8)所得別再分配と年収890万円問題
所得の再配分について考えます。
ブロガーの山本一郎氏は、2017年に、次のように言いました。
<
内閣府の試算をもとに計算すると、世帯の総収入が890万から920万円を超えるまでは『受益超過』となります。所得がそれ以下の世帯はいわば『社会のお荷物』です。表現は過激かもしれませんが、これは日本社会の素晴らしさでもあります。なぜなら所得が低く『担税力』のない人にも、市民サービスを平等に提供するという合意の表れだからです。ただし、そうした美しき日本社会は、近い将来、経済・財政的に破綻する恐れがあります。
>
<<
年収890万円未満は"社会のお荷物"なのか 2017/08/ 29 President
https://president.jp/articles/-/22916
>>
この890万円の根拠は不明です。
旦直土氏は、厚生労働省の2017年所得再分配調査報告書から、世帯総収入890万円ではなく、500万円であると試算しています。
<<
年収890万が社会のお荷物という説にモノを申す 2020/02/27 旦直土
https://www.financepensionrealestate.work/entry/2020/02/27/192632
>>
日本語版のウィキペディア「所得再分配調査」は、2023年の所得再分配調査によれば、2021年度の再分配状況では、「日本では世帯所得が600万円を超えるまでは『受益超過』となっていて、日本の税制度の恩恵を受ける側となっている」といいいます。
熊野英生氏の「図表2 家計の所得分布階層別の年間収入の推移」を再度引用します。
図表2 家計の所得分布階層別の年間収入の推移

<<
またまた住民税非課税世帯に給付金が配られる訳 2024/11/22 第一生命ホールディング 熊野英生
https://dlri.co.jp/report/macro/388442.html
>>
890万円では、下位85%が受益超過で、実質納税は上位15%になります。(2017年)
500万円では、下位60%が受益超過で、実質納税は上位40%になります。(2017年)
600万円では、下位70%が受益超過で、実質納税は上位30%になります。(2021年)
いずれの試算でも、実質納税者は、40%から15%になります。
これは、事後の所得再配分システムが破綻していることを示しています。
程度が誇張されていますが、山本一郎氏の「事後の所得再配分システムが破綻している」という指摘は、基本的な部分では間違いはありません。
何か問題でしょうか。
英語版のウィキペディアの「所得と富の再分配(Redistribution of income and wealth)」は、次のように書いています。
<
経済システムにおける役割
経済システムの種類によって、所得の再分配を目的とした介入の程度は異なりますが、これは当初の分配がどの程度不平等であるかによって異なります。自由市場の資本主義経済では、所得の再分配の程度が高い傾向があります。しかし、日本政府は、当初の賃金分配が西側諸国の経済よりもはるかに平等であるため、再分配をあまり行いません。同様に、旧ソ連および東側諸国の社会主義計画経済では、民間資本と土地収入が制限されていたため、所得の再分配はほとんど行われませんでした。望ましい所得分配で資源を効率的に配分するために、競争モデルの前提が経済によって満たされている場合、政府の唯一の役割は、資本主義システムにおける所得不平等の主な要因である富の初期分配を変更することです。これは事実上存在しませんでした。また、これらの経済では賃金率が政府によって設定されていたためです。
(中略)
公共選択 理論によれば、再分配は、政府に対して実質的な影響力を持たない困窮者よりも、支出の優先順位を決める政治的影響力を持つ人々に利益をもたらす傾向がある
>
「日本政府は、当初の賃金分配が西側諸国の経済よりもはるかに平等であるため、再分配をあまり行いません」という説明は、通説ですが、図表2をみれば、間違いです。
「当初の賃金分配が西側諸国の経済よりもはるかに平等」であれば、「日本では世帯所得が600万円を超えるまでは『受益超過』となっていて、日本の税制度の恩恵を受ける側となっている」ことはありえません。
つまり、問題は、所得と富の再分配ではなく、再配分前の所得のバラツキにあります。実は、「当初の賃金分配が西側諸国の経済よりもはるかに平等」であるというエビデンスはありません。
バラツキを問題にする場合には、平均値は使えません。
所得再配分に必要な資金は、不足額のグレード毎の人数です。
図表6にイメージをしめします。
給与データは、年齢階層毎の平均でしか公開されていません。
仮に、600万円未満を「受益超過」であり、所得移転が行われていると仮定します。
その場合には、図表の赤、オレンジ、黄色のセルに属する人が、「受益超過」になります。
問題は、このセルの人数になります。人数と不足額をかければ、所得移転に必要な財源の数字が求められます。
このデータは、非公開であり、社会保障に必要な財源の大きさが計算できなくなっています。
図表6 必要なデータ

山本一郎氏は、下位85%が受益超過で、実質納税は上位15%であるといいます。
江戸時代の武士の人口比率は約7%、町人(商人や職人)が約5%、百姓(農民)が約85%でした。
日本は、人口の85%が、百姓のような受益超過であると考えることができます。
この場合には、ジニ係数は小さくなりますが、ジニ係数が小さくとも、江戸時代のように、生活困難になります。
ジニ係数は格差指標であって、貧困指標ではないので、社会保障には、使えません。
恐らく、問題は、法度体制による不当な人権無視の給与体系にあると思われます。