24)法治主義の限界
弁護士JPニュースは、「生活保護受給目的の入国」問題について、次のように解説しています。(筆者要約)
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2010年に大阪市で、来日直後の中国人48人が生活保護を行ったことが問題になりました。
大阪市は「生活保護受給目的の入国」との疑いを強め、保護費支給済みの26人に対して支給を打ち切る方針を明らかにしました。
生活保護法は、生活保護の対象となる資格について明確に「すべての国民」と定めています(同法1条、2条)。「国民」とは「日本国籍を持つ者」をさします。
これだけを見ると、「外国籍の者は誰も生活保護を受けられないのでは?」と思いますが、そうではありません。ここで登場するのが1954年に厚労省が発出した通知「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」です。
この通知により、日本国籍を持たない外国人にも「一般国民に対する生活保護の決定実施の取扱に準じて」「必要と認める保護を行うこと」とされ、現在に至るまでその取り扱いが継続しています。
この行政の扱いは、最高裁の判例とも整合したものです。すなわち、最高裁は外国人について「生活保護法に基づく保護の対象となるものではなく(中略)同法に基づく受給権を有しない」と判示する一方で、「行政庁の通達等に基づく行政措置により事実上の保護対象となり得る」としています(最高裁平成26年(2014年)7月18日判決。この事件では原告は敗訴したものの、後に自治体の裁量により受給に至りました)。
なお、昨今、この最高裁判例を引き合いに出して「外国人に生活保護を与えるのは違法(あるいは違憲)」とする言説を見かけるようになりましたが、明らかな誤解または悪質な曲解によるものと断じざるを得ません。
もちろん、当然ながら全ての外国人が日本の生活保護を受けられるわけではありません。2025年3月現在、「生活保護に準ずる保護」を受けられるのは下記の在留資格に該当する外国人のみです。
(中略)
あくまでも「日本人と同じ生活実態を有し、日本人と同様に税金や社会保険料を納めることになっている人」「人道上、あるいは国際協調主義の見地から日本人と同等の保護を与えるべき人」のみが対象とされているということです。
また、更新がある「身分系在留資格」の場合、生活保護を受給することができても、在留資格更新時に「生計を維持できない」とみなされ、認められない可能性が高くなります。
これが「現実の法制度」です。
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<< 引用文献
中国人48名“来日直後”に「生活保護」申請…行政が「保護開始決定」せざるを得なかった“法制度の欠陥”とは【行政書士解説】2025/03/09 弁護士JPニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/892b94f4f4cfe9f70221e0903c480cd666ff0dd4?page=1
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問題は、次の部分です。
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昨今、この最高裁判例を引き合いに出して「外国人に生活保護を与えるのは違法(あるいは違憲)」とする言説を見かけるようになりましたが、明らかな誤解または悪質な曲解によるものと断じざるを得ません。
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「明らかな誤解または悪質な曲解」とは、言い切れない部分があります。
このような意見が出て来る根拠があります。
英語版のウィキペディアの法の支配(Rule of law)は、次のように書いています。
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法の支配という用語の機能的解釈は、法の支配と人の支配を対比させる。機能的見解によれば、政府職員が大きな裁量権を持つ社会は「法の支配」の度合いが低く、政府職員がほとんど裁量権を持たない社会は「法の支配」の度合いが高い。
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日本国籍を持たない外国人にも、生活保護法を適用する根拠は、1954年に厚労省が発出した通知「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」です。
厚労省の通知は、国会で審議した法律ではありません。
つまり、政府職員の裁量権が法律と同じ扱いになっています。
これは、法の支配を逸脱しています。
極端なことを言えば、厚労省が、今後、外国人は、今後は、生活保護の対象にしないという通達を出しなおせば、状況がかわってしまいます。
政府は、こうした場合に、行政の連続性という主張を持ち出します。
しかし、この主張は、法度体制の維持を目的とした主張で、科学的には、間違いです。
ある法律と通達は、インスタンスに対して作用します。
1954年に厚労省が通達を出した時の日本は、先進国ではなく、生活保護の支給額(インスタンス)はとても低かったです。
日本の一人当たりGDPが増えれば、生活保護の支給額(インスタンス)はとても高くなります。
1954年の生活保護と、2010年の生活保護のインスタンス(支給額)は大きく異なります。
