です。
歴史学を例にとれば、今後、2つの歴史学が存在することになります。
第1は、固定電話時代の言葉と使った歴史学です。
2025年現在、アメリカには、スマホ時代の歴史学がありますが、日本には、スマホ時代の歴史学はありません。
固定電話をスマホに入れ替えるには、10年程度の時間しかかかっていません。
固定電話時代の言葉と使った歴史学がなくなるのは時間の問題と思われます。
同様の変化は、全ての人文科学、社会科学、自然科学でも起きるでしょう。
現在、生成AIが脚光を浴びていますが、生成AIは、反事実を扱えないので、因果推論ができません。今後、因果推論の出来る強いAIが実現する可能性があります。
AIは雇用を変えます。
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AIによる置き換え、新たな職の創生…必要なリスキリングは? 2023/06/23
https://hrclub.daijob.com/column/354299/
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しかし、今起こっている雇用の変化は表面的なものに過ぎません。
今後、大学は、スマホ時代の大学になり、固定電話時代の大学は淘汰されます。
レジームシフトは社会構造を変えるので、簡易なリスキリングに、効果はありません。
最後に、第2の方法の補足を考えます。
米国務省は2025年2月13日、奨学金への助成を15日間停止すると通知しました。しかし、1カ月が経った3月中旬でも停止状態は解除されていません。
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ひろゆき氏は「トランプ政権はいろんな支出をとりあえず止めてみて、問題がなかったら止めたままで、問題があったら再開するっていう形でいろいろとやっているんですけど。そうしないと支出って減らないんですよね。”なんでアメリカの労働者が払わないといけないの?”っていう。外国人が学位を取って、自分たちの国に戻ってビジネスや政治をやって、それはアメリカにとって得なのか。そういう疑問はわくと思うんですよ。正しいかどうかはわからないけど、社会実験として凄く興味がありますね」と私見を語っています。
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ひろゆき氏、トランプ政権による留学生向け奨学金停止にコメント「社会実験として興味がある」2025/03/19 スポニチ
https://news.yahoo.co.jp/articles/d60feae7e6caf9e08735ebd785a4448679721524
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「歴史にifはない」という表現には、社会実験は困難でできないという前提があります。
第2の方法は、実際の政策を実施することで、介入データを得ます。つまり、第2の方法は、社会実験を伴います。
因果醸造が同じなら、社会実験を回避できる場合もありますが、基本ではなく、例外になります。
新薬の効果の検証には、最終的には、RCTによる2重盲検試験を使います。2重盲検試験には、コストがかかります。最悪の場合には、試験に参加した患者が死亡することもあります。
介入によるデータを得るためには、それなりのコストがかかります。試験に参加した患者が死亡するコストと、効果がなかったり、副作用がある新薬を試験なしで認可した場合に予想されるコスト(死者数など)を比較して、2重盲検試験の方がコストが小さければ、仮に、試験に参加した患者が死亡するリスクがあっても、2重盲検試験をすべきです。
効果のない大規模金融緩和を10年続けたコストは、膨大なものになります。このように、効果のない政策を続けることによって生じるコストにくらべて、社会実験のコストが小さければ、社会実験をすべきです。
トランプ大統領とマスク氏が、因果推論の科学に従って政策をしているかは不明です。
しかし、仮に、アメリカの指導者が、因果推論の科学に従って、エビデンスに基づく政策(EBPM)を実施する場合には、主要な政策は、社会実験によって、因果モデルの検証を行いながら進められるはずです。
社会実験によって、因果モデルに間違いが見つかった場合には、社会実験を中止して、別の因果モデルの社会実験を行います。こうして、効果が検証された因果モデルができて、初めて、本格的な政策を実施する方法が、理論通りのEBPMになります。これは、新薬の開発で行われている手法です。
EBPMに基づいて判断すれば、政策実施の方法で、間違っているのは、日本政府であり、正しいのは、アメリカ政府になります。
もちろん、今まで、新薬の開発と異なり、政策はEBPMを使って行なわれてきませんでした。(注1)なので、社会実験を繰り返す政策遂行の方法は、見慣れた風景ではありません。しかし、パールがいうように、因果推論は、事実と虚構を見分ける手法でありながら、今まで、見過ごされてきています。因果推論の科学が使われるようになって、まだ、30年しかたっていません。
因果革命によって、政策が、EBPMに従って行われるようになれば、政治の風景は一変します。革命がおこりつつあると理解すべきです。
トランプ大統領の政策は、かなり、乱暴な社会実験を伴っています。しかし、民主党は、組織的な反論はしていません。これは、民主党は、共和党政権の政策に、EBPMからみて、大きな間違いがない場合には、反論することで、科学を否定して自滅するリスクがあると判断しているためと思われます。
アメリカでは、因果推論の科学が市民権を得つつあるので、エビデンスのない反論では、ダメージを受けるのです。
注1:
中国政府は、地方は多様で、画一的な政策はできないと考え、伝統的に、地方政策については、社会実験を繰り返す手法を採用しています。