つまり、生活保護(1954年)と生活保護(2010年)は、インスタンスが違うので、異なった単語です。
異なった単語を、形式的に同じであると扱って、行政の連続性を主張することは、科学的な推論を逸脱しています。
2010年に、「生活保護受給目的の入国」問題が発生した原因は、行政の連続性にあります。
2010年の生活保護の金額が、1954年の生活保護の金額と同額であった場合には、「生活保護受給目的の入国」問題は、発生しなかったはずです。
ですから、問題は、1954年の通達の間違いではなく、インスタンスの無視にあります。
法の支配で考えれば、「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」は、法律で範囲を定義すること、その範囲は、現状(インスタンスの変化)に合わせて、随時バージョンアップすべきです。
バージョンアップが増えれば、手間が増大するので、法律ではなく、条例でもかまいません。議員のネット投票でもよいと思います。ともかく、法律より、通達(裁量権)を優先するのは、法の支配ではないので、避けるべきです。
<2025年3月現在、「生活保護に準ずる保護」を受けられるのは下記の在留資格に該当する外国人のみです>と書かれています。
在留資格の内容は、省略しましたが、恐らく、在留資格は、行政の裁量権で決まっていると思われます。
行政の裁量権が大きければ、法律はないも同然になり、利権が暗躍して、天下りが止まらなくなります。
行政の連続性は、現実(インスタンス)を無視した非常に危険な主張です。
インスタンスを無視すれば、「生活保護受給目的の入国」のような抜け穴が、出来てしまいます。
「生活保護受給目的の入国」以外にも、「医療保険目的の入国」、「違法難民の在留」などの問題が放置されています。
25)移民問題
トランプ大統領は、違法難民を受け入れない方針です。
EUも、ドイツのメルケル首相時代の寛大な難民受け入れは終わっていて、違法難民は受け入れない方針です。
日本は、公式に受け入れた難民数は少ないですが、実際には、非公式な不法滞在の難民がかなりの数います。
アフリカに近いイタリアは、強制的に難民を送還する計画です。
世界中の先進国が、難民の受け入れを拒否しています。
日本は、公式には、難民を受け入れませんが、強制送還する例は稀です。
つまり、現在、日本では、公式には難民を受け入れないが、裏ルートで、日本に来て、実質的に移住することは可能であると情報が拡散しているはずです。
こうなれば、日本には、今後、急激に違法難民が増大するリスクがあります。
違法難民の増大が問題になるまでの猶予時間は、イタリアの例をみれば、1年程度です。
日本にも、1年程度で、ボートピープルがくるリスクがあります。
蒋介石は、台湾に逃げ込んだあと、台湾のキャパシティを超えるボートピープル(中国本土からの移民)には、銃を向けて、中国本土に追い返しています。
政府は、非公式な難民のデータを十分に把握していないはずです。
コメの価格があがりましたが、政府はコメの生産量も、流通量も、十分に把握していないことが分かっています。これは、効果を無視した政策を続けてきたため、データが必要であると考えてこなかったためです。あるいは、法度体制の脅威となるデータ(ファクト)を封印してきたためです。
難民データの把握も、コメのデータレベルにあると思われます。
近くの公園にいくと、外国人の親子連れにあいます。
こどもの数だけみれば、日本人より多いかも知れません。
これは、日本でも、カリフォルニアのように、新しい移民の数が、古い移民の数を上回る可能性があることを示唆しています。
ローカルでみれば、公式数値で、既に、そうなっている地域もあります。
筆者は、移民の受け入れについては、中立です。しかし、そのことと、違法状態の難民を事実上受け入れる(追い返さない)ことは、全く別次元の問題です。
法の支配がなく、移民の受け入れの判断が、行政の裁量に依存し、行政は、科学的に破綻した行政の連続性を主張する限り、取り返しのつかない移民問題という事故が回避できる可能性は少ないです。
取り返しのつかない移民問題が、EUとアメリカで発生したことを軽視すべきではありません。
帰納法しか使えない過去の事例に詳しい物知りの専門家には、このような、今後起こる危機に対応する能力はありません。
英語版のウィキペディアの法の支配(Rule of law)は、次のように書いています。
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日本
日本には第二次世界大戦前の何世紀にもわたる伝統があり、その間も法律は存在していたが、社会の中心的な組織原理を提供したり、政府の権力を制約したりはしていなかった。 21世紀に入っても、日本の弁護士や裁判官の割合は西欧や米国に比べて非常に低いままであり、日本の立法は簡潔で一般的な傾向があり、官僚の手に多くの裁量を残していた。
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なお、弁護士の定員を増やした結果、食べられない弁護士が増えました。これは、官僚の手に多くの裁量権があるためです。その背景には、法度体制があります。法の支配のもとでは、より多くの弁護士が必要になります。
ただし、今後、日本以外の国では、多くの弁護士の業務は、AIで代行可能になります。
利権が中心の官僚の裁量権は、AIに置き換えることは不可能です。
法の支配を拒否する日本は、DXとAIを活用するデジタル社会を拒否しています。